友達
「うっ…」
冷たい床の感触に目を覚ますクロード。
「ここは…?」
そう言いながら目を開けようとする。しかし、目を開けても真っ暗だ。どうしたのか、自分の身に何が起こったのか、と慌てるクロード。急いで起き上がろうとして、そこで初めて自分の手足がロープのようなもので縛られていることに気が付く。ついでに目隠しもされているようだ。視界が真っ暗なのはこのせいか…と納得するクロード。
そこで、気絶する前のことが急速に脳裏に浮かぶ。
ケンに怒鳴られて宿を飛び出した後、クロードは訳もわからずとにかく走った。そして、気が付くと人のいない薄暗い路地に立っていた。そこで何者かに背後を取られ、気絶させられたところでクロードの記憶は途切れていた。
いくら気が動転していたとはいえ、自分に気づかれることなく背後を取った何者か。ただ者ではないことは明らかだ。このままでは危険だろう。そう考え、なんとか逃げようと縄を解くために暴れるクロード。しかし縄はギチギチと鳴るだけで、一向にゆるむ気配はない。
「あら、ようやくお目覚め?」
そんなクロードに、女の甘ったるい声がかけられる。耳に絡みつくような、気持ちの悪い声だ。その声にクロードは気丈に言い返す。
「だれだてめぇ!!!!縄を解きやがれクソ野郎ぉ!」
そんな怒鳴り声を上げるクロードに、しかしその何者かは相変わらずねっとりとした口調でノラリクラリと言葉を返す。
「うふふ。口の悪い子…流石はバンテル帝国の将軍様といったところかしら?」
「てめぇ…おれの正体を…」
「当然知っているわ。だって今回の仕事の獲物はあなたたちですもの。わたしたちの主はそういう情報収集にはとても力を入れられている方なの。バンテル帝国からリーディッヒ王国、正確には白聖教会へ太古の秘宝の一つであるグングニルを引き渡すために向かっている途中。仲間はバンテル帝国第三部隊副官セバスタンと隊員三名、バン、ビン、ブン。あの白髪の獣人は情報にはなかったけれど、まあ道中たまたま拾ったってところかしら?」
歯を食いしばるクロードを前に、ペラペラと喋る女の声。
しかしなにが可笑しいのか、突然クロードが笑いだす。
「あははははは!!!!!」
「なにが可笑しいのかしら?」
あくまで平然とした声で尋ねる女に対して、しばらくしてようやく笑い止んだクロードが見下したように喋り始める。
「ようするにお前らの目的はグングニルだろ?おれを人質にとって引き換えようって寸法だろうが、その目論見は間違いなく外れるね!なぜなら…」
「なぜならセバスタンは間違いなく自分を見捨てるって?」
余裕綽々で言い放つ女の声。思考を読まれたクロードは絶句し、思わず黙り込む。だが、女の喋りはまだ続く。
「そんなことは私たちだって予想済みよ。というか、まず間違いなくそうすると思っていたわ。なんてったって、そうなるように誘導していたんだからねぇ」
「…どういうことだ…?」
「知りたい?うふふ…仕方ないわね。教えてあげるわ。グングニルとあなたの交換が成り立たないなんて、そんなことは当然、分かっているのよ~。だってもしグングニルを教会に渡せなかったら、国の存亡の危機にだってなりかねないものね?だから模範的な帝国の犬であるセバスタンならあなたを見捨てる。そしたらあとは簡単。交渉期限に余裕を持たせることによってセバスタンに逃げる時間があるように錯覚させる。そうしたら彼なら、すぐにでもこの国を出るでしょうね。で、国を出た彼らを人数で押しつぶしてグングニルを奪取。それで今回の任務完了ってこと~。あ、ちなみにあなたを攫ったのは少しでも作戦の成功確率を上げるためよ。「闘鬼」の異名を持つセバスタンの近接戦闘と、天才魔法師のあなたの遠距離攻撃。流石に同時に相手にするのはしんどいものぉ~。あとは私たちの主があなたを欲しがってたからぁ~…あら? どうしたの? すっかり大人しくなっちゃって~? あまりに完璧な私たちの作戦に絶望しちゃった?」
