え……食事も出るの?
赤面する雪華を、朱翠影はしばらくのあいだ物柔らかな瞳で眺めていた。
やがて彼が、
「後宮でどんな話を仕入れたかはあとで伺いますので、その前にあなたの家に向かいましょう」
と丁寧に促す。
「どこかに官吏用の宿舎でもあるのですか?」
すると――。
「ありえません。官吏用の宿舎はありますが、雪華殿が寝泊まりするには、安全上問題があります」
安全上の問題? だけど安宿より、よほど安全じゃないかしら?
「行きましょうか」
再度促され、向かう前にあれこれ訊いても悪いかと、雪華は質問はやめて頷いた。
* * *
広安の街区をふたり並んで歩いた。
庶民が使う市場の『西市』付近とは、雰囲気がまるで違う。あちらは雑多で人が多かったが、こちらは整っていて閑静である。方角的にも逆で、東に向かっているようだ。
そう歩くこともなく、目的地に着いた。
「――ここです」
朱翠影にそう言われ、雪華は真顔で彼を見返した。
「あの……ものすごく大きなお屋敷なのですが」
「私の家です」
ん? いえあの、朱翠影の家に案内してほしいわけじゃなくて、私が住む家に連れて行っていただきたいのです……。
彼が続ける。
「警備は厳重ですし、あなたが住むには最適なところだと思います」
「ええと……私は朱殿の家に同居するのですか?」
どうか否定してくれ、の気持ちで問うと、
「お好きな部屋をお選びいただけますよ」
想定よりおそれ多い答えが返ってきた。皇帝の弟の屋敷に、団子屋の娘が同居?
おかしい……朱翠影の過保護が怖い。
「それならせめて一番小さな部屋で」
「却下です」
お好きな部屋をお選びいただける、あなたそう言いませんでした?
話が噛み合わないせいか、彼がため息を吐く。
「私としては、主屋の一番良い部屋をお使いいただきたいのですが……無理強いはいけませんね。離れもありますよ」
「では離れで」
答えながら、雪華は変な会話だと考えていた。
反対のほうがしっくりくる――図々しい居候が「もっと良い部屋を」をねだり、泊めるほうが「一番狭い部屋だ」と断るほうが。
「寝泊まりするのは離れで良いですが、食事は主屋でおとりになってください」
え……食事も出るの?
ぎょっとしたけれど、土地勘がないから食事処も知らないし、甘えるしかないか。
「ありがとうございます」
結局、礼を言って受け入れた。




