第12話 『真相』
翌朝僕らは村長の家の前に開拓に協力してくれる村人を集めていた。人員はあらかじめ村長が決めておいてくれたらしく、とりあえず彼らには一列に並んでもらう。
ぱっと見た感じ、老人と子供が多く見える。というかあんなヨボヨボのおじいちゃん大丈夫なのか?
「いやはや申し訳ないです。やはり大人たちは今ある畑や出稼ぎに忙しくて、手すきの者がこんな奴らしかいなかったのです」
「最初の開拓は私が魔法でやるので、大丈夫ですよ」
申し訳なさそうにそういう村長に返事した。皆の方に向きなおして口を開く。
「皆さん今回は開拓に協力していただきありがとうございます。開拓作業は明日以降に始めます。今日は皆さんに計画の説明と、準備に協力してもらいます。まず皆さんはこの結界のペンダントに登録してもらいます」
そういって僕は懐から赤いペンダントを取り出した。村長や村人たちが、興味深そうにのぞき込む。
「このペンダントの真ん中には、メテルブルク家が所有している結界の水晶の欠片が埋め込まれています。これに登録すれば、直接結界をすり抜けて出入りできるようになります」
ムーンドールは結界の国。まず国の中心部である帝都ムーンドールが結界に覆われている。
そしてそれを取り囲むように様々な中小都市が乱立し、それら一つ一つが小さな結界に覆われているのだ。
さらにそれら全てを取り囲むように東西南北に辺境領が存在し、それぞれが巨大な結界で守られている。
だから領地と領地の間を移動するときは毎回二回ずつ結界を通らなければならない。普通の商人や旅人はどの結界も一つは確保してある結界の隙間から、相手の領地に入領する。
当然結界の隙間には検問があり、一年中昼夜問わず見張りの兵が警護している。手続きもとても煩雑で、大都市であれば結界の前に長蛇の列ができていることも珍しくない。
そのため裏口として領主は自らの領地の結界の源である水晶の破片を素材に、自由に結界を出入りできる鍵を作るのだ。
我が領の場合これはペンダントであり、これに登録すれば自由に領地を出入りできる。
「登録とはどうやってやるのですか?」
「血を一滴このペンダントに垂らすだけですよ。この針でチクッとするだけです」
村長の疑問に僕が答えると、村人の子供や老人が声を上げた。
「え~痛そう!」
「ちと怖いのう」
「まあちょっと痛いかもしれないけど、このお姉さんがすぐに治療するから。ほら……」
そう言って僕は自分の指先に針を刺そうとして、ギリギリで手を止めた。
今刺せば僕の指から血が出てくる。でもそれは赤色ではない。昨日怯えた眼差しを向けて来たナツの母親を思い出す。
「ごめんマリア。お願いしていい?」
僕はマリアに針を渡した。彼女が微かに驚いたような顔をした後、彼女が自分の指先に針を刺す。
ぷっくりと赤い血が出てきたが、すぐに彼女が魔法で癒す。それをみた村人たちが信じられないようなものを見た顔になる。
「さあさあ、まだまだ準備とかやることがたくさんある。日が暮れる前にちゃっちゃと済ませよう」
そう言って僕たちはペンダントへの登録作業に入っていった。
僕がペンダントに異常がないか確認しながら登録した者達の指名や年齢などの情報を記録していき、マリアが登録を終えた村人の指を治療していく。
流れ作業で次から次へとやっていくと、見慣れた子供が列から顔を出した。少年の足元にはもっと小さな男の子がいる。この子の弟かな?
「オレはナツ! 今年で十歳だ。もう一人前の男だ」
「僕はリオン。よろしくね」
「新しい畑ほんとにできるのか?」
「うん。必ず作るよ」
そういうと日に焼けた茶髪の少年が満面の笑みを浮かべて飛び上がった。
「ほんとだな!? すっげ~。兄ちゃんはえらい奴なのか?」
「どうだろうね。そんなに大した奴じゃないと思うよ」
「だよな! 兄ちゃんとろそうだもん。どれにさっき針を刺すのビビッてこの姉ちゃんに針を押し付けただろ。情けねえ奴だなあ~」
そういって少年がいたずらっ子そうな笑みを浮かべた。平気で失礼な事を言ってうんうんと頷くこの子のクソガキっぷりに思わず吹き出す。
「ハハッ。それはそうだ」
「そうだろ、そうだろ。だけどかいたくはちゃんとやってほしいからな。無事にできるようにこれやるよ」
手に取ってみるとどうやらそれは木彫りの人形の様だった。不格好だけど、小さな穴に紐が通してある。どこか不思議な香りがするな。
「これは狼?」
「ああ。オレが彫ったんだぜ。村のみんな自分の木彫りの狼を持ってるんだ」
「どうして、狼なの?」
「狼が嫌う匂いをつけてあるんだ」
なるほど。獣避けの香りを焚きしめてあるのか。どおりで不思議な匂いがすると思った。
「ありがとう。大切にするよ。ナツもこの開拓に協力してくれるのかい?」
「いや手伝うのは弟だ。本当はオレも結界の外を見たかったのにさあ。母ちゃんがダメって言うんだよお。それでおやじにはゲンコツされたしよぉ」
ナツが頭を見せてきたのでよく見ると、たんこぶが出来ていた。これは痛そうだ。それにしてもこの弟は小さすぎないか? とても手伝いが出来る歳には見えない。
「村長、高齢の方はともかくこの子に手伝いは無茶じゃないですか? まだ七つにもいってないように見える」
「いえいえ、この子たちもすぐ大きくなりますよ。村の将来を担う子達なのですから、小さいうちから結界の外で田畑を拓かせていきたいと思うのです。それに水汲みや雑用くらいならできますとも」
