決勝戦です、ロード!
†西の荒野:特設会場
激戦大闘演武会も今日で最終日。試合会場は満員御礼だった。その多くは午前中の決勝戦よりも午後のエクストラ・マッチ、つまりはミスターXに注目が集まっていた。
「さぁ激戦大闘演武会もついに最終日!泣いても笑っても残すところはこの決勝戦とエクストラ・マッチの2戦のみとなりました!荒ぶる猛者たちの頂点に立つのは一体誰なのか?それではさっそく決勝を戦う選手を紹介いたしましょう!まずは赤コーナー!数々の強敵を退けてここまで来ました!魔王の片腕にして悪魔族の長、サタン選手ーっ!!」
ナレーションに呼応するようにリング上に魔法陣が煌めき、ゆっくりとサタンの裸身がせり上がる。両腕の紋様を煌々と輝かせてその全身を現すと、けたたましい咆哮で会場を震わせた。
「サ、サタン選手が燃えています!既に臨戦態勢です!」
「それはそうでしょう。何と言っても決勝の相手はまかり間違っても負けられない相手ですからね」
「それに対するは青コーナー!」
どこからともなく無数の蝙蝠が飛来し、リング上に集う。やがて蝙蝠の影はくっきりとした人の形をとる。白銀の短髪。真紅の瞳。足首まである長い外套に身を包んで、細身の優男が姿を現す。口元に長く伸びた牙を覗かせて涼しく微笑む姿に黄色い声援が飛び交う。
「悪魔族にこの人あり!顔に似合わず自滅的な戦闘を繰り広げる、戦慄の貴公子!ファウスト・ヴェルウッド選手ーっ!」
悪魔族の中でも貴族と呼ばれる血筋であるヴェルウッド家の当主。生まれながらにして魅了や再生などいくつもの能力を具え、その昔には魔王を輩出したこともあるその一族は――いわゆる吸血鬼である。
「このような大舞台であなたとやり合えるなんて嬉しくて仕方ありませんよ。出場した甲斐があるというものです」
俯いて肩を震わせ、ファウストは必死で笑いを噛み殺していた。この衆目の中での下克上――いや、彼自身は自分がサタンに劣っているとは全く思っていないから、彼に言わせればそれはただの世代交代。ただでさえここ最近株の下がっているサタン。たとえ試合といえどそれを打ち負かせばサタンに従うものはもはや皆無であろう。そして自分が悪魔族のトップとして相応しいことも示せるであろう。いっそのことこの機に乗じて殺ってしまってもいい。この決勝戦はファウストが悪魔族の長に君臨するためにお膳立てされたようなものだった。
その笑みの意味を正しく理解してサタンは長い沈黙の後、一言だけ呟いた。
「…………全力で叩き潰してやろう」
向き合う二人の間に、決勝の開始を告げるゴングが鳴り響いた。
と、同時にサタンの姿が、ファウストの姿が、リングの一端が、消滅した。
轟音を上げて蒸発したリングの縁、砂煙の中からサタンが姿を現しておもむろにそれを放った。それを放るサタンの腕は黒く焼け爛れ流血し、凄惨な状態であったが、豹の解説者を一瞬凍りつかせたのはむしろ放り投げられたものの方だった。サタンの腕と共に宙に流血で放物線を描き、豹の審判員の脇をかすめて地面に転がったのは、ファウストの足首だった。
「しゅっ、瞬殺ぅぅっ!?サタン選手の勝利です!!」
わけの分からない試合でも、その結果は徹底的に圧倒的で、一方的に決定的であることを分からない観客は誰一人いなかった。勝者宣言に会場は一瞬にして歓声と悲鳴で沸いた。
「な、何だ?今のは!?」
会場中の多くのものが思った疑問を口にしたのは、それを実際に喰らったファウストその人だった。身体のほとんどを失って随分と消耗してはいるが、この短時間で足首から全身を復元しているあたりは流石である。
リング上からファウストを見下ろしてサタンが告げる。
「言ったであろう。全力で叩き潰してやる、と」
!特設会場:解説ブース
「私には試合開始と同時にサタン選手が跳んだところまでしか見えませんでしたが、一体何が?」
豹の動体視力でも捕らえられなかった一戦を、竜王がコマ送りのVTRを指し示しながら解説する。
