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心音

オリヴィアさん視点です



 ──悔しい。


 私はこれまでずっと彼の為に努力し続けてきた。


 それこそ全てを捧げてだ。


 私の11歳の誕生日パーティー。

 あの日レナード様に求婚されて以来ずっと、彼に見合う存在であるために、彼の隣を胸を張って歩けるように、誰にも不満を言わせない為に努力を続けてきた。


 自分を厳しく律し、勉学にも真剣に励み、魔法だって剣術だって頑張って、恋も諦めて、友人と遊ぶ時間を削って、孤高で、誇り高く、ピーマンも食べられるように努力した。


 その結果がこれなのか。


 ──悔しい。悔しくて、悔しくて、悔しくて堪らない。



 気付いた時には、私はパーティー会場を飛び出して中庭の階段に座っていた。


 少し離れたホールの方では学友達の声が聞こえる。

 いや、友達だと思っていたのは私だけだった。

 まさか、みんなが私の事をそんな風に思ってたなんて……もう何も信じられない。


 まるで自分だけが世界から放り出されたかのように、ここは静かで隣には誰もいない。


 ──泣くな。悔しくても泣くな。泣いたら負けだ。気高くあれ。今までやってきた事だろう。


「いいんだよ、泣いても」


「え?」


 見上げた先にいたのはあのいけ好かない留学生だった。

 彼は肩の触れ合う距離で私の左隣に座ると、どこからか取り出した大きめの毛布で自分ごと私を包み、そのまま私の背中に手を回した。


 薄くてゴツゴツしたその手は少し冷えていて、ドレス越しにその冷ややかさが伝わってくる。


「悪い。見つけるのに少し時間が掛かっちまった」


 私の考えていることを察したのか、そんな言い訳を口にする。


「探して……くれたのね」


「あぁ」


「……私ね、あの人のために頑張って来たんだ」


「あぁ」


 何となく、今胸の内に溜まった思いを彼にぶつけてみた。


 彼はいつもの軽薄そうな笑みではなく、少し切なそうに目を細め、小さく相槌を打った。


 たったそれだけの事が、ひどく私の涙腺を刺激する。


「全部吐き出せ。俺が全て受け止めてやる」


 普段だったら、泣き言なんて人に言えないだろう。

 人に弱みを見せるなんて絶対にあってはならない。

 けれど、今は、今だけは誰かに聞いて欲しくて堪らなかった。私はぽつりぽつりと小さく言葉を紡いでいく。



「……私、私ね。ずっと頑張ってきたの。レナード様と婚約した時から今までずっと頑張ってきたんだよ」


 一度吐き出された言葉達は自分の意思を置き去りにして、次々に零れ落ちていく。


 まるで母に縋りつく幼子のように、私は彼の温もりを求めた。いつも取り繕ってきた態度も言葉遣いも全て丸裸にして……。


「本当はみんなと一緒に遊んだりしたかったし、おとぎ話みたいな恋をしてみたりしたかったの。でもね、勉強もしなきゃいけないし、魔法も上手に使えるようにならなきゃいけないし、馬鹿にされないようにね、努力してきたの。私ね、13歳でピーマンも食べられるようになったんだよ?」


「すごいな、俺なんて今でも食べられないぞ」


「そうでしょ?私はもう鼻をつまむ必要すらないもん」


「努力、したんだな」


「そうなの。そうなんだよ。……なのに全部──」


「無駄なんかじゃねぇよ。お前の努力はひとつも無駄になんかなってねぇ」


「でも、レナード様に婚約破棄されちゃった……」


「それは……確かにそうだな」


 幾ら慰めて貰ったとしても、それは変わりようのない純然たる事実である。私が頑張ってきた事をレナード様は認めてくれなかった。それだけのこと。


「はっきり言って、俺もお前は苦手だ。けどな、俺にとってお前は憧れでもあるんだ」


「憧れ……?」


「俺さ、昔からずっとお前みたいなヒーローになりたかったんだ。お前はあの場で己よりも他人を優先した。そんな事、お前にしかできねぇよ」


「でも、それは当たり前の事で……」


「それが当たり前だと思えるだけで、お前はレナードなんかよりもよっぽど価値のある人間だ。胸を張っていい。誇っていい。お前の良さが馬鹿には伝わらなかった。たったそれだけの話だ。お前を笑う奴がいたら、俺はそいつをぶっ飛ばすね」


 ──お前は誰よりも気高く、強く、そして勇敢な、最高の女だ。


「そう……っ……あ、りが……とう。ショー……タ」


 せっかく止まりかけていた涙が再び溢れる。


「あー、もう泣くなよ」


 彼は乱暴に私の頭をガシガシ撫でる。


「だって……」


 何をしようとするにも涙が溢れてしまう。

 私ってこんなに感情豊かだったっけな。


 私は泣き顔を見られないように顔を伏せてから、バタバタとショータの手を払おうとするけれど、その間も彼はずっと私の頭を離さなかった。



 私はずっと認めてもらいたかったんだ。

 その相手はレナード様ではなかったけれど、心地よくて嬉しくて……


「ねぇ、ショータ」


「ん?」


「私……私はあ──くしゅんッ!」


「ははっ。ここは少し冷えるな。俺の部屋来るか?俺の淹れた紅茶好きだろ?」


「うん……」


「今日は俺たちだけの囁かな前夜祭だ」


 そう言って笑う彼の親指に弾かれた私の涙は、そっと地面に溶けていく。


「はっ……くしゅん!」


「おい、あっち向いてしろよ」


「躱せない貴方が悪いわ」


「こりゃ一本取られたな」


 大丈夫。私を認めてくれる人が一人でもいるのなら、憧れてくれる人が一人でもいるのなら、私はまた歩き出せる。

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