ヘラヘラと喋っていた女の声が、ぐったりとした様子のクロードに気が付き声を掛ける。もちろん心配してではない。ニタニタ笑いが幻視できるようなイヤらしい声だ。
そして当のクロードは実際、あまりの出来事に絶望し、もはや言い返す気力すらも失っていた。与えられた任務はこなせず、さらに仲間すら失う。これ以上の絶望があるだろうか? たとえここから逃げだせたとしても、帝国は自分をどう思うか? 弱者の烙印を押され、だれも自分を受け入れない。より一層孤独するだけ。それならば、このまま死んだほうがマシだろう。
「いまごろあなたのお仲間は私の部下たちに襲撃されて慌てふためいている頃でしょうね。それとも、もう全滅しちゃったかしら? …まあいいわ。そろそろあなたを連れて帰るとしましょうかね」
女の声がそう言い、コツコツと足音を響かせながら自分へと近づいてくる。しかしクロードは女の声が言うことも、足音もどうでもよかった。もはや全てがどうでもよかった。
なぜ自分はこんな運命をたどってしまったのか? 普通の暮らしができなかったのか?こんな力を持ってしまったからか? それとも、そもそも生まれてきたこと自体が間違いだったのだろうか?
そんな、誰にも答えられないような、そもそも答えなど無いような自問を繰り返すクロード。すでに足音は彼のすぐ目の前。
だがその時だった。
「ボゴ―――――ン!!!!!」という衝撃音と爆風と共に、クロードの背後の壁が吹き飛ばされた。背後の風穴から日が入ってきているのか、仄かな温かさを感じるクロード。そして、だれかが室内へと入ってくる足音が聞こえる。
「ようクロード。えらいシケた面してるじゃねぇか。あのウザったいまでのカラ元気はどこいった?」
クロードの前に立った、足音の持ち主がクロードに話しかける。突然のことに呆然としていたクロードだったが、その声で我に返った。聞き覚えのある声だ。何度もケンカしたし、嫌みも言いあった声。けれど、これまでの人生で感じたことのないような楽しさも教えてくれた声。
「なんで…おまえがここに…?」
「あ?そんなもん決まってんだろ」
呆然としたように尋ねるクロードに、声の持ち主は答える。クロードがこれまでの人生で一番欲した、だが結局、言われることのなかった言葉。
「友達だからだろうが!!!」
声の持ち主がそう叫んだ。その声は部屋の中に響き渡り、そしてクロードの心にも自然と染み渡っていった。クロードの目に自然と涙がたまっていく。
「ケン…」
感極まったクロードが小さく、けれどハッキリと呟く。その小さな、なにか大切なものを心に刻み込むような声は、獣人であるケンの耳にはキッチリと届いていた。
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「クロードの縄、解いてやってくれ」
「いったいだれに話しかけているのかしら?」
壁を蹴破って部屋へと乱入したケンが、そう言いながら目の前の女を睨む。女の質問には答えない。さっと部屋の中を見渡す。部屋は外観から想像していた通りの廃屋だった。全く手入れがされていない様子で、あちこちに物が散乱している。中には大きな家具まである。それを確認してから、再び女に視線を戻し、黙って目の前の敵を観察する。
ウェーブのかかった長い黒髪に黒い大きな目、高く筋の通った鼻に薄い唇、細く引き締まった身体。それだけなら美人の部類に入るのだが、真白な生気のない肌に真っ青な唇と相まって可憐さは皆無。むしろホラーな風貌をしている。ニヤついた口もとと、ギラついた眼がそのイメージに拍車をかける。服は、フードのある黒いローブを纏っていて、手元は袖に隠れている。
女の方も突然現れたケンを警戒しているのか、動く気配はない。そうしてお互いに相手のことを観察していた両者だったが、先に女の方がケンに話しかける。
