164話 まなざし
「好き」
「え?」
「ディエゴが、好き」
目線を逸らされ、考えるような素振りをしてもう一度こちらを見る。
ううん、いまいち響いてなさそう。
「やっぱり信じてもらえないか」
「え?」
それもそうだ。今までの行いを鑑みれば当然とも言える。
「仕方ない」
「チアキ」
「信じてもらうには」
初めてディエゴと出会ったこの場所は小さな丘陵みたいになっているから、今私はより高いところに立って彼を見下ろしている。丁度良かった。
彼の襟首を掴んで引き寄せて、そのまま唇を重ねた。
「!」
「んっ」
軽く触れあってすぐ離す。自分の鼻を通って、変な声出たけど無視だ無視。
間近でディエゴを見れば、瞠目した瞳は少し水気があり、目元が赤くなっていた。
それがたまらなくて、もう一度唇を寄せた。
「!!」
さっきより長く味わった。
なによ、これ。柔らかくて潤ってて、え、これ女子の唇奪う男子の体感じゃないの?
ぷっ、と唇を離すと、目元だけじゃなくて耳まで赤くしたディエゴが見えた。
「ん……きもちい」
「は?」
「キスだけでこんな気持ちいいなんて、すごい」
「っ!」
イケメンの唇ってみんなこうなの? 触れるだけで気持ちいいとか反則でしょ。
私の感想はさておき、これでディエゴにも私がきちんと恋愛的な意味で好きだと信じてもらえただろうと、襟首掴む手を緩めて彼を見下ろせば、何故か無表情に近い形で完全に固まっていた。
「あれ?」
「……」
「これで信じてもらえた、よね?」
「……」
「あれ?」
反応がない。なんで? さっきまでいつも通り話せていたのに?
まさか、固まるほど嫌だったとかはないはず、というかまだ彼が私を好きだと思ったから、きちんと伝えに来たのに。どういうこと。
「ディエゴ?」
「……」
「おーい?」
「……」
「ディエゴさーん?」
「……」
駄目だ、完全にフリーズしてる。これ以上にどう証明したらいいかな?
もっとわかりやすく好意を示すってそう浮かばないんだけど。きちんと説明する? 時系列に並べて各話オーディオコメンテータリーしていけば伝わる?
そしたらひとまずいつも通り会話できる状態に戻ってもらおう。
「ううん、そしたら」
「……」
「もう一度キスするか」
キスして動かなくなったなら、同じ事すれば起動するでしょ。
襟首を掴んで少しかがむと素早く両手首を掴まれ、そのまま引き剥がされた。キスする前に起動した。なんだ、あの女の子みたいに潤う唇奪うチャンスだったのに。
「チアキ!」
力づくで引き離された。今では顔中赤くなっている。
「これで分かったでしょ? 私の返事」
「分かった! 分かったから、これ以上は何もするな!」
「はーい」
返事を伸ばすなと言われ、相変わらず姑感は抜けないのかと思う。
「……くそ」
「ディエゴ?」
何度か聞いた侯爵家の令息にあるまじき言葉が出てきた。
「あ、謝った方がいい?」
「何を」
「初めてに加えてセカンドも奪っちゃったから」
あれ、言い方よくないな。もうちょっと上品に言えばよかった。
けどディエゴからお咎めはなかった。あまつさえ気まずさを出している。それが何を意味するのか分からなくて、どうしのたかきいてみると、小さな声で彼は応えた。
「その、君とのキスは、初めて、ではない、から」
「え?」
ちょっと待って、それなに、どういうこと。
この今のキスが初めてではないって?
「え、いつ? いつしたの?」
「そ、それは、」
言えない、と目を逸らしてばつが悪そうにしている。
「え、それって一回だけなんだよね?」
「い、いや、その、」
「え、何回したわけ?」
「…………二回」
いや、ちょっとまって。私、どこかで同意した? 危なくしそうになった時の事しか覚えてない。ということはそれ以前? 私が覚えてないって事は、同意なしでしてたの? 二回も?
「どういうこと」
「言えない……」
「ふうん」
釈然としない。
決まりが悪い様子で、それでも断固として言う気がないらしい。それならこっちにだって考えがある。
「なら、三回目ここでする」
「は?!」
「事実上、初めてになるよね? お互い同意の上だし」
「いや、待て」
「待たない」
肩に手をかけて、距離を詰めるとその手を掴まれて全力で抵抗された。
それってあまりにもひどい仕打ちなのでは。曲がりなりにも好き合ってるのに?
「駄目だ、こういうのはちゃんとした場所で、ちゃんとした時に」
「なに少女漫画のヒロインみたいなこと言ってるの? 今しちゃおうよ」
「駄目だ!」
そもそもちゃんとした場所ってどこで、ちゃんとした時っていつなの。別にここでも充分雰囲気あるし、時間なんて問われることもないと思うのだけど。あの時みたく直前で止める何かはなさそうだし。
「ああくそ!」
「ふお」
お互いの力比べになってる最中、ディエゴが急に力を抜いた。
私は急な力加減のバランスが崩れたせいで、前のめりに倒れ込んだ。そこをディエゴが腰に手を回して、ひょいと持ち上げられた挙句、ディエゴと同じ高さにまで持って行かれる。
下ろされれば見下ろしていたのが見上げる形になった。
そして再度、ディエゴが私を抱きしめる。胸の鼓動は相変わらず鳴り止んでいなかった。
「兎にも角にも今日、今は駄目だ!」
「そんな」
「こんな格好つかない中したくない」
「別に私はかまわない」
俺が構うと強く言われた。
そしたら事実上の初めては、ディエゴがきちんと格好つけた時に出来るってこと? それいつ。
「そんなにまでしてしたくないの」
「そうじゃない!」
「私、前に言ったじゃない。したいと思う時がする時だって」
「それとこれとは話が違う!」
「ええ……」
何故か荒げていた息を少し整えて、ディエゴが本当に小さく囁いた。
「君が俺を好きな事を、もう少し実感させてくれ」
「……」
「……」
「可愛い」
「言うな」
デレが過剰。やっぱりディエゴはディエゴだった。
「ふふふ、好きだなあ」
ぐぐうとディエゴが唸る。
仕様がないから三回目というか、事実上の初めては今日見逃してあげよう。
代わりにデレはきちんと供給してもらうけど。
「ではディエゴが実感してる間に私は神に感謝してよう」
「え?」
「ううん、こっちの話」
オルネッラに譲り、オルネッラと結ばれる為に願っていた事だけど、今はそこに私がいる。
当初考えていた未来とはちょっと違う。確かに叶ったけど。だからこその感謝。神よ、ありがとうございます。
「チアキ?」
「何? そろそろ格好ついた? しちゃう?」
「チアキ!!」
これにて完結です。ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました!




