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湖の主2

 イアンが実はSランク冒険者だったと知り、しばし呆然としていたケン。しかしレイピアとハサミをぶつけ合い、膠着状態だった両者の間に動きがあったために我に返る。

 イアンとザリガニ魔物は互いに飛び退き、間合いを取った。それを見てケンも龍想牙を抜き、ザリガニ魔物に躍りかかる。

 氷の上を目も霞むような速さで移動し、直前で飛び上がってザリガニ魔物の脳天に龍想牙を思いっきり叩きつける。しかし「ギンッ」という金属同士がぶつかり合う音と共に、ケンの刀は弾かれてしまう。


「くっ!」


 慌てて間合いを取ろうとするケン。そんなケンを、ザリガニ魔物の右のハサミが襲う。とっさに刀でそのパンチを受けるケン。そのまま吹き飛ばされるが、氷の上に叩きつけられる寸前、受け身を取ってすぐに体勢を立て直す。体術を教えてくれたセバスタンに心の中で感謝する。


 そして再び龍のパワー全開でザリガニ魔物に躍りかかる。


 ギンッ! ギギギン! ギギン! 


 辺りに金属同士がぶつかるような音が響き渡る。目にも見えぬ速さで龍想牙を振るうが、その斬撃はすべてザリガニ魔物の硬い殻に阻まれ、傷を与えられない。

 鬱陶しそうにハサミを振り回しケンを叩き落そうとするザリガニ魔物。左のハサミを開いて冷凍光線をケンへ向けて放とうとする。しかし次の瞬間、そのハサミに水の刃が衝突し、照準をずらされた冷凍光線は明後日の方向へと飛んでいく。

 その水の刃を放ったのはもちろんイアン。ザリガニ魔物から一定の間合いを取りつつ魔法でケンを援護するつもりのようだ。

 目も霞むような速さで移動しつつあちこちから斬撃を叩き込むケンと、ケンからザリガニ魔物の意識を逸らすように水の刃を放つイアン。


 ダメージはほとんどないが、それでも流石に鬱陶しくなったようで怒りに目を赤くするザリガニ魔物。イアンに向かって冷凍光線を、ケンに向かって右のハサミから火炎放射を放つ。イアンは軽い身のこなしで迫ってきた冷凍光線を避けるが、ケンは自ら炎の中へ身を投じる。驚いたように少し動きを止めるザリガニ魔物。しかし次の瞬間、魔物はさらに驚愕することになる。

 ケンが無傷で炎の中から現れたからだ。もちろんマジックシールドのおかげ。ザリガニ魔物の目の前に出たケンは再び脳天に思いっきり龍想牙の斬撃を叩き込む。

 だがしかし、やはり一回目と同様に金属同士がぶつかるような音と共に刀は弾かれる。予想通りなのでそのままいったん間合いを取るケン。


 すると、ザリガニ魔物は再びダンゴムシのように体を丸めケンめがけて転がり始める。軽い身のこなしでそれを躱すケン。しかしザリガニ魔物の攻撃は終わらない。自在に氷の上を転がりケンを追いかける……時にその場でスピンしたり、ボヨーンと跳ねてみたり、空中でトリプルアクセルを決めたりしながら……


 そしてしばらく逃げ回っていたケンだったが、ジャンプした後の着地の瞬間を狙われ、ついにタックルをもろに受けてしまう。


「ぐっ………………!」


 そのままイアンの足元まで吹き飛ばされたケン。おまけに氷に叩きつけられ苦痛に呻き声をあげる。あばらが何本かやられたようだ。


「水よ 我が命に応えよ 輪をもって彼の者の傷を癒せ 『水凛』!」


 そんなケンの様子を見てイアンが魔法詠唱をする。すると、ケンの頭の上に水の輪っかができた。どうやらイアンは水属性に適性があるらしい。今回イアンが使ったのは特定の者を集中的に回復させる水属性上級回復魔法『水凛』。瞬く間にケンの傷が癒えていく。