「あなたはたしかクロードくんたちと一緒にいた獣人の…いったいどうやってここまで辿り着いたのかしら?」
「クロードの匂いを追ってきた」
「あらそう。それは想定外だったわ」
女の質問に、相手から視線を外すことなく答えるケン。それに女は、ニヤニヤとしたまま大げさに驚いてみせる。
「けど作戦には支障ない。ここであなたは死ぬのだから」
「うふふ」と笑いながら女がそう言った瞬間だった。部屋の天井の暗がりから、女と同じローブでフードをかぶった男二人が、ケンめがけて飛び降りてくる。そのまま空中で、左右から剣を振り下ろす二人。だが次の瞬間、ケンの姿が一瞬ブレたかと思うと、
ドサッドサッ
そんな音と共に男二人は床へと倒れ込む。二人の倒れた床の上に血だまりが広がっていく。
ケンの手にはいつの間に抜刀したのか、黒い刀。
それを見た女は少し目を見開いた後、再びニタニタ笑いを浮かべると、なぜか少しうれしそうになる。訝しむケン。
「うふふ…久々に骨のありそうな相手…胸が高鳴っちゃう」
背筋がぞっとする。恐れではない。ただ気味が悪いのだ。何かに心酔しているような、それのためなら何のためらいもなく命すら捨てられるような…そんな、ケンには理解できないなにかがその女にはあった。
そして女は袖からうねうねと曲がった、奇妙な紫の剣を出すと、目にも留まらぬ速さでケンへと飛びかかった。流れるような動きで、ケンに向かって剣を振り下ろす。
一瞬虚を突かれたケンだったが、振り下ろされた剣を刀で受け止めると、そのまま押し返す。そしてそのまま、お返しと言わんばかりの鋭い斬撃をお見舞いする。斜め上から黒い刀が女を襲う。しかし、それを女はいとも簡単に躱すと、ケンの目へと突きを放ってくる。すぐ目の前まで迫ってきた刃。振り下ろした状態の刀を咄嗟に跳ね上げて打ち払う。
そして超攻撃的な斬撃を繰り出していくケン。袈裟斬り、突き、切り上げと、次々に必殺の剣技を繰り出す。しかし女は、最小限の動きでそれらを躱し、捌き、隙あらば反撃に転じてくる。
拮抗する両者。鍔迫り合いの状態から腕に力を籠め、相手を押し返すケン。流石にパワーではケンに勝てないとみて、いったん間合いを取り直す女。
飛び退いた女を見て、ケンはすぐに追撃する。低い姿勢で突っ込み、相手の直前で飛ぶと、大上段から相手の脳天へ刀を振り下ろす。
ドゴオオオォォォォォン!!!!!
凄まじい爆発音が響き、ホコリが宙を舞う。
しかしケンの手には、相手を斬った感触はなかった。
事実、ホコリが収まったそこには女の死体はなく、ただ石の床に三メートルくらいの真っすぐな亀裂が走っているばかり。
刀を引き抜き、下段に構える。周囲を警戒するケン…と突然、ゾッとするような気配を背後に感じ、振り向きざまに刀を薙ぐ。
背後にはもちろん女がいたが…体を捻ってひらりとケンの斬撃を躱すと、そのまま背後に飛び、距離をとる。そしてニタニタと笑いながらぼそぼそと喋り始める。
「あなたすごいスピードとパワーね?普通じゃない…ええ普通じゃない…でも当たらなければ大したことはないわね。それに剣の扱い方も体の使い方も雑。それに目に頼りすぎてる。すべての攻撃が素直すぎる…あなた身体能力は驚異的だけど…実戦経験はほとんどないわね?」
「ぺらぺら喋ってていいのか? つぎ行くぞ?」
ニタニタとしながらしゃべり続ける女を尻目に、ケンは自身よりも遥かに巨大な木のタンスを片手で軽々と持ち上げると、そのまま女へ向かって投げ飛ばす。
投げられたタンスは弾丸の如く飛んでいき、一瞬で女に接近する。
それを見て、魔法の詠唱をする女。
「憤怒の業火よ 我が眼前の敵を焼き払え “炎帝„」
火属性上級魔法“炎帝„を放つ女。タンスの方へ向けた手から、半径一メートルはあろうかという炎の光線が発射され、一瞬でタンスを灰にする。
