第7話
それから2日後の昼を過ぎた頃、宿に討伐隊からの迎えが来た。
「アッシュさんと、ロザーナさんですね」
迎えに来てくれた隊士はハンスと名乗り、カールよりいくつか歳をとっているように見える。
先日のカールとのやりとりから、もしかしたらすでにギルについての何かしらの話がされているのではないかと勘ぐってしまったのだが、どうやらその心配はなさそうだった。
挨拶を交わしたあと少し話をしてみたが、ハンスはギルとロザーナのことを何も知らされていないようなのだ。
ギルがハンスにカールから自分達のことをどう聞かされているのかと訪ねたところ、その答えはあっさりしたもので「腕利きの2人」としか聞いていないということだった。
ギルはカールが口の軽い人物でなかったことに安堵した。
作戦の立案を任されるほどの人物なのであれば、周りからも信頼される人柄なのだろう。
次に会った時には先日の態度を謝罪しようとギルは思った。
ハンスが言うにはすでに討伐隊は出発しており、夕方には野営地で合流できるだろうとのことだった。
今日は森の手前で野営し、明日明るい間に森を一気に抜ける計画になっているらしい。
その後森を抜けたところで野営をし、翌日に村へと向かい魔物を討伐するのだそうだ。
順調にいけば片道3日ほどかかるらしく、野営をする場所や村の調査は事前にカールによって行われ、その結果に基づいて計画が立てられているらしい。
そして今回通る街道は、もともとが村と街を結ぶ街道であり、途中危険と言えるような場所はなく、今回のようなことがなければ普段は人通りもそれなりにあるのだそうだ。
整備された街道は、多少不安のある森を抜けさえすれば後は馬に任せて進むだけで大丈夫なほど安全らしい。
「だから俺達ものんびりといきましよう」
とハンスは言う。
「気を引き締めるのは村についてからで十分ですよ」
と、これから魔物討伐に赴くとは思えないほどハンスは落ち着いている。
ギルとロザーナの荷馬車に速度を合わせ、ハンスはゆっくりと馬を進めるのであった。
ギル達が討伐隊に合流したのは日が暮れる直前だった。
到着した時には野営地はすでに完成しており、隊士達が思い思いに自分の時間を過ごしていた。
どうやら討伐隊も荷馬車を使っているらしく、見渡したところその数は8台あった。
野営地の外周に荷馬車を置き、馬や自分達を守るための盾とする配置で野営地が組まれている。
その内側で焚き火を囲い暖を取る者、食事を済ませている者、談笑する者など、野営地の中の空気も実に穏やかなものであった。
その間を通り抜けながら、唯一設置されている小さい天幕へとハンスは進んでいく。
ギルの操る荷馬車はそれについていき、馬から降りたハンスの案内で天幕の中へと入った2人を歓迎したのは髭を生やした男だった。
「おお、きたか」
ハンスに案内された先は、隊長であるヘルマンの元だった。
「急な話ですまなかったな」
だが助かった、とヘルマンはギルの肩を叩くと口角を上げた。
「実に良い時に面倒事を持ち込んでくれた」
面倒事、というのはマシューのことなのだろうが、ヘルマンに不満な様子はない。
「なにか事情があると、伺いましたが」
ギルとロザーナの2人は簡単に自己紹介を済ませ、身元の分からぬ自分達を作戦に組み入れ、カールと巡回隊士であるラドリアスを作戦から外した経緯を聞いた。
「ああ、それはな」
とヘルマンは頭を掻く。
ヘルマンが言うには、巡回隊士であるラドリアスが作戦に参加することが煩わしかったのだということだった。
「いや、彼がいてもいなくてもやることは一緒なんだがな」
普段地方の討伐隊で気楽にやっているのに聖王都から来た巡回隊士に見られながらの作戦というのは肩が凝って仕方がない、とヘルマンは眉間に皺を寄せている。
「体の疲れはいいのだがな、どうにも精神的にしんどいのはなぁ」
そう言われ、「確かに」とギルは先日のマシューとの街までの数日間の旅を思い出した。
「まぁカールの立てた作戦ならば間違いはないだろうし、ラドリアス殿もただついてくるだけなど退屈だろうよ」
ヘルマンはそんなことを言いながら小さな天幕を出ると「整列!」と大声を張り上げた。
その掛け声に合わせて、隊士達が駆け足でやってくる。
あっという間に6人5列に整列すると一気に空気が張り詰めたような感覚があった。
「この2人がアッシュとロザーナだ」
総勢30名の隊士達に向かってヘルマンが2人を紹介をした。
「たった2人で巨大な狒々を討伐した力を見込んで参加してもらった。だが基本的に本作戦は我々の力だけで完遂する」
では解散、と紹介自体はあっさりしたもので、その後隊士達との交流をということもなく、ヘルマンの合図で皆またそれぞれの場所へと戻っていった。
「明日は我々の後ろをついてくるといい」
よろしく頼む、そう言ってヘルマンも天幕へと戻っていった為、ギルは荷台にロザーナを乗せて空いている場所へと荷馬車を移動した。
「どうかしたの?」
ロザーナは荷台の上で新しく買った毛布を抱えながらギルに声をかけた。
夕食の準備をしながら、またいつものようにギルは何かを考え込んでいるようなのだ。
「うん、少し気になることがあってね」
巡回隊士であるラドリアス、そのラドリアスという名前を初めて聞いた時から、ギルには聞き覚えがあるような気がしていた。
だがその古めかしい名前をどこで聞いたのかが思い出せない。
街で聞いた誰かの名前、そんなものではなく、何か重要な名前だったと思うのだが、それをどこで聞いたのか思い出せないのが気持ち悪かった。
「でも、いいんだ」
食事にしよう、とギルは手際よく調理した質素な夕食をロザーナに差し出したのであった。
翌日、馬に乗った隊長のヘルマンを先頭に一行は森の中を進んでいく。
ハンスが荷馬車に乗っているところを見るとヘルマンが乗っているのは昨日ハンスが乗っていた馬なのだろう。
日が沈む前に通り抜けるという森はなかなかに広そうであった。
道は踏み固められて、木々が邪魔をするようなことはない。だが朝に出発をして随分と進んだが、未だ森の端は見えてこないのだ。
これまでの平野と比べ、夜間にこの森を通り抜けるのは危険に思えた。
しかし土地勘のないギルとは裏腹に、討伐隊の面々は今日も和やかな雰囲気で進んでいく。
その光景はギルとロザーナに十分な安心感を与えたのであった。
そんな森をようやく抜け、しばらく進んで空が暗くなり始めた頃、野営予定地へと到着した。
昨日と同じように野営が組まれ、皆が落ち着いた頃にギルとロザーナはヘルマンに呼ばれた。
「隊士達との手合わせをお願いできないだろうか」
天幕へと来た2人を見るやいなや、ヘルマンはすまないがと前置きをしてそう言ったのだった。




