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痴漢男が来た

 

 団子を作り終え、丁寧に身支度を整えてから店に出る。


 杜陽とよう国では中央のみやこ周辺であっても、雪華が住む辺境の烏解うかいであっても、団子はわんや皿に入れて出されるのが一般的だ。

 粉をこねて丸めてから大量の湯でゆがき、釜揚げでゆで汁ごと碗によそって提供されることが多い。

 ところが向家の団子屋では、竹串に刺した状態で販売している。

 これは昔、姐姐が考案したやり方だった。「客が帰ったあと、碗とレンゲを洗うのが面倒くさい」という理由からそうすることにしたらしいのだが、「面倒くさい」と思っただけで終わらせずに、「どう工夫をしたら面倒ではなくなるのか」まで思考を進めるのが、姐姐のすごいところである。

 しかもこれを考えついた時、姐姐はまだ十二かそこらだった。姐姐は子供の頃からいつも何かを深く考えていた。

 もっと良くできるはず……日々知恵を絞って妥協しない姐姐の背中を見て育ったため、雪華にも自然とその生き方が身についた。

 困ったら解決方法を考える――そうしたらきっとなんとかなる。


 店に出た雪華は、硬木こうぼくで作られたあんの天板に大皿を置いた。皿の上には作りたての串団子が並べてある。

 串で売ると洗いものが減るのはもちろんだが、持ち帰ってもらえるという利点も大きい。客がすぐに帰ってくれれば、空いた時間を勉強に当てられる。

 生活のすべてに姐姐の工夫が詰まっていて、雪華はたまらない気持ちになった。

 店に出たら気が紛れるかと思ったのだけれど、胸が押し潰されそう……。

 団子屋の店舗は台所の隣で、引き戸で仕切られているだけ。店も生活の一部だから、どこを見ても姐姐を思い出す。


 店を開けてすぐに、四人ほど客が立ち寄った。山村のわりに客が多いのは、ここ烏解うかいがふたつの大きな都市を結ぶ抜け道になっているからだ。

 接客を終えてひと息ついたところで、五人目の客がやって来た。


「――雪華、店なんて閉めて、裏山に海棠ハナカイドウを見に行こう」


 訪ねて来たゆう郎獲ろうかくは大変分かりやすい人間で、女と酒にしか興味がない。雪華と同い年の十六歳なのだが、彼は十代前半で堕落した遊びをひと通りすべてやり尽くし、「結局女と酒が一番だな」という結論に至ったようだ。

 いつ見ても彼は落ち着いていたことがなく、軽薄に騒いでいるか、つまらない理由で不機嫌にむくれているか――基本的にはそのどちらか二択だった。

 今日は『軽薄に騒ぐ日』みたいね……。


 ちなみにこの地方で「海棠を見に行こう」は男女の秘めごとを意味する。綺麗な花でも見て心を和ませましょうというみやびな誘いにも聞こえるが、実際は親しい恋人同士が使うくだけた隠語だ。熊はこの手の際どい誘い文句をちょくちょく雪華に投げかけてくる。こちらは一度も誘いに乗ったことがないのに、懲りないものだ。

 この男が地主の息子じゃなければ、「海棠」と口にした瞬間に店から叩き出しているところだわ……雪華は熊の顔を眺め、微かに瞳を細めた。喧嘩をしてもこちらには益がないので、口角は微かに上げた状態を保つように気をつけた。


「店を閉めるわけにはいきません」


 雪華が淡々と返すと、熊がぐい――と身を乗り出して来た。ふたりのあいだには団子皿が載せられた頑丈な案があるのだが、彼は天板に手を突き、台を乗り越える勢いで雪華のほうに顔を寄せてくる。


「店番は燕珠えんじゅがやればいいだろ? そういや今日はうるさいあいつがいないな――どこに行った?」


 姐姐の名前を持ち出されて、雪華はドキリとした。熊は昔から姐姐を嫌っている。

 熊のように放埓ほうらつな男が『年上の聡明な女性』を嫌うのは、自然の摂理なのかもしれない。


「ちょっと出かけているだけです、それより――」


 食べものに平気で覆いかぶさるという、この男の無神経さが信じられない。

 雪華は団子の載った大皿に手を伸ばし、それを熊から遠ざけるように案の端に移した。人の口に入るものが狼藉者に汚染されるのは耐えられなかった。

 するとその手をガシッと乱暴に掴まれ呆気に取られる。


「は、ゆう殿、なんですか」


 ふりほどこうとするが、熊はますます力を込めて雪華の手首を握り締めてきた。



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