【ラジオ】
東京からUターンした反動で、透は農村部に住んだ時期がある。
庭で季節の山菜が採れるほどの広大な敷地。
冗談抜きで東京ドームで広さを換算出来る。
毎日毎日入り口の門まで新聞を取りに行くのが非常に億劫だった。
周囲は20m以上の高さの防風林とリアルな林に囲まれていたので台風が来ても風の脅威は無い。
樹木と言うのは防風だけではなく、遮音にも優れていて風の音すら防いでくれる。
透はこの暮らしに非常に満足し、10年をここで過ごした。
農村部とは言っても大型スーパーまでは10分圏内。
職場へも20分で行ける。
本当に満足していた。
あるひとつを除いて。
どうにも誰かの存在を感じる。
まあ、環境に慣れるまではよくある話。
増幅する不安が居もしない幻を呼ぶ。
入居した頃、そんな薄気味悪い気持ちを払拭するために論理的思考で自らの猜疑心を論破していた。
壁の外から聞こえる男女の会話は、きっと近所の農家さんのトラクターのラジオか作業中の夫婦の声だろう。
車庫で整備をしていた時に、後ろで聞こえた砂利を踏む音はきっと近所の飼い猫かキツネだろう。
大丈夫。
大丈夫。
こんな真昼間から出るワケ無い。
万が一にも真昼間から出るようなヤツならとんでもなくタチが悪いヤツだ。
そんなモンなら俺はきっとヤられてる。
大丈夫。
大丈夫。
そんな風に思いながら数年。
上手く『何か』とは付き合って来た。
あの日まで。
あの日、母に留守番を頼んだ。
和恵は透と同様に外から男女の会話を聞いた。
よせば良いのに和恵は外へ。
すると声は聞こえない。
家の中へ戻るとまた聞こえてくる。
「透、居るでしょ。ここ」
帰宅した透に開口一番、和恵が言う。
「外から声が聞こえる」
和恵は今日の出来事を話した。
「近所の農家さんのラジオだよ」
「外に出たら聞こえないなんておかしいでしょ」
「いいんだよ。ラジオでいいんだよ。男女ってハッキリ分かるのに、しっかり聞こえるのに何を言ってるか分からなくてもラジオなんだよ、ラジオ」
透がそう言うと「透も聞いてたのかい」と驚いた様子。
「まあね。イチイチ気にしてても神経持たんから」
「図太くなったねぇ」
和恵は笑った。
「実家で免疫がついてるさ。今のところ悪さはされてないから気にしないフリ」
「嫌な感じはしないからね。ま、今のところ」
この会話からこの家での不思議な現象が増えていくのだが、この時の透には知る由もなかった。
以前の【真夜中の訪問者】はこの数年後の話。
ソレがやって来たのは会話が聞こえてくる壁の向こうからだった。




