第2話
「たまには街にでも出て、遊んできたらどうなんだい?」
そんなふうにヴェラに言われたのは訓練に明け暮れていた頃だった。
毎日毎日、朝から晩まで体を鍛え、打ち合い、冒険に出る準備ばかりしていたギルに、ヴェラは街に出て少しは遊んでこいと強く勧めてきた。
それは恐らくロザーナの件以降、他人とあまり関わらなくなったギルを想ってのことだったのだろう。
男女問わず、もっと人と関わるべきだとギルは何度もヴェラに言われた。
しかしギルには今やっていることの方がよっぽど大事に思えた。
己を鍛える時間を捨ててまで誰かと関わる方が大事だとはどうしても思えなかったのだ。
だからギルの「俺はそんなことに興味はないんだ」という言葉は強がりではなく、本心からくるものだった。
街を出るまでずっとそんな調子だったものだから、今目の前にいる女性が昔からの知り合いではないことは確かだ。
では旅に出たあといくつかの街でカーマイン商会に立ち寄った時に出会っていたのか、それとも魔物に襲われている人を助けた時その場にいたのだろうか、もしくは野盗に攫われていた女性の1人だったのだろうか、一通り街を出てからのことを思い返してみたが、しかしそこにも当てはまる人物はいなかった。
「あの」
と澄んだ声が聞こえた。
記憶を辿っていたせいでまじまじと見つめてしまっていたことに気づき、ギルは慌てて立ち上がった。
自分を見上げる女性の顔は、先程よりも意識がはっきりしているように見える。
「もう一度聞くが、俺は君に会ったことがあるだろうか?」
覚えていないんだ、と言いながらギルは頭を掻いた。
ギルの言葉に女性はまた小首を傾げ、不思議そうな顔でこう言った。
「あなたは誰ですか?」と。
それを聞いているのは自分だ、とギルは思ったがどうにか口に出すことは堪えた。ここで感情的になってしまっては話にならない。
「俺はギルという。だが旅の間はアッシュと名乗っている」
さっき君が呼んだ名だ、と言うギルの言葉に、しかし女性は不思議そうな顔をするだけであった。
「そう呼んだのを覚えていないのか?」
頬に手を当て天井を見上げる姿はとぼけているようには見えなかった。
「まぁいい。俺は君に会ったことはないはずだし、君が口にした名前は偶然だったということにしておくよ」
それで、とギルは続ける。
「さっきまでゴブリン共が村を襲っていたのだが、何もされてないのか?」
見たところ無傷だ。何かをされて気を失っていたようには見えない。
「ゴブリン?」と女性はまた不思議そうな顔をする。
「旅人風の女に君のことを頼まれたんだが、連れか?」
しかし女性は答えない。
「どこから来たんだ?1人なのか?」
女性は眉間にしわを寄せ、困ったような顔をしている。
要領を得ない女性の態度にギルは少し不機嫌になり、軽くため息をつく。
「とにかく、俺は君の安全を確認できたからもう行くよ。もう危険はないだろうからな」
そう言って部屋を出ようとしたギルの外套を、女性は慌てて追いかけて掴んだ。
「待って」
振り返ると女性はとても不安気な顔をしている。
「何も、分からないの」
うつむきながら、消え入りそうな声で女性がつぶやいた。
「何もって、どういうことだ」
ギルの問いかけに女性は答えない。
「君の名前は?」
「それも、分からない」
うつむいたまま頭を左右に振る女性の、外套を掴む手に力が入るのを感じた。
ギルはどうすればいいのか分からず、深い息を吐いて頭を掻いたその時、下の階からガタゴトと音が聞こえた。




