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ざっくり説明されました

 私がこの世界に召喚されたのは、高校二年生で十七歳になったばかりの頃だった。巫女だ祈りだと言われ、二年がかりで役目を果たし元の世界に戻ったのが四年前。

 戻ってから日常を取り戻すために苦労したけど、自分の世界での生活をそれなりに楽しんでいた。


「四年ぶりだな、ハナ。見違えたぞ」


 なのに、どうして私は王様とお茶を飲んでいるんだろう。

 二度と来るはずのなかった世界なんだけどな。ここでのことは強烈すぎてしっかり記憶には焼き付いていたけど、もうとっくに過去になっていたはずなのに。

 しかもウィルが扉の前に立ってるよ。私のことをガン見しながら、姿勢良く扉番してる。王様の後ろに立っているのはハインリッヒ様で、たぶん王様の護衛なんだろう。いかつい顔で威圧感は半端ないけど、ウィルの視線に比べたら気にならない。

 ちなみにさっき投げつけられた上着は返却済みで、ウィルがしっかり着ている。私はというと、あの格好のままじゃダメだってことになって、コルセットをきつく締めなくても大丈夫なゆったりとしたドレスを着せてもらった。

「四年も経てば、女は変わりますからね。……そういえば、こちらでは何年経っているんですか?」

 念のため確認したけど、「こちらでもハナが帰還してから四年目だ」だと言われた。時間の流れは、やっぱり一緒なんだな。嫌になっちゃう。

「髪を切ってしまったのか? 色も違うみたいだが、ハナの世界では髪の色を変えることができるのか? 癖のない髪もくるくるしているし、何があったんだ?」

 興味津々だね王様。去年の暮れにイメチェンしたばかりなんだけど、こんなことになるんなら髪を染めるのはやめておけばよかった。職場でアウトにならない程度とはいえ、茶色なんだよね。プリン状態になるの必至じゃないか。

「ずっと長かったので、短い髪に憧れて切りました。髪は染めてるんです。伸びてくる髪は黒のままですよ。癖がついてるのは、パーマをかけたからです。こちらでもコテで髪を巻いたりしてましたよね? それの強力な感じです」

 ああ、でもパーマも手入れができなきゃとれるの早そうだな。仕方ないか。

「染める? こちらにも染め粉はあるが、そんな綺麗には染まらないはずだぞ」

 染め粉あったのか。知らなかった。でも確かに、化学薬品を使わないであろう染め粉だと、綺麗に染まることはないんだろうな。

「技術的なことは詳しくありませんが、私の世界、というか国では髪を染めることは一般人が気軽に行えることなんです」

「それはすごいな。顔が変わっている気がするのも、ハナの世界にある技術のせいなのか?」

「それは私の化粧の腕が上がっただけです」

 付けまつ毛はこっちにないだろうけど、男の人にそこまで言う必要もないだろう。今日メイクを落としてしまえば、接着剤のないこっちでは付けまつ毛はもう装着できないし。

「服は……寝ようとしてたのか?」

「あちらでは普通の外出着です。私の国はいま蒸し暑い季節なので、薄着はおかしなことではないんですよ。文化の違いです」

「蒸し暑い?」

 服じゃなくてそっちに反応したか。この世界はあのでっかい水晶――もとい聖石の力で、天候は安定している。年間を通じても、そこまで気温の高低に差はない。蒸し暑いとか凍えるほど寒いとかっていう感覚を、気候によって感じたりしないって聞いたことがある。

「かまどを使う工房の中くらいに暑くなる季節があるんです」

「それは嫌だな」

 そりゃそうだ。慣れているとはいえ、夏の蒸し暑さは私だって嫌だ。沖縄に行った時は暑いは暑いでも、蒸しっとした感じはなくて日陰に入れば涼しかったことに感動した。

「でも王様、印象が変わった自覚はありますが、召喚されたのに私だって気がついてもらえなかったのは傷つきました」

 あのまま誰も気がついてくれなかったらどうすればよかったんだろう。たとえ「ハナです。前の巫女です」と名乗っても、信じてもらえなかったのではないだろうか。なにそれ怖い。自分が自分だと証明することは難しいっていう哲学的な問答に発展しちゃうよ。

「すまなかった。本来なら、こんな短期間に再び巫女を召喚することはあり得ないからな。こちらとしても、まさか同じ巫女が召喚されることになるとは想像してなかったんだ」

 ……ん? そういえばそうだ。どうしてたった四年でまた巫女を召喚しているんだろう。私が聞いた話だと、一度巫女を召喚して儀式を完了させた後は、少なくとも百年は持つっていってなかった?

