第11話
その後、隊士達は村の中を巡回する者と魔物の死体を片付ける者とに分かれた。
魔物の死体は時間が経てば黒い粘液へと変化する。
外で殺した魔物の死体なら放っておいても構わない。粘液に変化したところで、しばらくすれば雨が洗い流してくれる。
しかし家の中で殺した魔物の死体はそうもいかない。
街に避難している村人達が村に戻ってきた時、家の中が黒い粘液まみれでは生活を再開することができない為、家の中にある魔物の死体を外へと放り出しておかなければならないのだ。
一度しか魔物と戦っていないギルとロザーナに大した疲労はない。そのため二人は巡回ではなく片付けの仕事へ志願した。
どれだけの時間で粘液へと変化するのか、はっきりしたことは分からない。
ギルは少しでも多くの死体を外へ運び出そうと奮闘していた。
「そのまま死体が残るよりは、いいんでしょうけどね」
隣の家で魔物の死体を片付けていた隊士と目が合うと、隊士はそう言って苦笑いを浮かべた。
「確かに、大量の死体がその場に残る方が、問題は多いでしょうね」
腐敗した臭いはこびりつき、腐乱した死体の片付けなど今以上に手間が掛かることだろう。
家の中にあった最後の死体を放り投げながら、ギルはそう返した。
「とはいえ、さすがにこれだけの数がいると愚痴をこぼしたくもなりますがね」
そう言って隊士はまた、家の中へと入っていったのだった。
地面に横たわる魔物の死体を見下ろしながら、ギルは昨日ヘルマンから聞いた「魔物がどこで生まれ、どこから来ているのか」と言う話を思い出していた。
その話はギルにとって非常に重要な情報だった。
他の者達からすれば、魔物がどこで生まれているのかなど気にするようなことではないだろう。
どこから来ているのかも、身の安全のために知っておけば役に立つ程度の情報だ。
しかしギルにとってこの情報は、その言葉以上に重要な意味のあるものであった。
魔物がどこで生まれているのか、正確には「何から」になるが、それについてギルは知っている。
魔物は「黒い竜」を起源としている。
遡れば、黒い竜はもともとはこの大陸にいた。
その時生まれていた魔物は、当時悪魔と呼ばれていた。
そして黒い竜がイシュト大陸へと移動し、この大陸から徐々に悪魔は姿を消していった。
それが今になって再び魔物として数を増やしているのは、姿は違えど「黒い竜」という存在であるカティナがこの大陸へとやってきたからに他ならない。
イシュト大陸で、少女の姿をしたカティナも「黒い竜」同様に無数の魔物を生み出すことができた。
それはヴェラが教えてくれた昔話のお陰で、知っている真実だ。
そしてそのカティナを探すことが、ギルが旅を続ける理由である。
そのカティナが今いる場所、それは聖王都よりもまだ西で間違いないだろう。
そう思えるのはヘルマンから予期せず手に入れることができた「魔物は西からやってきており、西に行けば行くほど強くなる」という情報のおかげだ。
弱い魔物は地方へと流れ、強い魔物はその場に留まるというヘルマンの話が正しければ、魔物達の流れを遡った先にカティナがいるということになる。
そして、とギルは額に浮かんだ汗を拭って深く息を吐いた。
それまで不確かだった魔物の出処が、今は西から来ていると特定されるほど統一されているのであれば、カティナはもう移動するのを止め、一箇所に留まっていると考えて間違いないだろう。
もともと西に向かうつもりであったが、これで向かう方向は間違いないと言う確信を得ることができた。
たまたま参加した作戦であったが、こうして討伐隊に関わることがなければ知ることのなかった情報だっただろう。
これまであまり他者と関わらずに旅を続けてきたが、これからはもっと関わってみようかと、ギルは思ったのだった。
「魔女、いなかったね」
他の場所で死体を片付けていたロザーナがギルを呼びにやってきた。
ヘルマンが呼んでいる、ということでギルとロザーナは死体の片付けを止めて村の入口に向かって歩いている。
「人間がいたような形跡は、どこにもなかったな」
魔女が魔物を操っている。
そんな噂もあるが、少なくともこの村に魔物以外の存在がいた形跡はなかった。
もしかしたら既にヴェラが倒してしまったのかもしれない。
あの日、ヴェラが旅立ったあの日。
ヴェラは赤い魔女を探すと言っていた。
その噂が自分に飛び火しない為に、そして魔女からカティナへと繋がる情報が手に入ることを期待して。
だがその後も赤い魔女の噂は増える一方だったし、カティナが見つかったというヴェラからの連絡もない。
あの後ヴェラがどこを旅し、何を得たのか。
ギルにはそれを知る術がない。ロザーナのことにもヴェラが絡んでいると思っているが、まだなんの確証もない。
西へ向かう道すがら、ヴェラのことについても情報を集めようとギルは思ったのだった。
「でね、結局私は何もできなかったんだよ」
ギルが考え事をしている間に、ロザーナは話を続けていたようだ。
それが何の話なのか問い直すと、ロザーナは頬を膨らませながらだが答えてくれた。
「だからね、魔物の死体の話。頑張ろうと思ったけど、重たくて私一人じゃ持ち上げることしかできなかったの」
