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イシュト大陸物語 ~終着の地~  作者: 明星
赤髪の魔女
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第12話

ギルの呼びかけに対して、仮面の人物は微動だにしない。

「アッシュ、どういうことかと、聞いている」

隊士達も、ヘルマンも皆、その視線は仮面の人物へと送られている。

隊士の中にはすでに武器を抜いている者もいるが、隊士3名が一瞬のうちに殺されてしまったという事実が、攻撃することを躊躇わせているようにであった。

「アッシュ!」

ギルはヘルマンが自分を呼んでいることにようやく気づいた。だが、何をどう伝えればいいのか、全く分からない。

「ねぇ、ヴェラ、なの?」

そう言うのが精一杯なギルが近づこうとすると、仮面の人物は無言のまま、短剣の先端で隊の後方を指し示した。

その動きに、皆が一斉に後ろを振り向く。

だが指し示すその方向はただ闇に包まれており、何の音もない。

「消えました!」

隊士の声で慌ててギルが振り返ると、もうそこには誰もいなかった。


「逃がすな、追え」

ヘルマンの指示で2班、6人が駆け出す。

「駄目です、見つかりません!」

2つの松明が周辺を照らしているが、すでに仮面の人物の姿はどこにもないようであった。

「森の中に逃げたのかもしれない」

気をつけて探せ、とヘルマンが叫ぶ。

「左右に分かれます!」

と隊士の声の後、しばらく草木を分け入る音が聞こえてきたが、その後はまた静寂が訪れた。

「アレのことを、お前は知っているのか?」

辺りの闇は深く、深追いするべきでないことはヘルマンも理解しているはずだ。

だがすでに3人の隊士が殺されている。

隊長として、討伐隊として、仮面の人物をこのままにしておくことはできないのだろう。

「アッシュ、お前は、アレが何なのか、知っているのか」

ヘルマンが苛立たしげに声を上げ、呆けているアッシュの肩を掴んだ。

「アレは、あの人は」

どう答えるべきなのだろうか。

あれがヴェラだという確信はない。

たがヴェラである可能性は否定できない。

もしもアレがヴェラなのだとしたら、それは呪われた島と呼ばれているところから来た、大昔から生き続けている人間であり、身に付けているのは竜の素材で出来た特殊な武具で、様々なことを視ることができるという特殊な力を持った人間。

