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執事が不思議な人だったら、お屋敷もそれに輪をかけて、不思議な場所だった。
なぜか、広いお屋敷には、自分と執事のエリック以外は誰もいないのだ。
――これより少し小さいくらいの我が家でも、もっと使用人はいたはずなのに。
特に結婚してすぐの場合なんて、普通は初夜の準備などをするためのメイドがいてもおかしくないのに。
「そういえば」とマリエッタは恐る恐る聞いてみた。
「あの……伯爵様はどちらに? あと、結婚式などはなさるのでしょうか?」
さすがに初対面の異性に対して、初夜のことを口に出すのははばかられたので、マリエッタは結婚式の話題にした。
ところが、エリックから返ってきたのは意外な言葉だった。
「あぁ、結婚式ならもうすでに終わっていますよ」
「え?」
「婚姻の届ならもう出しております。ですから、もう結婚はすでに終わっておりますよ」
「は、はぁ……」
――普通、結婚式をしたいのでは……?
カサンドラの可愛さは誰でもわかるようなかわいさだ。
キラキラしたドレスにネックレス。カサンドラはみんなに愛されて――、
そんな美人と結婚したのに、なぜ結婚式をしないのだろう。
「あと、旦那様は来ません」
「え?」
「ですから、旦那様は当分忙しく、屋敷に来ることはできません」
では、ごゆっくり、と扉がパタンと閉められた。
そうしてルッツ伯の元での、マリエッタの不思議な生活が幕を開けた。
この屋敷のルールは三つしかない。
一つ、お金でも何でも、屋敷にあるものは好きにしていい。
二つ、旦那様には自分から会おうとしてはいけない。
三つ、屋敷の地下室には近づいてはいけない。
「あとは何をしてもいいですよ」
こともなげに、エリックはそういった。
「お金でも使いたいならお好きにどうぞ」
エリックの口調には、どこかこちらを試すかのような雰囲気があった。
「そして、旦那様は奥様に会うのを楽しみにしてらっしゃいます。ですが、絶対に奥様から旦那様を探してはいけません」
複雑な気持ちだった。
バレるのが怖いのではなく、その逆だ。
ここまで期待されているのに、本当の自分はカサンドラではない。
あんな金髪の煌めくような美人じゃない。
ここにいるのはくすんだ髪色の平凡なマリエッタ。
伯爵と顔を合わせなければ、自分がマリエッタだとバレなくて済む。
マリエッタにとっては有利なはずなのに、それでも、人を騙していることに気が引けた。
「最後に」とエリックは話を続ける。
「屋敷の地下室だけはご容赦を。片付いていないので」
そこに明確な拒否の意思を感じて、マリエッタは押し黙った。
「はぁ……」
数日後、マリエッタは暇を持て余していた。
エリックは時たま現れることもあるが、日中は別の用事もでもあるのか、いないことも多い。
男爵家では、ずっと家計の管理や、父の借金の工面などをしていた。
たまに、母の庭をいじったり、ジャムを作るくらいで、ほとんどゆっくりできなかったが、暇すぎてやることがない、というのもつらい。
実際に、屋敷の部屋を調べてみたら、金貨が山ほどあった。
実家にいたときはあれほど欲しがっていた金貨だけど、そもそもマリエッタがここの家に来た時点で、実家の状況は好転しているはずだし、どうも使いづらい。
「はぁ……」
また、ため息をついてしまった。
「そういえば……」
この屋敷の庭は、広くて全貌を見たことがなかった。
何となく、庭に出てみたマリエッタは、庭のある一画に気が付き、じっくりと見つめた。
「素敵な野苺」
たしか、屋敷には鍋や調味料もそろっていたはず。
なら――、
「ジャムでも作ってみようかしら……」
伯爵様はさぞ豪華な食べ物を食べているだろうし、こんな小娘のジャムなんて興味ないかもしれない。
でも、これは贖罪だ。
なんて言ったって、自分は伯爵様が望むような娘ではないのだから。
カサンドラとの結婚を夢見てる伯爵様が、マリエッタを見てショックを受けたときのことを想像すると、何とも申し訳ない気持ちになる。
野苺を摘んで、火にかける。
母のレシピを見ながら、ゆっくりと。
少しばかりの罪悪感を感じながら、マリエッタは野苺を煮続けた。




