姫騎士と女武者
昼下がりの街外れ、潮騒が聞こえてくる海辺に停まっているキャンピングカー。
縁側の先に、ティアが自前で出したテーブルと椅子で優雅なティータイムを享受している横で、直人は朝干したシーツやタオル類を取り込んでいた。
縁側でいったん山の様に集めて、それを一枚ずつ丁寧に畳んで、積み上げていく。
最後の一枚を畳んで乗せようとすると、子犬がいつの間にかやってきて、シーツの上にぽふっ、と乗った。
「こらこらわんこー、そこから降りて」
「くぅーん」
お日様の匂いがするシーツの上にだらっと寝そべりつつ、しっぽを揺らす。
うつらうつら、と、今にも寝入ってしまいそうだ。
「わんこー?」
呼ぶが、返事はない。だらっとしている。
「仕方ないな」
直人は最後の一枚を自分の膝の上において、子犬の頭を撫でる。
「いいの? どかさなくて」
「まっ、いいんじゃないかな。こんなに気持ちよく寝てるんだし。これはタオルだけど、干した後の布団って気持ちいいし」
「それ、写真に撮っておけば? 後でミミに見せたら喜びそう」
「そうだな、ソフィアも喜びそう」
「そっちはどうでもいいわね」
直人はスマホを持ってきて、短い足を投げ出し、シーツの上に寝そべっている子犬の姿を写真に収めた。
そのまま壁紙にしてもいいくらい素晴しい一枚となった。直人は目を細めて、子犬をなでてやった。
「ナオト」
不意に聞こえたソフィアの声に顔を上げる。
ドレス姿の彼女が見えた。街の有力者の所に行っていた彼女が、いつの間にか帰って来た。
新しい街に着く度の恒例行事を終わらせたソフィア、こういう時の彼女はいつもちょっとだけ疲れた顔をしているが、今回は何故かそれがなく、代わりにちょっと興奮しているように見えた。
直人はスマホで時間を確認して、聞いた。
「お帰り、今回は早かったな」
「ナオト、海を渡ろう」
「どうした藪から棒に」
「あそこに島が見えるだろ?」
ソフィアはそう言って、海の方を指した。水平線が広がる中、小さく島のようなものが見える。
大分距離が離れている島だ。
「小耳に挟んだのだが、あの島の紅葉が素晴しく美しいという。この街まで来た旅人の大半は島まで足を伸ばしてそれを見てくるそうだ」
「へえ」
「だから行こう!」
「紅葉か……それはいいんだけど」
直人はキャンピングカーを見る。
「これごと海を渡れる船があるのか? 相当でかいのじゃないと運べないぞ?」
「あっ……」
失念していた、という顔をするソフィア。
「わたしが運ぼうか?」
ティアがいう。ソフィアは怪訝な顔をした。
「おまえが?」
ティアが座ったままパチン、と指をならす。
キャンピングカーが浮かび上がり、縁側に座っていた直人がわっと声を上げた。
ソフィアが訝しみ、聞く。
「その状態で動かせるのか?」
「当然よ、わたしを誰だと思ってるの? 魔神サローティアーズよ」
「じゃ、じゃあ――」
「運んであげてもいいけど、跪いて頼みなさい」
ティアはここぞとばかりに、わざとらしく足を組み替え、ドSな顔をする。
一方のソフィアはよほど行きたいのか、悔しそうな顔で迷っていた。
ティア、島、キャンピングカー。
三者を見回して、表情がころころ変わる。
悔しい……行きたい……置いていけない。
直情的な彼女の顔からそれが読み取れる。
やがてソフィアは後ろ髪を引かれるような思いを表情に乗せて言った。
「くっ……そ、そんな事するくらいなら――」
「本当にいいの?」
「く、くどい!」
「想像してみるといいわ。紅葉の下に停められるこの車、開いた縁側に座って、ナオトに何かそれに合うものを作ってもらう」
「そ、それは――」
直人の顔を見る。
「ゴクリ」
「人の顔を見て唾飲むなよ。ってか紅葉目当てじゃなかったのかよ」
「――はっ」
「さあ、どうするのかしら?」
さらにドSな感じで踏み込んでいくティア。悔しそうな顔で迷うソフィア。
普段から犬猿の仲の二人、ティアがここぞとばかりに責め立てている。
プリンセスドレスに悔しそうな顔も似合うが、直人は止めに入った。
「あー、盛り上がってる所悪いけど、そこまでだ」
「あら、ナオトはそっちの味方をするの?」
ティアがジト目を向けて来た。
「そうじゃない、あんたに運ばせられないってだけだ」
「ど、どうしてよ」
