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「あのっ、エミリオ様! ずっと……あなたをお慕いしておりました! それで、その、わたし――」



「申し訳ないけど、ほかを当たってくれないかな? 俺……魔力量の少ない子とつき合う気はないから」




 その日、グレイスの初恋はあっけなく終わりを告げた。



 片恋の相手であるエミリオは、輝く金色の髪に濃い碧眼を持つ美丈夫だ。しかも騎士の中でも、人々を脅かす魔物と戦えるほどの特筆した魔力と剣技を持つ、通称聖騎士。グレイスの手の届く相手でないことはよくわかっていた。


 彼らは国の守りの要であり、平民の若い娘ならば誰しも一度は聖騎士の青年に憧れを持つものだ。


 しかし彼らからすれば、女性など選り取り見取りの選び放題、人によっては入れ食い状態であり、なんの取り柄のない娘をわざわざ選ぶはずもなく、だからこそグレイスもこの淡い恋が叶うとは思っていなかった。


 それでも。


 わかってはいても、自然と涙がにじみ出た。


 グレイスにとって、これは一世一代の告白だった。


 三年間ひっそりとあたため続けた想い。ようやく伝える勇気を奮い起こして、彼の前に飛び出したのはほんの数分前のこと。


 それなのに……。


 彼は真剣に向き合ってくれるどころか、告白を最後まで聞くこともしなかった。


 きっと明日街で偶然出くわしたとしても、昨日告白してきた娘だと気づきもしないだろう。


 彼に告白した大勢のうちのひとりという記号でしか彼の記憶に残らないのだと思うと、たまらなかった。


 グレイスは自然と頰を滑り落ちた涙を手の甲で拭う。


(魔力量……)


 そう考えた瞬間、腕にはまった自分には不似合いな赤い腕輪が、涙を吸って急に重みを増した気がした。


 もしグレイスに多大な魔力があれば、彼は振り向いてくれたのだろうか。


(……いいえ)


 グレイスが魔力過多の体質だったとしても、彼はグレイス自身を見はしなかっただろう。


 グレイスはこれまでの人生、いつも魔力によって翻弄され続けてきた。


 はっきり言って、魔力を憎んでいた。


 彼は聖騎士ゆえに、一般人のグレイスとは価値観が違うのだ。きっとはじめから、彼とは相容れなかった。


 そう思って……気持ちに蓋をして、諦めることを選んだ。


 去っていくエミリオの背中に名残惜しくも別れを告げて、グレイスは未練を振り切るように踵を返した。


 こうしてグレイスの初恋は幕を閉じた。



 うら若き十七歳の、ある冬の日のことだった。




***



 エミリオは聖騎士だ。魔力を使って魔物を討伐するのが主な仕事であり、貴族出身の騎士ばかりが所属する中央騎士団とは指揮系統の違う、地方騎士団の対魔物に特化した特殊部隊の精鋭である。


 加えてエミリオは貴族に引けを取らないほど見目も優れており、この北ティアドロ地区の第三部隊の副隊長に任命されるほど優秀な騎士であり、まさしく出世街道まっしぐら。


 とくれば、なんの憂いもない勝組に見えることだろう。


 しかしそのエミリオは現在、浮かない顔で、同期で隊長のエバンスとともに献魔協会へと訪れていた。


 献魔協会とは、主に人の魔力を採取し、凝縮した魔石へと結晶化させる行為――献魔を、国から許可を得て行っている特殊機関である。


 魔力とは、未だ解明できていない未知の力だ。人の場合、魔力は主に血液に宿るとされているが、それ以上のことはわかっていないに等しい。


 研究しようにも魔力のすべては国の有するものとされ、その使用方法も魔獣討伐か結界維持のみと厳重に定められている。


 なにより、魔力を持つ人間は少ないのだ。人の持つ魔力には上限があり、失われた魔力は時間の経過で回復されるが、一定の量以上たまらないようになっている。聖騎士であれど、常に無尽蔵に魔力が溢れているというわけではなかった。