そんなことを伝え、果たして信じてもらえるのだろうか。

もし信じてもらえたとしても、それ以上の説明ができない。

なぜ今ヴェラが現れ、ここで討伐隊を襲ったのか。それが全く、ギルには分からない。

分からない事が多すぎるこの状況で混乱しているギルは、それでも伝えなければならないことを必死で絞り出した。

「ヘルマンさん、隊の方を呼び戻してください。あの人が俺の知っている人なら、あの人には全て視えているんです」

今、隊を分断させてはいけない。

暗闇など、ヴェラにはなんの意味もない。

戦いにくい状況も環境も、ヴィラにとってはなんの障害にもならない。

そんなことを伝えながら、それでもギルはアレが本当にヴェラなのかという疑念を捨てきれずにいた。

「見えている、というのはどういうことだ」

暗闇の中でも目が見えるということか、とヘルマンがギルに詰め寄る。

「いえ、違います」

だがどう伝えればいいのか、とギルは頭を抱える。

あれがヴェラなら、視えているのは全てだ。それはこれから起こりうることも含めた、全てと言っていいはずだ。

だがそれを正確に伝えるにはどう言葉にすればいいのだろうか。

「違うんです、ヴェラに視えているのは」

ギルが言いかけた時、隊の遥か後方から叫び声が聞こえた。

「助けに向かえ」

チッと短く舌打ちをし、ヘルマンは数人の隊士に指示を出す。

隊士達は荷馬車から松明を外すと、後方に向かって駆け出した。

「俺も、行きます」

ロザーナはここに、と言い残してギルも隊士に続いて駆け出した。

複数の叫び声が聞こえてくる。隊の後方から、恐怖にまみれた、若い隊士達の叫び声が。

先程仮面の人物が指し示したのは、この場を離れた若い隊士達のことだったのだ。

その若い隊士達が今、魔女に襲われている。

聞こえ続ける叫び声は、必死に助けを求めるものへと変わっていく。

だが速すぎる、とギルは走りながら疑問に思った。

たとえ森の中を通って後ろに回り込んだのだとしても、それはあまりにも、速すぎるのだ。

隊の一番後ろにあるギルの荷馬車、そこまで走ってきたギルは一旦速度を落とした。

若い隊士達は暗闇に紛れる為、松明を持たずに逃げていた。

その為ギルの荷馬車より後ろは完全なる闇で、先行した隊士が持つ2つの松明の明かりだけが暗闇の中にぽっかりと浮かび、わずかに周辺を照らしている。

それ以外は何も見えず、既に何の音も、声もしていない。

仮面の人物はまた森の中に隠れたのかもしれない。

ギルは慎重に、一歩一歩進んだ。

そして、足に、何かが当たった。

しゃがんで手で触れてみると、それはすでに事切れた隊士だった。

「駄目です。皆、殺されていました」

引き返してきた隊士が無念そうに呟く。

「アントンさん達と同じように、頭を一突きにされて、皆、死んでいました」

ギルは視界が大きく歪むような気分になった。

ギルの知っているヴェラは、決してそんなことをするような人間ではない。

アレはヴェラではない、そう思いたい。

だが身につけているものはヴェラのそれで間違いがない。

ではヴェラは既に何者かに殺されており、装備を奪われてしまったということだろうか。

だが(そんなことはありえない)とギルは思う。

様々なことが視えるヴェラが殺されるなど、想像することができない。

それは幼少期に何度も手合わせしたギルがよく分かっている。

あの頃どれだけ手合わせをしても、一度も攻撃が当たることはなかった。全て視られているギルの動きでは、いつまでもヴェラに届くことはなかったのだ。

だがもしもアレがヴェラで間違いないとしたら、なぜ、意味もなく討伐隊を、それも片っ端から、殺すようなことをしているのか、全く、意味が分からない。

直後、再び隊の前方が騒がしくなった。

ギルと隊士達はまた先頭へと駆け出していく。

「また、殺された」

先頭に集まる隊士の口から言葉が漏れる。

アントン達の死体の少し先にはまた1つ、松明が落ちている。

その明かりのそばに横たわる死体は、先程森の中に入っていった隊士のものだった。

「魔女が、引き摺ってきやがった」

隊士が忌々しそうに叫ぶ。

「後方に避難していた隊士達も、全員殺されていました」

確認してきた隊士が隊長であるヘルマンへと報告する。

だが、やはり速すぎるとギルは思う。

後方での騒ぎが収まってから先頭で騒ぎが起きるまで、あまりにも速すぎた。それに、静かすぎたのだ。

「後方にて、森の中へ逃げる魔女の姿を確認しました。ですが、気のせいかもしれませんが」

隊士が何かを言いかけた瞬間、その隊士の側頭部に短剣が突き刺さった。

それは街道の横の、森の中から投げられたものであった。

「警戒!」

ヘルマンが叫ぶ。

皆が短剣の飛び出してきた方を向き、武器を構える。

「ロザーナは後ろに下がって」

そう言ってギルはロザーナを自分や隊士達の後ろへと置いた。

しばしの静寂。それは完全なる静寂だった。

何も、起きない。

いつ森の中から魔女が飛び出してくるのか、隊士達は気を張り続け、荒い呼吸をしている。

「耐えられそうに、ありません」

隊士の1人が吐いた弱音に、誰も何も返さない。

短時間のうちに、あまりにも色々なことが起きたせいで、隊士達の精神は限界を迎えているようだ。

と、不意に後ろからくぐもった声が聞こえた。

皆が慌てて振り返る。

声の正体はロザーナだった。

仮面の人物が、ロザーナの首を後ろから締め付けていたのだ。

「どうして、そっちから」

森の中からは何の音もしなかった。しかし仮面人物は短剣の投げられた方向の反対側から現れた。

訳が分からない、それはもうギルだけの感情ではなくなっていた。

森の中で、誰かが、何かが動いたような音などしなかったのだ。

にも関わらず、どうして仮面の人物は後ろから現れたのか。

分からない。

「隊長、俺はもう、駄目です」

恐怖に耐えられなくなった隊士が前方へ向かって駆け出した。

それに何人かが続き、その場に残ったのはヘルマンとギル、そしてわずか5名の隊士だけであった。

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