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湖の主1

「うーん……ヤシの木の森の中にはこれといった目ぼしいものは何もないな」

「だねー。強いて言えば珍しい蝶がいるくらい……お! あの蝶すごく綺麗だね!」


 何も見つからず肩を落とすケンと、それでも変わらず笑顔で陽気なイアン。イアンが指をさす方をケンが見ると、確かに青い美しい蝶がキラキラと光る鱗粉を残しながら飛んでいるのだが……


「いや……あれは確かに綺麗な蝶だけど……どう見ても魔物じゃないぞ……オアシスの調査なんだからちゃんと魔物がいるのかどうかを調べないと……」


 そう、ケンとイアンはオアシスの中を調査中……それにも関わらず蝶なんかに目を奪われているなんて! とジト目をイアンに向けるケン。しかしそんなケンの様子を見ても、イアンは少しも笑顔を歪めることなく、歩き続けながらケンを嗜める。


「オアシスの調査といってもそれは魔物の有無を調べることじゃないよ? もちろんそれも調べるし、もしいれば戦ってどれくらいの強さか測ったりもするけど、それだけじゃなくて、ここの植生やどんな動物、虫がいるのかとかも調べないとね! もしかしたら新種発見に繋がるかもだし!」

「それは分かってるけど……でもやっぱりつまらん!」

「そうかい? 僕はケン君と一緒に調査できて楽しいけどね!」

「いや調査とか言いながら、さっきからずっと歩いてるだけだろうが! ひたすらのどかな森の中を歩くだけなんて老人になった気分だよ! おれらは散歩に来たのか!?」


 「せめて昆虫を捕まえさせてくれー」と騒ぐケンと、それを笑顔で嗜めるイアン。「まるで兄と弟のようだ」と、もし周りに誰かがいたら思うだろう光景だ。


 

そんな感じでオアシスの中を一通り見て回り、調査ならぬ散歩は終了する。一周回ってテントに戻ってきた二人。緑のテントを見つけたケンは叫び声をあげる。


「結局なんもなかったじゃん!?」

「まあまあ、そう言わず……とりあえず一休みしようか? 次はいよいよ大本命だしね!」


 そう言ってケンを宥めるイアン。椅子に座り、くつろぎだす。ムッとしながらも、とりあえずケンもイアンの正面にある椅子に腰を落ち着かせる。


「大本命って……湖のことか?」


 椅子に座ってから、そう尋ねるケンに「ああ」と頷くイアン。続けてケンに問いかける。


「こんな広いオアシスに魔物が一匹も見当たらないなんて不思議だと思わないかい?」

「ああ、それは思う。いないだけじゃなくて、どうにも魔物が寄り付かない……って様子だよな……でもそれは魔女の力によるものじゃないのか?」


 最初このオアシスに入った際に、砂オオカミたちが入ってこようとしなかった様子を思い出しながらイアンに同意するケン。そして魔女の力なのでは? と問い返すと、イアンはゆるりと首を振ってそれを否定する。


「いいや……ぼくも最初はそうだと思っていたんだけどね、でもそれはおかしいんだよ」

「どういうことだ?」


 首を傾げるケンにイアンは笑顔のまま、静かな声で説明し始める。


「ぼくが魔女の塔らしきものを発見したことは言ったね? そこもここ同様に砂嵐が入ってこない空間だったことも言ったと思うけど、だけどそれだけじゃなかったんだ。そこには魔物除けの結界が張られていた。だから魔物は入ってこなかったんだけど、けどこのオアシスには魔物除けの結界は張られていないんだ。どういうことだか分かるかい?」


 そう言ってケンの目をじっと見つめるイアン。対するケンは首を傾げながら、ない頭を必死に捻ってどういうことなのかを考える。しばらくするとケンの頭から「プスップスッ」と煙が立ち始める。


「そんなに難しく考える必要はないよ。ようするに、このオアシスには魔物が寄り付かないなにかしらの理由があるということだね。それがなんなのかはまだ分からないけれど、あの湖がカギを握っていることは間違いないと思うよ」


 やはり笑顔でそう言い放つイアン。それに、「なるほど!」とケンは手を「ポン」と叩くと、椅子から立ち上がり、前のめりになりながら興奮気味に喋りだす。


「もしかしたらそこになにか未知のものがあるかもしれないってことだろ? クゥー! ワクワクしてきた~! じゃあ今すぐ行こうぜ! イアン!」

「まあそうだね。そこそこ休憩もできたし、そろそろ行こうか!」

 

