姫騎士とハンモック
港街の外れ、停まっているキャンピングカー。
直人は開いている縁側の先に立って、せり上がる天井部分の強度を確認している。
引っ張ったり押したり、少しだけぶら下がって体重をかけたりしてみた。
その横でミミが子犬をだっこして、わくわくした目で直人のしている事を見ている。
「何をしてるの?」
「ティアちゃん!」
驚きのミミ。話しかけてきたのはティアだった。
彼女はここ数日キャンピングカーから姿を消していたが、いつの間にか戻ってきて、直人の前に立っている。
「お帰り。もういいのか」
聞くと、ティアはぶすっとした顔で答えた。
「むしろこっちが聞きたいわ。もう終わり?」
「いや、まだ続いてる。というか更にどっかから仕入れてきたから、しばらくサンマ地獄が続くはずだ」
「うへえ……」
「オゴォ……」
ティアとミミ、二人は揃ってげんなりした。
ティアが姿を消した――逃げ出した理由、ソフィアがあまりにもサンマが気に入って、三食サンマの塩焼きを強く要求したからだ。
最初は美味しく食べていたティアだが、三日目に飽きて、五日目に逃げ出してしまった。
それでしばらく姿をけしていたのが、今ひょっこり戻ってきた。
「まあ、今日はソフィアがいないから、違うものを作るつもりだ」
「オゴ♪」
「あら、じゃあわたしはいいところに戻ってきたと言う訳ね」
「そうだな」
「それより。ナオトは何をしているの?」
改めて彼がしている事を見て、聞いた。
「ああ、ここがどれくらいの重量に耐えられるのかって思ってさ。いけるならハンモックをここに下げてみようかってね」
「ハンモック?」
ティアが首をかしげ、考える。
「あのぶら下がる網みたいなやつの事?」
「ふふん」
直人が得意げに鼻を鳴らした。
「まっ普通はそういう認識だよな」
「普通はって、それ以外のハンモックなんてあるの?」
「うん!」
直人の代わりをミミが答えた。
天真爛漫な少女はいつにもましてテンションが高く、楽しそうだ。
「あのね、あれを作ったの」
「あれ?」
ミミがキャンピングカーの中を指さしたので、ティアは中を覗き込んだ。六畳間和室の方に何か見慣れないものがあったので中に入って、近くでそれをみた。
「布? テントかしら、これ」
「それがハンモックだ」
「お兄ちゃんと一緒に作ったの!」
「へえ」
布の端っこを摘まんで、まじまじと見つめる。
テトラパックの様に丈夫な布を使って正四面体に縫い上げられているそれは、一つの面に大きな口があって、そこから中に入れるようになっている。更に底の部分は細いフレームをいれて形を保たせている。
ティアの感想通り、まるで小さなテントの様な作りだ。
「これがハンモック?」
「網状だけのがハンモックじゃないんだ、基本ぶら下げられた寝床は全部ハンモックって呼んでいい」
「へえ、そうなんだ」
「うん、これなら強度的に問題ない」
「本当?」
「ちょっと待ってなー」
わくわくするミミの頭を撫でてやりつつ、直人は部屋に上がって、一緒に作ったテント型のハンモックを持ち上げた。
その頂点にはあらかじめ通してある縄があり、直人はそこを掴んで、縁側の先に戻ってくる。
「この縄をくるっと一周させて……巻き結びでいいかな」
つぶやきながら縄を結ぶと、縁側の先に、四面体のテントがぶら下げられた。
「お兄ちゃん、もういい?」
「うん、入ってみなー」
「オゴ♪」
ミミが頷き、ハンモックの中に入ろうとした。しかし子犬をだっこしているので上手くいかなくて、子犬をまず縁側に下ろした。
再びよじ登ると、今度はすんなり中に入った。
テント型のハンモックは彼女の重量でわずかにたわみ、繋がっている先端が細く伸びた。
「わんちゃん! おいで」
「わん!」
子犬が応じて、器用にピョン、ととんで中に入った。
「わーい、なんか楽しい」
