↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/40

クロード

帝国の辺境の辺境…一応バンテル帝国領内、と言うべきような貧村。そんな、バンテル帝国に義理立てする必要もないような村で十二年前、一人の魔法の天才が生まれた。クロードだ。

 人の魔法属性適正、魔力量は生まれながらに決まっており、成長や訓練するとともに増えていくようなものではない。そして、そのどちらもがクロードはずば抜けていた。一属性でも千人に一人というような魔法適性を二属性も持ち、軽く上級魔法を十発は連続で詠唱、発動できる魔力量。そんな並外れた力をクロードは持っていた。いや、持ってしまった。


 それが判明した当初、クロードの両親はそれを隠そうとした。もし皇帝に伝われば、間違いなくクロードは、生まれてきたばかりの自分たちの息子は軍に取られてしまう。それを危惧したからだ。


 そしてそれから数年の間は、帝国の目を掻い潜ることに成功していたのだった。


 しかしクロードが五歳になって間もなくのことだった。どこから秘密が漏れたのか、クロードの力のことが皇帝にバレてしまう。そして皇帝の対応は迅速だった。

帝国始まって以来の稀代の天才の誕生に気が付いた皇帝は、村に大規模な軍隊を送り込む。そして、クロードの身柄を確保したのだった。


訳も分からず王都へと連れていかれるクロード。そして、そこで知らされたのは、両親の死刑が決定したという話だった。罪状は、生まれたばかりの赤子の魔法属性適正を国に報告しなければならないという法律に背いたこと。


実力至上主義を掲げる、軍事国家であるバンテル帝国にはそんな法律があった。ただいままでは、クロードが住んでいたような辺境の村にまでは、いちいちそんなことを強制してこなかった帝国。今回だけ、それを口実に刑を実行しようなどと卑怯なことこの上ない。しかし、幼いクロードはそんなことには気が回らない。いや、たとえ大人であっても、面と向かって国を糾弾することはできなかったろう。少しでもそんなことをすれば、即、闇に葬られる。それほど、バンテル帝国において皇帝の権力は強く、絶対的だったからだ。


そんな恐怖の象徴ともいえる皇帝はクロードに、両親を助けられる条件を提示する。そして両親を助けたい一心のクロードは、よく理解できないまま、必死に首を縦に振った。


そしてクロードは若干5歳にして軍人になった。皇帝が出した条件とは、クロードがバンテル帝国の軍門に下ることだったのだ。


そして、そこでクロードの専属世話係として任命されたのがセバスタンだった。

稀代の天才の指導役に任命されたセバスタンが責任感に燃えたのも不思議はないことだ。べつにそれは悪いことではない。ただ、その思いが問題だった。

生粋の軍人だったセバスタンには当時、「帝国のために」という思いしかなかった。今では悔やんでも悔やみきれないが、「クロード様のために」や、「クロード様に配慮して」という思いが著しく欠如していたのだった。セバスタンはまったくクロードのことを見ていなかった。


幼い子供には厳しすぎる鍛錬を毎日のように課すセバスタン。すべては帝国のために、強いては皇帝のために。

クロードが泣こうが喚こうが、鍛錬を中止することはなかった。


その一方でクロードはと言えば、そんなセバスタンの訓練に、必死に食らいついていた。その胸中を占める思いはただ一つ。


「両親のために」

「自分が怠ければ両親がひどい目にあわされる」


 ただそう思い、クロードは日々の訓練を歯を食いしばりながら耐えていた。


 だが、そんな日々が続けば幼いクロードの心が死ぬのは時間の問題だった。

 事実、日がたつにつれ、だんだんとクロードは笑わなくなっていき、そして感情を顔に出さなくなっていった。


 もしもクロードにそんな日々を愚痴れる、相談できる、傍で支えてくれる友達がいればなにかが変わっていたのかもしれない。

 だが、バンテル帝国の軍にクロードと年の近いものがいるはずもなく、大人たちはクロードを遠巻きに眺めるだけ。唯一接点のあるセバスタンはクロードの様子がだんだんと可笑しくなっていくのに気が付かない。もちろん両親に会わせてももらえず、ただ重圧に耐えるばかりのクロードは孤立していくのだった。


