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【書籍化決定】後宮の縁切り女官  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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お前が魏祥を死に追いやった悪党だ、地獄に堕ちろ

 

 シン……いつの間にか鈴の音がやんでいる。

 雪華は節《ふし》をつけ、澄んだ声音で詩を詠み始めた。


 石苔《せきたい》雨に沐《もく》し

 滑りて攀《よ》じ難《がた》し

 水を渡り 林を穿《うが》ちて

 往《ゆ》きて又《また》還《かえ》る

 処処《しょしょ》の鹿声《ろくせい》尋ね得ず

 白雲《はくうん》紅葉《こうよう》千山《せんざん》に満《み》つ


 これは故郷烏解発祥の詩だが、今、八角卓を囲う人々はそれを知るまい。

 また知っていたとしても、救国の巫女が詠《うた》えば、何かしら呪術的な意味が込められているように響く。


 生暖かい風が吹き込んできた。

 雪華が厳《おごそ》かに告げる。


「今詠んだのは、腹虫《ふくちゅう》を暴れさせる呪詩です」


「ふ、腹虫? なんですかそれは!」


 田《でん》丹《たん》が喉を絞められた雌鶏のような声で叫ぶ。

 雪華は淡々と答えた。


「あの晩、寺院の裏門にて、飛頭蛮《ひとうばん》が目撃されています。飛頭蛮《ひとうばん》は熊犬の腸《はらわた》を食らったそうですが……」


 雪華が気まぐれに視線を上げ、田《でん》丹《たん》、桃義《とうぎ》、豊紈《ほうかん》を順に見遣る。


「仮定の話です――もしも飛頭蛮《ひとうばん》があの場にいなかったとすると、どういうことになるでしょう? 現実に、熊犬は腸をまき散らしていた――ということは、誰かが木立の中から手頃な棒きれを拾い、それを使って熊犬の死骸に残酷な仕打ちをしたことになります」


「な、何を言っているんですか、あなたはぁ!!!」


 田《でん》丹《たん》が目を剥いて叫ぶ。

 雪華はそれを無視して、懐から小瓶を取り出した。それを八角卓に置く。


「先の詩で、熊犬の腹に住んでいた腹虫という名のあやかしが活性化しました。沶竟《いけい》に生息するあやかしはね、飛頭蛮《ひとうばん》だけじゃないんですよ。もっとまずいやつがいる。腹虫は肉眼で確認できないほど小さく、犬を宿主としてその腸に住み着きます。そして宿主が死んだ際、腸が外気に触れていれば、短い距離なら自由に移動することができるのです。ただし空は飛べないので、誰かが腸に直接触れているか、棒などを介して間接的に触れている必要があります。腹虫は血の匂いを好むため、腸に接触した誰かが怪我をしている場合、その傷口から体内に入り込むのです。犯人は今回、棒を介して熊犬の腸に触れたはず――だから腹虫はその者に取り憑くことができた。さあ――先ほどの呪詩がそろそろ効いてきたのでは? ぞわ、ぞわ、ぞわ……皮膚の下を何かが這い回っているでしょう……どうです? 感じませんか?」


 雪華は冷徹に犯人を見据えた。


「腹虫を殺す神水がここにあります――今すぐに飲まないと、全身の血が噴き上げて、激痛の中で死ぬことになりますよ」


 雪華は左手の二指を小瓶に添え、反対の右手で、腰帯に挿し込んでいる鋏《はさみ》を抜き取った。

 しゃんしゃん――……持ち手に挿し入れた指を軸に、器用に鋏を回しながら、目を閉じ、開く――すると視界いっぱいに色とりどりの糸が交差し、一瞬で収縮して消えた。

 あとに残されたのは一本――小瓶に巻きつく白い糸のみ。

 その糸の先を視線で辿ると、八角卓の上を真っ直ぐに走り、犯人の手首に繋がっている。


 ――ぱちん!


 鋏の回転を止め、勢い良く白い糸を断ち切った。すると……。

 豊紈《ほうかん》が半狂乱で叫んだ。


「嫌、助けて、助けて!」


 彼女は死に物狂いで八角卓に乗り上げ、小瓶を掴んで中身を一気に呷《あお》る。


 はあ、はあ……荒く息を吐く豊紈《ほうかん》は、その場にいた全員が、氷のような目で自分を眺めていることに気づいた。

 雪華が強い言葉で引導を渡す。



「豊紈《ほうかん》、お前が善良な魏祥《ぎしょう》を死に追いやった悪党だ――地獄に堕ちろ」


 それを聞いた黄《おう》賢妃《けんぴ》は雪華に頷いてみせ、黙したままさっと席を立った。

 そして手を高く振りかぶり、豊紈《ほうかん》の頬に容赦なく叩きつけた。



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