「わんわん!」
ミミと子犬はハンモックの中で跳ねたり、転び回ったりしていた。それだけなのだが、とても楽しそうに見える。
「これ、何かに似てるわね」
「なにか?」
「うーん、あっ、蓑虫だわ」
「……言われて見るとそうだな」
縁側にぶら下がっているテント型のハンモック、重量でみょんと伸びているそれは、ティアの感想通り、蓑虫のように見えた。
「オゴオゴ♪」
「わんわんわん!」
「こんなの、楽しいのかしら」
「あんたも入ってみるか?」
「わたしも?」
「重量的に大丈夫のはずだ、布もフレームも、お願いしてとびっきり丈夫なものを用意してもらった」
「こんなのには入らないわ。わたしを誰だと思っているの? 泣く子の涙を枯らす魔人サローティアーズよ」
「怖いな、それは」
直人が微苦笑する。別に無理にとは、と言うのが彼のスタンスだ。
「ティアちゃん、おいでよ」
「くぅーん」
ミミと子犬、一人と一匹はハンモックの入り口に頭をのせて、ティアを誘った。
二対の無垢な瞳に見つめられて、ティアはそれにほだされてしまう。
「す、少しだけよ」
「うん!」
中にいる二人がどいて、入り口を明け渡す。ティアがふわりと飛び上がって、ハンモックの中に潜り込んだ。
彼女が入った直後、ミミが中で跳ねた。するとハンモック全体が上下に揺れて、上質なベッドでしたときの数倍の跳ね方をした。
「こ、これは……」
「楽しいだろ」
「べ、別にこんなのなんて――」
ティアは意地を張ろうとした。
「そっか。そうだ、こんなのもあったんだ」
直人はそう言い、あらかじめ用意した野球のボールと同じサイズの玉を取り出し、ハンモックの中に放り投げた。
ミミがそれをキャッチした。キャッチして、すぐに投げた。
ボールはハンモックの中で不規則に跳ねて、ティアの後頭部にあたった。
そのボールを、子犬がまるで水の中で犬かきをするかのような感じで、不規則に変形するハンモックの底で動き回って、追いかけた。
それをくわえて、ティアを見上げる。
「投げろって?」
「ま、犬とボールだからな」
「この中で?」
「投げてみろよ……軽くでだぞ」
念のために注文をつける直人。
ティアは子犬からボールを受け取って、ミミがしたのと同じ位の力で投げた。
ボールはハンモックの中でバウンドした、子犬が追いかけるが、今度はミミも一緒になって追いかけた。
幼女と子犬はハンモックの中を泳ぎ、ボールを争った。
「オゴ♪ あたしの勝ち」
「わん!」
大喜びするミミ、上機嫌で鳴く子犬。
ボールが再びティアに差し出される。
それを受け取って、また投げる。幼女と子犬がまた追いかける。
「えい!」
また奪ったミミが、今度は自分で投げた。子犬と一緒に追いかけた。
投げて、争って、取って、また投げる。
それをみて、ティアはうずうずしていた。
「あんたもやったら?」
「え?」
「やらないのならおれがやるよ」
「ナオトが?」
どういう事なのか、とティアの理解が追いつかないでいると、ミミが次にボールを投げたのとあわせて、直人もハンモックの中に飛び込んで、一緒になってボールを取り合った。
大人二人も入れば流石に手狭になってくるハンモック。それと反比例して、笑い声も増えていった。
投げて、取って、また投げる。重量でハンモックがより激しくいびつに変形していくのが、楽しさに拍車をかけていた。
そして、直人がボールを投げると――。
「……えい」
それまでためらっていたティアが意を決して参戦した。まるでそこにいる二人と一匹に飛びつくかのように、ボールを追いかける遊びに参戦した。
もつれあうティアとミミ、人間達の体や頭の上をとびのる子犬、あえて一歩引いてハンモックを必要以上に揺らす直人。
そこから生まれる笑い声、それが途絶えたのは、全員がもつれ合うように眠ってからのことだった。