 聖石によって、この世界は平穏が保たれているらしい。聖石は力の塊で、常に光っているんだけど、力が弱まっていくとその光も淡くなる。それを元に戻すために、異世界から召喚した巫女の祈りが必要だと前回説明を受けた。ちなみに聖石は召喚された時に背後にあったやつだ。

 ぶっちゃけ私にはなんの力もないよ。けどこの世界に召喚される時に神力ってのが宿るらしい。つまりは容れ物だ。

 そう、容れ物。容れ物が必要だから異世界から召喚って酷いよね。自分の世界のことは自分達でどうにかすればいいのに。でも、聖石の力をもとに戻すための神力を受け取れる人はこの世界にはいないんだって。というか、召喚っていう儀式を経ないとダメなんだって。はた迷惑な。

 そのへんのことが納得できなくて、前回は錯乱したんだよね。逃避している間に天候が乱れはじめて、これは聖石の力が弱まりすぎて世界の均衡が保てなくなったせいだと聞かされたから、これはヤバイと真面目に役目を果たしたんだよな。死者が出るような天災が起こる前に祈りを捧げることができて本当によかった。私のせいで誰かが死んでいたらと思うと、今でもゾッとする。この罪悪感と恐怖は一生忘れられない。

 そしてなにより、さっさと現実受け入れてお役目を果たしていれば、もっと早く元の世界に帰れたのに。召喚という理不尽な出来事はこちらの世界の責任だけど、二年もかかってしまったのは私自身のせいだ。

 ともあれ、あの時ちゃんと役目を果たしたんだ。聖石は本来の輝きを取り戻し、最高潮の輝きがある状態の時にのみ行える返還の儀を実行してもらって私は帰った。その時、これで百年は大丈夫だって話を聞いたんだけどな。この世界が巫女を必要とするのは、だいたい百年から二百年の間に一度って歴史を学んだし。

「ハナの儀式はちゃんと成功した。君が元の世界に戻ったのが何よりの証拠だ。だから、本来なら少なくとも百年は召喚の儀を行う必要などなかったんだ」

 だよね。帰れたってことは、私の仕事にミスがあったわけじゃない。それを聞いてホッとした。もし私がミスったせいで問題が起きたていたら、どうしていいかわからない。

「でも、召喚したんですよね? 召喚も聖石が巫女を欲しないと成功しないって言ってませんでした?」

 召喚だって簡単にできるものじゃない。必要だと聖石が求めないと条件が揃わなくて成功しないって話だったはずだ。

「その通りだ。不慮の事故で聖石の力が弱まったせいで、こんな短期間に再び召喚の必要が出たんだ」

「不慮の事故?」

 一体何があったんだろう。ここは聖石に守られたこの世界は、とっても平和だったはずだけど。なのに王様は顔を伏せて、とても言いにくそうだ。この世界で何があったのか、不安になる。

「新年の儀式の時、つまずいて持っていた宝剣がぶつかって、聖石が欠けたんだ」

「は?」

「少し欠けただけだ。欠けた部分の修復は終わった。ただ、力が弱まったことまではどうにもできなかったんだ」

「はあああああああああ!?」

 うっかりコケたってなに! 聖石ってこの世界で一番大事なもんでしょう? わざわざ異世界から召喚までして守らなくちゃいけない大事なものなんでしょう? なのにつまずいたせいで欠けるってなんだ!

「そのうっかりバカは誰ですか!」

 王様は伏せていた顔を上げて、まっすぐに私を見て言った。

「私だ」

 そして、気まずそうにすぐ視線を外す。

 ……いやいやいや、ちゃんと目を見て言うところは偉いかもしれないけど、そもそもうっかりバカはあんたか!

「普通なら極刑になってもおかしくなさそうなうっかりですね!」

 噛み付くように嫌味を言えば、王様は真顔で「王でよかったと心から思ったぞ」とおっしゃりましたよ!

 本当に王様でよかったですね。王様じゃなかったら命の危機だ。この世界で一番大事な聖石を壊したとか笑えない。王様含めて、その場にいた全員が死にそうな気持ちになっただろう。

「大神官を筆頭に、ものすごく怒られた」

 当たり前だ。特にリオン様をはじめとした神官達は修復とか死に物狂いで行ったんだろうし、召喚も彼らの領分だから、ものすっごい迷惑をかけたはずだ。王様は怒られただけですんでよかったね。

「国民にはちゃんと謝った」

 自分が壊したこと公表しちゃったの!? 王様の潔いとこは男前かもしれないけど、そんなことしたら反乱とか生まれそうじゃないか。

「平和でよかった」

 しみじみと言わないでほしい。ほら、王様の後ろに立ってるハインリッヒ様が遠い目をしているよ。呆れを通り越してるよ。

「ハナにも再び迷惑をかけてすまない。今回は私のせいで弱まったものを戻すだけだから、期間はそれほど長くないとリオンも言っていた。長くて三ヶ月、短くて一ヶ月らしい」

 リオンって、神官のリオン様だよね。あの人がそう言うなら、そうなんだろう。一ヶ月から三ヶ月って思ったよりも短いな。これなら、前回みたいに元の世界に戻っても日常を取り戻すことはそこまで苦労しないだろう。そうで、あってほしい。

