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イシュト大陸物語 ~終着の地~  作者: 明星
赤髪の魔女
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第4話

ギルが部屋を出て隣の部屋の前を通ったとき、開きっぱなしの扉の奥にはもう誰もいなかった。

マシューは自供後すぐに部屋を移されたらしい。

しばらくはこの建物のどこかで拘束されることになるのだろう。

廊下を進みながら、カールの言葉に意識して周りを見ていると確かに皆忙しそうにしていた。

物資の数が合わない、必要なものは出発までに揃うのか、武具の点検を怠るな、そんな声が聞こえてくる。

「誰か俺の剃刀知らないか?」

中にはそんな間の抜けた事を言っている隊士もいるが、概ね皆これからの仕事に向けての準備に慌ただしく動いていた。


「お腹が空いたね」

討伐隊の建物から出ると不意にロザーナが呟いた。

そういえば、とギルはこの日昼食を抜いたまま討伐隊を訪れたことを思い出した。

夕食にはまだ少し早いが、夕食まで待つには時間が掛かり過ぎる。

そんな中途半端な時間ではあるが、ロザーナが空腹を訴えているのならとギルはこの日宿屋での食事を待たず、外で夕食を取ることに決めた。

荷馬車を操りながら街の中を進んでいく。

辺りはまだ明るく、人通りも多い。

先に宿を取って荷物と馬を預けてから酒場へと向かおう、そんなことを思いながらギルは道行く人々を眺めている。

これまでこんな時間から食事を摂ることに縁が無く、明るいうちから酒を飲む非日常感にギルの頬は少し緩んだ。


「ここでいいかな?」

それは何の変哲もない酒場。

宿屋から歩いていける距離にある、大きめの酒場だった。

ここならば宿屋で出される質素な夕食よりもずっといいものが食べられるはずだ。

ロザーナは大きく頷くと、ギルのあとに続いて酒場の中へと入っていった。

「なんだか今日は、疲れたな」

運ばれてきた酒に口をつけながらギルは大きく息を吐き出した。

肉体的な疲れには慣れている自負はある。

しかし気の合わない者と旅をともにするという、精神的な疲れには馴染みがなく、これまでになかった種類の疲労感にギルは苛まれていた。

向かいに座ったロザーナも初めて飲むという果実酒を恐る恐る口に運んでいる。

「カールさんに聞かれるまで何も考えてなかったんだけど」

これからどうするか、それを決めないことにはいつまでもずるずるとこの街に滞在してしまいそうな気分だ。

一時は旅を終わらせてもいいのかもしれないと、そんなことを考えていたギルであったが今は違う。

ロザーナと一緒に旅をするのであれば、このまま当初の目的であるカティナを探す旅を続けていこうと思えるくらいには気分が保ち直していた。

もちろんその道中で情報を集め、ロザーナのことも解決しなければならない。

どこで産まれ、どこから来たのか。

それに無くしてしまった過去の中には親しい誰かがいたのかもしれないのだ。

「次は西に向かおうと思ってる」

ギルは運ばれてきた料理を口に運ぶ。

東に向かえば来た道を戻ることになる。そこには何も新しいものはない。

南には山が連なり過酷な旅になるだろう。今わざわざそんな旅をする必要を感じない。

では北か、と最初は思った。

以前カーマイン商会を訪れた際に魔物の襲撃と共に赤い魔女が現れたという話を聞いていたからだ。

もしかしたら、赤い魔女を追っているヴェラに会えるかもしれないと思った。

しかしあれから日数も経っている。

まだヴェラが近辺に留まっている確証はないし、もしいたとしても向こうに会う意志がなければこちらからどれだけ探しても無意味だろう。ヴェラはいろいろなことが視えているのだから。

詳しい近況はまたカーマイン商会に寄った際にでも聞けばいいのだが、どちらにしてもやはり北に向かう理由もない。

そうなると、とギルは結局西に向かうしかないような気がした。

イアンの村では保護しなければならない者がいる状態で知らない場所を訪れることに抵抗があったが、ロザーナ自身が戦えると分かった今、何も気にすることなく更に先へと進めると考えたのだ。

あの村でロザーナに出会い、一旦来た道を引き返すことにしたが何も収穫はなかった。それならば、逆の方角へ進むことこそ、ロザーナの正体に近づくことができるのではないだろうか、とギルは考えた。

酒を飲み、料理を口に運ぶ。

そしてギルはロザーナに自分の考えを伝えた。

「この街でも、マシューさんの村でもロザーナの記憶の手がかりはなかっただろ?」

だから今度は西に向かおう、と。

ロザーナはギルの考えに反対することなく「分かったよ」とだけ答えた。

ロザーナの意見も聞くべきだっただろうか、とロザーナの反応にギルは少しの後悔を覚えたが、それは杞憂だった。

目の前のロザーナは黙々と食事を口に運び、果実酒を飲む勢いも増している。

好きなだけ食べていいよ、と言ったギルの言葉にロザーナは目を輝かせ、あれもこれもと注文していたのだ。

考えてみれば、とギルはそんなロザーナを見ながら再度酒を口に運んだ。

ロザーナと一緒に旅をするようになってから、ここでの食事のような、所謂まともな食事というものをほとんどしていなかったような気がする。

1人の時には食事の質など意識することがなかった為、ギルはまた無意識のうちに自分の習慣に付き合わせていたのだと、この時ようやく気がついた。

「ねぇ、ロザーナ」

呼ばれて口いっぱいに食べ物を頬張るロザーナがギルを見る。

「これからはこうして美味しいものを食べて、楽しい旅にしていこう」

ロザーナを見てギルはついつい微笑んでしまう。

口がいっぱいだからか、ロザーナは大きく頷いてからまた口を動かし始めた。

ギルはその様子を酒を飲みながら見ている。

見られていることに少し恥ずかしそうにしながら、食べ物を飲み込んだロザーナは笑いながら言った。

「ギルとなら、どこでだって、何だって楽しい旅になるよ」

きっとね、とロザーナは笑った。

そうして次の目的地が決まった。

決まったのなら逆に、少しくらいならこの街でのんびりしてもいいかもしれないと、そんなふうにギルは思った。

これまでカティナを探すという取り留めのない目的の為にずっと旅をしてきた。

見つけてみせるという気持ちと、どうせ見つかりはしないという気持ちは常に同居していた。

それでも旅をする中で出逢う様々な出来事、その新鮮さだけが心の支えになっていた。

しかしそれもいつからか漫然としたものになってしまっていた。

そんな中出会った、ロザーナという人物。

「これでまた、旅を続けることができるよ」

早々に食事を終えたギルは、まだ食事を続けるロザーナを待ちながら、気がつけばどんどんと酒を飲んでいた。

それは心地の良い酩酊感で、ギルは頬が緩んで仕方なかった。

「君に出会えて、本当に良かったよ。ロザーナ」

ギルは独り言のように呟き、だんだんと重くなる瞼に抵抗することを諦め、いつの間にか机に突っ伏したまま眠ってしまっていたのだった。

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