番外編 好みの人
※ リクエスト『どんな人が好みだったのか』についての話です。
国立魔法学園の温室。色とりどりの花が咲き誇るその場所は、ジークリットとフォルビアが定期的に設けている『お茶会』の定位置だった。今日もフォルビアは、無害で気の弱い『無能な婚約者』の仮面を被り、甲斐甲斐しくティーポットを傾けている。
「……はい、ジーク。今日は少し甘めの焼き菓子も用意したんだ」
「ええ、ありがとう」
ジークリットは差し出されたカップを優雅に受け取り、視線を落としたまま一口飲んだ。相変わらず、彼女の関心は目の前の婚約者には向いていない。そんな彼女の横顔をじっと見つめていたフォルビアは、カップを持つ手を少しだけ震わせ、もじもじと落ち着かない様子で口を開いた。
「ね、ねえジーク」
「何かしら」
心底退屈そうに返事をする彼女に対し、フォルビアは顔を赤くして、いかにも恥ずかしそうに上目遣いで問いかけた。
「き……君の、好みを教えてほしいんだ」
「好み?」
「うん……その、僕……君の好みの男性に近付きたい、と思って……」
言葉の最後の方は消え入りそうなほど小さかった。いじらしく、健気な婚約者のアピール。しかし、そんな愛らしい態度も『太陽の女神』には通用しない。ジークリットはカップをソーサーに置くと、腕を組む。彼女は目の前のフォルビアを頭の先からつま先まで、冷ややかに、そして残酷に眺め回した。そして、ふう、とわざとらしく深いため息を吐いた。
「……貴方ではないことは確かね」
「うっ……」
身も蓋もない一刀両断。フォルビアは胸を撃たれたように肩を落とし、あからさまにシュンと萎縮してみせた。
「じゃ、じゃあ……どんな人が、いいの?」
落ち込みながらも、恐る恐る尋ねるフォルビア。ジークリットは窓の外の青空へ視線を向け、自身の完璧な理想像を思い描くように、自信に満ちた声で語り始めた。
「そうね……。最低条件として、魔法と剣技に精通していること。私と肩を並べて戦えるほどの圧倒的な力は必須だわ」
彼女は続ける。
「でも、ただ力任せの野蛮な男は御免よ。……とりわけ、『賢い人』が好ましいわね。先を読み、完璧な戦略を立て、誰にも隙を見せないような知性を持つ人。私が背中を預けるに足る、本物の強者よ」
魔法と剣技に精通し、並外れて賢い男。
それは、今のフォルビアとは正反対の存在だった。魔法も剣も底辺で、いつもオドオドとして他人の顔色ばかりを窺っている無能な三男坊。ジークリットの言葉の裏には『貴方には一生かかっても無理よ』という冷酷な事実が込められていた。
「……そっかあ。やっぱり、僕には全然手が届かないや……」
フォルビアは力なく力なく笑い、悲しそうに目を伏せた。
――しかし。
テーブルの下で、膝の上に置かれた彼の手は、微かに、歓喜に震えていた。
緑色の前髪に隠された紫の瞳から、気弱な少年の光が完全に消え失せる。そこにあるのは、ドロドロとした暗い執着と、極めて冷徹な理性の光だった。
……魔法と剣技に精通している男。そんな有象無象の力自慢が現れたところで、何の意味がある?どんなに強い力を持った羽虫が群がってきても、僕の用意した『毒』の前には無力だ。君のその素晴らしい魔法も剣技も、僕のボーション一つで簡単に奪い取れてしまうのだから。
フォルビアは内心で、狂気的なまでに甘い笑みを浮かべていた。
……それに、君は『賢い人』が好きだと言ったね、ジーク。誰にも隙を見せず、完璧な戦略を立てる人。それって、つまり僕のことじゃないか。天才である君の超感覚すら欺き、全く警戒させずに毒を盛り、君の人生のすべてを僕の腕の中に閉じ込めるための、完璧で誰にも真似できない盤面を描く、この僕のことだ。
「……どうしたの、フォルビア。黙り込んで」
「えっ!?あ、ううん!ジークの理想が高すぎて、気が遠くなっていただけだよ」
ジークリットの怪訝な声に、フォルビアは慌てて顔を上げ、いつものヘラヘラとした頼りない笑顔を取り繕った。
「やっぱり、ジークにふさわしい男になるのは難しいなぁ。でも、僕も少しでも賢くなれるように、図書室で勉強を頑張るよ」
「ふん。無駄な努力だとは思うけれど、やらないよりはマシね。精々頑張りなさい」
ジークリットは満足げにフッと微笑み、再び紅茶に口をつけた。彼女は思いもしない。自分が理想として掲げた『誰にも隙を見せない賢い男』が、まさに今、目の前で最も愚かなフリをして自分を絡め取ろうとしていることに。
「うん。……君のために、僕、とっても頑張るからね」
温かな日差しが降り注ぐ温室。
誇り高き太陽は、自身の描く眩しい未来を見つめている。しかし、その足元にはすでに、彼女の全てを搦め捕るための、底知れず賢く、恐ろしい泥の沼が、甘い口を開けて待ち受けているのだった。
Fin.




