都に着いたら慶昭帝がじゃれついてきた
――そして色々あって現在。
雪華は無事都に辿り着き、宮城で堅苦しい礼をとっている。
たった今皇帝から「飛頭蛮退治」を命じられたところだ。後宮の安寧を保つため、それが必要らしい。
慶昭帝は雪華に『救国の巫女』としての役割を期待している。そんな事実はないと雪華が否定しても無駄だ。慶昭帝が「お前は救国の巫女である」と決めてしまったのだから、あとは事実のほうを捻じ曲げて、雪華がその役割を果たすしかない。
幸いにもと言うべきか、あるいは不幸にもと言うべきか、雪華は姐姐から託された摩訶不思議な鋏を持っている。
これは『縁』に働きかける不思議な代物なので、雪華としてはこの品を有効活用して、慶昭帝が望むとおりの結果を出す必要がある。
つまり後宮に絡みついている、『災』という『悪縁』を断つわけだ。
雪華は頭の中で状況を整理した。
――私はこれから宮城で働く。宮城には外朝と内朝がある。外朝は政が行われる公的なところで、内朝は皇帝の私的な空間だ。内朝には男子禁制の『後宮』も含まれ、ここでは皇帝の妃たちが多数暮らす。
――私は外朝と後宮、そのどちらにも行ったり来たりできる、特別な身分を皇帝から賜った。
――後宮は閉ざされた場所で、入ったが最後、以降は外に出られなくなるのが普通だが、私は自分の意思で好きに出入りすることができる。
――外朝での私の役職は『書令司』となるらしい。そして外朝では部下十名も賜った。その中には皇帝の弟である朱翠影も含まれている。
――後宮で活動する際は、『宝林』という位を賜った。
――これから私は飛頭蛮退治をする。
――人食いあやかしの飛頭蛮を目撃したのは、後宮の妃の中でも大物である、黄賢妃、とのこと。まずは目撃者の話を聞くため、後宮に行き、黄賢妃に会う必要がある。
これからすべきことを考えていると、
「――ところで、雪華」
玉座に着く慶昭帝から、声をかけられた。
「都までの旅はどうだった?」
問われた雪華は慎重に慶昭帝を見上げた。
凭几に片肘を置き、頬杖を突く慶昭帝は、口元に悪戯な笑みを浮かべている。本人は気安いつもりかもしれないが、雪華からすると、尾を揺らす虎にしか見えない。隙を見せれば喉笛を食いちぎられそうで、危険極まりない。
「おかげさまで快適に過ごすことができました。ありがとう存じます」
答えながら旅先で見た、ほむらのように咲き乱れる羊躑躅が頭の中に浮かんだ。
それをきっかけにして、たくさんの色あざやかな光景が浮かんでは消えていく――……こんなふうに思い出がとめどないのは、旅路の一瞬、一瞬、すべての時間が、雪華にとって特別だったからだろうか。
雪華の礼を聞き、慶昭帝が煙たげに手のひらを振る。
「つまらん社交辞令は不要だ。私はもっと面白い話が聞きたい」
「面白い話――でございますか」
「翠影との距離は縮まったか?」
うん……どういう意味だ?
訝しげに見返せば、慶昭帝のにやにや笑いがひどくなる。
「初夜はどうだった?」
初夜? 故郷を出て、初めに宿泊した場所での思い出を問うているのだろうか?
旅の初っ端から振り返って語らせる気か? 正気か慶昭帝――雪華は呆気に取られる。
一から詳細に語っていては、日が暮れるぞ……。




