【幸せの遺書・3】
連休を貰った透は遠く北陸の地に居た。
あれから父方の沢木家と母方の湯島家の共通項を辿った透は、北海道に入殖する前に沢木家が居たとされる北陸のとある町を訪れた。
確かにここには沢木の苗字があちこちに見られる。
出身というのは間違いないだろう。
しかしここで北海道に入殖した沢木家を辿るのは無理があった。
別段名家でも旧家でも無い農民の出。
透すら知らない曽祖父以前の人間の足跡など雲を掴むような話だ。
費やせる時間も資金もない透は、とりあえずこの地方の伝承や歴史を調べるために郷土資料館をあたった。
その日の午後、目に付く限りの資料やパンフを鞄に詰めて透は関東へ向かった。
湯島家の出身地は関東のとある町。
沢木と違い湯島家は室町時代から文献に名の登場する旧家。
嘘か本当かは分からないが地元の観光案内の看板には歴史上の大物の名前から続く家系図が書かれている。
本当なら千年以上続く話だけに眉唾だ。
予想通りここでの情報の収集は簡単だった。
湯島家の歴史を研究する郷土史博士も居て、資料館では北海道に渡った唯一の湯島家の分家の写真も見ることが出来た。
なんとなく祖父に似たご先祖様が真ん中に座っていた。
それにしてもまだ200年も経っていない昔を調べるのがこんなにも大変だとは……
歴史の浅い北海道に住む透は少し安易に考えていた。
そう思っていた時に、妙な節回しのわらべ歌が聞こえてきた。
「なんですか、これは?」
透が尋ねると資料館の職員が湯島家の伝説を歌ったわらべ歌だと教えてくれた。
その時、透の記憶が疼いた。
(何処かで聞いた?いや、聞いたんじゃない)
「どうしました?」
思わず黙り込んでしまった透に職員が声を掛けた。
「あっ、いや、知っているような気がして」
「ああ、このわらべ歌は何故か幾つかの地方で歌われているんですよ。それも何故かポツポツと飛び火のように離れた場所で。でも発祥はここなんですよ」
最後は職員は胸を張るように言った。
透は職員に礼を言うと資料館を出た。
そして出るなり北陸の資料館で手当たり次第に持って来た資料を探し始めた。
(あった!)
透は1枚の紙切れを手にした。
紙切れと言うのが失礼にあたらない位の素朴な印刷物だった。
透はその紙切れに書かれた文章にさっきのわらべ歌の節回しを付けて歌ってみた。
多少歌詞は違うが節回しには合う。
(これが共通項?)
透は首を傾げた。
それは地元の有力者を讃える歌だった。
子供の遊びの中で歌わせて有力者への畏敬の念を刷り込ませようといった類いのものだろう。
こんなものが親族の不可解な死に関係しているとは思えなかった。
事実、発祥と言われる湯島家のわらべ歌は湯島家の武勇を讃えるものだった。
もっともこの武勇は後世の有名な怪談の下地となっているのだが今回の件には無関係だ。
北陸に戻って調査が必要だと透は思った。
その時、携帯が鳴った。
実家からだ。
「もしもし」
『母さんだけど、分かったよ』
「マジで!?ありがとう」
『先週ようやく警察から返って来たんだってさ』
旅館の叔父さんの書き置きだ。
一応、証拠物件として警察で預かっていたらしい。
コピーしたものを送ってもらったので電話口で読んでもらったが、どうにも遺書とは思えなかった。
旅館の売却先が決まったこと。
思ったより値が付いたこと。
これから先のこと。
どこにも悲観的なことは書かれていなかった。
むしろ前向きな内容だった。
「母さん、沢木家と湯島家の共通項らしきものが見つかったんだ。とりあえずまた北陸に戻ろうと思う。叔父さんのことも何か分かるかもね」
『透、叔父さんは湯島じゃなくて芹山よ。芹山の叔父さんって母さん言ってたじゃない。婆ちゃんの旧姓が芹山でしょ』
「あ……。旅館の叔父さんって呼んでいたから勘違いしてた。じゃぁ関係無いのかな?」
『アンタも抜けてるよね』
電話口で笑いながら『でもね、あの書き置きを読んで、理由は分からないけど全身に鳥肌が立ったの』和恵はそう続けた。
「婆ちゃんの実家のご先祖は東北の城抱えの学者だったよね」
『A藩よ』
「分かった」
鳥肌……
透は和恵の感覚を信じた。
元々透の勘の良さも和恵譲りだ。
北陸の前に透は東北へ向かうことにした。