ティアは焦った。予期しなかった理由のようだ。
「あんたこれを浮かせたまま、自分も飛んで一緒に海を渡るつもりなんだろ」
「ええ、そうよ。それがどうかしたの?」
「どうかしたもなにも」
今度は直人が白い目をした。
「あんた、ずっこけるじゃん」
「なっ――」
「おお!」
ソフィアがぽん、と手を叩く。
「飛んででも何故かずっこけるじゃん、あんた。海の上で一緒にずっこけられたら大変な事になる。だからそれはなしだ」
「だ、大丈夫よ。そんないつもいつもずっこける訳じゃないわ!」
「ふーん」
直人は立ち上がり、テーブルからまだ中身が残ってるティーカップを取って、ティアに持たせた。
「じゃあ、これをシンクの所においてきて。こぼさず、割らずに」
「……」
「それが出来たらやらせてもいいよ」
ティアは持たされたティーカップとキャンピングカーを交互に見比べた。
顔は急速にさめていった。
しばらくして、ティアはびっくりするくらい冷めた顔で直人にティーカップを渡す。
「ナオト。冷めたわ、おかわり」
「はいはい」
ティーカップを受け取って、キッチンの中に入る。
ソフィアが後をついてくる。
「ナオト……」
捨てられた子犬の様な目で見つめてくる。その目に心を動かされてなんとかしてやりたいと思うが、それにはキャンピングカー、パトリシアをおいていく事になる。
ただの車ならそれでもいいのだが、彼女の場合一人で留守番させてしまうということになる。
それには罪悪感を覚えてしまう。
少し考えて、やっぱりティアに頼むか、と思ったその時。
「ナオト」
外からティアの声が聞こえる。同時に子犬が起き上がって、慌てた様子で部屋の中に飛び込んでくる。
直人の足元に、陰に隠れる子犬を落ち着かせるように撫でてから、どうしたんだろうかと外にでる。
すると、そこに建物があった。
いや現われたと行った方が正しい。
それまでなかったところに、建物が現われたのだ。
それは一言でいえば城、いや砦のようなもの。
キャンピングカーがすっぽり入りそうな砦が、地上一メートルの高さに浮かんでいる。
「な、なんだこれは」
この世界の事になれつつある直人でもそれには驚いた。
小さめの城が空を飛んでいたらそれも当然というものだ。
「これは――まさか」
「ソフィア知ってるのか」
キャンピングカーから出てきたソフィアに聞く。
「前に話した帝国の移動要塞だ」
「……ああ、それか」
納得する直人。確かにその事をソフィアから聞いたことがあるし、目の前にあるものはまさしく移動要塞と呼ぶべき代物だ。
それを理解すると、直人の驚きがわくわくに反転した。
正体不明の物体ではなく、移動する要塞。
キャンピングカー大好きな直人にとって、この上ないわくわく感を与える存在だ。
可能ならあっちこっち見て回りたい、と思ったその時。
移動要塞がゆっくり着地し、城門が内側に向かって開いた。
そこに一人の女が佇んでいた。
マントをなびかせる鎧姿の女。鎧は西洋風ではなく、日本の戦国時代を思わせるこしらえだ。
だというのに地面に突き立て、柄に手を乗せた長剣は西洋風のロングソードに見える。
西洋風の鎧を着けて刀をもった織田信長とは正反対の格好だ。
そんな、ソフィア以上にきりっとした表情で佇んでいる彼女は、いかにも武人然とした見た目である。
ソフィアは一歩進み出て、口を開く。
「セツナ姫!」
「久しいなソフィア姫。三王会議以来だな」
「セツナ姫はどうしてここに?」
「そなたこそ何故ここにいる? それに、その奇妙なものはなんだ? 車輪がついてるが……家のようにもみえるが」
「これは……そうだ!」
ソフィアははっとして、セツナに詰め寄った。
その勢いに、きりっとした女武人がちょっとだけたじろぐ。
「な、なんだ」
「それに乗せて欲しい!」
「それって……我が城のことか」
ソフィアが大きく頷く。
「そうこのきゃんぴんぐかーごと乗せて欲しい!」
必死な様子で頼み込むソフィア。
「おお、その手があったか」
「ちっ」
直人はなるほどとばかりに頷き、ティアはつまらなさそうに舌打ちしたのだった。
姫騎士とキャンピングカー第一巻発売しております。
キャンピングカーのわくわく感と度のスローライフ感が満載した作品です。
是非、手に取ってみて下さい。