だが次の瞬間、炎の光線の中から虹色のシールドに守られたケンが現れる。
飛び込んだ勢いそのまま、女の喉へ向けて突きを放とうとするケン。女は引くか、あるいは躱すかすると思っていた。しかし女は剣を引くと、逆に一歩踏み込んでくる。そして、
「ガフッ!?」
呻き声をあげながら血を吐くケン。両者同時に突きを繰り出したのだが、ケンの刀は避けられ、女の頬を浅く切り裂くだけ。逆に女の剣は、ケンの胸に深々と突き刺さっていた。
なんとか飛び退き、間合いを取るケン。しかし飛び退いたその場で片膝をついてしまう。なんとか体を捻って急所は外したが、それでもかなりの重傷だ。なんとか起き上がろうとするが、うまく立ち上がれない。苦しそうな息を漏らしながら顔だけを上げ、女を睨む。しかし女は頬から血を流しながら、そんなケンの様子を眺めるだけ。勝利を確信しているのか、ケンを舐めているのか、あるいはその両方か。全く動く気配はない。代わりにニタニタとしながら口を開くと、甘ったるい声でケンに話しかける。
「ダメね~。ほんとダメ。格上相手に何の策もなく飛び込むなんて愚の骨頂。バカすぎるわ~…うふふ」
「あんたこそ…はぁ…相手の隙を突くことなく、そうやって余裕かましてていいのか? …はぁ…はぁ…そういうのが…愚の骨頂じゃないのか?」
そう言いながら、気合でなんとか立ち上がるケン。女を睨みつけるが、その表情に余裕はなく苦しげだ。そんなケンの様子を見ながら、より一層イヤな笑みを浮かべる女。
「あらぁ? まだ立ち上がるの~? …それに口だけは達者ねぇ~。偉いわ~…ホント偉いわ~…でもそんな体で、あなたに一体何ができるって言うのかしら~?」
もはや自分の勝利を疑っていない様子だ。すっかりケンを舐め切っている。
「まだあと一撃…あんたに入れられる」
「一撃で私を仕留めるって言うの? うふふ…面白いわ~。かかってらっしゃ~い?」
だらりと剣を下げ、自然体で言う女。そんな女の様子を見て、追い詰められているはずのケンの口元に不敵な笑みが浮かべられる。爛々と輝く目が女を捉える。だがそんなケンの様子を見ても女は一切警戒する素振りを見せない。
それを確認し、足に力を籠めるケン。そして、
「行くぞ!!!!」
そう叫びながら一気に間合いを詰める。
それを見ながら、女は勝利を確信していた。もともと自分が優勢だったうえに、ケンの動きが明らかに鈍っていたからだ。この一撃を軽く捌けばそれで終わる。倒れ込み、絶望の表情を浮かべるケンにとどめを刺す。考えただけでも興奮する。どんな風にとどめを刺すか思いを馳せる。もはや自分は相手を嬲るだけ。そう思っていた。
だから女は失念していた。もう一人の存在を。ましてや、ケンの掛け声が自分に向けてのものではなく、そのもう一人に対しての合図だとは露ほども思わない。
ニタニタと余裕の笑いを浮かべていた女の表情が驚愕に染まる。突然、自分の足が何かに掬われた。否、なにかに足を弾かれ、むりやり体勢を崩されたのだ。
体勢を崩され、後ろ向きに倒れ込む中、背後に視線を向ける女。するとそこには、縄も目隠しもはずされたクロードの姿。
それを見てようやく自分の身に何が起きたのか理解する女。どうやってか知らないが、縄を解き、目隠しを外したクロードが自分へ向けて風魔法か何かを放ち、ケンを援護したのだということを。そしてその隙を作るために、ケンが自分の視界にクロードが入らないように位置取りをしたのだということも。
「貴様等あぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
倒れ込みながら絶叫する女の目の前に影が差す。刀を両手で逆手に持ったケンが女の上を取ったのだ。
咄嗟に剣で、迫りくる刀を払おうとするが、今度はその腕をクロードが放った“風塊„で弾かれる。
絶望に染まる女の表情。
