第1話 いつもの二人
都会の喧騒が、店の薄い壁越しにぼんやりと聞こえていた。
直人と相希は、古びた居酒屋のカウンターに横並びで座り、安いチューハイを飲みながら、焼き鳥をつまんでいた。
「結婚したら、今までみたいには動けなくなるだろ」
相希が、串から鶏肉を外しながら言った。
「だからさ。独身最後に、一回くらい二人で旅行しないか?」
直人は、手にしていたグラスを止めた。
「バチェラーパーティーみたいなやつ?」
相希は一瞬考えたあと、小さく笑った。
「まあ、近いかもな」
「いやいや、俺たちの柄じゃないだろ」
直人が笑うと、相希もつられるように笑った。
二人は、高校時代からの友人だった。
社会人になってからは、以前ほど頻繁に会うこともなくなった。
それでも、久しぶりに顔を合わせたという感覚は、不思議なほどなかった。
数か月ぶりに会っても、まるで昨日も会っていたかのように話せる。
互いに連絡を取り続けるわけでも、何でも報告し合うわけでもない。
それでも、何かあれば最初に顔が浮かぶ。
二人にとっての親友とは、そういう関係だった。
直人は、止めていたグラスを口元へ運んだ。
「で、本当に行くの?」
「俺はそのつもりで言ってる」
相希はそう答えると、空になった串を皿の端へ置いた。
普段の相希は、思いつきだけで何かを提案することはほとんどない。
こうして自分から口に出した時には、たいてい頭の中で、ある程度の段取りまでできている。
「珍しいな。お前から旅行に誘ってくるなんて」
「そうか?」
「そうだろ。いつも俺が言い出して、お前が細かいところを調べる流れじゃん」
「今回は、どうせなら行きたい場所があるんだ」
直人は、少しだけ目を細めた。
「もう決めてんの?」
「候補じゃなくて、ほぼ決めてる」
「やっぱりな」
相希が自分から言い出した時点で、ただの思いつきではないことくらい、直人にも分かっていた。
「ただ、結構長旅になるから、有休はしっかり取っておけよ」
相希が、少し楽しそうに言った。
「長旅って、どれくらい?」
「移動も含めたら、一週間くらい」
「一週間?」
直人は思わず聞き返した。
せいぜい二泊か三泊程度だと思っていた。
結婚前に二人で旅行へ行くとしても、ちょっと観光して、飲んで泊まって帰ってくる。
そのくらいのものを想像していた。
「独身最後の旅行なんだろ?」
相希は、残っていたチューハイを一口飲んだ。
「どうせなら、中途半端に終わらせないで、とことんやりたいことをやろうぜ」
直人は一瞬だけ黙ったあと、思わず笑った。
「お前、今日どうしたんだよ」
「何が?」
「普段のお前なら、費用とか移動時間とか、休み明けの仕事まで気にするだろ」
「今回は、それも全部考えた上で言ってる」
「それが一番怖いんだよ」
二人の笑い声が、店内のざわめきに紛れていった。




