表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/83

団子屋の娘、なぜか出世する

 

「楽しくなってきた――歓迎するぞ、雪華よ」


 何が楽しいのかよく分からないが、皇帝が団子屋の娘に対し、「ようこそ」の気持ちを伝えてきた。


 * * *


 のどかな山村で育ったこう雪華せつかにとって、姐姐ジェジェとのささやかな暮らしが人生のすべてだった。

 姐姐と呼んでいるけれど、ふたつ年上のこう燕珠えんじゅは血が繋がった実の姉ではない。

 雪華は赤子の時に捨てられ、団子屋を営んでいた姐姐の両親に拾われた。

 養父母には可愛がってもらったが、彼らが早くに亡くなると、以降は姐姐が雪華の面倒を見てくれた。

 姐姐はすずやかな見た目をした不思議な人だった。頭の回転が速く、皮肉屋で、それでいて雪華にはとことん甘くて。

 蒸し菓子のこうが手に入れば、ひとつしかなくてもそれを雪華にくれた。


「――ほら妹妹メイメイ、お食べ」


 と言って。


姐姐ジェジェ、半分こしましょう」


 雪華がもらったそれを半分に割って返すと、燕珠が軽く口角を上げる。


「ありがとう」


 燕珠がお礼を言うのは変なのだが、雪華が「半分こしましょう」と提案すると、姐姐はいつもそう返した。彼女の低く綺麗な声を、離れ離れになった今でも雪華は鮮明に思い出せる。

 姐姐との幸せな暮らしがずっと続くものだと、雪華は当たり前のように信じていた。

 けれどそんなことはなかった。何事もそう、終わる時は呆気なく終わる。


 ――ひと月前、大好きな姐姐が失踪した。

 きっかけは、故郷の村に後宮から使者が来訪したことだった。

 後宮に入りたくなかった姐姐は自ら姿を消したのだ。


 姐姐が去り、彼女が大切にしていた不思議なはさみが雪華に託された。


 もしも――……もしも後宮から誰も訪ねてこなかったら、私はまだ姐姐と一緒に暮らせていたのかな……。

 雪華がぼんやりとあの朝のことを思い出していると、大銅鑼おおどらを叩く音が宮城全体に響き渡った。

 ハッとして気持ちを引き締める。

 ひとりぼっちになった十六歳の雪華は、どういう訳か今、国の中心である広安こうあん城にいた。

 宮殿の玉座には杜陽とよう国をべる若き皇帝――しゅ喜皓きこう鎮座ちんざし、十一名の臣下を見おろしている。

 礼をとる臣下たちの一番前にいるのが、辺鄙へんぴな山奥から都に出て来たばかりの雪華なのだった。

 ひと月前まで「団子屋の娘」と呼ばれていた自分が、一体なぜこんなことに――……。

 慶昭帝が気まぐれに唇の端を上げる。皇帝は明らかにこの状況を楽しんでいた。


烏解うかい出身の団子屋の娘、こう雪華せつか――そなたの功績を評価し、部下十名を与える。それに伴い、そなたの外朝がいちょうでの役職は『書令司しょれいし』とする」


 役職……やだ、嘘でしょう?

 こうべを垂れ慶昭帝の話に耳を傾けていた雪華は、背筋が凍る思いをした。

 こんな話、きっと誰も信じないわ……山村育ちの団子屋の娘が、突然部下十名を束ねる官吏になるなんて!

 雪華は自分の右斜め後ろにいる、端正な青年の存在を強く意識した――先にたまわった部下十名の中には高貴な『彼』も含まれているのだ。

 ああ、なんてこと……眩暈めまいがする。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