 目を輝かせるケンにそう言って頷きながら、椅子から立ち上がるイアン。とそこで服をクイクイッと引っ張られ、自分の胸元に視線を落とすケン。そこにはいつのまに潜り込んだのか、サラが懐からひょっこりと顔を出しケンを見上げていた。


「キュイ! キュイ!」

「なになに? 出かけるのはいいけど危ないことはしてはいけません! 怪我をしないように細心の注意を払うこと! あと門限は守りなさいね! だって? ……サラ……おまえはおれのオカンか!! !」


 そう言いながら、言いたいことは言ったと言わんばかりに、そそくさと地面に降りようとするサラの首根っこをつまんで顔の前まで持ち上げるケン。逃げようともがくサラをジト目で見つめる。そんなケンの様子にサラは、ピタリと動きを止めると、ケンと目を合わせながら、まるで「テヘペロ☆」というように舌をチロリと出して見せる。ついでにウインクなんてしてみちゃう。

 そんなサラを見て額に青筋を浮かべるケン。ニコリといい笑顔を浮かべると、


「おまえも一緒に来るんだよ! なに一人でお留守番する気満々になってんだ!」


 カッと目を見開きそう叫ぶ。いやいやと体を捻って逃げようとするサラを掴んだまま、ケンはイアンの後を追って歩き出すのだった。




 ヤシの木の森を抜けると青く澄んだ、とても美しい湖が姿を現す。風がないため波の一つもない。まるで鏡のようだ。何度見てもその神秘的な美しさに見入ってしまう。

 ボーっと湖を眺めるケン。頭の上では、逃げることを諦めたサラが同じように身じろぎ一つせず湖を眺めている。

 

「こらこら、ぼくらはここに観光しに来たわけじゃないよ。見入ってしまう気持ちはわかるけどそろそろ行こうか?」


 いつの間にか横にやってきたイアンに肩を叩かれ我に返るケン。泉から視線を外し、イアンの方に向きなおる。


「う、うん。ごめん」

「大丈夫だよ! さ! とりあえず周りを一周してみようか!」


 笑顔で陽気にそう言うと、イアンはケンに背を向け、湖に沿って歩き始める。そんなイアンを小走りで追い、横に並んで歩くケン。

 

 それからは雑談しながら歩き続けた。もちろん調査だ。断じて散歩ではない。ないったらないのだ! 


そんなこんなで湖を半周ほど散歩……ではなく調査し終わったころだった。

何かに気が付いたのか突然イアンが立ち止まる。つられて立ち止まり、イアンの視線の先を目で追うケン。


湖の真ん中あたり、そのあたりをイアンはじっと見ているようだった。しかしケンには特に怪しいものは見えない。いったいどうしたのかと首を傾げる。


「どうしたんだ?」

「いや……さっきあの辺りで泡が出てたような気がしたんだけど……」


 そう言いながらやはり湖の中心を指さすイアン。つられてもう一度視線を向けるケン。


「なにもないじゃん」


 だがやはり泡なんて見えない。波の一つもたっていない凪いだ水面が見えるばかりである。


「うーん……確かに見えたと思うんだけどな~……ちょっと様子を見てくるよ!」

 

 首をひねっていたイアンだったがどうしても気になるようで、湖の中へ入ろうとする。だがここは相当深い湖だ。とても美しいが、しかし岸から1メートルもしないうちに底が見えなくなるほど水深がある。ましてや中心など、どれほどの深さがあるのか想像もつかない。

 慌ててイアンを引き留めようとするケンだったが、次の瞬間には言葉を失って驚愕に目を見開く。

なぜなら……イアンが水面を普通に、あたかもここは陸地ですと言わんばかりに歩いたからだ。


「………………なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁ!?」


 一拍遅れて叫ぶケン。その声に立ち止まり、ケンの方を振り返るイアン。


「どうかしたかい?」

「いや! どうかしたかい? じゃねえよ! な、なんで水面を普通に歩けるんだよ!?」

「あーなるほど。見るのは初めてかい?」


 あーねと頷くイアン。ケンがコクコクと頭を縦に振ると、やはり笑顔で愛想よく、丁寧に解説してくれる。


 曰く、足から魔力を放出して自分の体重を支えているらしい。自分の体重に合わせて、身体が沈んでいかないように足の裏から魔力を放出する。口で言うのは簡単だが、実際は相当な難易度だ。普通の人ならまず不可能であり、たとえ水面の上に立つことができたとしても歩くのはもちろん、それを維持するのもかなり神経がいる。すこしでもコントロールを間違えれば水の中にボチャンだ。