 そしていつ頃からだろうか。クロードが人を馬鹿にしたような態度をとるようになったのは。


 ただひたすら強さと結果ばかり求められる環境の中で、いつしかクロードは周りに心を閉ざし、その心をメッキで覆い隠してしまった。


 そこまで来て、ようやくクロードの様子のおかしさと、自分のこれまでの行いの過ちに気が付いたセバスタン。しかし、それはあまりにも遅すぎて、もはやセバスタンには、クロードのことをどうにかしてあげることはできなかったのだった。


 ただ周りのものよりも優位に立とうと、自分の力を誇示し、戦場で多くの武功を立てたクロードは、齢十歳にして帝国最強の一角、5代将軍の座まで上り詰めた。


 だがセバスタンの目には、そんなクロードの様子は、ただ自分を認めてもらいたい、自分の思いに気が付いて欲しい、そう思う子供がガムシャラに突き進む姿にしか映らなかった。そしてクロードの方はといえば、5代将軍にまで上り詰めてもなお、周りに馴染むことができず、どんどん性格を歪めていくのだった。


「ボスッ」という音と共にベッドへ倒れ込むケン。

なにかいろいろと疲れた。身体的にではなく、精神的に。

セバスタンからクロードの生い立ちや暮らしぶりを聞かされたケンは、その後すぐに自分の部屋へと引き返したのだった。

頭に被っていた、龍の描かれた青い帽子を脱ぐケン。そのままそれを、部屋の隅に纏められた自分の荷物のほうへと放り投げる。


俯せのまま先ほどの話を思い返すケン。セバスタンが最後に言った言葉が頭から離れない。クロードの昔話が終わった後、ケンは、なぜ自分にそんなことを話すのかとセバスタンに尋ねた。それに対してセバスタンはこう答えたのだった。


「さあ、なぜでしょうか。わたくしにもよくわかりません。ただケン様に、クロード様の過去を知ってもらわなければならない…そう思ったからとしか答えようがありません。ただ、そうですね…あえて理由付けをするならば、ケン様に、クロード様と同じ空気を感じたからでしょうか。私たちでは理解できないような、同じような“何か”を背負い込んでいる…そんな気がしたのでございます」


それだけ言い、黙り込むセバスタン。もうこれ以上は何も言いそうになかったので、そのまま席を立ち、ケンはセバスタンに背を向けたのだった。


ベッドに倒れ込んだ状態のまま、苦い顔をするケン。何かに対して、というわけではない。ただなんとなく、気持ちが晴れない…そんな感じだ。


ただその理由に、ケンは心当たりがあった。それは、クロードの過去があまりにも自分の過去に似ているということだ。

クロードは、周りから腫れ物のように扱われる孤独感に苛まれ、そしてそれに飲み込まれていった。きっとあのような性格になったのは、だんだんと死んでいく自分の心を守るための防衛本能のよるもの…ケンにはそれが理解できた。

なぜならケンも、母親が死んでからは似た境遇を経験してきたから。

周囲から疎まれ、蔑まれ、石を投げつけられる日々。

クロードの境遇とは少し違うけれど、しかしそこにある苦しみは根本的には変わらない。


自分の苦しみを理解してくれる人が、話を聞いてくれる者がいない苦しみ。


それはまるで、轟々と吹き荒れる吹雪の中を当てもなく彷徨うに等しい。一切の光もなく、ただ冷たい風と氷に打たれながら行き先も分からず突き進む。そんな日々を続けていればいつしか心は壊れてしまう。

そうならないために、それに抗うために、ケンは勇気をもって一歩踏み出し、コドラに出会い、そしてクロードは、本当の自分をメッキで覆い隠し、周りに心を閉ざして自分の心を守った。


