1.極星たちは出会う
すべての始まりというにはあまりにも静かだった。
世界に帳が下りる。そう錯覚するほど緩やかに世界が閉ざされ、闇に満ちていく。先程まで活気にあふれていた石畳の街は、時が止まったかのように彩りを失っていた。
黒のカーテンから差し込む紫紺の光は、不気味な雰囲気をより増長させている。
少し目線を下げ周りを見渡すと、そこにはいたのは。人間かどうかも怪しい幻想の中の生命体。
周りは騒音に満ちていた。
それは混乱に満ちた、怒気の籠った罵倒でもあった。
訳も分からず突如集められた人々は、
「はっはっは」
そんな中、僕らの耳に男の高笑いが響き渡る。それは心底寒気がする、低くくぐもった声だった。
僕は上空からの声に即座に反応し、そちらへ顔を向ける。
紫の光を背に受けた黒い人影がそこにあった。
その男は黒のコートを着ていた。顔は黒のフードに隠されており、表情を確認できない。
その男にとって、状況が分からず逃げ惑う僕らの姿は相当愉快だったらしい。
高笑いはまるで止まる様子がない。
笑うことに満足したのか、高笑いをやめてローブの男は話し出す。
「私はゲームマスターの須藤雄介だ。」
「ここには頂上の箱庭を用意した。それは自由だ。君らが何をしようともそれが罪に問われることはない。」
「これは命を懸けて行うデスゲームだ。この世界は、諸君らの現実になったのだ」
と、僕たちに告げる。
そんなまるで映画のようなワンシーンで、僕たちは世界が自分たちのよく知るものとは変わってしまったことを知ったのだ。
雲一つない快晴の中、天上に浮かぶふたつの太陽が辺り一面を照らし出す。
ぎらぎらと照り付ける陽光が、大地を80℃近い灼熱へと変化させる。梅雨を思わせる湿気は、大気が歪ませあちらこちらで陽炎が揺らめいている。
辺り一面に広がる砂漠には、草木や水たまりどころかすら石一個すら視界に写らない。
背中に背負う大剣は少し地面に刺さるような音を立てている。黒の鎧は定期的なリズムできしむような音を上げている。
梅雨を思い出すような大量の湿気は、黒く染まった鎧の中を蒸している。
そんな砂漠を、僕は歩き続ける。
僕の名前はジーク。
とある龍殺しを模した名だがもう三年の付き合いになる。
本名はあるが、ここでは意味をなさないので割愛しよう。
およそ三年前、僕たちの世界は急変した。
世界初のフルダイブ型VRであるFantasia。
それは、「全てのものを幻想に」をキャッチコピーとして売り出された。かくいう僕もFantasiaを初日から買い、新たな世界に胸を踊らせていたのだ。
まあ、数時間後には、僕らの希望に満ちた生活が光すら見えない地獄へと変貌してしまったのだが……
「僕たちはこの世界に閉じ込められ、この世界での死は永遠のものとなった」
その事実を突きつけられた人々の対応は千差万別だった。
ある者は、この理不尽な現実に立ち向かい命を落とした。ある者は、現実と虚構がまるっきり入れ替わってしまったという事実に恐怖し命を絶った。ある者は、この電子の世界に感動し人類の敵となった。
そんな絶望の日がおよそ三年前だ。
時の流れは早いものだ。
もう絶望を完全に忘れてしまったという人もいる。なにせ3年も経ったのだ。自分も忘れてしまった。あの日の衝撃ははるか彼方へ忘却してしまった。
そんな回想にふけっていると、先程まで広がっていた砂砂漠の中に別の色彩を捕え始める。
それはおよそ10m以上あると思われる巨大な黄金の城門。内部を外界から切り離すかのように聳え立つ、半径3㎞を守護する黄金色の壁。石一つない砂漠のど真ん中に鎮座するその壁は、今まで見たすべてのものよりも強い存在感を放っていた。
その分厚い扉からは、金箔では表現できない重厚さを滲みだしている。扉の正面には大きな牡丹の意匠があしらわれており、それは見るものを魅了する黄金の花。
