第8話
「なに、そんなに大げさなものではないよ」
とヘルマンは言う。
「明日に備えての準備運動のようなものだ」
怪我をしては元も子もない為、木剣を使った軽い模擬戦のようなものだとヘルマンは笑った。
ギルとしては、自分が戦うことに問題はない。
だが彼女は、とギルはロザーナへと振り返った。
万が一黒い血を流すことになってしまっては大問題になってしまう、とギルはロザーナが手合わせに参加することには不安を覚えた。
提案にギルが答えられずにいると「どうした」とヘルマンは不思議そうな顔をしている。
何か戦えない理由があるのか、とその目が訴えかけてきているようだ。
「実はあの日君達が帰ったあと、狒々の頭は皆に大人気でな」
昨日今日と何ともない体でいる隊士達は、内心ギルやロザーナに話を聞きたくてしょうがないのだ、とヘルマンは呆れたように言う。
「だがなかなかこちらから話しかけることができないようでな」
討伐隊士からすれば、その実力を買われ飛び入りで作戦に参加することになった異例の存在であるギルとロザーナは少し遠い存在のようらしい。
特に若い隊士などは萎縮しており、遠慮からなのか一向に話をしに行こうとしないのだ、とヘルマンは尚も呆れていた。
「それは、驚きました」
まさか自分達がそんなふうに見られているとは思っていなかった。
討伐隊の中の人間と外の人間。
そこに生まれる見えない壁のようなものがあるだけだと、周りの人間の態度を特に気にすることもなかったのだ。
「まぁそういうこともあってな、この手合わせで2人の実力を皆に見せてやってもらえれば、彼等にも参考にできるところがあるのではないかと思ってね」
手合わせをすればそこから話をするきっかけにもなるだろう、というのがヘルマンの考えのようである。
これから討伐隊を背負う若い隊士達の為にも頼む、とヘルマンは軽く頭を下げた。
ギルは再度ロザーナへと振り返る。
万が一の事の重大さはロザーナも理解しているはずだ。
ロザーナが嫌がるのであれば手合わせには自分だけが参加しようと思った。
しかし。
「えっとね、たぶん、大丈夫だよ?」
とロザーナは特に何かを気にしている様子はない。
ロザーナが大丈夫だというのであれば、ギルの心配は杞憂なのだろう。
これまでに2度だけであるがロザーナの戦う姿は見た事がある。
バリー達に襲われた夜と狒々との夜に、だ。
共に夜の暗闇の中、はっきりと見えた訳では無いが、それを見た限りではギルは自分でも勝てる気はしていなかった。
「分かりました、参加します」
そう言ってギルは自分の外套をロザーナへと渡した。
外套の頭巾を頭から被れば、もしも木剣がどこかにあたっても無傷で済むはずだ。
これで万が一に対しても心配する必要はなくなる。
ヘルマンに案内され、隊士から木剣を渡されたギルはすでに出来上がっていた隊士達の円の中へ進んだ。
「待ってましたよ、と」
そう言って出てきたのは隊士の中でも1番体の大きな男だった。
声は大きく、1番歳をとっているようにも見える。
ギルは渡された木剣を何度か握り直しながら縦に、横にと振った。
その重さは、日頃使っている斧槍よりも少し軽いくらいだろうか。
(これなら、いつもと同じ感覚でいけそうだ)
ギルは木剣を左斜め下に構え、軽く膝を落として溜めを作った。
ギルは自分の武具に絶対の信頼を置く、そんな真っ直ぐな戦い方しか知らない。ヴェラからもそんな戦い方しか教えてもらっていない。
相手との距離を計る最中、ギルは木剣と対して変わらない重さの斧槍を改めて不思議に思った。
(当たれば殺せる)
それがあの、鉱石とも金属とも分からない素材で作られている斧槍。もとはイシュト大陸の山奥で羊頭の魔物が使っていた長物を片手用に調整したもの。
斧槍があったおかげで今日まで無事に旅を続けてくることができたのだ。
とはいえ、イアンの村ではゴブリンに不意をつかれ、こちらからの攻撃が避けられることも多く、結局取り逃がしてしまった。
それに、バリーに殴られた時には恥ずかしいことに斧槍を手から落としてしまった。
まだまだ自分は未熟だと思う。
だがしかし。
(正面からの戦いは一撃で終わらせる)
開始の合図とともに、ギルは体勢を低くし、強く地面を蹴って飛び出したあと、相手の木剣目掛けて思い切り自分の木剣を振り抜いた。
高い、乾いた音が響き、男の持っていた木剣が宙を舞う。
真っ直ぐに、より強く、より速く、より鋭く。
ただそれだけを目指してきたギルの剣は、男が反応する暇を与えることなく勝負に決着をつけたのであった。
「あー、まいった」
一瞬何が起きたのか分からないような顔をしたあと、男は苦笑を浮かべ、両手を上げながら後ろへと下がっていく。
「さぁ、俺が負けちまったからには、どいつも気にすることはねぇ」
若い奴らも挑戦してこい、と男は声を張り上げる。
その声につられ、それまで後ろへ下がっていた若い隊士達がおどおどと前へ進みだしてきた。
それから数人を相手にしたが、その全ての手合わせでギルは先程と同様に一太刀で相手の武器を弾き飛ばして終わらせた。
相手に攻撃する時間を与えない。反撃する暇を与えない。
子供のころにヴェラから教わったのは終始そんな戦い方だけだったのだ。




