姫騎士とパイナップル酢豚
走行中のキャンピングカー。最近デフォルトのポジションがちょっとだけ変わった。
運転席の直人は言うまでもなく、助手席で鎧姿ながらもシートベルトしっかりつけているソフィアも相変わらず。
ティアが車の上で仰向けに寝そべるようになっていた。
「お兄ちゃん、これなにー」
ダッシュボード下のボックスの不思議空間から、ミミが体を乗り出してきた。
直人に差し出したのは見るからに堅そうな南国のフルーツ、パイナップルだ。
「へえ、パイナップルじゃないか。中に生えてたのか?」
「うん!」
「ますます不思議空間だな、その中。それよりもパイナップルか、ふむ」
ハンドルを握ったまま考える直人。ミミが抱えるパイナップル。それをどう調理しようかと考えた。
「それは果物なのか、ナオト」
「ああ、甘酸っぱくてしゃきしゃきしててうまいぞ」
「あら、ではリンゴみたいなものかしら」
天井の上からティアがいう。彼女もパイナップルの事をよく知らないみたいだ。
「いや、まったく違うな。まっ、百聞は一見にしかず、実際に食べてみようか」
直人はブレーキを踏んで、キャンピングカーを平らな地面に止めた。ソフィア、ミミ、ティア。三人は車が完全に止まる前から動き出し、直人がサイドブレーキを引いた時には既に六畳間和室、こたつの前に集合していた。
完全に訓練された動きである。
直人はパイナップルを持ってキッチンに向かい、まな板と包丁を取り出す。
まずは頭としっぽを切り離し、それから縦に四分割した。
真ん中の芯と皮は硬くて食べられないので、魚のごとく三枚に下ろした。
そうして切り分けた果肉の部分をぶつ切りにし、皿に盛りフォークを添えて彼女たちに出した。
「はい、めしあがれ」
「「「いただきます」」」
三人が声を合わせていって、フォークを使ってパイナップルに群がった。
「うまい!」
「なかなかいけるわね」
「オゴオゴ♪」
概ね大好評である。
直人はキッチンの片隅にあるみかん箱の中にいる子犬に聞く。
「わんこも食べるか?」
「くぅーん?」
首をかしげる子犬。パイナップルを一切れ子犬の鼻の先に差し出す。子犬はスンスンと鼻を鳴らしてぺろっとなめてみたが、顔をしかめて食べなかった。
「あはは、口に合わないか」
「ねえおにいちゃん、そっちは食べないの?」
ミミが聞いてきた。切り落としたパイナップルの頭、大根の葉のような部分を指している。
「これはたべられないなあ。大根の葉と同じ感じだけど、さすがにちょっと食べようがない」
「そっかー。じゃあそれもらってもいい?」
「いいけど、どうするんだ?」
直人はパイナップルの葉をミミに渡した。ミミはそれをもって子犬の所に行き、頭の上にのせてやった。
「くぅーん?」
きょとんと小首を傾げる子犬。パイナップルの葉がずれたのでミミが直してやった。
子犬の上に乗っているパイナップルの葉。直人はそれに似たものを見た事がある。
「あはは、サンバみたいだな」
「さんば?」
「踊りの一種でさ、頭に赤とか緑とかの色にした羽をのせておどるんだ。丁度こんな感じなんだ」
「そうなんだ。わんちゃん、おどっておどって」
ミミがいうが、子犬はますますきょとんとなってしまう。
「はわぁ……」
横からソフィアの声が聞こえる。うっとりとした目で子犬を見ている。
「写真、撮っとくか?」
「とる!」
ソフィアにスマホを渡してやるが、彼女はどこを押せばいいのかわからないと言った様子で、指をさまよわせた。
「おねえちゃん、貸して」
「あ、ああ」
ミミがソフィアの手からスマホを受け取り、カメラを起動させて、パイナップル頭の子犬をカメラに収めた。
ソフィアとミミ、二人はスマホとパイナップル犬を囲んで盛り上がる。
「さて、まだまだパイナップルはあるけど、どうしようか」
「どうするの?」
ティアが聞いてきた。
「シロップ漬けにするか、ああ、この食感ならジャムにしてもいいかも知れないな」
「そうすると今日食べられないのよね」
「まあ、出来るまで時間がかかるからな……食べたいのか?」
「ええ」
頷くティア。
「そうか、すぐに出来て美味しいものだと……」