ケンには、そこにさほど大きな差があったとは思えなかった。一歩でも踏み違えていたら、きっと自分もクロードのようになっていた。そう思えてならない。

だから、ケンには、クロードの話がとても他人事のようには思えなかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ペチペチ」


そんな、顔を小さな手で叩かれるような感触に目を覚ますケン。どうやら昨日は考え事をしたまま眠ってしまったらしい。


「ペチペチ」


もう一度叩かれる。薄っすらと右目だけ開けて確認すると、サラがケンの顔の前に「チョコン」といった様子でいた。


「おはよう…サラ」

「キュイ!」


うつぶせの状態からノソノソと起き上がりながらサラに挨拶するケン。サラが元気よく返事をする。微笑ましい。

ゆっくりと部屋の中を見渡す。昨夜と特に変わりはない。当たり前だ。続いて、閉まっているカーテンを開け、外を確認する。相も変わらず煌びやかなジャンカ王国の街並みが目に飛び込んでくる。


しかし、その砂漠の空にはどんよりとした薄暗い雲が立ち込めていた。上空のシールドのおかげで、曇りでも国内は晴れ同様に明るいのだが、なにか不吉な感じがして空から視線を逸らすケン。

ベッドから立ち上がり、昨日買ってもらった上下白の着物に着替える。


着替え終わったケンはそのまま部屋を出ると、一階への階段を降りる。朝食のためだ。

ホールを抜け、食堂へと入る。


賑やかだった食堂が、一瞬で静まり返った。空気が張り詰め、あちこちから、ちらちらとケンの様子をうかがう視線が感じられる。

それらを意識的に無視し、案内された席へと向かう。すると、そこには三バカしかおらず、セバスタンもクロードも席に座ってはいなかった。内心少しホッとするケン。気まずいということもあり、特にクロードに対しては、どんな顔をして会ったらいいのか分からなかったからだ。


それでも一応、二人がどこにいるのか確認してみる。


「おはようバン。セバスタンとクロードはどうしたんだ?」

「おはようケン。セバスタンさんならまだ自室だ。クロード様は…わからん。昨夜からお見掛けしていない」


昨夜あんなことがあったにも関わらず、意外と普通な様子の三バカに安心するケン。「そっか」と言いながら自分も席に座る。


席に座ってからは、特に話すでもなくボーっと過ごすケンたち。と、視界の端で、自分たちに近づく影を捉える。そちらの方を向くと、一昨日から何かとお世話になっているこの宿の女将さんが、オドオドしながらこちらへと向かってきていた。


「あの、こちら、バンテル帝国の騎士様方に渡すようにと言われたものでございます」


 すぐ近くまで来た女将さんは、そう言いながらバンに一通の手紙を差し出してきた。何の変哲もない、赤い蝋で封のされた白い封筒だ。

それを受け取り、しげしげと眺めてから、女将さんにバンが尋ねる。


「誰からですか?」

「いえ、特には名乗られませんでした。黒いローブで隠してらしたので、顔も分かりません」


女将さんが申し訳なさそうに答える。とここで、ようやくセバスタンが食堂に入ってくる。そしてテーブルの近くまで来ると、怪訝そうな表情で、女将さんとバンを見比べ、そしてバンの手元の手紙に気が付く。


「それは?」

「おれら宛ての物らしいんですが、差出人は不明でして」


質問するセバスタンに、バンが答える。女将さんが礼をしながら引き下がるが、だれも気にかけない。その場にいる者全員が手紙へと視線を注ぐ。

 バンから手紙を受け取るセバスタン。

 そして、封を破り、中の手紙を封筒から取り出し読み始める。


 なにが書いてあるのかと、固唾をのんで見守るケンと三バカ。

 だが、黙読するセバスタンの顔がだんだんと歪んでいくのに黙っていられず、バンが声を上げる。


「どうしたんですか!?セバスタンさん!!!」

「黙れ!!!」


 今まで聞いたことないほど緊迫した表情のセバスタンが声を荒げ、バンを制する。言われた通り大人しくなるバン。

 そして約一分後、手紙を読み終えたセバスタンが、手元のそれを「グシャッ!」と握りつぶした。その目の中には、隠しもしない怒りの炎が轟々と荒れ狂い、身体がワナワナと震えていた。

