灰色の天才の始まり
王都から少し離れたところにあるグレイヴェイル。
ここは身寄りのない子どもたちが住んでいる孤児の街で十分な衣食住がないため、街の至る所に餓死した子どもたちの亡骸が横になっている。
そんな中、石段に座る幼い少女アーシェは無言で木の棒で地面に何かを描いている。
一見落書きに見えるそれは、誰にも理解できない魔法陣だった。
幼い力では魔物も倒せないため、アーシェはすごく痩せていて髪もボサボサ。服もカビだらけで所々破れたりしている。
誰もこの街に寄り付かない。
寄ったとしても罵声を浴びせては物を投げてくる始末。
身寄りがなく行くあてもないアーシェは、誰も褒めてくれなくても落書きだと笑われても、ただひたすら魔法陣を黙々と描き続ける。
空腹も無視して魔法陣を描き続けることが彼女の呼吸であり、日常であり、唯一の幸せだった。
ある時、誰も寄り付かない街に馬車の車輪音が響く。
アーシェはそんな音に興味はなく、今日もただひたすらに地面のあちこちに魔法陣を描く。
黒と銀で彩られた馬車から、王族特有の紋章を胸につけた男が降りてきた。
男は街の視察のためにグレイヴェイルにやってきたが、男の目に映りこんだのは地面に集中するアーシェの姿だった。
何をしてるのかと思い近づいてみると、男はアーシェが描いているものを見て思わず息を飲んだ。
「……これは……」
ここは孤児の街。大人もいなければ教育機関もない。それにまだ5、6歳の子どもだ。
そんな子どもが描いている魔法陣は精密で、完成度が高い。
その精密さに、男は思わず目を疑い背筋をゾクッと震わせた。
なぜならその精密さは、王都では魔導師団長しか再現できない精密さだからだ。
「大至急、宮廷魔導師団長の予定を確認してくれ」
「はい!」
付き人に指示を出した男は他にもたくさん魔法陣が描かれていることに気づき、魔法陣を見回り始めた。
その魔法陣は一つ一つ違う形をしており、どれも今まで見たことないものばかり。
男が見回っている中、アーシェは魔法陣を描き終えて、また別の場所に魔法陣を描き始めた。
男が来ていることに気づいてはいるだろうが、黙々と描き続けるアーシェの顔が上がる様子は一切ない。
すると、魔法陣を全て見終えた男が再びアーシェに近づき、静かにしゃがみ込んだ。
静かに見守る中、男は口を開く。
「君、名前は?」
「……」
男の質問にアーシェは、地面に"アーシェ"と書き名前を教えた。
口ではないが答えてくれたことに男は胸を撫で下ろす。
「おじさんと一緒に来てくれないかい?君がこれまで描き溜めてきた魔法陣を見せたい人がいるんだ。どうかな?」
「……」
この男との出会いが、アーシェの物語の始まりだった───。




