計十名がこれからあなたの手足となり働きます
謁見が終わり、雪華たちは正殿から辞去した。
この時は慶昭帝から賜った部下たちも一緒にいたのだが、少し移動したあとに朱翠影が視線で合図すると、彼らは黙礼して去って行った。
おや……これで終わり? 名も伺っていないけれど。
彼らとは先ほど出会ったばかりだ。慶昭帝に謁見するため正殿へ向かう直前、雪華と朱翠影の後ろに九名の文官が付き従い、列になって話を聞いた。互いに自己紹介している暇はなく、会話も交わしていない。
朱翠影を見上げると、相変わらず端正な物腰で説明してくれる。
「彼らは雪華殿が外朝で活動する際の部下九名です。それに私を足して、計十名がこれからあなたの手足となり働きます」
「私に部下は必要ないのですが」
「大切な御身を支えるため、必要です」
「朱殿?」
あなたは私が『救国の巫女』ではないことを、ご存知のはずでしょう?
それなのになぜ?
「とにかく慶昭帝がお決めになったことですので、諦めてください」
旅のあいだずっと親切だった朱翠影が、珍しく問答無用で言い切る。彼の視線には『あなたには部下が十名いて当然』という謎の信念が透けて見えた。
雪華が『困ります』の念を込めて見上げるも、朱翠影は華麗にそれを無視して、事務的に続ける。
「ただ――現状優先すべき任務は『飛頭蛮退治』ですので、外朝での仕事はだいぶ先になりそうです。部下との正式な顔合わせは実際に仕事に入る前にしたほうが効率的なため、先ほどは紹介を省きました」
「なるほど、そうでしたか」
雪華は朱翠影の気遣いをありがたく感じた。部下ができるのは避けようがないとしても、遠路はるばる都に来たばかりで、初対面の文官たちと関係を築かねばならないのはさすがに疲れる。
雪華が瞳を和らげると、彼の視線も物柔らかになった。
「では――旅の疲れが溜まっているかと思いますので、住居にご案内いたします。今日はもうごゆっくりされてはいかがでしょうか」
住居か……宮城のどこかに、官吏用の宿舎でもあるのかしら?
しばらくは安宿に滞在しながら下宿先を探すつもりでいたので、住居を与えてくれるならとても助かる。
――と、そんなことより。
雪華は平民だし、「旅の疲れが溜まっている」なんて甘ったれたことを口にできる身分ではない。普通ならば朱翠影から「逃げた姉のぶんも、身を粉にして働け! 動き続けて前のめりに死ね」とこき使われて当然なのに、「今日はもうごゆっくりされてはいかがでしょうか」と気遣われるなんて……。
旅を経て最近ではだいぶ慣れてきたが、都でも『朱翠影の謎の過保護』は継続するらしい。
雪華は明るい空を眺め、考えを巡らせる。
まだ夕刻には早い……ならば。
「住居へ行くのは後回しでいいです。可能なら、先に後宮に行ってみたいと思います。関係者から少し話を聞けるとありがたいのですが」
騒動がどんなものなのか知っておかないと、かえって落ち着かない。今日思い切って取りかかってしまえば、明日は『昨日の続きから始めよう』と思えるので、億劫な気持ちは半減するはず。
「まったくもう……雪華殿は真面目ですね」
涼やかな瞳を細め、呆れたようにそう言う彼を眺め、雪華はくすりと笑みをこぼした。
「朱殿には負けますよ。あなたは自分に対してはとても厳しいのに、なぜか私をさぼらせようとします」
「私は雪華殿の忠実な部下ですから」
「慶昭帝は私の尻を叩くため、あなたを付けたのでは? 私がさぼろうとしたら、朱殿はきっちり叱らないといけませんよ」
「とんでもない。あなたの尻を叩こうとする無礼千万な輩がいたら、私が許しません」
朱翠影の佇まいから少し殺気が漏れ出てきた。
うーん……都の武官とは、こうも上司に忠義を尽くすのか?
雪華が困惑していると、朱翠影がため息を吐く。
「……雪華殿が望まれるなら、後宮に立ち入る準備をすぐに整えます」