「そっちのほうがニタニタした顔よりよっぽどいいよ」
そんな女の様子を見てケンはそう言い放つと、一気に女の心臓へと刀を突きさす。
「ぎゃあああああああぁぁぁぁ…」
女の悲鳴が響き渡り、しだいに小さくなっていく。そして最後には「カタンッ」と糸の切れた人形のように動かなくなった。
それを確認して刀を引き抜いたケンは、クロードの方に視線を向けると、
「なかなかいい………コンビネーションだった…な…」
そう言ってそのまま「ばたり」と後ろに倒れ込んだ。
急速に狭まっていく視界の中に、こちらへ走ってくるクロードの姿が映る。
「しっ………しろ!ケ………ぬな!………」
ケンが気を失う前に見た最後の光景は、涙を流しながら必死に何かを叫ぶクロードの姿だった。
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「うっ…?」
意識が戻るケン。目を開けると、木の天井が目に飛び込んでくる。ゆっくりと体を起こすと、自分たちが泊まっていた宿にいることに気が付く。どうやらベッドに寝かされていたらしい。
「痛つっ………!?」
突然動いたからだろう。刺された傷が痛む。体を見下ろすと、上半身が包帯でぐるぐる巻きにされている。クロード辺りが治療してくれたのだろうか?
まあ眠いしもう一度寝るか、とケンが再び横になろうとした時だった。「ガチャリ」と部屋のドアが開く音が響く。
胡乱な眼差しで扉の方を見やるケン。するとそこには呆然と立ち尽くすクロードの姿。二人の目が合う。
そして一拍置いた後、
「ゲン~~~~~~!!!!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした状態で、クロードが飛びついてきた。サッと躱すケン。クロードはそのまま「ドン」という音と共に顔から壁へと激突する。ズリズリと床へ落ちて、ピクピクと痙攣するクロードを横目で見つつ、ポツリとこぼすケン。
「大げさすぎだろ…」
「いや! おまえ、丸二日も眠ってたんだからな!?」
ガバリと顔を上げ、そう叫ぶクロード。そんなクロードの様子に若干引きつつ、口を開くケン。
「そ、そうか。それは心配かけたな…ところでおれが倒れた後どうなったんだ?」
起き上がり、「まったくだ!」と言わんばっかりに何度も頷くクロード。そして適当に引っ張てきた椅子に座ると、ケンが倒れた後の話をし始める。その話を纏めるとこうだ。
サラに縄を焼き切ってもらい、ケンを援護したクロード。無事に女は倒せたが、ケンも重傷を負い倒れてしまう。そんなケンに駆け寄るクロードだったが、血が止まらないのを見て、ケンがこのままだと死んでしまうと慌てふためいていた。治療魔法は水属性魔法、または光属性魔法の応用版にあたるため、クロードには使えず、ただ傷口を抑えることしかできなかった。
必死に傷を抑えるクロード。だが無情にも血は止まらず、どんどん溢れ出してくる。血の気を失っていくケンの顔を見て、いざという時に大切なものを守れない、救えない自分の無力さに絶望しそうになった、その時だった。
「ダンッ!」という音と共に廃屋の扉が蹴破られた。「すわっ!? 新手か!?」と警戒して扉の方を向くクロード。だがそれは杞憂に終わる。なぜなら、
「クロード様! ご無事ですか!?」
扉を蹴破り、部屋に入ってきたのはセバスタンたちだったからだ。女が話していた通り襲撃を受けていた彼らだが、敵を全て返り討ちにしたらしい。そして捕らえた賊からクロードの居場所を聞き出して駆け付けたのだそうだ。
そして入ってきたセバスタンは部屋の中の惨状と、倒れているケン、必死に傷を抑えるクロード。そして三人の死体を見て瞬時に事態を把握する。そしてクロードに指示を出した。曰くケンの傷口を炎で焼けと。乱暴だが、血を止めるうえでは的確な判断だろう。事実、そのおかげでこうしてケンは生きているわけだから。