その門は、贅沢の限りを尽くしたようなこの都市を象徴する一つといえよう。
僕が城門のすぐそばまで近寄ると、重厚な扉が一人でに開き始める。それはまるで都市全体が客を歓迎しているかのようだった。
開かれた扉の中には、思いもよらないような風景が広がっていた。
それはまさに黄金都市。城門から中心を繋ぐ大通りには、金の絨毯のように黄金が敷き詰められている。まだ昼間だというのに大通りを照らす電灯によって、黄金色のネオン街が作り上げている。大通りの先には先ほどの城門よりも大きい壁が広がっており、中心部を守護する壁として鎮座している。さらに視界を奥に向けると、天を衝くような摩天楼が聳え立っている。
ここは不夜街モルナ。日が沈むことはない不夜の歓楽街。この世界の富がすべて集まるとまで詠われる黄金都市。
この街には、億万長者の夢を求めてやってくるものは後を絶たない。大量の客で賑わうこの街は、この世界で最も人口の多い街とすら言われているほどだ。
こんな巨大な街が、二年前に一人のプレイヤーの手によって作られたというのだから驚きだ。どんな人間が、どれほどの熱意で、どうやってこの街を作り上げたのか、不思議でしょうがない。
そんなくだらないことを考えながら、僕は目的地に向かって進み続ける。
この辺りになると、大通りからは大きく逸れた脇道となっている。このあたりになると整備も行き届いてないのか、黄金に染まった中心部とは異なりほとんど活気がない寂れた場所と化している。大半の建物が木を材料としており、街を彩る照明もすらもついていない。形容するならば、さながらシャッターの存在しない寂れた商店街といったところだ。
そんな歓楽街に存在しながらまるで違う景色の場所を進み続けること五分、ようやく目的地に到着した。
周りの建物とまるで変わらない木造の建物。
便利屋ポラリス、そう書かれた看板が斜めにぶら下がっている。おそらく家主はこの看板を直す気がないのだろう。あちこちについたシミと汚れがそれを物語っている。
僕は、インターホンに向けて話しかける。
「こんにちは、こんにちは……こんにちは!!!」
何度話しかけてもインターホンに反応がない。聞こえてないのか、それとも家主は留守なのか判断がつかなかった。
もう一度インターホンを押すが、反応はない。おそらく留守なのだろう。
「たのもう!!!」
一応念のためということもある。大声で叫んでも反応がない。これ以上叫んで無駄だと観念し、踵を返す。
だがちょうどその時、突如扉が開く音がした。そして背中に蹴り飛ばされたと思わしき巨大な衝撃を感じたと思うと、僕は宙に浮き上がっていた。
「うるせえんじゃ、こら!何度もピンポン鳴らしやがった上に大声で叫びやがって。ただの近所迷惑だろうが!」
その声は僕が先程叫んだ以上の大声だった。あんたの方が大声じゃないかと、地べたにお尻を付けながらため息をつく。
僕が声の主へと向き直ると、そこには和服に身を包んだ女性が立っていた。まるで鮮血のように輝く髪は、先刻起きたのかあちこちに寝癖がついており、
「あなたがアルスさんですか」
「おう、そうだが。俺がアルスだ」
アルスと呼ばれた女性は、少し口を膨らませた不機嫌な顔で頷いていた。
僕はアルスに案内されて客間に通される。畳が敷き詰められた和室には、客と主人が座るであろうソファーが二つ、そしてその間には机が並ぶだけの殺風景な部屋だ。
アルスに座るよう促されたため、僕はソファーに腰かける。深みのある緑に染まるソファーは、まるで僕を包み込むように迎え入れる。それは現実世界ですら座ったことがないような超高級品だ。流石は黄金都市といったとこか、世界中の富が集まると形容されるのも納得だ。
そんな質素な部屋の外観を崩すかのように煙が立っていた。
目の前には不愛想に足を組んだアルスが煙草を吹かせていた。
「ふーん、の紹介ね。瑠璃海の宝船探しを手伝ってほしいと。報酬は百万リールか……(一リール=約一円)」