 そんな自分を落ち着かせようと、一つ深呼吸をするセバスタン。そして、絞り出すように声を出す。


「クロード様が…人質に取られた…」


 その一言に驚愕をあらわにする面々。それは無理もない。子供とは言え、バンテル帝国の最高戦力の一角であるクロードがそうやすやすと捕まるとは到底思えない。


「そんなバカな!?あのクロード様が…!!!」

「そんなことあるわけがない!」

「なにかの冗談でしょう?セバスタンさん?!!!」

「静まらんかバカども!!!!」


 口々に喚く三人だったが、セバスタンの怒声に一瞬で黙り込む。

 そしてセバスタンは、こちらに向けて、なにかの飾りのようなものを見せる。星のついた、バッチのようなものだ。なにか見覚えがあるような気がするケン。セバスタンが口を開く。


「見覚えがあるでしょう?そうです…これはクロード様が付けていられた勲章の一つです」


 なるほど。見覚えがあると思ったらクロードが胸に付けてたあれか!と思い出すケン。

だがそれは喜ぶことではない。まだ人質に取られたと確定したわけではないが、それでもクロードの身になにかが起きたことは間違いないないだろう。

 と、ここで、周囲の視線に気が付いたセバスタンが苦笑いすると、


「一先ず場所を変えましょう。ここは人が多すぎます」


 そう言った。それに黙ってうなずく三人。そして、席を立ち、食堂の出口へと向かう彼らに、とりあえずケンも同行するのだった

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 クロードの身に何かが起きたことを知った一同は、セバスタンの部屋に場所を移していた。部屋に着くなりセバスタンを質問攻めにしようとする三人だったが、これまたセバスタンが、迫力で黙らせる。

 部屋の丸テーブルを囲むように座るケンたち。そしてセバスタンは、一同を見回したあと、ようやく口を開き、


「一から順に説明いたします。どうか静かにお聞きください。質問があればあとでお答えします」


 そう前置きをすると、自分が読んだ、手紙の内容について話し出した。


「まず初めに、この件の中心、火種になっているのはこれの存在です」


そう言ってセバスタンは、ケンが最初、クロードたちに会った時に疑問に思っていた二メートルくらいの、細長い木の箱を持ってきた。首を傾げるケンたち。その様子を見ながら、セバスタンは話し続ける。


「バンたちは知っていると思いますが、私たちは、リーディッヒ王国に新たに召喚された勇者様に、皇帝陛下の代わりに挨拶をするという目的のもと、リーディッヒへ向かっている途中です。しかし、それはあくまで表向きの目的です。真の目的は、この箱、正確には箱の中身を、白聖教会の総本山に届けることです。」


そこで、セバスタンは言葉を切った。ケンたちの顔をじっと眺める。質問がないことを確認しているのだろう。と、ここでバンが質問をする。


「そんで、その箱の中身は何なんですか?」

 

 うんうんと頷く面々。問われたセバスタンは、そんなケンたちの様子を見て質問はそれだけと判断したのか、一つ頷くと、再び話し出す。


「皇帝陛下からは決して喋らないよう言われたのですが…黙っておくわけにもいかないでしょう。」


 そう言いながら、箱に巻き付けられた紐を解いていき、箱を開ける。するとそこには、青い魔力の光を放つ、一本の槍があった。青空のように澄んだ、美しい光を放つ槍に吸い込まれるように見入るケンたち。だが、セバスタンの声で我に返ると、話に耳を傾ける。


「これは霊槍グングニル。はるか昔、神代の英雄が使っていたといわれる太古の秘宝の一つです。一度投擲すれば、持ち主の意のままに、どんな障害をも貫いて狙った敵を穿つといわれています。」