「そうだぞ。タツはこう見えて賢いんだ。ほらこの真っ白男に自己紹介しろ」
そういってせっつかれたナツの弟がモジモジしながら前に出てきた。マリアが母性を刺激されたのか、キュンとした表情で様子を見守っている。
「タ、タツです。よんさいです。がんばります」
おー。上目遣いで見上げてくるこの子を突っぱねることは流石にできそうもなかった。
「タツくん。明日からの開拓よろしくね」
「ん」
コクリと頷くタツの頭を撫でた後、兄弟二人に手を振って別れた。そこから再び作業に戻り、正午になってようやく作業が終わった。
その後は全員分の犂と鍬を呪術で作った。ドワーフのギムリがグルドンに作った岩の斧を参考にやってみたけど、慣れない土の呪術を使ってまた霊気が歪んだのか、全身の血管が僅かに痛んだ。
その様子を見ていたナツなんかは大興奮で、開拓に参加しなのに作ってとせがまれて微笑ましかったな。
*
その夜、村長から頂いた食事を頂き自室に帰ろうとするとマリアに呼び止められた。
「リオン様!」
「どうしたの? マリア」
「少しリオン様とお話をしたいんですけどいいですか?」
「もちろんいいよ。立ち話もあれだから部屋に入りなよ」
部屋に入ると、マリアは僕の手を両手で握った。暖かい彼女の手に安らぎを覚えながら、突然のそれにドギマギする。滅多にないことに、動揺しながら彼女の顔を見るとくりくりとした茶色の目が僕をジッと見ていた。
「ど、どうしたの突然」
「もし、もし……リオン様が何か重荷を抱えているのであれば、私に支えさせてくれませんか?」
「何を言うんだい。もう十分に支えてもらっているよ。今度の開拓だって……」
そう彼女に笑い返そうとした時、ぎゅっと彼女が手を握る力が強まった。
「リオン様が今日犂を作った時、少し具合が悪そうでした。あれも魔法では無くて、リオン様が昔から研究されていた呪術なのですよね?」
「うん。でもそれは魔法と同じで単に疲れたからだよ」
「リオン様の肌……以前より白くなりました。前からお人形の様な白さでしたけど、今はもっとそう」
そう言って僕の手に目を落とす彼女の睫毛は心配げに震えていた。そりゃあ気づくか。毎日顔を合わせているもんな。僕は彼女から手を放し、取り出したナイフでうっすらと自分の手のひらを傷つけた。
突然目の前で自傷した僕に驚きながらもすぐに傷を癒そうと魔法をかけようとする彼女にゆっくりと手を見せる。
傷口から漏れ出ている血は青色だった。
「これは!?」
「マリアの言う通り、昼間に見せたのは呪術だ。魔法と違って生まれ持った属性以外のものも操れる。炎や土に限らず風だって水だって自由自在さ。まあその代償はこれかな」
滴り落ちる青い血を拭きとりながら、マリアに傷を癒してもらう。暖かい金色の光を放つ彼女の手は震えていた。
余計な心配をかけてしまった。そんな罪悪が込み上げ何でもいいから言葉をかけよう。そう思った時、ノックも忘れて慌ててアイリーンが扉から入ってきた。
「子爵様、この村はおかしいです」
「どうしたんだいアイリーン」
走ってきたのだろう、息を荒げて汗を流す彼女を取り敢えず椅子に座らせた。マリアも彼女の様子にいったん水を用意しに立ち上がる。
「この村の家を一軒一軒巡り住人の数、家畜の数を確認してきました。調べたところ成人した大人の割合が高齢者より少ないのです。そして家畜は一頭もいませんでした」
どういうことだ。家畜が一頭もいないということは、寿命や怪我病死以外でも家畜たちに死因があったということだ。考えられる可能性は一つ。全て食べたという線だ。
確かに冬には植物が枯れ餌を与えられない家畜は食べて処分するのが一般的だけど、今はまだ秋の終わりだ。秋に収穫した穀物の備蓄がまだあるはず。
それなのに、家畜を全て殺して食べたのか? そんなことはあり得ないだろう。ならこの村の備蓄はもう尽きているということになる。
それに成人の割合が最も少ないのは奇妙だ。ほとんどの村は子供の数が最も多く、次に成人した男女が、最後に高齢者が最も少ない。三角形の年齢構成になるはず。
村にとって働き手となる成人が最も大切だ。食料は真っ先に成人に分配される。それなのにこの村は老人の割合の方が多い?
ということはもしかして……
「この村の大人と食糧は何者かに搾取されているのでは」
アイリーンが赤い眼鏡を通して、深刻な眼差しでこちらを見つめる。だがこれが正解なら……
「こんな状況で結界の外の開拓に志願すると思うか?」
「いいえ。彼らは最初から村の外を開拓する気がありません」
冷徹にアイリーンがそう結論付けた。
そしてそれは昼間に出会った老人たちやタツへの死刑宣告を意味していた。結界の外を開拓する気がないのに、幼い子供や老人を結界の外に出させる理由。そんなの一つしかない。
「子爵様、この村の村長はドリス村での出来事を知っていました。恐らくあの代官が教えたのでしょう。つまり彼らの目的は村民の口減らしと、開拓によって起きた事故に対する復興金です」
ドリス村では魔獣に村民が喰われ村が燃やされ、結果として復興金が支払われた。この村は同じことを自分達でわざと行い、その復興金を貰いつつ、老人と子供の口減らしを行おうとしているのか。
となると昼間に登録した村民達はもう結界の外かもしれない。
「マリア、アイリーン、行ってくる」
僕は純白のコートを羽織り駆け出した。