そのあとは、ケンを病院へ運び、治療してもらったそうだ。ただし獣人ということもあって入院はさせてもらえなかったため、宿に寝かせることになったとか。
また、謎の襲撃者たちの正体は結局わからなかったらしい。ケンたちが倒した女と二人の男はもちろん、セバスタンたちを襲った者たちの持ち物を調べても何の情報も得たれなかったそうだ。おまけに、捕らえた襲撃者たちは全員、自害してしまったとか。ただし、ケンが倒した女の正体だけは判明したらしい。数年前まで名を馳せた、「冒涜者」の異名を持つ、元Aランク冒険者だとか。エルナという名前らしいが、ここ数年の足取りは全くつかめず、結局なんの役にも立たなかったらしいが。
それらのことを聞き終わった後、ケンはただ一言。
「そっか…セバスタン、結局来てくれたんだな」
しんみりとそう言った。それにクロードもしんみりと…
「いや来るの遅すぎるけどね? それに一度はおれを見捨てようとしたことに変わりはないし!」
…はせず、ようやくいつもの調子でそう返す。そして次々とセバスタンへの文句が口から飛び出してくるクロード。
「訓練は厳しいし、口うるさいし!それにおれがおまえに助けられた後、ようやく今までのこと謝ってきたんだぜ? 『帝国第一で、クロード様のことを見てなかったこと、誠心誠意謝罪したい。遅すぎるかもしれませんが、これから少しずつ罪滅ぼししていきたい』だってよ? ホント遅すぎるっつーの!」
そう言って快活に笑うクロード。いままでこんな晴れやかな表情は見たことがない。セバスタンの悪口を言ってはいるが、きっとセバスタンが、自分のことを見てくれると言ってくれたことが嬉しいのだろうということが見て取れる。
そんなクロードの様子を見て、自然とケンの表情も緩む。
そこからは穏やかな、温かい時間が過ぎていった。互いにお互いの話をする。時に二人の笑い声が響き渡り、廊下を歩く人たちをほっこりとした気持ちにさせる。
そんな二人の声を廊下で聞く者が一人。セバスタンだ。扉横の壁に腕を組んでもたれかかり、目を閉じて二人の声に耳を澄ます。そんなセバスタンの口元には柔らかい、満足げな微笑みが浮かべられているのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ホントに一緒に来ないのか?ケン」
ケンが目を覚ましてから二日。すっかり回復したケンとクロードたちは現在、ジャンカ王国の出入り口にいた。目の前には広大な砂漠が広がっている。国を出ることを決心したケンたち。いよいよ出発の時だ。ただし、
「おう!おれはリーディッヒ王国に行くのはやめとくよ。それよりも、もっとワクワクする場所に行きたいし!」
ケンはクロードたちと一緒にリーディッヒ王国に向かうことは断ったのだった。クロードはもちろん、バンたちも泣きついて引き留めようとしたが、ケンの決心は揺るがなかった。
「そっかー………」
メチャクチャ凹んでいる様子のクロード。四つん這いの状態で、地面にめり込んで行きそうだ。苦笑いしながらそれを眺めるケン。慰めようと、口を開く。
「あー、いや。永遠の別れじゃないんだし、そんなに凹まなくても…ほらっ! あれだ!いつかバンテル帝国にも立ち寄るからさ! そん時は案内してくれよ!」
「おう…約束だぞ?」
「ああ、約束だ」
ガッチリと握手を交わす二人。そしてクロードはニヤリと笑うと、
「そんときゃおまえを奴隷として街を連れまわしてやるよ」
そう言った。もちろんそれに対してケンは…
「んだとてめぇ! また喧嘩したいか? お? 泣き虫クロード君?」
「言ってくれるじゃねえか…! 上等だこら!」
挑発するケンとそれに乗っかるクロード。「ガッ!」と額を突き合わせる。そして、
「「ぷっ…あははは!!!」」
