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 グレイスは困惑していた。


 献魔協会に定期的に訪れる聖騎士たちだが、二日連続で顔を見せることはあまりない。ましてや三日目となると、これはもう、ありえない事態だった。


「彼女は今日は休みなのか?」


 受付のおじさんことマゼランに詰問しているのはエミリオだ。その手にはかすみ草の可憐なブーケ。昨日はピンクを基調としたかわいらしいブーケだったと思いながら、グレイスは柱に身を潜めてその様子をうかがっていた。


 献魔協会の受付担当は、基本的に気さくで他人におもねることのない飄々とした性格の人間が選ばれる。聖騎士相手に対等にやり合えるような人はなかなかに貴重な存在だ。


 マゼランはああ見えてこの支部の局長の息子であり、次期支部局長候補のひとり。調子がよくて威厳こそないが、仲間思いの気のいいおじさんだ。


 なので、のらりくらりとエミリオを適当にあしらってくれることに、今、とても感謝していた。


 エミリオに公開プロポーズをされた直後こそ浮かれそうになったグレイスだったが、彼がそう思うに至った結論を導き出した瞬間、気持ちは萎えた。


 彼は公言していた通り、魔力の量でグレイスを見初めたのだろう。


 悔しいが、きっと一年前にグレイスが告白したことも、覚えていないに違いない。


 グレイスは魔力が多すぎるあまり、人にも魔物にも目をつけられやすいたちだった。だからこそ、局長にお守りとしていただいた魔封じの腕輪を常用している。これのおかげで、不自由ない日常生活を送れているのだ。


 魔力など、グレイスの枷でしかない。


 あのときは自分の魔力を使ってもらわなければならない非常事態だった。そんな状況でもない限り、誰の前でも決して腕輪を外したりはしなかった。


 ましてや、キスなど――。


 急速に熱を持ちはじめた頬を、冷たい大理石の柱に当てて急いで冷ます。


 挙動不審なグレイスに気づいたのか、こちらへと視線を向けたエミリオと、ばっちり目が合ってしまった。彼は最上級の笑みを浮かべてグレイスの名を呼んだ。


「やあ、グレイス!」


 とっくに諦めたはずの恋心が、胸の奥で未練がましく疼きはじめる。


 厳重に記憶に蓋をし、眉間にしわを寄せて、口を一文字に結い、そうしてなんとか気持ちを封じ込めた。


 今さらだ。


 魔力しか用のない相手になど、もう二度と靡くものか。


 グレイスは呼びかけに応えることなく、礼儀としての挨拶と、仕事がありますので、という当たり障りのない対応を事務的にして踵を返した。


 受付に置いていかれるだろうブーケは、明日の受付を彩る花となるだろう。


 グレイスは絶対に持ち帰ったりはしない。


 かといって、好意を捨てることもできない。


 これもエミリオの非番が終わるまでの辛抱。


 そうしたらまた静かな日常が訪れる。


 グレイスは少し……いや、かなり、聖騎士の魔力への執着を舐めていたのだった。





 翌日、エミリオは来なかった。


 非番は終わったのだろう。


 そのことに安堵していたグレイスは、定時に仕事を終えて裏口から出ると、壁にもたれかかるようにして待っていたエミリオに驚きすぎて逃げそびれた。


 まさか待ち伏せまでされるとは。


 きちんとした説明もなくプロポーズを断り、逃げ回っていた自分が悪いのだろうか。


 エミリオは立ち尽くすグレイスに苦笑し、アプローチを変えて食事へと誘ってきた。


「いきなりプロポーズはさすがにやりすぎたと反省した。きみが逃げ回りたくなるのもわかるよ。だからまずは、お友達からはじめませんか?」


 そうは言いつつも、逃がさないとその目が語っているのだが、本人はどこまで気づいていることやら。


 彼には振られた経験などないのだろう。まずは友人として親しくなれば好意を持ってもらえるという絶対的な自信があるのだ。


(……期待を持たせるようなことを言ってはだめ)


 なにをどう取り繕おうと、彼は魔力しか見ていない。魔力目当てで恋人を選ぶような人なのだから。


 グレイスは気を引き締めると、毅然と立ち向かった。


「申し訳ありませんが、あなたとお友達になるつもりはありません。ほかを当たってください」


 グレイスの言葉はまたしても彼にとって予想外なものだったのだろう。エミリオは大きく目を見開いて言葉を失ってしまった。


 グレイスは仕事上ではあるが、聖騎士の中でも親しくしている人はいる。エバンスなんかは、妹分としてなにかとグレイスを気遣ってくれている。今さら自分を振った相手と友達となるほど奇特な性質でもなければ、友人に困ってもいないのだ。


