表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後宮の縁切り女官 ~悪縁を断つ救国の巫女は皇弟に溺愛される~  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/83

慶昭帝が話しかけてきた

 

 慶昭帝が瞳を細めてこちらを見た――猫が日向ぼっこをしているような、気まぐれな目つきだった。口元も綺麗に弧を描いているけれど、まるで気安さを感じさせない。


「娘――『朱翠影と交わした秘密の会話を、なぜ私が知っているのか?』――そなたは疑問に思っているな」


 言い当てられ、目を瞠る。

 なぜ団子屋の娘に話しかけてくるんだ……石ころのように扱って、無視してくれていいのに。

 しかし声をかけられたので、返事はすべきだろう。雪華は答えた。


「おっしゃるとおりでございます」


 慶昭帝が天井を指差す。


「上には気をつけろ」


 おっと……ねずみがいたのか。


「気づきませんでした」


 雪華は気配に敏感だが、天井に誰か潜り込んでいることをまるで察知できなかった。間者は情報収集をし、賊が死んだのを見届けて皇帝のそばに戻り、手早く報告をしたというわけか。相当優秀なやつだな……顔を見てみたい。

 そんなことを考えていると、慶昭帝が腕組みをしたまま死体を足蹴にして転がした。

 向きが変わり、賊の顔が上を向く。仰向けになったことで、腹に突き立った剣が強調され、悲惨なことになった。

 斜め後ろにいる豆妹が「ひええ」と小声で呟きを漏らした。

 それにしても……死体を足蹴とは、慶昭帝はなかなかにえげつないことをなさるが、本人の優美な資質のせいか、野卑な振舞いをしても下品に映らないのが不思議だった。


「……知らん顔だ」


 慶昭帝が呟く。しばらく死体を眺めおろしてから、今度は朱翠影に視線を転じる。琥珀色の高貴な瞳が揺らめいて見えた。


「翠影――無様ぶざまだな。野良犬なんぞに噛みつかせる機会を与えるな」


 お前の実力なら、もっと危なげなく賊に対処できただろうと、しっかりしたお叱りである。これまでの話し方はのらりくらりとしていたのに、朱翠影に告げたこの言葉だけは平坦で静かだった。


「申し訳ございません」


 朱翠影が目を伏せ、端正に詫びる。

 しばし咎めるように弟を眺めたあとで、慶昭帝が気まぐれに口の端を上げた。少し意地の悪い顔つきだった。


「――今度襲われたら、女子供を先に斬らせろ」


慶昭帝けいしょうてい、それは――」


 朱翠影が呆気に取られて慶昭帝を眺める。清廉な視線を向けられても、慶昭帝は恥じないし、揺るがない。


「盾代わりに他人を使え。ためらうな」


「………………」


 朱翠影は黙したまま答えなかった。怜悧な彼の表情は動かない。そこには嫌悪も反発も承諾も浮かんでおらず、ただ静かな佇まいを保っていた。

 一方、雪華は圧倒されていた――慶昭帝は在り方が突き抜けている。

 華やかな見た目も、身のこなしの軽やかさも、すべてが偽りだ。

 語った内容は確かに下劣げれつである――しかし問題はそこじゃない。

 最低なことを本心から言える人間はそこかしこにいるから、雪華だって別に驚きはしない。しかし古今東西共通するのは、そういった人間の言葉には、不思議と説得力がないものなのである。

 ところがどうだ――慶昭帝ときたら。

 最低なことを言っているのに、それが本心からの言葉なのか、あるいは口先だけの遊びなのか、雪華には判別がつかない。惑わされるのは、熱量がないせいかもしれなかった。

 それでいて慶昭帝の言葉には、理屈ではない説得力があるのだ。

 実際は「黒」だとしても、彼がひとこと「白」だと言えば、その瞬間それは「白」になる。身分が関係しているというよりも、これは彼自身の資質だろう――口から出した言葉を、皆に信じさせることができる。慶昭帝は声を荒げることもなく、屈服させ捻じ曲げ押し通す力を持っていた。

 これまでに会ったことのない人種だ。何もかもが異質。

 そうなると……「面白そうだからお忍びで来てみた」という、あの言葉が気になる。先ほど朱翠影から「都にいらっしゃるはずでは?」と問われた時、慶昭帝はそう答えた。「面白そう」……一体何が?

 雪華が疑問に思っていると、慶昭帝が瞳を細めてこちらをじっと眺めてくる。


「なんだ、言いたいことがあるなら言え」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