「飛びながら拡大も絡めた重力操作を放ってますね。空間干渉されていては吸血鬼お得意の霧化や蝙蝠化といった回避手段はまともに機能しなかったでしょう。これらの回避手段と超再生がありますから、サタン選手も苦戦するのでは、と私も思っていたのですが……」
「瞬殺、でしたもんね。肝心なのはここから、です」
「展開された重力操作による超重力と突進で急降下!!ファウスト選手をリングに叩きつけて……ひしゃげた頭部と腰部にそれぞれ……隕石衝突!!両腕にそれぞれ待機させてあったんですね」
「そう言えばサタン選手、両腕だけ紋様を輝かせていました。アレは奈落の烙印ではなく……」
「そういうことですね。超重力環境下では新規で魔法を展開するのも一苦労ですから、待機状態にしてあったということでしょう。制御の必要性もない真上からの隕石衝突というチョイスは真っ当な所です。ただ……」
「ただ?」
「隕石衝突を体内に待機させるという発想が既に正気とは思えませんね。隕石のエネルギーをその腕に留めているということですよ?」
隕石の破壊力と高熱。下手を打てば並のボスキャラでも消し飛ぶほどのエネルギー。今しがた実際に消し飛んだファウストがいい実例だ。サタンはそれだけの破壊のエネルギーを片腕に一発づつ宿していたのだ。
「それだけの破壊力をもってして一瞬で勝負を決めなければならなかった、というのは分かりますが。それでも私だったら絶対にやりません」
竜王の解説に会場がどよめく。一般的に言って悪魔族よりも竜族の方が高いvit値を有している。その理論で言えばサタンに出来て竜王に出来ない道理はない。その竜王をしてやらないと言わせしめる恐るべき闘技だったことに気付いた観客たちは、あるものは背筋に冷や汗を走らせ、あるものはいいものを見たと嘆息を漏らし、またあるものは別のものを漏らすのだった。
「私も二度とこんな無茶はしたくないですよ」
サタンが口を挟む。傍らの若き吸血鬼の当主を睨み据えて。
「だが、私は眼前の敵を決して侮りはしない」
格下とは言え、喰われる可能性はあったのだから、徹底的に勝ちに行った。そのために無茶もした。
「だがお主は私を侮った。恐らくは持ち前の超再生や霧化に任せて長期戦に持ち込み、チクチクと削りきるつもりだったのだろうが……明確なヴィジョンがなければ勝てるものも勝てんぞ?」
「そこ行くとサタン選手は勝つための道筋をつけて、その準備を整えて。勝つべくして勝った、ということですね」
「ぬぐぅっ……」
ファウストにしてみれば相手を侮っていた節があるのは否めず、その相手から指摘を受けるのも仕方が無いと言える。が、「サタンは勝つべくして勝った」はそのまま「ファウストは負けるべくして負けた」であり、解説者とはいえ一MOBにそんなことを言われてしまっては、なかなか耐え難いものがあった。
「しかしまぁ、演武会だってのに容赦ないね。一歩間違っていたらお陀仏だよ?」
「もし私が負けていたら、その時はお遊びだったなんて言い訳は通用しなかっただろう?」
「だろうね。なんにせよ優勝とTOPの座死守成功おめでとう」
竜王が祝辞を述べる。豹の解説者も拍手を送った。
「この調子で、エクストラ・マッチも期待していますよ」
豹の解説者「娯楽小説なんかだと吸血鬼ってアンデッドの属性を持っていたりしますよね?」
竜王「不死身のイメージが強いけど、あくまで吸血鬼だからね。超再生があると言っても死ににくいだけであって死なないわけじゃないし、ましてや死んでいるわけでもない。まぁ、足首から全身を復元するってのもなかなかに生き物の理から外れているような気もするけどね」
豹の解説者「後顧の憂いを断つなら、いっそのこと……」
サタン「馬鹿者。こんな遊び如きで陛下の手駒を損なってよいわけがなかろう?」
竜王「あれ?何か今日のサタン君は、格好いい?」
さっきゅん「ほらほら!怪我人はさっさと医務室に行きますよー?」




