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地主の馬鹿息子をこらしめる

 

 痛い……あとで痣になるかもしれない。思わず眉根を寄せ、迫ってくる熊を見返す。

 すると。


「俺のことは姓ではなく、親しみを込めて郎獲ろうかくと呼べと、いつも言っているだろう」


 なんだそれは――そんなつまらないことで不機嫌になったの? 咥えていた母の乳が離れてぐずり出す赤子くらい辛抱がないわね!


「いえ、無理です」


「雪華――」


 ここまでの流れで艶っぽい空気は一度も流れていないはずなのに、熊が口づけをせがむように顔をさらに近づけてきた。

 もしかして熊の脳味噌は連日の深酒でとけてしまったのか?

 雪華はぞわりと鳥肌が立ち、とっさに掴まれていないほうの腕を動かして、熊の顎をガツンと押し上げた。


「む――おい――手をどけろ」


 噛み合わせが変になった熊が、くぐもった声で唸る。


「どけるわけないでしょ」


 雪華も苛立ち、熊を睨み上げた。


「このお転婆娘め――いつもは燕珠がいるから退いてやっていたが、邪魔者のいない今こそお前と口づけしてやるからな」


「なんの宣言だ黙れ変態」


 雪華のほうも余裕がなくなり、ぞんざいな口調になる。

 ああまったく――姐姐がいなくなってまだ半日もたっていないのに、こんなことになるなんて!

 先ほど熊には姐姐の不在について「ちょっと出かけているだけです」と説明した。つまり熊は「燕珠はすぐに戻るけれど、今はたまたま不在」の認識で、ここまで大胆な行動に出たわけだ――そうなると姐姐が長いこと戻らなかったら、この先一体どうなるのか見当もつかない。

 雪華は深く息を吸い、すっと瞳を細めた。

 ひとつ、ふたつ、三つ――……熊の呼吸を読み、合間を見計らってまず脱力する。そこからの雪華の動きは速かった。

 掴まれていた手首を無駄なく回して拘束を解き、逆に熊の親指を掴んで捻り上げる。熊からすると『ふと気づいたら、なぜか腕を捻られていた』と感じたはずだ。


「い、痛でででででで……‼」


「やろうと思えばこのまま骨を折れるけれど……」


「や、やめてくれ! ごめんごめん!」


 熊が詫びるのを聞き、雪華は目を瞠った。

 おっと……この尊大な男が誰かに謝ったのは、これが人生初なのではなかろうか?

 ただひとつ問題なのは、熊自身がなぜ詫びる必要があるのか理解しておらず、心が一切こもっていないことだろう。単に痛みから逃れるために、薄っぺらい謝罪を述べているにすぎない。



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