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イシュト大陸物語 ~終着の地~  作者: 明星
赤髪の魔女
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第3話

カールが持ってきたのは少し甘みのある温かいお茶だった。

依頼や訓練の後によく飲むんですよ、と言いながら差し出されたお茶を口に含むと、ギルは体から少し力が抜けたような気がした。

「ああ、よかった」

とカールが微笑む。

「ずっとここに、皺が寄ってたものですから」とカールは自分の眉間に指を当てた。

そう言われるとそうだったかもしれない、とギルも同じように眉間に指を当てると、その横でロザーナがくすくすと笑った。

「さて、それでは」

話を伺えますか、と言うと「隣でも同じように話を聞いていますので」とカールは言う。

だがマシューが何も言っていない現状で、ギルの口から今回の顛末を話すことは少し憚られた。

実際人攫いの事件自体に深く関わっていた訳では無いギルは、あの村で起きた問題は、その中心人物であるマシューから報告するべきだと思っているのだ。

そのため「すみません、やはり私からはお話できません」とギルはあくまでも成り行きで狒々の件に関わることになっただけだという立場を主張した。

「そうですか」

では、とカールは「隣の部屋の話が終わるまで世間話でもしませんか」と提案してきた。

ギルは少し心配そうな顔をして隣の部屋のある方向へと顔を向けた。

それに気づいたカールが「大丈夫ですよ」と自らも一口お茶を飲んだ。

「今ちょうど巡回隊士の方がいらしてましてね、マシューさんはその方にお任せしました」

世間話でもというのは本心からだったらしく、「ご存知ですか?」とカールは巡回隊士について話し始めた。

巡回隊士とは籍を聖王都の討伐隊に置き、各地を巡りながら情報や状況を確認し、また組織内で不正がないかの確認等を行う隊士だということだった。

「だからですね、話をしたがらない人から聞き出すのも私達よりずっと上手なんですよ」

経験豊富ですから、とカールは笑いながら続ける。

「なんて、本当は別件で隊内が少しばたついてますので、他に人がいなかったというのが大きな理由なんですけどね」

そんな軽口を叩くのは、カールなりに気を使ってくれているのかもしれない。

「カールさんは、ここにいて大丈夫なのですか?」

思い返せば、討伐隊を訪れたとき確かに皆慌ただしそうにしていたように思う。

「ええ、私は戦うのがあまり得意ではないので」

カールは実戦ではなく、その前段階の計画を立てるのが主な仕事なのだと言った。

「今回の件で言えば、もう私の仕事は終わっているんですよ」

ちなみに狒々に関しての計画も自分が作成しました、とカールは言う。

「だからこそ、今私はあなた方がどうやって狒々を討伐したのか、ということに興味があるのです」

隣の部屋は静かなもので、まだしばらく状況は変わりそうにない。

このままぎこちない空気の中過ごすことに居心地の悪さを覚え、ギルはいくつかの事実を伏せてあの夜のことを話し始めた。

村の外からロザーナを見た狒々が興奮していた為、ロザーナの使用していた毛布を被り、狒々を誘き寄せたこと。

そして騙し、傷つけ、呵うことで狒々の怒りを誘い、逃さないようにしたこと。

全ての松明が消えたのを機に、暗闇の中で狒々を仕留められるように動いたということ。

その為には戦いの間松明の明かりで狒々を暗さに慣れさせず、自らは松明を直視しないことで狒々よりも少しでも早く暗闇に目が慣れるよう気をつけたことなどを伝えた。

「面白いですね」

とカール。

何が面白いのかギルには分からなかったが、カール曰く面白い戦い方をしているのだということだった。

「私は人数を揃え、狒々を罠のある場所まで追い込む。そんな戦い方しか思いつきませんでした」

その為、人数と道具、掛かる日数分の食料などを考えるとかなりの金額になったのだということだった。

だからこそ、とカールは続ける。

「わずか2人で倒したということが私にはなかなか飲み込めません」

そんなカールにギルは言った。

「別に私が強いわけではないのです」

狒々に勝てたのはこの武具のおかげなのです、と。

「少し特殊な素材で作られています」

そう言って盾や鱗帷子、そして外套を見せた。ただそれらの素材が竜のものであることは伏せた。

斧槍に関してはギルすらも何で作られているのか分からない。そのことは正直に伝えた。

ギルはカールに盾と斧槍を触らせながら狒々から強烈な一撃を食らったことを話した。

もしもギルの盾が竜の素材のものではなく、普通の木と鉄でできたものであったなら、とっくに壊されていただろう。不意をつかれた蹴りに反応できていたとしても、防ぐことはできなかったはずだ。

この装備でなければ、あの夜死んでいたのは自分の方だったとギルは確信を持っている。

「縁があり、手に入れたこの武具があったからこそ討伐できたに過ぎません」

私の実力などまだまだですよ、とそれは謙遜ではなく本心だった。

と、その時扉が叩かれる音がした。

「隣の話が終わったようですね」

扉を開け、カールが話しているのは巡回隊士と呼ばれた人物なのだろう。その人物はギルの父親ほどの年齢くらいに見えた。

話を聞いたカールは困惑したような表情を浮かべている。

どうやらマシューは観念して全てを話したようだ。

カールが話を聞き終わり、こちらを振り返ったとき、ギルはその向こうにいる巡回隊士と目が合った。

巡回隊士は会釈をするわけでもなく、まっすぐとギルを見ている。そしてわずかに視線がロザーナへと動いたところで扉が閉まったのだった。

「アッシュさん」

とカールは椅子に座ると大きく息を吸い込んで吐き出した。

「マシューさんは村人の代わりに攫ってきた人を狒々に差し出していた、そういう話で間違いないですか?」

ギルはその通りだと頷く。

「まさかそんな話になるとは」

とカールは困った顔をしている。

「アッシュさん達は、この後どうされるおつもりですか?」

しばらく俯き、黙って考え込んだあと、カールは不意に顔を上げた。

「まだしばらく街にいますか?」

これからのことを何も考えていなかったギルは、カールの言葉に少し気圧されながら頷いた。

「この問題、少し時間と人手が掛かりそうなんです」

そう言われても、とギルはこれ以上マシューに関わりたいとは思っていない。

「ああ、いえ、そうではありません」

カールはマシューの件で時間と手間が掛りそうな分、狒々を討伐したギルとロザーナに頼みたいことがあるのだと言った。

「とはいえ独断で決めることはできませんので、またこちらから案内を出してもよろしいですか?」

現状で特に断る理由のないギルは、カールに宿の名前を伝えてその場を後にするのだった。


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