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後宮の縁切り女官 ~悪縁を断つ救国の巫女は皇弟に溺愛される~  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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意地悪なやつに右の頬を叩かれたら、すぐに左の頬を叩き返してやりな


「火事……こっちにも移るかなあ?」


 豆妹はまだ子供なので、考えたことをそのまま口にする。『熊の家がどうなっても構わないけど、火の手がどんどん激しくなって、うちにも迷惑がかかるのは嫌だな』と幼心に心配しているのが伝わってきた。

 雪華は豆妹の頭を優しく撫でてやった。


「熊の屋敷はここからだいぶ離れているし、豆妹の家は大丈夫。あそこは要塞のように立派な壁で囲い込んで、周囲の木々も切り倒してあるでしょう――だから延焼はしないと思う」


「そう……よかった」


「だけど豆妹、他人の不幸に関わる話で、『よかった』は言っちゃだめだよ」


「どうして? 熊は嫌なやつだから、どうなってもいい」


「嫌なやつだから家が燃えてもいい、当然だと豆妹は思うの?」


「うん」


 豆妹が素直に頷く。怪我をした鳥の手当てをしてあげるような優しい子なのに、嫌いな相手にはこのとおり辛辣だ。

 それは仕方のないことかもしれないが、姉代わりに面倒をみてきた雪華としては少し心配になる。

 豆妹の頭を撫でたまま雪華は続けた。


「心の中で残酷なことを考えるのは仕方ないけど、口には出さないようにしたほうがいいかもね」


「なんで? 正直なほうがいいよ」


 豆妹はきょとんとしている。


「思い出してみて」雪華は膝を折り、豆妹と視線の高さを合わせた。「さっきあなたは熊から嫌なことをいっぱい言われたでしょう? 『くそがき』とか『尻を叩くぞ』とか」


「あれはすごく嫌だった」


 豆妹がしかめつらになる。せっかく火事だと教えてあげたのに……そう思っているのだろう。

 雪華は思い遣るように豆妹を見つめた。


「熊が心の中で意地悪なことを考えたのだとしても、我慢して口に出さないでおいてくれたなら、先ほど豆妹は嫌な気持ちにならずに済んだんじゃない?」


「そうだね」


「熊は豆妹に意地悪なことを平気で言うような人だから、今家が燃えているのに私たちに心配すらしてもらえない。それって彼、すごく損してない?」


 自分は商売人だから「損」という言葉を選んで使ってしまった。雪華はそんな自分自身に苦笑する。

 けれど雪華は聖人君子ではないし、「たとえ相手が悪人であっても、幸せを祈ってやりなさい」という清らかな指導をすることはできない。思ってもいないことを口にした瞬間、幼い豆妹はそれを悟るだろう。そうしたら彼女は次から『雪華は平気で嘘を言う人』という目で見てくる――子供は純粋なぶん、大人のずるさを鋭く見抜くことがあるのだ。子供だからと軽んじてはいけない。

 豆妹は長いあいだじっと考え込んでいたのだが、やがてこくりと頷いてみせた。


「分かった……私、熊みたいになりたくないから、意地悪はなるべく口に出さない」


「だけどね、ずっといい子でいなくてもいいのよ」


「そうなの?」


「豆妹が大事に想っていることを平気で踏みにじるやつがいたら、仕返ししてもいい。意地悪なやつに右の頬を叩かれたら、すぐに左の頬を叩き返してやりな」


「それは我慢しないでやっていいんだ、よかった」


 豆妹がにっこり笑う。

 雪華はもう一度豆妹の頭を撫でてやった。

 もしかすると教育方針を間違えているのかもしれないけれど、私も姐姐にそう習ったしな……雪華はそんなことを考えていた。



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