第3話
武士団の道場に、いつもより重い空気が漂っていた。
今日は初段四人で挑む、ヤンミル北山の“大規模討伐任務”。
討伐対象は――
山熊体長三メートルを超える巨大な熊型魔物。初段四人でようやく倒せるほどの強敵。
私は刀“風刃”を腰に下げ、集合場所へ向かった。
そこには三人の初段がすでに集まっていた。
●ユイ
小柄で素早い女性剣士。
短刀を二本使う二刀流。
明るくて、少しおしゃべり。
「ノエルちゃん、今日よろしくね!初段四人での討伐なんて初めてだよね!」
「うん……緊張するけど、頑張ろう」
●レン
長身で槍使いの青年。無口だが冷静で、判断力が高い。
「山熊は正面から突っ込むな。ノエル、お前は後衛気味に動け。治癒役が倒れたら終わりだ」
「わかった。気をつける」
●サク
弓使いの少年。年は私と同じくらいだが、弓の腕は確か。
「ノエルさん、影獣倒したって聞きました!すごいです……ぼ、僕も頑張ります!」
「ありがとう。サクくんもよろしくね」
三人とも初段。段位は同じでも、戦い方は全く違う。
――初めてソウマ以外とパーティを組む……
私は緊張を抑え込むように深く息を吸った。
北山は険しく、岩が多く、木々が荒々しく伸びている。
山熊はこの山の奥に縄張りを持つ。
レンが前を歩きながら言った。
「山熊は嗅覚が鋭い。風下に入るな。匂いを嗅ぎつけられたら突進される」
ユイが頷く。
「突進されたら即死だもんね……ノエルちゃん、絶対に前に出ちゃダメだよ?」
「うん、わかってる」
サクが弓を構えながら言った。
「山熊は皮が厚いから、急所を狙わないと倒せません……目か、喉か、心臓……」
私は刀の柄に触れた。
――風刃。あなたと一緒に、私は強くなる。
山の奥へ進むと、獣臭が強くなってきた。
レンが手を上げる。
「止まれ」
私たちは足を止めた。
――ズシン。
地面が揺れた。
――ズシン。
また揺れた。
木々の間から、巨大な影が現れた。
「……山熊だ」
体長三メートル。黒い毛並み。太い腕。鋭い爪。
その目は赤く光り、私たちを獲物として見ていた。
レンが叫ぶ。
「散開!!」
ユイが左右へ走り、サクが弓を構え、私は後方へ下がった。
山熊が吠えた。
――グオオオオオッ!!
その声は山を震わせるほどだった。
レンが槍を構え、山熊の突進を受け止める。
――ガンッ!!
衝撃で地面が割れた。
「くっ……重い……!」
ユイが横から斬り込む。
「レンくん、今!!」
山熊の脇腹に短刀が刺さる。
しかし――
「硬っ……!」
短刀が浅くしか入らない。
サクが矢を放つ。
――ヒュッ!
矢は山熊の目に当たり、山熊が怯んだ。
「ナイス、サク!」
レンが槍で突き、ユイが斬り込む。
私は後方で状況を見ながら、治癒の準備をしていた。
――このままいけば倒せる。
そう思った瞬間だった。
――ガサッ。
森の奥から、複数の影が現れた。
「……狼?」
ユイが叫ぶ。
「なんで!?山熊の縄張りに狼が入ってくるなんて……!」
レンが歯を食いしばる。
「最悪だ……縄張り争いの途中だったんだ!」
狼が十匹以上。山熊と私たちを同時に敵と認識している。
サクが叫ぶ。
「来ます!!」
狼の群れが突進してきた。
レンが槍で一匹を突き倒すが、別の狼がユイに飛びかかった。
「ユイ!!」
ユイが短刀で受けるが、狼の爪が肩を裂いた。
――ザッ!!
「っ……痛っ……!」
サクも狼に噛まれ、腕から血が流れた。
「サクくん!!」
レンが叫ぶ。
「ノエル!!治癒を!!このままじゃ全滅する!!」
私は刀を鞘に戻し、ユイとサクの元へ駆け寄った。
ユイの肩は深く裂け、血が止まらない。
サクの腕は噛まれ、骨が見えていた。
私は二人の間に膝をつき、両手をかざした。
光が溢れ、二人の傷口を包み込む。
ユイが息を呑む。
「……あったかい……」
サクが震える声で言った。
「ノエルさん……すごい……」
傷口が閉じ、血が止まり、皮膚が再生していく。
私は息を切らしながら言った。
「まだ動ける……?ユイ、サクくん……!」
ユイが立ち上がる。
「うん……!ノエルちゃんのおかげで……まだ戦える!」
サクも弓を構えた。
「僕も……行けます!」
レンが叫ぶ。
「ノエル!!後ろ!!」
山熊が私に向かって突進してきた。
私は刀を抜き、風刃を構えた。
「来て……!」
山熊の爪が振り下ろされる。
私は横へ跳び、風刃で爪を受け流した。
――ガンッ!!