 「ほへー」といった様子の4人。話が大きすぎて実感がわかない。そして特に考えるでもなく、なんとなく質問をするケン。


「なんでそんな国宝級の宝を教会に渡す気になったんですか?」

「そこまで詳しいことは知らされていませんが…」


 その質問に、セバスタンはそう断ってから答える。


「おそらく無視した場合、プラスよりもマイナスの影響の方がでかいと判断したのでしょう。実力至上主義を掲げるバンテル帝国ですが、国民全員がそういったわけではありません。むしろ「神なんて知るか!」という態度なのは国の上層部や冒険者たちがほとんどで、国民の大半は白聖教会の熱烈な信者です。なので、もし教会の要求をはねのければ、国の情勢が揺らぐことになりかねません。また、グングニルは魔力を直接操作できないと扱えないので、あっても仕方ないということで渋々ですが要求を飲むことにした…といったところですかね。」


 なるほど、と頷くケンたち。物凄く説得力のある話だ。というか、セバスタンのこの予想は大当たりだったりする。皇帝は、結局のところ扱えないグングニルを手放したところで国の痛手にはならないし、むしろ断った場合の国民の反応がめんどくさそう、ということで教会の要求を飲んだのだった。


「そして、」


セバスタンの話は続く


「そして、クロード様を人質に取った何者かは、クロード様と交換に、そのグングニルを要求してきました。」


 その言葉に、驚愕をあらわにする三バカとケン。バンが声を上げる。


「なら、なら、グングニルをそいつらに渡すというんですか?」

「いいえ、それはありえません。」


 セバスタンがそう言う。それに怒りの表情で、ビンが食って掛かる


「ならクロード様を見捨てるっていうんですか!?」

「はい…その通りです」


 セバスタンが無表情で冷たくそう言い放った。絶句する三バカたち。ピクリとも表情を変えないセバスタンに、今度はケンが声を上げる。


「なんでですか!?クロードは仲間じゃないんですか!?」


 そう怒鳴るケン。しかし、セバスタンは少しも動じることなく、理由を説明しだす。


「仮にクロード様と引き換えに、グングニルを賊に渡したとしましょう。すると当然、教会にはグングニルを届けることができなくなります。その場合、教会に何と言えばいいのでしょう?将軍が人質に取られたので、グングニルは手放しました、とでも言いますか?そう言ったとして、私たちの証言を教会側が信じるとでも?もし、グングニルを渡したくなかった帝国がそう嘘をついて、グングニルを隠したとでも言われれば、国民はどう思うか。最悪の場合、配信者の烙印を押されて、国家存亡の危機にまで発展しかねません。そんな危ない橋は渡ることは断じて否です。また、クロード様を助けに向かうというのも、なしです。」


 息をのむケンたち。先ほどの発言からある程度予想はしていたが、まさかここまでセバスタンが、あっさりとクロードを切り捨てるとは信じられなかった。声を上げようと各々に口を開きかけるが、セバスタンがそれを遮るように、話を続ける。


「敵は、帝国の将軍であるクロード様を捕えることができるほどの手練れです。正体はもちろん、どれだけの数がいるのかも未知数。そんな状態でクロード様の救出へ向かうのはあまりにもリスクが高すぎます。」

「なら…どうするっていうんですか…」


 下を向きながら、バンが絞り出すように言う。肩が震えている。そんな様子のバンを横目で見ながら、セバスタンが平然と言い放つ。


「このまますぐにこの国を発ちます。」

「それは…!?」

「黙りなさい」


 言い返そうとするバンを黙らせるセバスタン。バンは歯を食いしばり、セバスタンを睨みつけるが何も言えない。


「交渉期限は今日の18時までです。ジャンカ王国の東にある、岩サボテンと呼ばれる巨大サボテンのもとにグングニルを置いていけと、そう手紙には書いてありました。ならば、私たちはどうするべきか。それは、できる限り敵を引き離すためにいますぐこの国を離れることです。それが、バンテル帝国のために私たちができる最良の選択です。異論は認めません。今この場では、私があなたたちの上官です。指示には従ってもらいます。」