 ゆえに前線で魔物と戦う際は魔石を携帯する。戦闘中、万が一魔力切れを起こしたときの為にだ。


 人によって魔力量は異なるが、基本的に訓練された聖騎士の魔力量は多いとされている。それでも、他人にわけ与えられるほどの魔力を持ち合わせていることは稀だった。


 そんな事情もあり、聖騎士は定期的に自身の保有する魔力を魔石へと結晶化させ、温存しておくことが推奨されていた。


 聖騎士ではなくとも魔力を多く持つ一般人も少なからずいるので、善意で魔力を聖騎士に無償提供する人たちもこの場所を利用している。


 しかしながらそういった慈悲深い心を持つ者は、実に少ない。なぜなら魔力は金になるからだ。


 もちろん魔力の売買は違法だ。だが、地方に行くほどそういった犯罪に目が届かないのも事実であり、何年か前にもとある村で、魔力を多く持つ子供たちを攫い、村長主導でその魔力売っていたという事件も起きている。そういった人たちを守るためにも、魔力を無償で提供する彼らの匿名制は非常に重要視されている。


 たとえばの話、自分の魔力と相性のいい魔石があったとして、それが誰から提供されたものなのかは聖騎士といえど、安易に教えてはもらえないのだ。



 ゆえに――、



「規則なので〜」


 受付の髭面のおじさんにへらへらと半笑いでそう言われ、毎度のごとくエミリオに殺意が湧いた。


「エミリオ、顔が」


「俺の顔がなんだって?」


 にこやかに笑って隊長であるエバンスを仰ぐ。彼は誰よりも優れた体格を持っている。身長百八十あるエミリオですら、軽く見上げるほどだった。


 エバンスはやれやれと嘆息をもらす。


「いい加減諦めろ」


「諦める? 別に魔力ほしさに執着しているわけじゃないよ。前は定期的に献魔に訪れていた“彼女”が、それをぴたりとやめたことを心配しているだけで」


「女性かどうかはわからないだろう」


 確かに性別すら公表されていないが、エミリオは確信していた。


「女性だ。それだけは間違いない。彼女の魔力は白百合のような優美な香りながら果実のようなあまさもあって、俺の魔力にもよくなじんだ。絶対に、男ではない」


 そう断言したエミリオには、特に相性のいい魔力提供者がひとりいた。献魔協会に来て最初に彼女の魔石を探すくらいには、彼女の魔力に魅せられていた。実際魔物討伐の際に、何度もその魔石に助けられている。


 彼女は月に一度くらいのペースで魔力提供を行っていたので、それなりに魔力過多な人だとはわかっていた。それなのに、ここ一年ほど、どれだけ探しても彼女の魔石が見つからない。ほかの人に先を越されたことも考えられるが、そうでなければ彼女になにかあったとしか考えられないのだ。


 しかし焦燥しているのはエミリオだけで、受付のおじさんはへらりと笑うばかり。


「献魔していただいている一般の方には、協会が定期的にご機嫌うかがいと言う名の生存確認を行っておりますので〜。ご心配なく?」


 エミリオにまた殺意が芽生える。もはや芽吹きすぎて殺意の草原になりつつある。


「本当に? ということは、俺の求めている魔石が誰から提供されたものなのか、あなたはきちんと把握してるということですね?」


「ですね〜」


 エミリオの目の色が変わったのを見て、エバンスがすかさず割って入る。


「彼を脅して聞き出そうとか、考えていないよな?」


 エミリオが答える前に、受付のおじさんがひらひらと手を振った。


「脅されてしゃべるような人間、お堅いこの協会が雇ってくれませんって〜」


 こめかみをひくつかせるエミリオなど歯牙にもかけずに、受付のおじさんはとうとう腹を抱えてけらけら笑い出す。とうとう殺意の草原に毒々しい花が咲いてしまった。


「……諦めろ。おまえの言う彼女とやらも、なにか事情があるんだろう。わけあってこの街を離れなければならなかったとか、そういう個人的な事情が」


 そういう事情があるのなら、自分が力になりたかったのだ。これまでの恩を返したいと思うことが、いけないことなのだろうか。


 あわよくば、という下心がないとは言えないが。


 エミリオが己の無力さに打ちひしがれていると、受付の奥の部屋から職員の紺の制服を着た、小柄な若い女性が現れた。まだ十代後半くらいだろうか。彼女はエミリオとエバンスを見て一瞬目を見開いたが、すぐに事務的な顔つきに変わる。