 ちなみに詠唱はいらないらしい。あと応用すれば足場のない空中でも立ったり歩いたりできるようになるとか。


 「へーすげぇー」と感心するケン。あまり理解はできていないが、それでもその難しさと凄さはなんとなく理解した。

 自分もやってみようと試しに水面に片足を乗せてみるが、当然できずに普通に沈んでいく。そもそも碌に魔法も使えないのだからそんな精密操作ができるはずもないのだが……そんなことには思い至らない。

 

 そうこうしているうちにイアンは湖の中心付近まで近づいていた。水面歩きは諦めそちらに視線を向けるケン。

 と突然、何の前触れもなく水面に小さな泡が浮かび上がり、そして弾けた。今度はケンにもはっきりと見えた。もちろんイアンもそれに気が付き足を止める。


 そして湖底から浮かび上がってくる黒い大きな影。遠目からでも相当な大きさであることがわかる。魚ではない……あれは……


ボ――――――ン! 


 次の瞬間、水面が爆発したように破裂し、黒い影がその姿を現す。その正体は……


「ザリガニ!?」


殻で覆われた身体、手には特徴的な巨大な二つのハサミ。それに長いヒゲと八本の足、丸まった尾ひれ。そう、その姿はまさにザリガニ。ただし普通のザリガニではない。体長は8メートル近くあり、さらに驚くべきことに全身を覆う殻は虹色で、まるで古龍のマジックシールドを纏っているようだ。


そのザリガニ魔物は飛び出した勢いそのまま、空高く飛び上がると左のハサミを開き、イアンの方へと向ける。そんなザリガニ魔物をイアンは、嵐のように荒れる水面の上でじっと見上げる。


そして、左のハサミの間から水色の光が放たれたと思った次の瞬間、水色に輝く強烈な光線がイアンに向かって放たれる。


水面を蹴って上空に回避するイアン。一拍後、先ほどまでイアンがいた場所を水色の光線が襲う。だがそれはただの光線ではなかったようだ。なぜならその光線が当たった場所を中心に、湖が氷に覆われていったからだ。


そしてその氷の波は、岸にいたケンの足元まで到達し、そこでようやく止まる。辺りを見回すと広大な湖の全面が氷に覆われていた。


もしイアンに直撃していたらと思うとゾッとする。イアンに、続けてザリガニ魔物へ視線を向けるケン。すると、空中のザリガニ魔物が落下しながら体をダンゴムシのように丸めるのが目に入る。そして氷の上に轟音と衝撃と共に着地したザリガニ魔物は、丸まった身体のまま縦回転し、氷の上を転がりだした。

そのままイアンへ向けて突進するザリガニ。それを見て思わず叫んでしまうケン。


「逃げろイアン!」


 だがそんなケンの呼びかけに、イアンは少し目配せをしただけでその場を動こうとはしない。そして腰のレイピアの柄に手を掛けると、抜くとともに強烈な突きを転がってくるザリガニに放つ。

 ケンはイアンがひき殺される姿を幻視した。しかし実際は、イアンは吹き飛ばされるどころか一歩たりとも下がらず、ザリガニ魔物をレイピアで受け止めていた。それを見たケンは思わず、


「うそん……」


 そう呟いていた。

 ザリガニ魔物は「ガリガリ」と音を立てながら氷上を回転し続けている。しかしイアンはレイピアの切っ先でしっかりとそれを押し留めていた。並外れた筋力と体幹だ。


「ホントに人間なのか!?」

「もちろんだよ!」


 叫ぶケンに、突進を止めた状態のままにこやかに答えるイアン。ただしこの言葉には続きがある。それは、


「ただしSランク冒険者の一人だけどね!」


 衝撃の事実。世界に7人しかいない、人間かどうか疑わしい強さを持つと言われるSランク冒険者、その一角がイアンだった。ただ者ではないだろうと薄々感じていたが、それでもイアンの正体はなかなかに衝撃的だった。少なくとも、


「うそん……」


 本日二度目の「うそん……」が口から飛び出す程度には。


 



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