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第5話

それはなんの前触れもなく起きた。

消えたのは普段から素行に問題のある村の娘であった。

その日娘は親と喧嘩をして夜だというのに家を飛び出してしまったそうだ。

とはいえ何もない村。親もしばらくすれば帰ってくるだろうと放っておいた。

しかし翌朝になっても戻らず、村のどこにも娘のいた痕跡はなかった。

村を出ていったのかと心配し、両親は馬に乗り周辺を捜索したが娘は見つからず、生きているだろうという根拠のない希望を胸に娘の無事を信じるしかなかった。

そして日が流れ、ある夜2人目の村娘が消えた。

だがしかし、今回は目撃者がいた。

村娘が体の大きな猿に攫われるのを目撃したのは、その娘と付き合っている男だった。

2人は山に近い村道を歩いていた。そしてその男の目の前で、村娘は攫われたのだ。

男は慌てて家に戻り、父親に報告した。

父親と男は剣と弓、松明を手に取り山へと走った。

攫われて間もないことが幸いし、山の中からは村娘の叫ぶ声が聞こえてきた。

声を追った。暗い山の中を、恐怖に塗れ、助けを求める声を頼りに走った。

いつの間にか声は聞こえなくなっていたが、そんなことは気にせず山道を進んだ。

わずかに残る獣の臭いを追いかけ、折れた木々などの痕跡を探し、必死に追いかけた。

途中父親と男は二手に別れた。

その方が見つかる可能性が高いと判断したからだ。

そして父親は見つけた。

山中の開けた場所で、さんざん弄ばれ、千切られ、剥がされた村娘の死体を。

真新しい死体から少し離れた場所には古い死体も転がっていた。

ほとんど原型を留めていないその死体が身につけている物から、それは以前消えた村娘の死体であることが判明した。

父親は息子のことが心配になり声を張り上げた。

だが息子からの返事はない。

慌てて走り出し、来た道を戻る。

暗い山道を転がるように走り、枝で体を傷つけながら駆け下りた先で、父親は息子に再会した。

息子は大岩の近くで横たわっていた。

その大岩に叩きつけられたのか、様々なものが穴という穴から飛び出した状態で息子は息絶えていた。

どこからか猿の嗤う声が聞こえてきた。

月明かりしかない山の中では猿の、狒々の独壇場なのだろう。狒々は実に楽しそうに嗤っていたのだという。

「その父親が、バリーなのだ」

バリーは狒々の声を聞き、全力で山から逃げ帰ってきた。

そしてマシューに報告し、朝を待って村人数人で山へと入っていった。

バリーと村人達は辺りを警戒しながら息子の死体を回収し、死因は山での事故ということにした。

村娘たちの死体は掻き集めてその場に埋めた。

狒々はその様子を遠くから見ていた。

大きく手を振りながら、楽しそうに嗤っていた。

歯を剥き出しにしながら嗤っていた。

その後、何度か狒々を倒そうと山へと入ったが、狒々はこちらに近づいてはこず、近づこうにも山の中では追いつく術もなかった。

そして、そうこうしている間に3人目の被害者が出た。

やはり同じ場所まで連れて行かれ、まるで子供が虫にそうするかのような残虐性で殺されていた。

マシューはついに秘密裏に討伐隊に依頼を出した。

討伐隊はすぐに来てくれた。

だがすぐに決着がつかない相手が対象となると、提示された金額は僻地の村が簡単に用意できるような金額ではなかった。

金を貯めなければならない。

だがその間にあの狒々がまた来たらどうするのだ、と事情を知る一部の村人達は話し合った。

そこで思いついたのだ、他の村から攫ってくればいいのだと。 

思い返せばそれらは全て満月の夜に起きていた。幸いにも頻度は高くない。

消えても目立たないような人を選べば不審に思われないだろうと誰かが言った。

それぞれの村から1人2人消えたところで、他の村の事情を知らなければ小さな一つの事件に過ぎない。騒ぎは大きくならないはずだ、と。

ここでギルは1つの疑問が解けた。

カーマイン商会が「人攫いが頻発している」と判断できたのは、村々を周り情報を集めている存在だからなのだ。

点と点が結ばれ、線になって初めて、それが「人攫い」なのだと判断できたのだ。

村からほとんど出ることのない人達からすれば起きているのは目の前の出来事だけ。

事実が繋がらなければ、それは事件にはなり得ないのだろう。

それからバリー達は満月が近づく度に女を攫い、山に置いた。

満月の何がそうさせるのか、狒々はその度に女1人を喜びながら弄んだ。

女を縛り、山まで運んだ男達は耳を塞ぎながら山を駆け下りた。

翌日死体を埋葬しに行くと、あまりの有り様に皆涙や鼻水、嘔吐で顔を濡らしながら穴を掘った。

それを見てまた、狒々は嗤う。

遠くで、手を叩きながら嗤うのだ。

「フランクは奴を臆病だと言ったそうだな」

それは違う、とマシューはわずかに震えている。

「あいつは何が危険なのかをよく理解しているのだ」

どこまでなら安全でどこからが危険なのか。誰は安全で誰が危険なのか。

絶対的に自分が安全な状況以外は手を出してこない狡猾なケダモノなのだ、とマシューは言う。

今もこの村は平和などではない。

狒々の僅かな警戒心によって保たれている、非常に危うい日常が今なのだ。

もしもこの村全てに危険を感じなくなれば、狒々はたちまち村に侵入し、喜々として暴れるだろう。

「だから俺は、皆にこの話はしていない」

知れば動ける者はすぐに村を離れてしまうだろう。

村に残されたのが老人や病人だけになってしまえば、狒々の凶行を止めることはできないのだ、とマシューは言った。

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