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48, 15才 ③

とってもとっても大変、ご無沙汰しております。

久々の投稿過ぎて、キャラに違和感があったら申し訳ないですが、毎度のコトながら無駄に二万字を越えて長くつまらな……疲れますので、ゆっくり休みながらどうぞ。


間があきすぎてもう忘れている方も多いと思いますので、ぜひゴールデンウィーク等の時間がある時にでも読み返してから、この話も読んで貰えたら幸いです。


前回の蛇足のような話になりました。本当はもっとわっちゃわちゃした内容の筈が、あっさりな話かと思います。









「きゃぁっ!」


 曇り空の下で、儚げで白い髪の小柄な少女が、光魔法の結界を張っても衝撃を殺しきれず、上体を仰け反らせて後方へ尻餅をついた。


「勝負あり。勝者、スピネル・ライト・シルヴィア」


 薄紫の髪の王太子が、「ごめん、大丈夫?」と、転んだ少女に手を差し出す。心配するスピネルを見上げて、少女が「大丈夫です」と控え目に微笑み返した。


 優しげな風貌を持つ美形の王太子に、穢れを知らなさそうな真っ白の髪に、銀の瞳、病的なまでに白い肌の華奢な少女。

 まるで一枚のスチルのような光景に、私とその隣にいるチェシーから「ほぅっ」と吐息が零れた。


 でもきっと傍目には、物語のようなワンシーンに感動している二人の少女には見えない。

 誰もいない校舎の屋上で、風に制服をはためかせながら、虚ろな目でぼんやりと空を見上げているのが私。その隣で黒い双眼鏡を覗いているのがチェシー。

 どう見ても、ザ・危ない人。か、怪しい人。


 私は風の精霊と意識を繋ぎ、休み休みに彼らの目を借りて、その様子を覗き…げふん。観察しており、チェシーは私の魔道具で、遥か八百メートル先の王太子達の新入生との交流授業を見学していた。


「流石は王太子殿下。ジェントルマンか。引き攣りそうな笑顔にはとても見えない。顔芸が上手くなったんだねぇ」

「ふふっ。へ、変な所を褒め称えるのは止めて下さいませ。ですが、手を差し伸べに行く前に小さく溜め息を吐かれておりましたわよ。警戒しているのか、あまり積極的に関わりたくはないようですわね」


 私は意識を戻し、チェシーも双眼鏡を外してお互いを見やった。残念そうな溜め息が重なる。


「「結構いい絵面《スチル》なのに…」」

「お前らの発言が酷ぇ」


 私達の後ろから、丸まった獣型のアッシュが、呆れた声をかけてきた。その隣では、苦笑しながらフリッドがお茶の準備をしている。

 私とチェシーは、シートの上に座って簡易お茶会を始めた。


 事の起こりは二週間前。

 攻略対象者五人に関わっている新入生がいると聞き、その事に恐怖した王太子達がこっそり校舎内を移動している所に、私が出会《でくわ》して、とうとうブレイブとも面識を持ってしまった事に端を発する。


 宗教国家トレアに赴く外交官の父と別れを惜しみ、学園に戻ったチェシーを捕まえて、私は本来のシナリオやゲームの流れ等について問い質した。

 話を聞いたチェシーは、首を傾げ、頭を悩ませ、実物を見てみたいと少し目を輝かせて告げた。それに対し、「奇遇だね、私も見てみたい♪」といい笑顔で返して、現在に至る。


 ケイに、王太子達からの情報収集を任せ、攻略対象者達とどんなイベントを起こしたのか、本人談と報告書を読んで、チェシーにも教えて、さっき実際の様子を確認した後、女子会。


「チェシーから見て、彼女はどう? ハイドとはまだ接触してなくても、私にはあの子がヒロインとしてのイベントを順調に消化しているように思えるんだけど」

「そうですわねぇ。現場を見ておらず話のみだから何とも言えませんわ、と言いたいところですが、お話を聞く限り大体のイベントをこなしていて、ヒロインらしいように思えますわ」