「少し休んでて? 今度はぼくが行くよ!」


 陽気にそう言うと、イアンはレイピアを持ってザリガニ魔物の方へ向かう。そして次の瞬間、イアンの姿が掻き消えた。否、そう見えるほどの速さでザリガニ魔物へ躍りかかったのだ。

 それを理解したザリガニ魔物はイアンを捕まえようと闇雲にハサミを振り回し、冷凍光線や火炎放射を放つ。しかしそのザリガニ魔物の攻撃はイアンに掠りもしない。それほど正確に、そしてすさまじい速さでイアンは動き回りザリガニ魔物を翻弄する。そして時に死角から鋭い斬撃や突きを放つ。


 自身の劣勢を本能的に理解したザリガニ魔物は、いったん間合いを取ろうと尾ひれの力で宙へと飛び上がる。

 しかしイアンも常人離れした脚力で、ザリガニ魔物を追って宙へ飛びあがる。そして霞むような速さで、尾ひれの方から螺旋状にザリガニ魔物の体を駆け抜ける。

 そして次の瞬間、


「ギシャアアアアアァァァァァ!!!」


 身体をエビぞりにしながら、ザリガニ魔物が悲鳴を上げた。そのまま氷の上に轟音と共に墜落するザリガニ魔物。


「いったい何をしたんだ?」


 横に降り立ったイアンにケンが尋ねる。


「ん? 大したことじゃないよ。ただ脆い部分を集中的に狙っただけさ」


 そう、イアンはさっきの一瞬でザリガニ魔物の弱い部分、足や腕の関節、殻と殻の隙間といった、頑丈な殻で守られていない部分に狙いを絞って突きや斬撃を放ってきたのだった。いままでまったく攻撃の利かなかったザリガニ魔物が悲鳴を上げたのだ。効果は抜群だ!

 そしてイアンの行動を理解するケン。


「なるほど。おれはその弱点を探るための囮役だったわけか……なかなか食えないやつだな」

「はは! 誉め言葉として受け取っておくよ!」

「いや褒めてねえし」

「ズギャアアアアアァァァァァァ!!!!!」


 そんな会話をケンとイアンがしていると、関節や殻と殻の隙間を突かれた上に半ば無視されたザリガニ魔物が怒りの雄叫びを上げる。目は真っ赤に充血し、相当お怒りのご様子。さながら「おれのこと無視してんじゃねぇよ!!!」といったところか?


「でも関節や殻の隙間をいくら攻撃しても決定打には欠けるよね! 防御が薄いのはその部分があまり重要じゃないからだし」

「そうだなー」

「ギシャァァァァ!!!」


 だがザリガニ魔物の怒りなど知ったこっちゃないと言わんばかりに平然と話し続けるイアン。それにケンも普通に相槌を打つ。

 そんな様子の二人に、自分がコケにされていると感じたザリガニ魔物は、怒りの声と共に8本の足をワシャワシャと動かしながら二人に迫りくる。

 それを真正面から眺めるケンは、


「じゃあ今度はイアンが囮な」


 そう言って攻撃線上からサッと離脱した。残されたイアンは、やれやれと言わんばかりに少し肩をすくめると、次の瞬間には、にこやかな笑顔のまま目も霞むような速さで走り込み、ザリガニ魔物を真正面から迎え撃つ。


 ザリガニ魔物が右のハサミからイアンに向けて火炎放射を放つ。


「汝は生命の導き手 その流麗さをもって 我が障害を弾き飛ばせ 『水浪弾』!」


 走りながら一瞬で魔法詠唱をするイアン。イアンの目の前に巨大な水塊が出現し炎に向かって直進する。そして両者の真ん中で衝突する炎と水。それと同時に、あたりに水蒸気爆発の轟音と爆風が撒き散らされる。