「では、さようなら」


 グレイスは会釈してすれ違いかけたとき、彼は慌てた様子で問いかけてきた。


「まさか……恋人がいる、とか?」


「そんな人はいません」


 目に見えてほっとする彼に、なんとなく一矢報いてやりたい気持ちになった。


 グレイスはエミリオを見上げる。踵の高い靴を履いていても頭ひとつ分以上違うので首が痛くなりそうだが、まっすぐ彼の目を見据えて言った。


「恋人はいませんが、過去にお慕いしていた聖騎士の方ならいます」


「……。それ、は……誰、かな?」


 口調こそ穏やかを装っているが、エミリオの目据わっている。なぜだろう、周囲の空気まで冷ややかなものに変わった気がする。グレイスは少し逃げ腰になった。


「……言ったらどうなさるおつもりで?」


「とりあえずそいつを遠方に飛ばす」


 自分で自分を左遷するエミリオを想像して、グレイスは思わず噴き出してしまった。どうしよう、笑いが止まらない。


「……なんでそこで笑うかな」


「いえ……、なんだかおかしくて」


 悪いと思いながらも、涙までにじんできた。目尻をぬぐい、グレイスはなんとか笑いを収める。


「それにもう、とっくの昔に振られているので」


「なるほどね。女を見る目がないな、そいつ」


 また笑い出しそうになるのをなんとかこらえて、グレイスは腹に力を込めて彼の目を見上げると、きっぱりと言った。


「ええ。ですので、未練はありません」


「だったら」


 自分をアピールしようと前のめりになったエミリオを、手のひらで制す。


「未練はないと言ったでしょう?」


 きょとんとするエミリオに、グレイスは呆れ混じりにため息をついた。まだわかっていないらしい。


「昔振った女の顔くらい、覚えておいた方がいいんじゃないですか?」


「……え?」


「では、本当に失礼します。それと今後このようなことがあれば、騎士団の方へと抗議いたしますのでよろしくお願いいたします」


 丁寧に頭を下げて、グレイスはその場を後にした。


 幸いにもグレイスが角を曲がるまで、エミリオが我に返ることはなかった。



**



 難しい顔で訓練に勤しむエミリオの耳に、ひそひそとした話し声聞こえてきた。悪意を持って聞かせようと思っているのか、潜むどころか訓練場に響いている。


 エミリオが舞い上がってプロポーズをして、早一週間。


 これまで散々エミリオに辛酸を舐めされられてきた騎士たちの嘲笑が聞こえない日はない。


 と同時に、グレイスの評判はうなぎのぼりだった。


 エミリオは知らなかったが、グレイスはエバンスだけでなく他部隊や部下たちともそれなりに仲がよかったらしく、よくぞやってくれたとばかりに、彼女を褒め称える声がそこかしこから聞こえてくる。


 不思議なもので、グレイスが褒められることに悪い気はしなかった。


 彼女に対する憤りがない分、過去の自分へやり場のない感情が向かっているのだが。


(俺は、あの子を振ったのか……? いつ……?)


 それさえ定かではないという鬼畜ぶりに、目も当てられない。


 しかし言わせてもらえれば、好きだの、つき合ってだの、いちいち覚えていたらきりがないのだ。


 エミリオに告白してくる大半は、憧れから現実を見つめ直すためのいわば通過事例的な儀式であり、みんな本気なわけではない。


 初恋は叶わないとわかっていて、想いを伝え、そして大人の女性への階段を登っていくのだ。つまりは卒業記念の思い出づくりと大差ない程度の告白なのだ。


 そんなものに利用されるこっちの身にもなってほしい。最初の方こそやんわりと断っていたのだが、最近はかなり雑になっていたことは否めない。


 きっとグレイスにもそんな感じで適当にあしらったのだろう。


 過去の自分を殴ってやりたい。


 両想いになれたはずのチャンスを自分自身で潰していたのだからお笑い種だ。


「訓練に身が入らないなら帰ってもいいぞ」


 エバンスに背後を取られて、寸でのところで躱すが、頰の皮膚がごく薄く切れた。その一瞬の隙を突くように、今度は真横から白い縞模様の獣に飛びかかられて、避けきれずに地面へと押し倒された。


「なぅ」


 エミリオの肩を肉球で押さえつけ、もふっとした真っ白な胸毛を誇らしげに張って勝利を主張するのは、美麗な白虎(ホワイトタイガー)だ。エバンスは木刀を下ろしてその虎を手放しで褒める。


「シャーリー、よくやった」


 シャーリーと愛称で呼ばれることが多いこの虎の本名はシャーロットだが、れっきとした雄である。


 エバンスが捨て猫だと言ってどこからか拾って来たので、団員たちで慣れない仔猫の世話をしたのはまだ記憶に新しいが、成長したらなぜか虎になった。


 喉をごろごろ鳴らすところは普通の猫っぽいが、虎だ。サイズ感が違う。


 シャーリーは今や騎士団内の訓練隊長および番虎として確固たる地位を築いている。悲しいかな、エミリオよりも人望は厚い。


 エミリオはなんとか肉球の下から這い出て、土を払いながら立ち上がりエバンスをにらむ。基本塩対応なシャーリーは、わざわざ人の足の甲に尻を乗せてから寝そべった。普通に重い。懐いてほしいとまでは思っていないが、せめて仲間として尊重はされたい。


