1.兄も姉もうるさくて
さあ、今日はどんな嫌がらせが待っているのかしらね。ため息をひとつついて、顔を引き締める。
胸を張り、兄姉たちが待つ部屋へと歩いていった。ゆったりと、堂々とした足取りで。
「第十一王女チェレスタ、ようやくお前の嫁ぎ先が決まった」
高らかにそう言い放ったのは、わたくしの一番上の兄、第一王子ジョーディー。このフロージュ王国の王太子、つまり次の王だ。
わたくしはこの王国の、末の王女。十九歳になるけれど、まだ婚約者すらいなかった。この国の王侯貴族の娘で、この年になっても婚約者が決まっていない者はかなり珍しい。
「まあチェレスタ、よかったわね」
「君の縁談がまとまらなくて、ずっと心配していんたんだよ」
「これでようやく、肩の荷が下りたわ」
ジョーディーの言葉を聞いて、兄姉たちが一斉に微笑む。そちらにおっとりとした笑みを返しつつ、腹の中でちっと舌打ちをした。
まったく、茶番にもほどがありますわ。今までわたくしの縁談をつぶしてきたのは、あなたたちでしょうに。
兄姉たちは、わたくしのことを祝福している……のだと、見せかけようとしている。しかしみな、見事なまでに失敗している。笑顔は薄気味悪いし、猫なで声が気持ち悪い。
しかも兄姉たちときたら、この場に立ち会ってわたくしを笑い者にするためだけに、遠くの領地や嫁ぎ先からわざわざ集まってきたらしい。兄姉全員が顔をそろえているのなんて、久しぶりに見ましたわ。
ここにいるのは兄が七人と、姉が十人。一番下のわたくしを含めると、十八人兄姉だ。
フロージュでは、王は複数の女性をめとり、可能な限りたくさんの子をもうけるという伝統がある。とはいえ、夫人が七人に子どもが十八人というのはかなり多いほうではあった。
そういった事情もあってか、わたくしたち兄弟の関係はあきれるくらいにぎすぎすしたものだった。同じ母から生まれた者同士はそれなりに親しくしていたけれど、腹違いの者は、他人……というより、ほぼ敵のような扱いだった。
複雑極まりない家庭環境の中で、兄姉たちは自然と『誰かをいけにえにすることで、残りの者同士の関係を多少なりとも良好に保つ』という方法を取るようになっていたのだ。
そしてそのいけにえに、兄弟の中で一番若く、そして同腹の兄弟を持たないわたくしが選ばれてしまったのだ。
わたくしのお母様は体が弱く、わたくしを生んでからずっと、実家であるアディン侯爵家で静養している。わたくしは十二歳になるまでお母様と一緒に実家で暮らし、七年前にひとりで王宮にやってきたのだ。
そんなわたくしに、兄姉たちはことあるごとに嫌がらせを仕掛けてきた。部屋のものがなくなっていたり、庭を歩いていたらどこからか水が降ってきたり、すれ違いざまそっと足払いをかけられたり、そういったことが立て続けに起こった。
大人たちは、誰もわたくしを守ってはくれなかった。この王宮でたった一人の血縁である、父王さえも。
この国のしきたりで、父親である王は王子や王女と私的に顔を合わせることはない。後継者選びのときに目が曇るといけないからだとか、そんな理由があるらしい。
だからきっと、父はわたくしのこの状況を知らないままなのだと思う。本当にもう、くだらないしきたりですこと。
孤立無援、それこそが今のわたくしを表すのにぴったりな言葉だった。けれどわたくしは、大して困ってはいなかった。
壊されて困るようなものはあらかじめ巧妙に隠していたし、ドレスを汚されようが道端で転ばされようが、動じなければいいだけの話だ。
あわてず騒がず、何事にも悠々と対処するに限る。下手にうろたえたら、それこそあちらが喜ぶだけ。
あいにくわたくしは、とびきり気が強いのだ。もっとも、いつも優雅な笑みの下に隠していたから、鈍い兄姉たちは気づいていなかったかもしれないけれど。
