【トン、コロコロ】
あれは東京から戻って間も無くの頃……
「じゃぁ、涼子とスーパーに行ってくるわ。何か買ってくる?」
「ん〜、ブラック1本お願い」
買い物に出掛ける和恵に缶コーヒーを頼んだ。
透はそのまま居間に残り、ソファの上でTVを見ていた。
玄関のドアが閉まり、車の動く音が聞こえた。
と、同時にそれは始まった。
トン、コロコロ。
トン、コロコロ。
天井を見上げた。
屋根の上から聞こえてくる感じだ。
トン、コロコロ。
トン、コロコロ。
何だろうか?
音が止む様子が無い。
トン、コロコロ。
トン、コロコロ。
透はこの不可思議な音に動じなかった。
そのままTVを見続ける。
トン、コロコロ。
トン、コロコロ。
間違いなくラップ音の類い。
だが何故だろう、怖くない。
トン、コロコロ。
トン、コロコロ。
不意に音が止んだ。
同時に玄関のドアが開く。
「ただいまぁ」
和恵と涼子だ。
2人が帰ると時を同じくしてピタリと止んだ不可解な音。
透は冷蔵庫に買った品物を入れようとしている和恵に『トン、コロコロ』の音の話をした。
「怖かった?」
ニヤニヤしながら和恵が尋ねる。
「いやぁ、それが不思議と怖くないんだよね。普通なら逃げるはずなんだけど、何故かずっと聞いていたんだよね」
透がそう答えると和恵が再び尋ねる。
「アンタ、聞き覚え無いの?」
「ん?っつーか、母さんも聞いたの?」
「私も最初は不思議だったんだよ。こんなハッキリ聞こえてきて怖さを感じない。で、何だろこの音?って考えてたら思い出したのよ」
笑顔で話す和恵は本当に嬉しそうだ。
その理由は次に続いた言葉で分かった。
「ポチよ」
それは数年前に亡くなった沢木家のアイドル。
飼い犬の名前だった。
ポチは退屈になるとボールを咥えて床に落として転がして1人遊びをする犬だった。
そして誰かが気付いて遊んでくれるのを待つのだ。
トン、コロコロ。
トン、コロコロ。
ああ、透の目に熱いものが溢れた。
それは懐かしさと後悔。
どうして音を聞いた時に思い出してあげられなかったのか。
せっかく遊びに来てくれたのに。
当時、透は11歳。
秋の終わりに拾って来たポチ。
生後1ヶ月くらいの赤ちゃん野良犬を父の英雄が『飼って良い』と言った翌日。
北海道はその年初めての氷点下を記録した。
新築の我が家に一緒に越して来たポチ。
ずっと我が家のアイドルで、英雄なんて金縛りに遭う度に助けもらっていた。
時には何も無い方向をジッと見詰めて牙を剥いて唸っていた。
ずっと護っていてくれたんだね。
透は流れる涙を拭うこと無く、ずっと天井を見上げていた。




