信仰の段
荷台に放り込まれた頭部は、今はロザーナによって布に包まれている。
日が傾き、暗くなり始めたことと布に染み込んだ血が乾き始めた事もあって、それは一見するとただの黒い塊であった。
果たして頭部を切断する必要があったのだろうか、とギルは思わずにはいられない。
相手との接戦の末、我武者羅に戦った結果としてであれば、勢いで相手の頭部を切り落とすようなこともあるかもしれない。
しかし、あの頭部はとても若い男のものだった。
もちろん年齢と剣の腕が比例する訳では無いのだが、それでもラドリアスであればあの若者を相手に苦戦するようなことは考えにくい。
であれば、殺したあとに頭部を切断して持ち帰ってきた可能性が高くなる。
何の為に、とギルは我慢できずにラドリアスに問いかけた。
「何、特別深い理由はない」
そう言って、馬を進めるラドリアスは正面を見つめたまま続ける。
「単独で行っている窃盗なのか、それとも組織立って行われているものなのか、それを確認する為に必要だと思っただけだ」
ラドリアスの考えとしては、今向かっている近くの村が怪しいとのことだった。
「村全体が盗賊、という話ですか?」
有り得ない話ではない。
貧しさが続いた結果、村ぐるみで盗みを働くことになる場合もあるだろう。
しかし世間から隔離されたような村であればともかく、こんな聖王都の近くの、しかも街道に近いような村に住む者たちが、そんな軽はずみなことをするだろうか。
「1つ失敗をすれば、あっという間に討伐隊に見つかりますよね?」
その通りだ、とラドリアスは頷く。
「だから村全体が盗賊団であるという可能性は高くはないだろう。だが、注意するに越したことはない」
確かに、と思うと同時にギルは(でも)とも思った。
(俺だったら、こんな風に首を切り落として利用しようとは思わないな)
それが正常な思考なのか、それともラドリアスのように使えるものは何でも使っていくことが正解なのか、考えてみたが今はまだ答えが出そうにない。
ならば今は気持ちを切り替えてこれから向かう村のことを考えるべきだ。
事前の心構えがあれば、確かに次の行動に移りやすくなる。
ギルは一先ず気を引き締めはしたが、このあと何事もなければいいと願わずにはいられないのであった。
程なくして、比較的大きな村が見えてきた。
大きいとは言え、それはあくまでも広さの話であり、その実をいえば田舎の村特有の閑散とした雰囲気を充分に発している村であった。
ラドリアスはまるで来たことがあるかのように迷うことなく進んでいく。
どこに向かっているのか、そう聞こうとした直後、ラドリアスの目的地を理解した。
「宿屋、ですか」
確かにここは一泊する為にわざわざ立ち寄った村だ。
考えてみれば宿屋に向かうことに何の違和感もない。
しかし先程の盗賊の一件から、ギルはどうにも落ち着かない気分になっていた。
村全体が敵なのかどうかも分からない。
辺りを見回しても誰もいないが、もしかしたら家の中から誰かがこっちを見ているのではと、そんな事が気になって仕方がないのだ。
(事前に情報を得ているというのもいいことばかりではないな)
先入観から、ギルは自分でも必要以上に警戒しているのだと分かってはいる。
ラドリアスを見ても、なんならロザーナにしてもまるでいつもと変わらない。
ラドリアスは恐らく普段の自分を演じているはずだ。
ロザーナは、たぶん天然なのだろう。
しかし自分はそのどちらにもなることはできない。
【村全体が盗賊である可能性】という言葉に引きずられ、どうしても気を張り詰めてしまうのだ。
と、宿屋の入口の手前でラドリアスが馬を止めた。
「どうかしましたか?」
宿屋の外壁の一点を見つめるラドリアスに、ギルは不思議そうに声をかけた。
「ギル君はあれを見たことがあるか?」
そう言ってラドリアスが指し示す先の外壁には、丸と十字を組み合わせ、それを丸で囲ったような印が書かれていた。
「いえ、見たことありません」
それは確かに、初めて見るものであった。
誰かの落書きのような代物だが、それが本当にただの落書きであればラドリアスの注意を引くようなことはなかっただろう。
「あれは何なんですか?」
そんな素朴な疑問はその場では答えをもらうことができなかった。
「恐らく、だが、今回の件を理解したよ」
中で話そう、そう言ってラドリアスは馬を降りると脇目もふらずに宿屋の中へと入っていった。
「俺達も、行こうか」
何が何なのかよく分からないギルは、自分と同じ状態のロザーナと一緒に、宿屋へと入っていく。
日が沈み始め、村の中も暗くなり、宿屋の前には誰もいない。
宿屋の中からは予想外の客を迎える主人の喜び声が響き、直後、鞘から剣が抜かれる音が聞こえたのであった。