衝撃が腕に走る。
でも、私は踏ん張った。
二年前の私なら倒れていた。でも今は違う。
私は叫んだ。
「みんな!!山熊をお願い!!狼は私が引きつける!!」
ユイが短刀を構え、レンが槍を構え、サクが弓を引いた。
私は刀を握り直した。
――ソウマ。あなたが帰ってきても、私は足を引っ張らない。
――私は強くなる。
風が吹き、風刃が軽く揺れた。
「行くよ……!!」
私は狼の群れの前へ踏み出した。
「こっちだよ……!」
狼たちが一斉に私へ向かってくる。
牙を剥き、低い唸り声を上げながら、影のように素早く迫ってくる。
私は刀を構え、風刃の軽さを活かして横へ跳んだ。
――ヒュッ!
狼の爪が空を切る。
私は一匹の背後へ回り込み、刀の柄で首元を叩いた。
――ドンッ!
狼が倒れる。
別の狼が横から飛びかかってくる。
私は地面を蹴り、木の影へ滑り込むように移動した。
「影獣で学んだんだ……影の動きで後ろからの攻撃もわかる!」
狼は一気に距離を詰める。
私は太陽の位置を確認し、常に太陽を背負う形で狼と対峙する。
「左……!」
狼が後から飛び出した瞬間、私は刀を横から叩きつけた。
――ザンッ!
狼が怯む。
私はその隙に距離を取り、群れ全体の動きを見た。
狼は私を囲むように動いている。でも、私はもう怖くなかった。
二年間の修行で、私は“群れの動き”を読む力を身につけていた。
「来るなら……全部受けてあげる」
私は刀を構え、狼の群れの中心へ踏み込んだ。
その間、レン・ユイ・サクの三人は山熊に集中していた。
レンが槍で山熊の突進を受け止める。
――ガンッ!!
「ぐっ……まだだ……!」
ユイが横から斬り込む。
「レンくん、右足!!」
短刀が山熊の足に刺さり、山熊が体勢を崩す。
サクが矢を放つ。
――ヒュッ!
矢が山熊の喉元に刺さる。
「効いてる……!もう少し……!」
山熊が怒り狂い、地面を叩いて衝撃を放つ。
――ドンッ!!
三人が吹き飛ばされる。
「くっ……!」
「痛っ……!」
「うわっ……!」
でも、三人は立ち上がった。
レンが叫ぶ。
「ノエル!!そっちは大丈夫か!!」
私は狼の群れを相手にしながら叫んだ。
「大丈夫!!熊を倒して!!私はこっちを抑える!!」
レンは頷き、槍を構え直した。
「行くぞ!!ユイ!!サク!!」
「うん!!」
「はい!!」
三人は再び山熊へ向かっていった。
狼の群れはまだ八匹以上残っている。
私は刀を構え、狼の動きを読みながら戦った。
――ヒュッ!
狼の爪を受け流し、逆手で柄を叩く。
――ドンッ!
狼が倒れる。
別の狼が背後から飛びかかる。
私は振り返りざまに刀を振り抜いた。
――ザンッ!
狼が怯む。
でも、数が多い。
一匹が倒れても、すぐに別の狼が距離を詰めてくる。
私は息を切らしながら叫んだ。
「来るなら……全部来て!!私は倒れない!!」
狼が一斉に飛びかかる。
私は刀を構え、風刃の軽さを活かして狼の真下へ滑り込む。
――ヒュッ!
狼の爪が空を切る。
私は狼の真下から、狼の腹を斬りつけた。
――ザッ!
狼が倒れる。
その時だった。
――ガンッ!!
山熊の衝撃が森全体を揺らした。
レンたちが吹き飛ばされる。
「レンくん!!ユイちゃん!!サクくん!!」
私は狼を斬りながら叫んだ。
ユイが肩を押さえながら立ち上がる。
「ノエルちゃん……!ごめん……もう少し……!」
サクが震える声で言った。
「ノエルさん……!僕……もう矢が……!」
レンが槍を杖のようにして立ち上がる。
「ノエル……!熊を……仕留める……!」
私は狼を斬りながら叫んだ。
「みんな!!絶対に倒して!!私は……絶対に守る!!」
私は刀を握り直し、狼の群れを警戒しつつ皆の方に手を伸ばした。
光が溢れた。
仲間たちの傷が再び癒えていく。
レンが叫ぶ。
「ノエル!!ありがとう!!行くぞ!!」
三人は再び山熊へ向かっていった。
レンが槍を構え、山熊の突進を受け止める。
――ガンッ!!
「今だ!!」
ユイが横から斬り込む。
――ザンッ!!
サクが矢を放つ。
――ヒュッ!!
矢が山熊の心臓に刺さる。
山熊が大きく揺れ、その巨体がゆっくりと倒れた。
――ドサッ。
レンが息を吐く。
「……倒した……!」
ユイが叫ぶ。
「やった……!!」
サクが涙を浮かべる。
「よかった……!」
私は狼の最後の一匹を斬り倒し、刀を鞘に収めた。
「……終わった」
胸の奥がじんわりと熱くなる。
――私は守れた。仲間を救えた。一人でも戦えた。
レンが私の方へ歩いてきた。
「ノエル……本当にありがとう。お前がいなかったら……全滅してた」
ユイが笑った。
「ノエルちゃん、すごすぎるよ……!」
サクが頷いた。
「ノエルさん……あなたは本当に……武士団の誇りです……!」
私は少し照れながら笑った。
「みんなが頑張ったからだよ……私だけじゃない!だからみんなで帰ろう!」
「「おう!」」「うん!」




