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後宮の縁切り女官 ~悪縁を断つ救国の巫女は皇弟に溺愛される~  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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敵対者を制圧したい場合、まず殺気を叩きつける

 

 込み入ったやり取りをしていると、痺れを切らしたのか雌鶏宦官殿がわめき始めた。


「話をするなら、わたくしたちを店の中に招いてからでしょう! 喉が渇きました!」


 驚いた……雪華はまじまじと宦官を眺める。今の言葉で少し冷静になることができた。


「まさか私が淹れたお茶を飲まれるおつもりで?」


「そうです!」


「野蛮人から出されたものが、高貴なお口に合いますか? 巴蛇はだがとぐろを巻く大鍋で湯を沸かし、それを使うかもしれませんよ」


 先ほどこの宦官は「店の中で巴蛇はだがとぐろを巻いているかもしれません!」と言っていたので、それを引用してやった。あなたの悪態はしっかり聞こえていましたよ、という表明である。

 我ながら子供じみた言動だと思うが、「そこまでさげすんでいる相手から、飲食物を受け取れるのか?」と疑問に思ったのも事実だ。

 すると斜め向かいにいた端正な武官が、呆れたように呟きを漏らした。


「君は……意外と苛烈かれつだな」


「さようでございますか?」


 雪華がさらりと受け流せば、武官のほうはため息ひとつで済ませてくれたものの、宦官のほうは屈辱で顔を赤らめ危険な状態に陥った。


「この……この……このぉ……!」


 怒りすぎて適切なののしり文句が出てこないらしい。地団太を踏み、こちらを睨み据えてくる。

 ふーっ、ふーっ、と荒く息を吐いたあとで、宦官がふくよかな肩を怒らせ短剣をぐっと握り直す。そのまま足を踏み出そうとしたのを見て、雪華は進路を妨げるように立ち塞がった。


「――そこまで!」


 鋭く制する。

 敵対者を制圧したい場合、まず殺気を叩きつける――このように。

 気の発し方は昔、姐姐から習った。丹田、腹から声を出す。呼びかけの始まり部分が肝心なため、第一音を最も強くする。声により相手を斬り伏せるつもりで、ほんの少しも退いてはならない。

 雪華が突然殺気を全開放したせいか、かたわらにいた武官がとっさに剣柄に手を伸ばしたのが視界の端に映った。脅威を感じ取ったのだろう。

 けれどおそらく彼は抜剣しない――防衛本能により迎撃態勢に入りかけているが、結局理性が勝つはずだ。彼と少しやり取りしたことで、人となりがなんとなく分かっていた。

 そのため抜剣しかけている武官のことはあえて無視し、雪華は射殺すように苛烈な瞳で宦官を見据えた。そして一言一句はっきりと告げる。


「ここから先、剣を持って立ち入ることを禁じます」


「禁じます――禁じます、ですって!? な、何様なんですか、あなたはぁ!」


 何様って「団子屋の娘様」だよ、悪いか。


「奥に幼い子供がいます。危険物の持ち込みは許可できない」


 この状況を見逃せば、間違いが起きて幼い豆妹が怪我を負うかもしれない。年長者の義務として、何があっても退いてはいけない場面がある――それが今だ。

 きっぱりと言い放つと、宦官がぐぬう……と呻きながら上半身をのけ反らせる。納得はいっていないが、こちらの殺気に当てられて気勢をそがれたようだ。

 さて……ここからどう落としどころを見つけるか……雪華は考えを巡らせる。

 危険物の持ち込みは許可できないと伝えたものの、相手はもちろん「だく」と従わないだろう。宦官の振舞いは確かに礼にかなっていないが、身分のある者が平民と関わる際に自衛の手段を講じること自体は、当然といえば当然なのである。

 ただ雪華としては、興奮しきったよそ者が、抜き身の剣を振り回しながら店の中に踏み込んで来るのを阻止したかっただけだ。

 こちらが弱腰になると相手は調子づくので、初っ端できつめにやり返した――つまりこれはハッタリ。

 そろそろこちらも歩み寄りの姿勢を見せ、「剣をさやに仕舞い、冷静に振舞ってくださるなら――持ち込みを許可します。どうぞ中へ」と折れるべきかもしれない。

 そんなことを考えていると……。


「――では私がひとりで店に入り、話そう」


 武官が折り目正しくそう言って、腰に下げていた剣を外した。それを宦官に渡す。

 突然のことに宦官はわたわたと慌て、自身が持っていた短剣を横に倒した上で、おっかなびっくり剣を受け取る。短時間で怒ったり慌てたり怯んだりと忙しいことだ。


「し、しかしですな……」


 宦官がうろたえながら武官を眺めるのだが、本人は涼しい顔をしている。

 ところで呆気に取られているのは宦官ばかりではない――雪華もだった。

 どうかしている……雪華は背筋がヒヤリとした。

 この端正な武官、団子屋の娘ごときが突きつけた無茶な要求を聞き入れる気か? 雪華は明らかに身分が下だ――彼からすれば取るに足らない存在だろう。それなのにたかが平民から請われたことに、都から来た立派な武官が、真摯に向き合おうとしている?

 剣は武人の命だろうに、それでいいの?

 雪華が先ほど「奥に幼い子供がいます」と言ったから?

 面子めんつではなく、彼はどうすべきかを『心』で判断したのだろうか……なんて真っ直ぐな人だろう。


「中に入ってもいいか?」


 改めて尋ねられ、雪華は身を退いて脇にけた。

 これだけの誠意を見せられたのだ――「」と言えるわけがない。



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