いつまでたっても平然としているわたくしにいら立ったのか、兄姉たちは妙な行動に出た。なんと、わたくしの縁談をひとつひとつ丁寧につぶし始めたのだ。嫁き遅れにしてやろうということらしい。
とはいえ、やはりわたくしは毎日のんびりと過ごしていた。末の王女であるわたくしは、どのみち政略結婚の道具にしかならない。変なところに嫁がされるくらいなら、ずっと独り身のほうがましだ。
そんなところに、いきなり降ってわいた縁談。つまりこの縁談もまた、兄姉たちによる嫌がらせのひとつに決まっている。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか。平静を装いながらたたずむわたくしに、ジョーディーが厳かに告げた。
「お前の嫁ぎ先は、騎士団長ヴォルフ・エリアス!」
やはり薄ら寒い笑みを浮かべたまま、兄姉たちがざわめき始めた。
「ヴォルフ様ですって? あらあ、とっても腕の立つお方だって話じゃない」
「か弱いお前には、ぴったりの相手だな」
「いい嫁ぎ先ね。うらやましいわ」
飛びかう褒め言葉は、あまりにも空々しい。笑いをこらえつつ、こっそりと考える。
騎士団長ヴォルフ。彼のことは、わたくしも小耳に挟んだことがある。
この国では、騎士になれるのは貴族の子息だけだ。ただそのほとんどは、家を継ぐことのない、次男とか三男たちだ。そういった事情からか、貴族たちは騎士たちを下に見ている。
そんな騎士たちの中でも彼は、特に立場が下だった。田舎の男爵家の、確か次男坊だとかで。
にもかかわらず、彼は優れた剣の腕をもって地道に出世を重ね、ついには騎士団長の座に就いたと聞いている。
……努力家の、よい人のように思えるのだけれど。わたくしは、特に身分や立場など気にしないし。
内心首をかしげていたら、ジョーディーがにやりと笑った。あら、悪い顔。
「彼はこの国に貢献してくれている、偉大なる人物だ。しかし王女をめとるには、それなりの地位が必要だろう」
いつの間にか兄姉たちは口を閉ざし、ジョーディーの次の言葉を今か今かと待っていた。
「よって、現在空位となっている辺境伯の爵位を、彼に与えることとする!」
そうしてわき起こる、わあっという歓声。その中でわたくしは、ひとりこっそりと納得していた。ああ、そういうことですのね。ようやく納得がいきましたわ。
辺境の守りたる辺境伯は、他の貴族たちよりも多くの責任を負わされている。国の中でもとびきりの田舎を治め、外敵を追い払い……とにかく、大変らしい。
確か、先代の辺境伯は隠居を宣言して妻の実家に逃げ込み、その息子たちは全員騎士になって、家を継ぐことを放棄したと聞いた覚えがある。だから今、辺境の城には最低限の兵士しかいないはず。
つまり兄姉たちは、身分の低い男性をわたくしにあてがったうえで、ふたりまとめて危険な辺境に放り込もうとしているのだろう。本当に、手の込んだ嫌がらせですこと。
……とはいえ、それは嫌がらせにはならないでしょうね。楽しげに笑っている兄姉たちを見ながら、心の中だけでちろりと舌を出した。
そんな一幕からひと月ほど後、わたくしは辺境の城に足を踏み入れていた。
初めて目にしたその城は、質実剛健、飾り気はろくにないけれど、とにかく丈夫そうだった。ここは辺境の守りのかなめとなる場所なのだから、当然といえば当然なのだけれど。
そうして騎士団長改め辺境伯、わたくしの夫となる人と、顔を合わせる。
「はじめまして、ヴォルフ様。チェレスタにございます」
城の一室で待っていたその人に、優雅にお辞儀をして名乗る。返ってきたのは、とても短い言葉だけだった。
「……ああ」