ロザーナの服が黒く汚れているのは魔物を抱えた結果なのだろう。
結局ロザーナは隊士と2人掛かりで魔物の死体を運び出すことになったのだそうだ。
(力はあるのだと、思っていた)
素手による攻撃の威力を見る限り、ギルはロザーナの強さはその筋力なのかと思っていた。
きっとその筋力は、人ではない人間になったことで手に入れた力なのだろうと。
しかし、ロザーナは魔物の死体を持ち上げることしかできなかったと言う。
ギルにとって、ゴブリンのような小型の死体を持ち運ぶことは1人でも容易だった。
だがしかし、素手で一撃で人を殺すようなことはできない。
ロザーナについてまた分からない事が増えてしまったな、とギルは息を吐いて頭を掻いた。
「あとはもう休んでいてくれて構わない」
魔物の片付けが一段落し、周辺を巡回したら帰路につくとヘルマンは言った。
「これだけ騒がしくしたにも関わらず何も起こらないということは、恐らくもうこの周辺に問題となるようなものは残っていないはずだ」
ヘルマン自身、馬に乗り村の外周を回ってきたそうだが、もうどこにも危険になりそうな要素はなかったらしい。
そうしてやるべきことを終えた一行は、村を立ったその日の夜は森の入口で野営をした。
そして翌日、また1日をかけてあの長い森を抜けることになる。
一行は作戦を終えたことで安心しており、談笑しながらゆっくりと進んでいく。
疲労や怪我のせいもあるのだろう、その速度は行きよりもずっと遅かった。
「それならば、聖王都の討伐隊を訪ねるといい」
隊の一番後ろについているギルとロザーナの荷馬車に並んで、ヘルマンが馬に乗って進んでいる。
辺りはすでに暗くなり始めており、隊の先頭はもう明るく光る松明のみしか確認できない。
ギルはヘルマンにこれからどうするのかと聞かれ、人を探すために西に進むと答えたところ、ヘルマンから有り難い申し出を受けた。
「討伐隊ならば様々な情報が集まってきているはずだ。何かしら、その探し人の情報も手に入るかもしれないぞ」
これまで情報の類は全てカーマイン商会に頼ってきた。
商人ならば知っている話、商人だからこそ知っている話、そんな話に随分と助けられてきたのは事実だ。
しかし、当然情報に偏りはできてしまう。
これまであまり関わることをしてこなかった討伐隊からも情報がもらえるのであれば、それはギルとしても大変にありがたいことだった。
「紹介状を用意しておこう。それならば無碍にされることもないだろう」
日が落ちれば森の中は一気に暗くなる。
話をしているうちに、辺りは一層暗くなり、既に相手の表情が見えにくくなるほどだった。
ギルは極力明るい声で感謝の言葉を伝えた。
「っと、何か、あったか」
ふと、森の中を進む隊の先頭の松明が動かなくなった。
それから順番に松明の明かりが止まり、ギルも前の荷馬車の動きに合わせて荷馬車を止めた。
「どうしたというのだ」
ヘルマンは目を細め隊の先頭を見ている。
ギルも同じように目をやるが、隊の先頭は遠く、暗く、よくは見えない。
次第に先頭が騒がしくなり始め、「ピーッ」と暗闇の中に笛の音が響いた。
ヘルマンは無言で馬の腹を蹴り、隊の戦闘へと駆け出した。
「どうしたんだろうね」
ロザーナが荷台で心配そうにしている。
少しして、複数の慌ただしい足音が聞こえた後、姿を現したのは若い隊士達だった。
「魔女が、現れたようです」
若い隊士達は少し混乱している。
「僕達は、このまま暗闇に紛れて、来た道を戻るようにと言われました」
若い隊士達の中には怪我をしている者もいる。
暗く、狭いこの森の中の街道で出したヘルマンの指示は間違っていないだろう、とギルは若い隊士の言葉に頷いた。
「それと、隊長が、お2人を呼んでいます」
そう伝えると、若い隊士達は「お気をつけて」と言い残して後ろに広がる暗闇へと姿を消したのであった。
何台もの荷台の間を通り抜けて、ギルとロザーナは隊の先頭へと到着した。
「アッシュ、アレは一体、どういうことだ」
ヘルマンにそう聞かれる前から、ギルは既に混乱していた。
集まる隊士を掻き分けた先にあったのは、地面に横たわる3人の隊士の姿だった。
その隊士達は皆、頭を一突きにされて死んでいた。
その中の1人は、手合わせで一番初めに出てきた男、アントンだった。
彼らが持っていたであろう松明は地面に落ち、その明かりがわずかに周辺を照らし出している。
その明かりが浮かび上がらせているのは、ギルと同じ格好をした、赤い髪の人物。
灰色の外套を纏い、灰色の鱗帷子を身に着けたその人物は老人を模した奇っ怪な仮面をつけており、一見すると男か女かも分からない。
その両の手には歪な形の短剣が握られており、知っている者が見れば、それが竜の爪を使って作られた短剣だと気がつくだろう。
そんなはずがない、とギルは冷えた頭とは反対に体が熱くなるのを感じた。
たとえこんな場所で会うことがあったとしても、こんな状況で会うはずはない。
地面に横たわる隊士を殺したのが、仮面の人物のはずがない。
あなたが、赤い魔女であるはずがない。
だからギルは否定の気持ち込めて、その名を呼んだ。
「ヴェラ?」と。