両者同時に吹きだし、笑い始める。笑いながらちらりとセバスタンの方を見ると、朗らかな笑みを浮かべて二人の様子を見守っていた。そんなセバスタンと目が合うケン。その目はケンへの感謝の念にあふれていて…気恥ずかしくなったケンはすぐに視線を逸らすのだった。
そして一頻り笑った後、再び見つめ合う二人…とそこでなにかを思い出したようにハッとするケン。腰に差している、赤い鞘の剣を抜きとり、鞘のままクロードの方へ差し出す。
「これ、迷いの森でいつの間にかおれが持ってた。たぶん誰かの落とし物。王国に行くんだったら、ついでにこれも持ってってだれかに預けといてくれ」
「あ、ああ。分かった」
ケンにそう言われ、やや困惑しながらも刀を受け取るクロード。あまりの軽さに驚愕する。そしてふと、ケンの腰にある黒い刀を見やると首を傾げる。そして、
「そういやその刀、名前とかないのか?」
そう聞いてきた。特に名前とか決めてなったケンは、普通に「ないよ」と答える。するとクロードは、少し嬉しそうな顔をすると、咳ばらいをしつつ腕を組む。そして、
「じゃあさ。おれがつけてやってもいいぜ?その刀の銘」
「え?いやいいよ」
偉そうに言ったクロードだったが、すげなくケンに断られる。ズッコケるクロード。すぐに跳ね起き、肩を掴んでケンを揺さぶる。
「おまえいまの流れを考えろよ!そこ普通、断るところじゃないだろ!空気読めよ!」
「そんなこと言われたってなー」
「いいからとりあえず俺の考えた銘を聞けよ!気に入らなかったら没でいいから!とりあえず聞け! な!?」
「分かった分かった。分かったからとりあえず揺するのやめろ」
「ああ、空が青いな~」と遠くを見ながら、ガクガクと揺さぶられるケン。クロードの熱意に仕方ないと根負けする。ようやくケンの肩から手を放すクロード。そして改めて一つ咳ばらいをすると、もったいぶりながら話し始める。
「おほんっ!…ケンからその刀の由来を聞いた時から考えていたんだがな…その刀はコドラっていう古龍の牙から打たれたものなんだろ? 龍がケンを思って作られた刀…龍が想う牙の刀! 「龍想牙」なんてどうだ!?」
最後の方は興奮気味に喋っていた。
話し終わり、「どうだ!!!」と言わんばかりのドヤ顔をしながらケンの方を見るクロード。そんなクロードの様子を見ながら、しばし瞑目して考えこむケン。そして目を開けると、
「うん気に入った」
そう言った。喜ぶクロード。
「じゃあ決まりだな!おれからケンへの二つ目のプレゼントだ!」
そう言いながらピョンピョンと跳ねる。実に微笑ましい光景なのだが…気になる点が一つ。
「二つ目って…一つ目はなんだ?」
「え? そらおまえ、あのワンピースに決まってんだろ」
その言葉で一気に記憶が蘇ってくるケン。あの黄色の花柄ワンピースか!と思い至る。
「え? マジで? あれプレゼントだったの? 嫌がらせかと思ってたわ」
「そんなわけないじゃん。れっきとした贈り物だぜ?」
そんなやり取りをしながら小突き合う二人。しばしそんなやり取りが続いたが、
「じゃあ、おれそろそろ行くわ。しばしのお別れだな」
ケンが別れの挨拶を切り出す。クロードは一瞬、寂しそうな表情をするが、すぐに笑顔に戻ると返事を返す。
「ああ…またな! ケン!」
「おう、またな! クロード!」
ハイタッチを交わすケンとクロード。そしてケンはクロードたちに背を向け、歩き出す。
「またな~! ケン~~~~!!!」
「バンテル帝国で待ってるからな~~~~!!!」
「いつでも来いよ~~~~!!!」
「ケン様! ご達者で!!!」
そんな思い思いの見送りの言葉を背に、砂漠を突き進むケン。その歩みに迷いはない。
ケンの旅はまだまだ始まったばかりだ。きっと、これから多くの人と出会っていくことになる。中にはクロードたちのように友達になれる者もいるだろう。
そんな期待とワクワク感を胸に、ケンは前を真っ直ぐと見ながら、歩みを進めるのだった。