アルスは煙草を吸いつつ師匠から渡された案内状を見ながら、僕に向けて話しかける。
報酬のところで露骨に声色が変化したような気がするが、おそらく気のせいだろう。
「それで、受けてくれますかね」
「嫌だね、依頼には応じられない」
アルスはきっぱりとした口調でそう告げる。
「なんでなんですか!」
何とか依頼を受けてもらいたい僕は、何とかして交渉の妥協点を造ろうと疑問を投げかける。
「めんどくさい。報酬もない。金はいっちょ前にかかる。こんなの誰が受けるってんだ」
「じゃあ、どうすればいいんですか、報酬三倍ですか?」
僕は何とか依頼を受けてもらうために、交渉を開始する。が、
「百倍だね、それが最低条件」
アルスは交渉する気がないと言わんばかりに暴値を吹っ掛ける。
だがそのあまりにもぶっ飛んだ条件には、さすがの僕も憤慨する。
「十億リールだって? ただのぼったくりじゃないですか。大体師匠も百万から三百万が適正条件だろうって言ってましたよ」
「それはそっちの適当な見積もりじゃねえか!こっちはその百倍が適正って考えてんの!」
「流石に相場以上の金は出せませんよ!そもそもこっちはそんなお金持ってませんし」
「じゃあ、意地でも金集めて来いよ!すぐそこの遊郭で体売ったら金集まるだろ!」
「ふざけないでください!なんで僕の純潔をそんな品のないところで晒さなきゃいけないんですか!」
お互いに譲れないためか、交渉は徐々にヒートアップしていく。
だが意外にも、難航すると思われた交渉に決着がつくのはそんなに時間を要しなかった。
その時は突然訪れる。
僕らは更にヒートアップし遂に手が出そうになっているとき、突如客間の襖を開ける音が異物のように鳴り響く。その異物に
そこには、黒の軍服に身を固めた少年が立っていた。
齢は大体十二、三程度だろうか。まだ幼さの残るようなかわいげのある顔をしている。
黒の軍服には金の意匠が凝らしてあり、身に着けた黒のコートは少年にも関わらずまるで将官のような存在感を醸し出している。軍服についたポケットには大量の葉巻が入っており、アルスと同様に彼もよく吸っているらしい。
「アルス、お客さん?こんにちは」
その少年から声代わり前の甲高い声が響き渡る。そのとても朗らかな声からは、未知の冒険に胸を踊らせているような感情を感じ取れた。
僕は突如発生した出来事にあっけを取られ、アルスの方を向く。少年の興味津々な顔を見て絶望したのだろう、そこには先ほどまで喧嘩まがいの交渉を行っていたとは思えないような、無言で顔を青ざめさせているアルスの姿があった。
「仕事の依頼かぁ。どれどれ見せて」
声の主はそう言ってまるで力を感じないアルスの手から依頼状をひったくると、うんうん唸りながら読み進める。
「へぇ、宝船探しねぇ、楽しそうじゃん」
軍服少年はそんなことを言いながら、僕の方を向いてニコリとほほ笑んだ。
頭を抱えながら絶望の表情を並べるアルスなど全く気にしていない。
「よし決めた。アルス、この依頼受けるよ。今すぐ行こう」
「えぇ……」
嵐のような展開に依頼人であるはずの僕もついていけず、素っ頓狂な声を上げていた。
アルスなんて天を見上げて、息すらしていない。おそらく意識が飛んでいるんじゃないだろうか。これが漫画ならあんぐりと開いた口から魂が抜けていくような描写が入るのだろうか。
口をあんぐりとあけている僕の前で、少年は当然のことのように話し出す。
「何驚いてんの?早くいくから準備しなさい。思い立った日が吉日っていうでしょ。ゲーマーの血が騒ぐねぇ」
そう言うと、準備を始めるためなのか軍服少年は客間を出て行った。
僕は、失神でもしたのかまるで動かないアルスと一緒に部屋に残された。
こうして、彼らとの冒険が決定した。
僕は不安だ。滅茶苦茶不安だ。この冒険は成功するのだろうか。




