第3話
「体がこんなにでかいんだよ」
フランクと名乗った青年は両手を上下左右に広げながら、猿の大きさを表そうとしている。
馬を歩かせながらそんなことをするものだから、見ている方は危なっかしく感じたが、当の本人は呑気なものだった。
「俺よりも、いや、バリーさんよりもずっとでかいんだ」と少し興奮気味に話している。
初め、フランクがギルやロザーナにいろいろと質問してくるものだから戸惑っていたら、フランクはほとんど村から出たことがないということだった。
取引の関係で何度か街まで行ったことはあるが、取引が終わればすぐに村に帰っていた為、外のことはあまり知らないのだと。
今回も街へ向かったバリー達一行を羨ましく思っていたところで探しに行けと言われ、意気揚々と村を出たばかりなのだという。
バリー達の行方を聞かれたが、自分達は実際に会っていないので分からないと誤魔化しておいた。
改めて歳を聞くと、フランクはギルよりもいくつか若かった。
そんなものなのかもしれない、とギルは思う。
何事もなければ産まれた場所で一生を終える。その間に得られる情報や経験など、この世の中のほんの一部分でしかないのだと。そう思うと嫌気が差してきていたこの旅も、その一つ一つが得難い経験だったのかもしれない。
ギルが思い耽っている間もフランクは楽しそうに話している。記憶を持たないロザーナも親近感を覚えたのだろうか、フランクに共感しながらとても楽しそうに話をしており、討伐隊というのが嘘だと露見しないかギルは冷や冷やした。
「でさ、あいつは臆病だからさ、村には入ってこないんだ」
そのバリーよりも大きいという猿は、たまに山から降りてきては村の外からこちらを眺めているのだという。
「あいつ、こっちを見ながら笑うんだぜ?」
手を振りながらさ、と何でもないことのようにフランクは言うが、その場を想像するとギルは少し違和感を覚えた。
「村の被害は農作物だけなのですか?」
ギルの問いにフランクは頷く。
「村の外にある畑の農作物をね。だけど全部じゃないんだぜ?」
話を聞く限り、猿による被害はそれほど大きなものではない。
そして話をしていて気付いたのだが、どうやらフランクはバリー達のしていたことを何も知らないようであった。
「みんな切詰めて生活してるんだ」
とフランクは続ける。
「一度討伐隊に依頼を出したんだけど、あの猿は全然近づいてこないんだ」
村の中まで入ってこず、逆に山へ出向くと猿は討伐隊から一目散に離れていった。
「だから本格的に討伐するとしたら日数も掛かるし、人数も物資もたくさん必要になるって」
そう言って討伐隊は一旦引き上げていってしまったのだそうだ。
「村にそんな金はないから、今までずっと放っておかれてたんだ」
ただでさえ現金収入の乏しい地方の村で、貴重な作物まで荒らされては金を貯めることは難しいだろう。
「だからバリーさん達は出稼ぎに出たり、山に獲物を取りに行っててさ、それで、ようやく金が溜まったってことだろ?」
あんた達が来たってことは、と笑うフランクに、ギルは曖昧に頷き返した。
ふと、フランクの言った言葉が気になった。
「その猿がいるのに、山に入っても何も起こらないのですか?」
フランクは笑って手を顔の前で横に振った。
「ないない。あいつ、ずっと遠くから見てるばかりで本当に何もしてこないんだ」
村から消えた女性。そのことを深刻に受け止めていない村人達。
女性を攫う必要のあったバリー達。そのバリー達が気にしていたのは残された時間。助けを求めようとしたバリーの瞳に一瞬浮かんだ恐怖。
作物を荒らすだけの猿。村へ入ってはこず、山へ入っても近づいてこない。一見すると無害の猿。体が大きいだけの、気の弱い猿。
考えていてもどれも線で繋がらない。
今手元にある情報だけでは、これ以上考えても結論は出そうになかった。
フランクの案内で到着した村は山沿いに広がる村だった。
村としての規模は大きそうだが、家々の間隔が広くとても寂しい村並みであった。
道を進み、一件の家の前でフランクが歩みを止めた。
「ここが村長の家だよ」
少し待ってて、そう言ってフランクが家に入ったあと、しばらくして年配の男のものであろう怒号が聞こえた。
そしてそれが収まるとバツの悪そうな顔をしたフランクが家から顔を出し、ギルとロザーナ、2人に入るように促したのだった。
「討伐隊の方々だそうで」
ようこそいらっしゃいました、と思ってもいないような雰囲気でギルとロザーナに座ることを勧める男の顔は疲れ切っていた。
「猿の件で来ていただいたそうで」
話はフランクから聞きました、と言いながら目でフランクに出ていくように促した。
村長、である男はマシューと名乗った。
「あなた方に依頼したバリーは幼馴染でしてね」
しかしマシューの顔はバリーと比べずっと老いているように見える。
マシューは顔を額から顎先へとゆっくり撫で、大きく息を吐いて口を開いた。
「それで、お前達は一体何者なのだ」と。