 濛々と立ち込める白い煙。その煙に巻かれイアンとザリガニ魔物の姿は見えなくなる。だが次の瞬間、イアンの魔法詠唱が辺りに響き渡る。


「集まれ 穿て 『氷晶』!」


 魔法が発動するとともに、辺りの水蒸気による煙が集まっていき、無数の先の尖った氷の結晶が出来上がる。そしてその結晶は、イアンが腕を振り下ろすとともにザリガニ魔物に一斉に襲い掛かる。

 ザリガニ魔物の体にぶつかり砕けていく無数の氷の結晶達。ほとんどダメージは無いようだが、それでも足止めには十分。その一瞬の隙を突いてケンがザリガニ魔物の脳天に龍想牙を叩きつける。

 辺りに金属同士がぶつかる音が響き渡り、ザリガニ魔物がケンの体を切り裂こうと手のハサミを繰り出してくる。それを空中で体を捻って躱すケン。もう一度脳天に龍想牙による斬撃をお見舞いしてから飛び退いて間合いを取る。

 ケンが引くと同時に今度はイアンがザリガニ魔物の懐に潜り込む。それを見てイアンに向けてハサミを振り下ろすザリガニ魔物。しかしその一撃はあっさりと躱され、逆に関節に鋭い斬撃を叩き込まれる。悲鳴を上げるザリガニ魔物。

 反対のハサミでイアンを切り裂こうとするが、その時には既にイアンはザリガニ魔物の横に移動し、今度はザリガニ魔物の脇腹に突きを叩き込む。

 どれだけの威力が込められていたのだろう。その一撃によって体のバランスを失い慌てふためくザリガニ魔物。その一瞬をついて再びケンが魔物脳天にいくつもの強烈な斬撃を食らわせる。そしてザリガニ魔物が体勢を整えるとともに離脱し、再びイアンがザリガニ魔物に肉薄する。関節や殻の隙間に、正確に、されどとてつもない速さで斬撃や突きを叩き込んでいき、確実にザリガニ魔物に手傷を負わせていく。


 そんなイアンの方が危険と判断し、ケンは無視してイアンに集中攻撃を仕掛けるザリガニ魔物。ハサミを振り回し、時に火炎放射や冷凍光線を放つ。

 だがイアンはそれらを危なげなく躱し、確実にザリガニ魔物に傷を負わせていく。そしてケンは隙を突いてはザリガニ魔物に斬撃を叩き込む。


 そんな攻防がしばらく繰り広げられた。だが互いに決め手に欠け、一見膠着状態に見える。

 そして、そんな状態に痺れを切らしたザリガニ魔物がついに勝負に出る。

 一瞬イアンの攻撃が途切れた隙を突いて体を丸めるザリガニ魔物。だが先ほどまでとは様子が違う。体を丸めながら、しかしハサミはしっかりと側面から出しているのだ。そして次の瞬間、コマのようにその場で回転をし始めるザリガニ魔物。

 いったん間合いを取って、警戒するケンとイアン。そして次の瞬間、回転するザリガニ魔物から冷凍光線と火炎放射、それらが同時に発射されケンたちを襲う。上から見たら、輝く水色と赤の光線が虹色の球体を中心に渦巻いているように見えるだろう。そんな全方位範囲攻撃、それがザリガニ魔物の奥の手だった。


 それを見たケン。だが特に動いたりはしない。そしてケンがその光線の波に飲み込まれそうになった次の瞬間、ケンの周りに虹色のシールドが展開され、その光線の波を受け止める。だが、そのシールドは瞬く間に、熱せられたように赤く染まっていく。魔力許容量を超えたのだ。このままだともう間もなくシールドは破壊されるだろう。


「くっ! ウソだろ……!」


 思わず呻くケン。額に冷や汗が浮かぶ。とそこで、背後からこの場にそぐわない、快活な声がかけられる。


「ぼくが手伝うよ!」

「イアン! いつの間に……っておれのこと盾代わりにしたな!」

「ははは! なんのことかな?」


 突っ込むケンに惚けて見せるイアン。そのままケンの肩に手を置く。


「いったい何を……」

「まあ見てて」


 軽くウインクしてみせるイアン。案外余裕そうである。それになんだかイラっとくるケン。殴ってやりたくなる。



 ザリガニ魔物が回転を止めたとき、そこには地獄絵図が広がっていた。一部では吹雪が吹き荒れ、あちこちに巨大な氷の柱ができ、また一部では地面が炭化しているところや、炎が轟々と燃え盛っているところもある。それを満足げに眺めるザリガニ魔物。