「なにか不都合でもございましたか?」


 エバンスが、いやいや問題ないと苦笑した。


「すまない、グレイス。たいしたことじゃないんだ」


 申し訳なさそうなエバンスを尻目に、受付のおじさんは自分の娘ほどの年の彼女へとすがりつく。それはそれは、見るに耐えない光景だった。


「訊いてくれよ、グレイス。この兄ちゃんがしつこくてな〜」


「ちょっとマゼランさん? みんなのために戦ってくださる聖騎士様方に、その口の利き方はなんですか」


 ブルネットの髪をきつくポニーテールに結った彼女は、呆れ顔で腰に手を当てている。その袖口からは、どこか不似合いな赤い腕輪がちらりとのぞいていた。


「いやグレイス、俺たちが悪かったんだ。もう行くよ」


「そうですか……? では、お気をつけてお帰りください」


 丁寧に頭を下げる彼女に、エバンスはじゃあなと手を上げる。やけに親しげだったのが気になり、協会を後にしてからエミリオは訊いてみた。


「知り合いか?」


「……はあ? グレイスのことか? おまえ……しょっちゅう協会に行ってて、それはないだろう。グレイスはもう何年も前からあそこで働いているじゃないか。おまえだって何回も対応してもらっているはずだろう」


「へぇ、そう」


 対応してもらった記憶はないのだが、あまり記憶力がいいとは言えない方なので自信はない。人の顔を覚えるのは特に苦手だった。


「“白百合の君”以外に、興味なさすぎるだろう」


「変な俗称をつけないでもらえるかな?」


「そんな姿形もわからないような女よりも、もっと周りを見ろよ。昨日も告白されていたって聞いたぞ?」


「そうだっけ?」


 覚えてないと言うと、エバンスはこれ見よがしに嘆息した。


「……おまえ、はっきり言ってそれに関しては部下たちに相当恨まれているからな?」


 エミリオは怪訝に思い片眉を上げる。


「なぜ俺が恨まれるんだ」


「部下の惚れた女たちが、ことごとくおまえなんかにのぼせ上がってるからだろうが。おまえに告白して傷つく女性たちが不憫だ」


「その気もないのにつき合えと? それこそ相手に失礼だろう」


「みんな口にはしないが、いつか痛い目見ろって、そんな目でおまえを見てるんだぞ。わかってるのか? そんな部下たちを宥める俺の苦労をもっと知れ」


「はいはい、そーですか」


 エミリオは幼馴染の言葉を適当にあしらった。すでに痛い目を見ているのだ。


 なぜもっと真剣に彼女を探さなかったのか。いくら協会とはいえ、清廉な人間ばかりではない。方法などいくらでもあったはずなのだ。


 彼女が消えて一年も経つ。今ではもう、どうすることもできないが。


 深い後悔のため息をついたとき、背後から焦ったような声で呼び止められた。振り返ると、先ほど協会で会った職員のグレイスが、人の間を縫うように駆けて来るのが見えた。


「申し訳ありません、聖騎士様方! 書類に記入漏れがありまして!」


 受付で悶着していたせいで、献魔証明へのいつものサインを忘れていたことにふたり揃って気がついた。


「すまない、グレイス」


 ぜえぜえと荒い息を吐きながら紙を渡してきたグレイスの肩を、エバンスが労わるように軽く叩いた。やはり距離が近い。それにエバンスの、彼女を見る眼差しが、妙に優しい気もする。


(もしかして……?)


 少々堅物ゆえに浮いた話のなかった友人に、遅い初恋が訪れたのだと思うと、エミリオもまた微笑ましい気持ちとなった。


 エバンスが日付と担当者の名前の確認をしてから、さらさらと自分のサインを記入し、それをグレイスが確認してうなずく。そして彼女は今度はエミリオへともう一枚の紙を差し出した。紙とペンを受け取るとき、少しだけ指が触れ合い、グレイスは驚いたのか、熱いものにでも触れてしまったかのようにぱっと手を引く。


 過剰な反応をしたせいか、彼女はばつが悪そうに視線を逸らしたので、エミリオはあえて見なかったことにして、サインを済ませた。


「……ありがとうございました」


 礼を告げてそそくさと帰ろうとするグレイスに、エミリオは反射的に待ったをかけた。彼女も協会の職員だ。エバンスいわく“白百合の君”のことを、なにか知っているかもしれない。


「……なにか」


 警戒心あらわの彼女に、エミリオはまず心を開いてもらわねばと人好きする笑みを浮かべた。だが反応はイマイチ。彼女は一刻も早くこの場を離れたいとでも言うように、協会への帰り道へとちらちら目を向けている。