 そう締め括り、バンたちを鋭い眼光で睨みつけるセバスタン。そんなセバスタンに、バンたちは歯を食いしばりながらも、けれど何も言い返せない。そしてそのまま下を向いてしまう。静まり返る室内。空気が重たくなったように感じられる。


「おれは助けに行きますよ」


 だが、そんな空気を打ち破るようにはっきりとした、そして決意のこもった声が部屋の中に響く。ケンだ。バンたちがハッとしたように顔を上げ、ケンの方を見る。


「おれはあなたの部下じゃありません。だから、おれの行動を制限することは、あなたには無理ですよね?」


 ケンがセバスタンを真正面から、しっかりと目を合わせてそう言い放つ。それに対してセバスタンは険しい顔をしながら、ケンを鋭い眼光で睨みつける。


「ケン様。あなたにいったいなにができるというんです?」


 ケンを睨みつけたまま、威圧するようにそう尋ねるセバスタン。それに対してケンも、セバスタンから視線を逸らすことなく、自信をもって言い放つ。


「クロードを助けることができる」

「たわけがっ!!!!!」


 助けると言い放ったケンに、鬼の形相で、いままで聞いたこともないほど鋭く叱責するセバスタン。凄まじい覇気が発せられ、周囲の空気がビリビリと震える。


「あなたはまだまだ子供だ!そんなあなたにどうこうできるほど、この問題は小さくない!なにもできずに死ぬのがオチです!どうしても行くというのならば、それを見過ごすことはできません。意地でもあなたを止めさせてもらいます!」


 そう言って凄まじいプレッシャーをケンに叩きつける。流石バンテル帝国の第三部隊No.2とも言うべき強大な覇気だ。だが、それを叩きつけられたケンは、少しも怯むことなく、一歩も引かずにセバスタンと真正面から睨み合う。


「おれは、自分にできることをやらないまま、妥協したまま過ごしたくありません。できる限り最善を尽くして生きていきたい。未来がどうのとか、過去がどうだったとかそんなのは関係ありません!おれたちが生きているのはいま!この瞬間なんです!だから、おれはおれの思う最善の道を突き進む!いま自分にできる最善を尽くす!これが俺の意思です!」


 最後の方は叫ぶようになっていた。

自分の中でもやもやしていたものが今ようやく一つに固まった。ケンの中に一つの意思が生まれた瞬間だ。二度と曲げることはない、鉄の意志。できるかぎり、自分の思う最善を尽くす。もう二度と後悔しないために。失わないために!


「それに…」

「それに?」


 セバスタンがケンに聞き返す。そこで初めて視線を泳がせるケン。少し気恥ずかしいのだ。しかし、それでも最後まで言葉にする。


「それにあいつには一言謝らないと気が済まねぇんだ!」


 そう言ってそっぽを向く。そんなケンをしばらく鋭く睨んでいたセバスタンだったが、やがて発する覇気をスッと引いたかと思うと、いつもの好々爺とした様子に戻り、微笑みを浮かべる。そしてただ一言、


「そうですか」


 それだけ言うと、そのまま何も喋らなくなった。そして席を立つケン。そのままセバスタンたちに背を向け扉の方へと向かう。そして取っ手に手をかけ、扉を開けたところで、後ろから声がかけられる。


「ケン様」

「なんです?セバスタン」


 振り返らずに足だけ止め、そう問う。セバスタンがどんな表情なのかは見えない。しかし、それが想像でできるような、絞り出すような声でセバスタンはケンに声を掛ける。


「不甲斐ないわたしに代わり、クロード様を頼みます…」


 ちらりと後ろを振り返ると、苦々しい顔をしたセバスタンが目に入る。いまどんな気持ちなのか、そんなことは考えなくても分かる。

 しばらく立ち止まっていたケンだったが、結局何も言うことなく廊下へと出る。


 (絶対に助ける)


 背後で扉が閉まる音を聞きながら、そう決意を新たにするケン。しっかりとした足取りで、階下への階段を下っていくのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。