直人は少し考えて、手をポンと叩く。冷蔵庫を開き、中の食材を確認する。
「うん、材料は足りる、作れそうだな」
「何を作るの?」
「それは出来てのお楽しみだ」
「そうね」
ティアは微笑んでこたつの方に戻る。途中でピターンと盛大にすっころんで、子犬のパイナップルがその震動で床に落ちた。
直人は冷蔵庫から出した肉に下味をつけて、粉をまぶして揚げた。
タマネギやピーマンなどの野菜と、パイナップルをぶつ切りにして、とろみをつけた甘酸っぱいソースと絡めて炒めた。
手際良く作りあげたのは、色とりどりの酢豚である。
「はい、どうぞ」
皿に盛ったそれをこたつの上に置く。
ソフィアとミミが戻ってくる、パイナップルの時は興味なかった子犬も、肉の香り誘われて居間にやってきた。
「これもうまいぞナオト」
「うん! すごく美味しい!」
「わん!」
ソフィア、ミミ、子犬らは酢豚に大満足だ。
「ミミー、肉だけじゃなくて野菜もたべな」
「うん、わかった!」
ミミは素直に頷いた。肉だけじゃなく、ピーマンも素直に食べた。
二人と一匹が大満足する一方で、ティアの手が完全に止まっている。
「どうしたティア、あんたは食べないのか」
「こんなの邪道だわ」
「邪道?」
「ええ」
はっきり頷くティア、顔は見るからに憤慨している。
「これは肉よね」
「ああ。ちゃんとした豚肉だ」
「こっちは野菜」
「ニンジンとタマネギとピーマンだな」
「で、これは果物」
「パイナップルだな」
次々と指していくティア。それがどうしたのかと不思議に思う直人。
「肉と野菜の中に果物を混ぜて炒めるなんて邪道だわ!」
「ああ、成程」
頷く直人、ティアが何を言いたいのか理解出来た。
「つまりあんたは酢豚にパイナップルはだめっていう派だな」
「ええ」
「なるほど」
はっきりと頷くティア、何がなんでも食べないぞという堅い意思が見て取れる。
酢豚はどんどん消えていく。ソフィア、ミミ、子犬は幸せそうな顔でそれを食べている。
「ティアちゃんたべないの? お兄ちゃんの料理だからすごく美味しいよ」
「うっ……」
呻くティア、しかしすぐに表情を引き締めた。まるで意地を張ってる子供だなと直人はおもった。
「た、食べないわ。そんな組み合わせは邪道よ!」
「美味しいのに」
「わん!」
「うぅ……」
「仕方ないな、ちょっと待ってて」
直人はキッチンに入った。のこった食材でささっと新しい酢豚を作った。
それを小さめの皿に盛って、ティアの前に置く。揚げた豚肉と野菜はそのままだが、パイナップルのすがたは見えなかった。
「はい、どうぞ」
「そ、そうよ、これで良いのよ」
ティアは顔をほころばせて、酢豚に飛びついた。たれがほどよく絡んだ肉を一切れ口の中に放り込んで、咀嚼する。
「うーん、美味しい」
「そうか」
「やっぱりナオトの料理は美味しいわ。ねえ、わたしの料理人に――」
「働きたくないでござる」
「せめて最後まで言わせなさいよ。まあいいわ、だって美味しいんだもの」
ティアは幸せそうな表情で酢豚をたべた。それをみたソフィアが呆れた様に言う。
「わざわざパイナップル抜きのを作ってもらうなんてわがままだな。ミミですらピーマンを食べたと言うのに」
「ピーマン美味しいよ?」
「うっ、い、いいじゃない別に」
ティアは少しヘソを曲げたが、すぐにまた酢豚で幸せな顔をする。
そんな彼女の皿に子犬が近づいていき、スンスンと鼻を鳴らした。
「食べたいの? いいわよ」
ティアは肉を一切れ子犬にさしだす、が、子犬は興味なさそうにソフィアたちの方の大皿に戻って、そっちの肉を食べた。
「あれ? どうしてこっちを食べないの?」
「パイナップルが苦手なんだろうな」
「え?」
「すり下ろしたのを混ぜたから、肉にもパイナップルが絡んでるんだ。こっちはぶつ切りだから避ければもんだいないけど」
直人が説明する、偏食の子供に野菜を食べさせるときのやり方だ。
ティアは自分の皿の酢豚と直人を交互に見比べる。
みるみるうちに、顔が真っ赤になっていく。
「謀ったなナオト!」
怒りの声がキャンピングカーの中に響いた。