「すげえな。ザリガニ風情がなかなかやるじゃないの」


 だが、後ろからそんな声を掛けられ、驚いたように背後を振り返る。そこには、あれだけの攻撃を食らいながら、しかし無傷のケンが不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 実はあの後、イアンが魔力を注ぐことによって、マジックシールドを強化してくれたのだった。一人だったら間違いなく重傷を負っていたところである。イアンには感謝するしかない……例え自分が盾代わりに使われたのだとしても……


「さて、そろそろ勝負を決めようか」

「グルルルルルル……」


 そう言って睨み合う両者。張り詰めた空気が辺りを漂う。


 先に動いたのはザリガニ魔物だった。体を丸め、今度は転がって普通に突進してくる。それを真正面から睨みつけるケン。避けようとはしない。腰を低く落とし、鞘に納められた龍想牙の柄に手を掛ける。いわゆる抜刀術の体勢だ。


 そしてその体勢のままピタリと動かなくなる。呼吸は浅い。極限まで集中力を高め、向かってくるザリガニ魔物を見つめる。

 周りの世界が、見なくても手に取るようにわかる。燃え盛る炎。吹き荒れる風。逃げ回る動物や昆虫たちの呼吸。草花の悲鳴。

 ゆっくりとなった視界の中で、ギリギリまでザリガニ魔物をひきつけ、そして一気に抜刀した。ザリガニ魔物の一点を狙って、極限の集中の元で、最高の斬撃を脳天に叩きつける。ザリガニ魔物の回転が止まる。そして、


 ピシッ!


 頭の殻に小さなヒビが入った。どんなに頑丈な殻だろうがただ一点を、それも龍の力で叩かれ続ければいずれ壊れる。だからケンは、いままで脳天の殻のただ一点に、1ミリの誤差もなく集中的に斬撃を与えてきた。そして今、ついにその努力が実ったのである。


 拮抗する両者の力。ザリガニ魔物の頭とケンの龍想牙がぶつかり合い、ギチギチと音を立てる。


「うおおおおおおおお!!!!!」


 気合一声。それとともにありったけの力を龍想牙に込めるケン。そしてそのまま刀を思いっきり振り切る。吹き飛ばされるザリガニ魔物。そして、


 バキーーーーーーン……!!!


 そんな音と共についにザリガニ魔物の硬い殻が砕け散る。


「永遠の凍土 時を止めし永久の地よ そこにありし槍 ………………」


 なんとか氷の上に着地したザリガニ魔物の背後で、魔法詠唱が聞こえてくる。もちろんイアンだ。だがその詠唱の長さは尋常ではない。いったい何節からできているのだろう?恐らく最上級魔法なのだろう。詠唱が進むにつれザリガニ魔物の上空に巨大な氷ができていく。否、ただの氷ではない。それは……


「………………我が命に応えよ その暴威をもって我が敵の生を奪いたまえ 『氷槍』!」


 氷の槍。詠唱が終わった時そこには巨大な、ガラスと見まごうほど透明な氷でできた巨大な槍があった。右手のレイピアを天に掲げるイアン。


 それを見てザリガニ魔物は逃げ出そうとするが、イアンはそんな隙を与えはしない。スッとレイピアを振り下ろすとともにザリガニ魔物に襲い掛かる氷の槍。そのまま氷の槍は絶対防御の砕けた脳天に突き刺さり、ザリガニ魔物が断末魔の悲鳴を上げる。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」


 そしてパキパキと音を立てながら凍り付いていくザリガニ魔物の体。そして最後には、そこにはザリガニ魔物の形をした氷の彫像が出来上がったのだった。





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