あら、機嫌でも悪いのかしら。それとも、いきなり押しつけられたわたくしのことが、気に入らないのかしら。
まあ、これくらいのことは想定内ではあるけれど……ひとまず、様子を探ってみましょうか。笑顔を崩さずに、ゆったりと言葉を続ける。
「ふつつかものではありますが、どうぞこれから、よろしくお願いいたします」
そう述べながら、ちらりとヴォルフを見る。
彼は見上げるほどに背が高く、よく筋肉がついてがっしりとした男性だった。
獅子のたてがみを思わせる赤みの栗毛は後ろに流して軽くなでつけられ、暗い琥珀色の目には温かな光が宿っている。整った面差しはとても凛々しく、意思の強さと誠実さを感じさせる。
……かなり、素敵な方かも。
血筋と身分にあぐらをかき、上品ぶって居丈高に構えているほか能のない兄たちとは、大違いだ。ヴォルフのどっしりとした安定感や、頼りがいのありそうな雰囲気に、ついつい見とれてしまう。
しかしひとつ、気になることもあった。さっきから彼は、視線をそわそわとさまよわせていたのだ。それでいて、一度たりともわたくしをまっすぐ見ようとはしない。
悪意や敵意は感じないし、おそらくこれは、不機嫌なのではなく……とまどっているのだと思う。よく見てみると、そのたくましい肩がほんのちょっぴりすくめられているし。
彼はあらぬ方を見たまま、口を開きかけてはまた閉じている。何か言おうとして、ためらっているらしい。
静かにたたずみ、彼の言葉をじっと待つ。やがて彼は、観念したように小声で言った。
「……チェレスタ様。長旅でお疲れでしょう。どうぞ自由に、休んでいてください」
そう言うなり、彼はわたくしに背を向け、入り口の扉のほうに向かっていってしまう。
「あの、旦那様?」
せっかく顔を合わせたというのに、ろくに話もしないというのはどうかと思う。それに、チェレスタ『様』って。
不思議に思いながら、彼を呼び止めた。彼はためらいがちに振り向くと、わたくしをちらりと見る。その目が、突然大きく見開かれた。
それは、まぎれもなく驚きの表情だった。思いもかけない反応に、わたくしまできょとんとしてしまう。
ヴォルフはそのままわたくしをまじまじと見つめていたけれど、すぐにはっと我に返り、会釈して部屋を出ていってしまった。
「……行ってしまわれたわ。……人見知り、なのかしら?」
ひとり残されて、小首をかしげて考える。
彼は多くの騎士たちを束ねる騎士団長だったのだし、人見知りでは務まらないと思うのだけれど……どういうことかしらね。それに、さっきのあの表情の理由も、よく分からない。
まあ、いいわ。おいおい、彼について知っていけばいい。時間なら、たっぷりあるのだから。
ゆったりとした足取りで、窓辺に向かう。木々の向こう、遥か遠くに、雄大な草原が広がっているのが見える。
「……いつか、あの草原をこの目で見てみたい。ひそかな夢が、こんな形でかなうなんて。ふふ、兄たちに秘密にしておいてよかったですわ」
今は亡きお祖母様は、よくこの辺りの草原について話してくれた。そのときのお祖母様はいつも、懐かしそうに微笑んでいた。
王都から遥か離れたその地の厳しさと魅力を聞いて育ったからか、わたくしは、ずっとこの地に憧れていた。けれどわたくしがそんな思いを抱いていることを知られてしまったら、兄姉たちは全力で妨害してくるだろう。
だから必死に、隠し通してきた。大変だったけれど、我慢してきたかいがありましたわ。自然と、笑みが浮かぶのを感じる。
「旦那様も、悪い人ではなさそうだし。ようやく、幸運がめぐってきたというところかしら」
窓を開けると、ひやりとした風が吹き込んでくる。緑の香りのする風に金の髪をなびかせながら、心地よさにきゅっと目を細めた。