「……もう召喚されてしまいましたし、ちゃんと役目は果たします」

 ザックリとした事情はわかったし、帰る期間の目安もついた。なら今日はもうそれでいい。なんせ二度目だ。一度目の時のように、現実が受け入れられなくて怯えて泣き喚く必要もない。嘘だ嫌だと目を背けて、逃げまわる必要だってない。ここは私の世界じゃないけれど、もう既に見知った世界なんだから。

「ありがとうハナ」

 王様がふんわりと笑ってくれた。この優しい笑い方が癒やしなんだよなぁ。昔の私も、この笑顔にちょっとは慰められた。でも今回のうっかりはもっと反省してほしい。

「それにしても、いつも泣いてたあのハナがこんな立派になるなんて変な感じだな」

 王様にとっての私って、泣いてるか怒ってるか逃げまわってるかだろうしね。あの経験のお陰で、私は立派に成長しましたとも。

「四年も経てば成長します」

 異世界に行くだなんていうトンデモ体験をしたんだし、否応なしに成長する。こっちにいた当時は混乱してだいぶ子供っぽい態度をたくさんとっていたけど、自分の世界に戻ってから振り返れば、そりゃあいろいろと思うところがあったもんなぁ。

 とりあえず、こっちにいた間の自分の行動は全般的に思い出すだけで恥ずかしくて悶える。現実が受け入れられなくて、周囲にあたって泣いてごねてばっかだったもんね。もうちょっと柔軟性を持っていたらよかったのにな。逃げまわってなきゃ、二年もこっちにいる必要はなかった。本当なら一年くらいで役目を終えられたはずだと聞いたし。

「成長はしても、護衛は前回と同様に付けるからな」

 前回も確かに護衛はつけられた。名目は護衛だけど、あれは監視役とか世話役といったほうがいい気がする。逃げる私を捕獲したり、泣き喚く私を慰めたり、ものすごく面倒な役回りだったはずだ。

 チラッと扉の前に立つ当時の護衛に視線を向けたら、ガッツリ目が合ってしまって慌てて逸らす。そういえばウィルはこっちをガン見してるんだった。

「今回はサボったり逃げたり暴れたりないので、固定じゃなくて大丈夫ですよ。通常のお仕事に支障がでないよう当番組んでください」

 扱いにくかった私の護衛は、ずっとウィルだった。朝から晩まで私に振り回されて、通常のお仕事はほとんどできなかったはずだ。たくさんの迷惑をかけてしまったし、今回はそういうのをできる限り減らしたい。

 そう思ってお願いしたら、王様が目を丸くして何度かまばたきをした後、ニヤニヤと笑った。なんだ一体。

「巫女の護衛が当番制だとおもしろいな。ウィリアムが副隊長やってる第二近衛隊に護衛を命じたから、当番制云々はあいつと相談してみろ」

 名前を出されて、反射的にもう一度ウィルの方を見る。当然のように視線はかち合ったけど、今度は逸らさずに表情を確認した。なぜか眉間にしわが寄っていて、ムッとしているのが伝わってくる。そんなに表情が出てていいんだろうか。

 というかウィルったら副隊長になったんだ。四年前はシヴァ様が隊長を務める第二近衛隊に所属する近衛騎士って立場だったはずなのに、出世したんだね。すごい。

「隊長ではなく、ウィリアム様に相談でいいんですか?」

「前回経験のあるという理由でウィリアムに巫女の護衛は一任されているからな。この件に関しては隊長のジルではなくウィリアムに任されている」

 ジル、ジルか、聞き覚えがある。近衛隊のどれかで副隊長していた人だ。その人は隊長になったのか。

 それにしても、ウィルも大変だね。私のお守りをしていたばっかりに、また面倒事を押し付けられる羽目になってたんだね。召喚された子は、程度の差はあれ錯乱するだろうにご苦労なことだ。

 でも私は二回目で、前回醜態を晒しまくったおかげでもう大丈夫だ。護衛してくれる人の手をなるべく煩わせないよう気を使う余裕がある。

「わかりました。後で相談してみます」

 どちらにせよ、ウィルと相談しないことには話は進まないだろう。

「あいつとも護衛の件を含めいろいろと話があるだろうし、今日はもう部屋に戻るといい。リオンに話は通しておくから、明日の朝に神殿に出向いてくれ」

 いろいろっていう言葉が引っかかるな。そりゃあ確かにウィルとはいろいろあったけど、四年も前だよ。今はそう、懐かしい人に会ったなっていうくらいの気持ちで接することができたらいい。

「わかりました。明日の朝、神殿を訪ねます」

 退出をしようとすれば、ウィルが扉を開いてくれた。そしてお辞儀をしてから部屋を出た私を、当然のように先導してくれる。

 今日はやっぱり、このままウィルが護衛につくらしい。

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