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後宮の縁切り女官 ~悪縁を断つ救国の巫女は皇弟に溺愛される~  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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――指――

 

 飛頭蛮ひとうばん退治という、大事な仕事が控えている身だけれど、朱翠影が一緒にいてくれて助かった。落ち着いた彼がそばにいると、心の安定が得られて、雪華はあれこれ思い悩まずに済む。

 移動もとどこりなく進み、体調万全で、目的地の沶竟いけいに辿り着いた。


 まず雪華たちは現場の寺院に行き、裏門下の階段を確認した。飛頭蛮ひとうばんが出て、熊犬のはらわたを食べたとされる場所だ。

 かなり日数が経過しているものの、まだ血のしみがどす黒く広い範囲に残っていて、豊紈ほうかんから聞いた話と一致した。

 そして寺院の人と会い、当日の出来事について裏取りを行うのも忘れなかった。

 これもまた豊紈ほうかん桃義とうぎから聞き出した話と、矛盾なくすべて一致し――残る確認作業はあとひとつとなった。


 最後のひとつが、今回、旅をすると決めた目的である。


 * * *



「着きましたね」


 両端の跳ね上がった壮麗な入母屋いりもや屋根を見上げ、雪華は背筋を伸ばした。

 目の前にあるのは、閑静な住宅地に建つ、広く立派なお屋敷である。

 ふたりは寺院を出た足で、魏祥ぎしょうの実家にやって来た。

 娘が行方不明になっている件を、これから両親に確認しなければならない。


「父君の県尉けんいは在宅のはずです。話を伺いたい旨、都を発つ前に手紙を出しておきました」


 皇族の大切な手紙は早馬で運ばれるため、雪華たちよりも先に届いて、県尉けんいは内容を確認しているだろう。


「ありがとうございます」


 使用人に取り次いでもらい、屋敷の中に招かれた。

 調度類も見事なものだ。紫檀や黄花梨で作られた重厚な家具には、花鳥文かちょうもん禽獣きんじゅうの凝った文様が彫り込まれている。


「朱殿、救国の巫女殿、ようこそいらっしゃいました」


 口髭くちひげたくわえた、威厳のある県尉けんいが立ち上がり、丁重に迎え入れてくれた。

 夫人も歓迎してくれたものの、顔色が冴えない。

 椅子を勧められ、雪華と朱翠影は隣り合って腰を下ろした。

 対面に夫妻が腰かける。


「――こちらにいる雪華殿は、慶昭帝の命により、ある怪異事件を調査しています」


 朱翠影が話を切り出した。

 朱翠影と県尉けんいはこれまで直接面識はなかったものの、共通の知人がいるとのことで、ふたりで話してもらうことにした。

 怪異事件と聞き、夫妻が訝しげな顔つきになる。『まったく予想外のことを言われた』という反応だ。夫妻が不安げに視線を交わすのを見据え、朱翠影が尋ねた。


「どうかなさいましたか?」


「は……いえ……てっきりその……」


 県尉けんいが口ごもり、そのまま言葉を失ってしまう。

 夫人のほうは胸を手のひらで押さえ、体を落ち着きなく動かしている。

 朱翠影は聞き取り調査に専念し、あえて淡々と話を進めていく。


「お嬢さんの居場所を訊かれると思っていたから、怪異事件と聞いて驚いたのですか?」


「娘のことはなんとお詫びしたらいいか……」


 県尉けんいはすっかり青ざめている。


「なぜ詫びるのです? 行方不明ですよね?」


「その……自分で逃げたのか、急病なのか……」


「急病というのはどういう意味でしょう? 今、お嬢さんはご在宅で、寝込んでいらっしゃる?」


「いえ――そんなまさか! 誓って申し上げます、当家には戻っていません。寺院で……行方不明になったと伺っています。ですから急病か何かで、どこかで倒れているかもしれないと思いまして」


「急病だとしても、寺院の敷地内で倒れていれば、すぐに発見されたはずです」


「それは、しかし……」


「お嬢さんは現状、おう賢妃けんぴ付きの女官です。責任のある立場だし、これまではしっかり期待に応えてきた。それが旅先の寺院で行方不明になったというのに、あなた方は事件性を主張するでもなく、奇妙な言動を繰り返している」


 これを聞き、夫人が県尉けんいに縋り、泣き出してしまった。


「あなた――どうしたらいいの」


「黙りなさい、だめだ」


「わたくしもう耐えられないわ」


 狼狽し顔を歪める夫人と、それをいさめる県尉けんい――彼らが重大な問題を抱えているのは明らかだった。

 朱翠影は痛ましげにそれを見遣り、やがて告げた。


「――指――」


 それは静かな声だったが、屋敷中の調度類をすべて叩き壊したくらいの衝撃を夫妻に与えた。

 ああ……夫人が大きく口をわななかせ、慟哭どうこくする。

 県尉けんいは歯を食いしばり、涙をこぼした。


「――娘さんの指が、届いたのですね」


 朱翠影の残酷な言葉は、夫妻の支えを叩き折った。

 これまで彼らは縋っていたのだ――口を閉ざしていれば娘が帰って来るという、絶望的な望みに。

 けれど立場上、朱翠影も雪華も、事実を確認しなければならない。


 * * *


 ――都を発つ直前のこと。

 朱翠影は慶昭帝からこう言われたそうだ。


県尉けんいに会ったら、『指』と言ってみろ」


 慶昭帝の声音は刃のように鋭く、彼の怒りが滲んでいる。


「……なぜですか?」


 朱翠影が慎重に尋ねると、慶昭帝から答えが返された。


余無よぶが仕入れて来た新情報だ。過去半年、沶竟いけいで行方不明になった娘たちがいるだろう――その実家に、切断された指が送りつけられたという噂がある」


 余無よぶというのは慶昭帝の隠密おんみつである。優秀なやつなので、情報に間違いはあるまい。


「なぜその情報がおおやけになっていないのでしょう? 捜査機関に家族が届け出なかったのが分からない」


「さあな……娘の安全を優先して、親は口を閉ざしているのかもしれん。切られたのが指だけなら、本人はまだ生きていると考えたくなるのが親心だ。おそらく指と一緒に、脅迫状も届いている――『誰にも言うな』と」


 非人道的な話を聞き、朱翠影の全身から殺気が漏れ出す。

 普段はのらりくらりとしている慶昭帝も、腕組みをして厳しい顔つきだ。


「――近日中に必ず決着をつけろ、翠影」


「承知いたしました」


 雪華はこの場にいなかったのだが、慶昭帝とのやり取りはあとで朱翠影から教えてもらった。



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