第11話 『ナスタル村』
初めての社交界から数週間が経った。もうすぐ秋が終わり冬になりそうだ。僕はアイリーンとマリアと協力して、開拓候補の村を選定し物資を調達した。
そして準備を整えた僕ら馬車に揺られること三日。ついに僕たちはナスタル村へと到着した。
寂れた村だな。それが第一印象であった。流れる川は細く力なく、水車も軋みながらぎこちなく回っている。
馬車から出ると村の入り口に数人の大人たちが出迎えに来てくれていた。真ん中に立っているのは恐らく村長らしき老人と、村に派遣されていた代官だろうか身なりの良い小太りの男がいる。
「これはこれは、ようこそいらっしゃいましたメテルブルク子爵様。此度は遠路はるばるお越しいただき恐悦至極にございます。わたくしめがこの村の代官のエグモントにございます」
媚びを売るように嫌らしい笑みを浮かべて擦り寄る代官に軽く挨拶をし、僕は村長に向き直った。
「こちらこそ今回は結果外の開拓に志願していただいて感謝します。あなたが村長ですか?」
「はい私が村長にございます。ここは寒いでしょう。粗末なものですが、私の家に案内しましょう」
しばらく歩くと、村長の家に着いた。やはり彼の家も一階建てだての簡素な造りであった。薪に火がついているものの節約しているのだろう、あまり家の中は温かくはない
取り敢えず席に座り村長と代官に向き直る。
「この村は魔獣の目撃例はほとんどないとか」
「もちろんにございます。わたくしめがこの村に派遣されて数年経ちますが一度も見たことなどありません」
「そうですか。でも結界の外での開拓です。万が一ということもあります。見張り台と畑の周囲に塀を建築して、安全が確保されるまでは私も開墾に同行しようと思います」
そう言うと代官が目を剥いて驚愕の表情を浮かべた。
「まさか!? 子爵様御自ら結界の外などに出る必要などございません。そんなものここの住人どもにやらせておけば良いのです。そうだよな村長?」
「仰せのままに」
話を振られ頭を下げた村長が無表情で頭を下げた。その様子に違和感を覚える。声に感情が見えない。どうも結界の外という完全に未知の領域での開拓に対して、この村長から不安の色が全く見えない。
「こちらから依頼していて脅してしまうような事は言いたくはないのですが、結界の外での開拓ですよ? 私も万全を期しますがこの村の方々にも細心の注意を払って頂きたい」
「むろんです。私もドリス村のことは聞き及んでおります」
ッ!? ドリス村の事を知っている?
「おい村長! 余計なことを言うんじゃないッ。ご不快にさせるような発言、申し訳ございません子爵様」
「いえ私の落ち度なのでお気になさらないでください。ドリス村のような事にはもう二度とさせないと約束します」
ドリス村での出来事を知っているということは、僕の兄が村の住人を餌に魔獣を捕まえ、村が燃えたことも知っているはずだ。それにもかかわらず、この村長は新たな開拓に志願してくれたことになる。
「計画では四ヘクトの土地を開拓する予定です。この村の人数にしては大きいように感じるかもしれませんが、今年は一ヘクト分しか大麦を蒔かないので人手は足りるはずです」
「残りの土地には何もしないので?」
「大麦を無事に種蒔き出来れば、今年の冬にもう一ヘクト分クローバーを植えようと思います。残りの土地は来年以降に、小麦とタロ芋を植える計画です」
「タロ芋……聞いたことがありませぬな」
「フェルゼーンで発見された新種の芋です。貧しい土地でも比較的収穫量が安定しやすい。これでこの村の食料事情も少しは良くなるでしょう」
「そんな素晴らしい作物が実在するのですね。流石は子爵様! 是非ともわが村でも育てさせましょうぞ。のお村長」
ここで初めて村長の目に感情が浮かんだ。意表を突かれた様な顔をした後、子供に何か教える時の様な顔をして口を開いた。
「恐れながらそれでは一年の間で休んでいる畑が一つもないことになります。子爵様はよく知らないでしょうが、一度作物を育てた畑は痩せてしまうので、必ず一年は休ませばならぬのです」
「ぶ、無礼だぞ! 子爵様のお言葉に反対するなどッ!」
「私は作物によって餌となる養分が異なると考えています。だから大麦と小麦の間にクローバーとタロ芋を間に挟むことで、大麦や小麦が必要とする養分が回復すると見ています。またクローバーは土壌を肥やす力もあれば、冬季の家畜の餌にもなるはずです」
僕の言葉に村長が口を開けて驚く。
「それはまことでしょうか」
「ええ。実際に目にしました」
目にしたと言ってもフェルゼーンでだけども。村長はしばらく考えるように黙りこくると、おもむろに喋りだした。
「そのようなこと一度も考えた事ありませんでした。是非ともよろしくお願いいたしまする」
「ええ。こちらこそよろしく頼ます」
そう言って僕は村長と握手を交わした。その後は解散となり、村長から家の二階を貸し与えられた。
村長の家を出ると空は茜色に染まっていた。明日からは忙しくなりそうだな。
「よし。頑張るぞ」