 そんなことを考えていると、ふと、そういえばこの男、グレイスとやけに親しげだったなと思い返す。彼女の肩に図々しくも触れていなかっただろうか。


 今となってはなぜ微笑ましく見ていたのかわからない。殺意しかない。


「彼女とどういう関係なんだ」


「彼女というと、グレイスか?」


 エバンスはひどい呆れ顔を作った。なぜかシャーリーまで眉間にしわを寄せて、やれやれというようにふすんと息を吐くと、重ねた前脚の上に顎を乗せてそのまま目を閉じてしまう。


「この間、おまえが見たままの関係だが?」


「……なんでおまえはパーソナルスペースに侵入することを許されているんだ」


 エミリオは手を振り払われたというのに。


「そりゃあ、三年も前からあそこに勤めているんだぞ? グレイスは親身になって人の話に耳を傾けてくれるし、愚痴や世間話にもつき合ってくれる。親しくならない方がどうかしてる。おまえみたいに」


 エミリオは自らのまぬけさを悔い、そして嘆いた。極力女性と距離を置くことを意識していたばかりに、たったひとりの運命の人を何年も見過ごし続けていたなんて。


 あまりに多くの魔力を持つ者は生きにくい。魔力を封じている可能性をまるで考えていなかった。それは完全にエミリオの落ち度だ。


 そうでなくともこんなに近くにいたなんて誰が思う。


「……というか、あんなにばっさり振られてたのに、まだ諦めてないのか? あんな公衆の面前で振られたら、俺なら立ち直れない」


「諦める? ずっと探していた女性なのに? 結婚するなら彼女しかいないと、この数年操を立てて禁欲し続けてきた俺に、よくそんなひどいことが言えたものだな」


「悪いがこの件に関しては、俺はグレイスの味方だ」


 やはりなにか特別な関係なのだろうかと思いもしたが、周囲で聞き耳を立てていた全員がエバンスに同意を示して静かにうなずいていたので、彼だけが特別というわけでもないのだろう。


 逆を言えば、エミリオだけが、特別親しくないというだけの話で。


 しかしそんな関係なのに、以前は好意を持たれていたことが不思議で仕方ない。肩書きか容姿に惹かれたのだろうか。


(彼女はそういうタイプには見えないが……)


 もしかすると忘れているだけで、なにか接点があったのかもしれない。


「彼女はこの地区の出身か?」


 突拍子もない質問にエバンスが眉を上げたが、いつものことだと思い直したのか、腕を組んでしばし考えてから口を開いた。


「出身はここじゃないはずだ。今は(・・)協会が家で職員たちが家族みたいなものだと言っていたことがあったな……。まあ、あれだけの魔力を持っていたら、普通の生活は無理だっただろう」


 自分の魔力を隠せるのが一番だが、普通は無理だろう。魔力を取引材料として誰かに庇護させる強かさがあればいいが、たいていの子供は魔物に襲われるか大人たちに搾取されるかのどちらかだ。


 先日の魔物も、エミリオではなくグレイスを狙っていたのだろう。魔封じは万能ではない。封じられた魔力を敏感に感じ取る魔物もいるのだ。気づかないうちに小さな怪我でもしていて、血の匂いに寄って来ることもある。


 聖騎士になる道を示してくれる大人がそばにいればまた違ったかもしれないが、女性の聖騎士は非常に稀だ。


 となるとだ。グレイスの伴侶は、彼女を守るだけの力と理解のある人間に絞られるわけで。


 その瞬間、暗かったエミリオの顔に光明が差した。


「彼女と結婚するのは俺しかいないってことじゃないか……!」


「は? 今の会話の流れでなんでそうなる? どんな複雑な思考回路をしているんだ?」


「エバンスが立候補する気なら、俺も容赦しないよ?」


「いや、待て、目が怖い。そんな目で人を見るな。俺はグレイスに下心なんて持ってない、というか、人を牽制する前に、すべきことがあるだろう」


 引き気味のエバンスに指摘されて、エミリオは訳知り顔でうなずいた。


「そうだね。まずは彼女のことを知ることが最優先課題だ」


「いや、そうじゃない。最優先されるべきはグレイスの気持ちだろうし、おまえが今すべきことは、次の討伐に向けての事前調査だな」


 ちょうどティアドロ山の麓付近で大型の魔物の目撃情報がいくつか入ってきたところだった。真偽のほどを確かめるための調査に第三部隊が割り当てられている。そこに魔物が存在すれば、そのまま討伐に入るだろう。


「……人の恋路を邪魔する悪しき魔物め」


「おい、なぜ俺をにらむ?」


「最短で討伐まで終わらせてやる。魔物め、狩り尽くしてくれる!」


 エミリオが早速調査へ乗り出すためにざっと身を翻し駆け出したのを眺めて、エバンスはやれやれと肩をすくめた。


「まぁ、やる気になったのなら、いいか」


 足元にいたシャーリーが、エミリオが走り去った方へとふんと鼻を鳴らし、苦労がにじむエバンスを労るように、すり、と頭をこすりつけた。



シャーリー(シャーロット)(3)

自他称猫の白虎ホワイトタイガー(地方騎士団北ティアドロ地区訓練隊長及び番虎)

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