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不思議な白い糸を切ったらとんでもないことに

 

 雪華が及び腰になったせいか、ゆうの魂の叫びが止まらない。


「お前の清楚で可憐な顔が好きだ!」


 やぶから棒に何? 眉根を寄せる雪華に熊が熱心に訴える。


「だが性格は可愛げがなくてあまり好きじゃない!」


 雪華はたじろいだ。これ……私は何を聞かされているのだろう?


「性格は気に入らないが、雪華――やはりお前の顔は大好きだ! 肌の感じも好きだ!」


 気持ち悪さに思わず視線を伏せたことが凶と出たようだ――ふたたび熊が身を乗り出してきて、こちらの左手を握り締めた。

 触れられた瞬間、首の後ろがゾクリとして、雪華の視界が揺れる。

 これほど動揺したのは、怒りのせいなのか嫌悪のせいなのか、自分でもよく分からない。

 気をしっかり保たねばと眉間に力を入れると、いくらか眩暈めまいが治まった。


 すると次の瞬間、視界いっぱいに色とりどりの糸のようなものが出現した。


 縦列に走るそれは瞬く間に視界を覆い尽くしたあとで、強い風が吹き抜けたかのようにかき消えた。

 消えた……いや……? まだひとつ残っている。

 雪華は自身の左腕を眺めおろした。ふと気づけば熊に掴まれている腕に、白い糸が巻きついている。肘の少し下あたりにぐるぐると巻きついたそれは、案の天板に垂れて、向こう端まで伸びていた。

 伸びた糸の先を視線で辿ると、天板を挟んで立つ熊の腕まで続き、彼にからみついている。つまり不思議な白い糸は、雪華と熊、ふたりを縛りつけているのだ。

 ――耐えがたい。

 その白い糸がまとわりついていることを不快に感じ、雪華は無意識のうちに腰帯に手を伸ばしていた。帯には姐姐が置いていったあのはさみが挿し込んである。彼女からの置手紙で『鋏を預ける。肌身離さず持ち歩くように』と記されていたから、その言いつけを守っていたためだ。

 雪華は右手で鋏を掴み、左腕に巻きついた白い糸を断ち切った。


 ――ぱちん!


 その途端、白い糸が跡形もなく消失した。切れて下に落ちたのではなく、切断した途端、ふっと存在自体が消えたのだ。


「え?」


 驚きの声を上げたのは、鋏を使った雪華ではなく、対面にいる熊だった。

 彼は目を瞠っている――視線は雪華の肘あたりに向いていた。

 まさか……熊にもあの白い糸が見えていたというの? 雪華の眉根が寄る。


「ねえ今――」


 糸を見た? と尋ねようとしたところで、店に子供が飛び込んで来た。隣家に住む七歳の女の子、豆妹とうめいだ。豆妹はつぶらな瞳を恐怖で見開き、慌てふためいていた。


「あのね、大変! お屋敷が燃えてる!」


 それを聞いて雪華は焦った。姐姐も雪華も豆妹のことを可愛がっていたし、隣家の夫妻には色々お世話になっている。


「豆妹の家が燃えてるの?」


 尋ねると、豆妹は『違う』と言うように首を横に振った。そうしながらチラチラと熊の様子を横目で窺っている。

 どうしたのだろう……? 困惑する雪華に対し、熊だけがひとり余裕たっぷりだった。『お前みたいな貧乏人の家がどれだけ燃えようが、俺には関係ないね』という冷たい視線を豆妹に向けている。

 豆妹が気まずそうにボソボソと呟いた。


「うちが燃えてるんじゃなくて、地主様のお屋敷が……」


 え? 燃えているのは熊の実家なの?



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