 エミリオは意外に思った。たいていの女性は微笑んで見せるだけで頬を染める。自惚れが過ぎたことを反省し、真面目な顔で簡潔に訊くことにした。


「以前協会へ魔力を提供していた人について知りたいんだ」


 職務に関する話とわかると、グレイスは背筋を伸ばして居住まいを正した。そして毅然と答える。


「魔力提供者の個人情報についての口外はできない規則となっております。ご了承ください」


 概ねさっきの受付のおじさんと同じ答えだったが、凛としたその口調のせいか、不思議と言葉の重みが違って聞こえる。


 その対応はとても好ましいものだったが、エミリオも藁にもすがる思いなのだ。


「個人情報を知りたいわけではないんだ。これまで定期的に魔力の提供をしていた人が、ここ最近魔力提供をしなくなったことに懸念を抱いている。なにかあったのではないか、と」


 エミリオはいかにも事件性を示唆するような体を装い畳み掛ける。エバンスがなにかもの言いたげにしていたが、余計な口を挟みはしなかった。


 攻める方向性は間違っていなかったのだろう、彼女はしばし眉根を寄せて考える仕草をした。


「現在のところ我が北ティアドロ支部においての魔力提供者の方々の中で、事件や事故に巻き込まれた方はいなかったはずです。ここ最近魔力提供を辞めた方がいらっしゃるのは事実ですが、それは今に限ったことではありませんし。それに彼らと職員の仲は極めて良好ですので、私生活での事情を概ね把握できていると思います。実際わたしの担当する魔力提供者の方は遠方へと引っ越しされてしまいましたが、時節ごとに手紙のやり取りをさせていただいております」


 エバンスが、そら見ろという目でエミリオを見やる。


(やはり引っ越してしまったのか……)


 エミリオの落胆は激しかった。


 そんなエミリオを不思議そうに眺めていたグレイスは、エバンスへと目を向けた。


「聖騎士様方は、魔力の個人差みたいなものがわかるのですか?」


「まあ、程度はあるが、聖騎士の中でも長年訓練をした者ならば概ねわかると思う。自分の魔力に合う魔石なんかは、特に」


「そうなんですか……。相性があるんですね。だから隊長クラスの方々は、たまに魔力量の少ない魔石を選ぶことがあるんですね。みなさん基本的には魔力量の多い魔石を選ぶので、前から不思議に思っていたのですが、勉強になりました」


 生真面目に礼を言う彼女に、今度はエバンスが首を傾げる番だった。


「グレイスは魔力持ちではないのに、それぞれの魔石に込められた魔力の濃度がわかるのか?」


 一瞬、グレイスは言葉に詰まったが、すぐに冷静に答えた。


「いつも献魔の様子を見させていただいているので」


 それは微妙に答えになっていないなと思ったそのとき、エミリオはその気配に気づいた。エバンスも同じタイミングで顔を上げてから、周囲をざっと見渡す。


 剣呑な空気をまとったふたりに、グレイスもなにかを察したのか口を閉じて身を縮こめた。


「……来る」


 エバンスが履いていた剣を抜いた瞬間、上空から魔物が飛来した。


 王都などは街全体が強靭な結界で守られているが、地方のいち都市程度の結界では、こうして魔物が入り込んで来るほどのほころびが生まれることもある。とはいえ、かなり稀なケースだ。


「――逃げろ!」


 エミリオは空を見上げて立ち竦む人たちへと向けて鋭く叫んだ。魔物は基本的に魔力の多い人間に向かって来る。人の魔力を糧としているからだ。だがここは市街地。戦闘となれば、魔力の持たない人たちにも被害が及ぶ。


「きみも早く!」


 剣を構えたエミリオは、恐怖におののくグレイスの背を押した。


 叱咤され、彼女は震える足で駆け出そうしたが、その行く手へと魔物が燃え盛る炎を吐き出した。前髪が焦げる寸前のところで腰を抜かしたグレイスを、エミリオはとっさに引き寄せて抱えた。


「大丈夫か?」


 グレイスはこくこくとうなずくが、足元はおぼつかない様子だ。しかしこのまま彼女を抱えて戦うわけにもいかない。


 魔力を溢れさせて斬りかかるエバンスへと、一旦魔物は任せて、エミリオはグレイスを安全な場所へと運ぼうとした――のだが。


 ごう、と吐き出された炎がエミリオの行く手を塞ぎ、顔をしかめて剣で薙いだ。エミリオの魔力で炎は横断されて消滅するが、魔物本体をなんとかしなければ埒があかない。


 しかもどうしたことか、飛び上がってその黒々とした翼へと一撃食らわせたエバンスには目もくれず、魔物はギャオーと甲高い鳴き声をあげながらエミリオへと急降下して向かってくる。


(なぜこちらにばかり……!)


