団子屋の娘、なぜか出世する
「楽しくなってきた――歓迎するぞ、雪華よ」
何が楽しいのかよく分からないが、皇帝が団子屋の娘に対し、「ようこそ」の気持ちを伝えてきた。
* * *
のどかな山村で育った向雪華にとって、姐姐とのささやかな暮らしが人生のすべてだった。
姐姐と呼んでいるけれど、ふたつ年上の向燕珠は血が繋がった実の姉ではない。
雪華は赤子の時に捨てられ、団子屋を営んでいた姐姐の両親に拾われた。
養父母には可愛がってもらったが、彼らが早くに亡くなると、以降は姐姐が雪華の面倒を見てくれた。
姐姐は涼やかな見た目をした不思議な人だった。頭の回転が速く、皮肉屋で、それでいて雪華にはとことん甘くて。
蒸し菓子の糕が手に入れば、ひとつしかなくてもそれを雪華にくれた。
「――ほら妹妹、お食べ」
と言って。
「姐姐、半分こしましょう」
雪華がもらったそれを半分に割って返すと、燕珠が軽く口角を上げる。
「ありがとう」
燕珠がお礼を言うのは変なのだが、雪華が「半分こしましょう」と提案すると、姐姐はいつもそう返した。彼女の低く綺麗な声を、離れ離れになった今でも雪華は鮮明に思い出せる。
姐姐との幸せな暮らしがずっと続くものだと、雪華は当たり前のように信じていた。
けれどそんなことはなかった。何事もそう、終わる時は呆気なく終わる。
――ひと月前、大好きな姐姐が失踪した。
きっかけは、故郷の村に後宮から使者が来訪したことだった。
後宮に入りたくなかった姐姐は自ら姿を消したのだ。
姐姐が去り、彼女が大切にしていた不思議な鋏が雪華に託された。
もしも――……もしも後宮から誰も訪ねてこなかったら、私はまだ姐姐と一緒に暮らせていたのかな……。
雪華がぼんやりとあの朝のことを思い出していると、大銅鑼を叩く音が宮城全体に響き渡った。
ハッとして気持ちを引き締める。
ひとりぼっちになった十六歳の雪華は、どういう訳か今、国の中心である広安城にいた。
宮殿の玉座には杜陽国を統べる若き皇帝――朱喜皓が鎮座し、十一名の臣下を見おろしている。
礼をとる臣下たちの一番前にいるのが、辺鄙な山奥から都に出て来たばかりの雪華なのだった。
ひと月前まで「団子屋の娘」と呼ばれていた自分が、一体なぜこんなことに――……。
慶昭帝が気まぐれに唇の端を上げる。皇帝は明らかにこの状況を楽しんでいた。
「烏解出身の団子屋の娘、向雪華――そなたの功績を評価し、部下十名を与える。それに伴い、そなたの外朝での役職は『書令司』とする」
役職……やだ、嘘でしょう?
頭を垂れ慶昭帝の話に耳を傾けていた雪華は、背筋が凍る思いをした。
こんな話、きっと誰も信じないわ……山村育ちの団子屋の娘が、突然部下十名を束ねる官吏になるなんて!
雪華は自分の右斜め後ろにいる、端正な青年の存在を強く意識した――先に賜った部下十名の中には高貴な『彼』も含まれているのだ。
ああ、なんてこと……眩暈がする。