7 遠雷
カズさん――。
客に抱かれている時、奇妙なことにハルは城戸の存在をより近く感じていた。
城戸の息遣い、汗の匂い、指の感触、すべてが城戸を思い起こされ、一瞬、城戸に抱かれているかのような錯覚を覚えた。
「ホントに感じてただろ、おまえ」
常連客のミナトが横に寝転がって言った。
「ミナトさんがイイから」
「そんなこと言って、オトコいるんじゃないの?」
こういう人種は勘が鋭い。
「ないですって」
ミナトがハルの下半身をまさぐる。
「くすぐったい」
ハルが身をよじって逃げようとすると、ふいに強い力で両手首を掴まれた。
週3でジムに通っているというだけあってミナトは体格がよく、腹筋が割れ、腕力も強い。
「離して。痛いってば」
「離さない」
ミナトが意地悪く笑った。
「俺にこんなことをさせるハルが悪いんだよ」
「誤解だって」
振りほどこうとしても、両手首は頑強なミナトに掴まれてほどけそうにない。いっそう強い力で締め上げてくる。
「他の男のこと考えてた、だろ?」
「ち、違う、って」
痛みで、ハルの目に涙がにじんだ。
「だったら動画とっていい? ウソじゃないならいいだろ?」
店の決まりで動画撮影は禁止事項のひとつだった。バレたら出禁だ。
「マズいですって。それだけは、ホントにやめて」
ハルが枕に顔を押し付けられながら懇願した。
「悪いのはハルだからな」
ミナトの声がして、意識が遠くなった。
スマホが鳴っている。
気がついたハルが電話に出ると店からで、予定時間の10分前連絡だった。
「延長入った?」
「いえ、すみません、すぐ出ます」
ミナトの姿は見当たらない。
とりあえず、急いで服を着てホテルをチェックアウトする。
ワゴン車に拾ってもらうと、
「ハル? どうしたの? 髪ぼさぼさじゃん」
後部座席でメロンパンを食べていた勇斗が驚いた声をあげた。
「客、常連なんだけど、機嫌が悪かったみたいで」
ハルがごまかした。
枕に強く圧しつけられて気を失っていたのだろう。ミナトはそれを知りながら放置したということになる。出禁ものだが、ハルは店には報告しなかった。
ミナトはもう来ない気がした。
「ゲンさん」
ハルが髪を直しながらドライバーに呼びかけた。
「俺、今日は早上がりで。店に連絡お願い」
ゲンさんというのは元会社員で、定年退職してからドライバーの仕事についた中年男だ。
「なんかされた?」
勇斗が訊いてきた。
「ちょっと疲れただけ。お先」
受け取った売り上げを財布に入れ、ハルはクルマを降りた。
まだ12時前の歌舞伎町は人で混雑している。
その人ごみの中をハルは漂うように歩いた。
どこというあてもなく。
夜がハルの生きる時間、生きる場所だった。
これまではそうして生きてきた。
そのはずだったのに、雑踏にまぎれ、ハルはひとり孤独を感じていた。
月が出ていた。
地上の明るさにまぎれて月の光は届かない。
――カズさん。
むしょうに城戸に会いたくなった。