 エミリオは舌打ちした。タイミングが悪すぎる。エバンスもエミリオも実力者ではあるが、ついさっき魔力のほとんどを魔石へと移し替えてしまったところなのだ。


 献魔後、数日間は魔力回復のための非番となる。つまり、今のエミリオには魔物の討伐は厳しい状況だった。


 ほかの部隊が早く来てくれることを祈りながら、少ない魔力をやりくりしながらグレイスを抱えたまま避けに徹する。


「ごめんなさいっ、わたしっ……」


「今そういうのいいから!」


 会話をするのも手間できつい口調となってしまったが、気遣ってやれる余裕もなかった。


 魔物はなぜかエミリオにばかり向かってくる。がら空きの背中へ、エバンスが急襲するして致命傷となる傷を与えたが、魔力が少なかったのか、みるみる魔物の傷はふさがっていく。


 せめて魔石を少しでも携帯しておけば。


 しかし普段から持ち歩く習慣などないのだ。


 ギャオー! と、激しい雄叫びをあげる魔物。ちまちま攻撃して戦闘力を少しずつ削っていくかと思ったときだ。唐突に、全身を懐かしい魔力が包み込んだ。


 自分のものではない、清廉で心地のよい良質の魔力に酔いしれる。


 だがすぐに我に返ったエミリオは、その魔力が誰のものなのか察して驚きに腕の中を見ると、グレイスが厳しい顔つきで赤い腕輪を外していた。


 つかの間、目が合った。


 意志の強いまっすぐな瞳。


 彼女が、エミリオの首に自らの腕を回して引き寄せ、唇が重なった。


 戸惑う間もなく、口腔内に流れ込んできた濃密な白百合の芳香と甘美な味に、軽くめまいを覚えた。しかしそれが彼女の血の味だと気づくと、慌てて身を引いて唇を離した。


「きみは……」


「エミリオ!」


 鋭く呼ばれて、エミリオは意識を切り替えた。考えるのは後回しだ。今は魔物を倒すことへ集中する。


 エミリオの探し求めていた魔力――グレイスの血から直接得た魔力の、あまりに馴染みがいい質のおかげで、失ったはずの魔力がほぼ全回復していた。


 魔力さえあればこれくらいの敵、朝飯前だ。


 エバンスと呼吸を合わせる。彼が次々奇襲をかけて魔獣の気を逸らし、タイミングを計ってエミリオは急所を貫いた。


 魔物は断末魔の悲鳴をあげ、地に堕ち、そして灰となり消滅した。


 剣を鞘へと収めると同時に、グレイスがさっと腕輪をはめ直す。


 たったそれだけのことで、彼女から一切の魔力を感じられなくなった。


 説明を求めて口を開こうとしたエバンスを制して、エミリオはグレイスをそっと地面へと下ろす。


 そして。


「グレイス嬢」


 瞬くグレイスの手を取り、エミリオはその場に片膝をついた。


「ずっときみを探していた。俺と、結婚してください」


 エバンスがめずらしく口を半開きにしてエミリオを凝視している。だが、魔物を倒した後の高揚感と、探してきた相手がこんなに近くで見つかったことに対する喜びで、温め続けてきた気持ちの抑えが効かなかった。


 聖騎士ともなると女性に不自由することはない。危険な任務ではあるがその分高給取りであり、そうでなくとも、人々は聖騎士への感謝の念が根底にある。それに加えて、エミリオは女性に好かれやすい容姿をしていた。


 だからこそエミリオは、理解できなかった。



「ごめんなさい」



 たった一言。謝罪の言葉の、その意味を。


 深々と丁寧に頭を下げた彼女は、エミリオの手をそっと振り払うと、振り返ることなく走り去って行った。


 その後ろ姿が見えなくなってずいぶん経った頃、かなり遅まきながら、エミリオは自分が振られたことを理解し絶句したのだった。




グレイス(18)

生真面目な献魔協会職員(献魔協会北ディアドロ支部所属)


エミリオ(22)

ちょっと残念なイケメン聖騎士(地方騎士団北ディアドロ地区第三部隊副隊長)


エバンス(22)

苦労性な聖騎士(地方騎士団北ディアドロ地区第三部隊隊長)

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