「イエス!! その言葉を待っていた! 良かったよ~。彼女をヒロインとしてすり替えよう」

「嬉々として言わないで下さい。ただ残念なのは、わたくしよりも凡庸というか、少しふくよかで普通の平凡な顔立ちですわね。髪や目の色、雰囲気だけは神秘的で聖女のようですのに。他のマナー等は完璧ですけれども」

「まぁまぁ。小動物的な雰囲気だからいいじゃない」


 チェシーが嘆息した。


「それにしても、あなたには本当に驚かされましてよ、リフィ」

「何で?」

「第二王子と遭遇して、まさかの有り得ないオリジナルのイベントを起こして、闇落ちからの殴って止める。本当に何をしておりますの、あなた!」

「殴ったのは私じゃないよ。それに、お陰でこんな面白い事が起こっていると発覚したんだから、結果オーライ。物語の強制力か何か知らんけど、代わりのヒロインいるなら私は不要。退場できて、めでたしめでたし」

「本当に何という事でしょう。本物のヒロインよりもヒロインらしいモブが出てくるなんて!」

「いやぁ、それ程でも~」

「褒めてませんわよ!?」

「ヒロインらしくないは最高の褒め言葉です」


 喜ばしいと心からの笑顔で親指を立てたら、チェシーが額に手をあてた。


「あなたって方は……」

「まぁ、いいじゃない。もし仮にシナリオ通りに進んで魔物がわんさか押し寄せてきても、仮ヒロインと相手が出る間もなく国の守護結界を強化して、私が影で始末するから。それで皆は何も知らず幸せに暮らして貰って万事解決」

「リフィ……。何だかんだと言いつつも国や皆の為に……!」

「いや、国の危機を救うのは別料金で貰って、私はケイやアッシュを巻き込みつつ『影』を酷使するだけだよ。報酬がっぽり貰って国に恩を売って自由を手に入れる予定」

「感動しかけたのが台無しですわ! あなたらしいですけど!」

「然り気無く貶された?」

「確かに彼女の魔力量は一般より多く、適性の光属性が珍しく高いようですが、あなたやケイには遠く及びませんもの。問題が起こった際にはチートなあなたに丸投げして、ヒロイン役を全うして貰った方が宜しいのかもしれませんわね」

「何か私の扱いが雑じゃない!?」

「大抵の事を力業で何とか出来るのは、あなたしかおりませんわ」

「それは私も思うけど、誉められてないよね?」

「わたくしが言った事ですが、ご自分でお認めにならないで下さいませ……。せめて力業は否定して欲しかったですわ…」


 チェシーが嘆息して項垂れた。

 私は気にせず、上級生による下級生の指導を兼ねた魔法交流試合の授業に目を向けた。

 今はイナルとハイドが良い試合をしている。

 精霊魔法の扱いに長けていても戦闘に馴れていないイナル。精霊魔法に馴れてなくても、戦闘力が優れているハイド。

 私から見たら隙がちょこちょこあるけれど、まぁ良い勝負かな。実際に、女生徒達からの熱視線と黄色い悲鳴が凄すぎる。

 近くにいたら、耳がキーンてなりそう。


 そんな若々しい新入生達や先輩方から離れた木陰で、白髪の少女が大人しく試合を観戦していた。

 少女の名前は、マーシェ・ブラン。

 宗教国家トレアと国境を接するルドルフ地方のブラン子爵の三女。体が弱く、これ迄表舞台に姿を現さなかった。

 身元の保証は、デネシャ・ルドルフ。

 国もおいそれと手出し出来ない地雷源。ケイやモレク・ルドルフのお陰で、以前ほど緊張を持った関係ではないけど、それでもルドルフ地方の支配者である事に変わりない。


 そのせいかマーシェの情報収集にも一苦労だった。王様達も息子達の前に急に現れた少女を警戒して調べてみたものの、特に情報を集められずケイも『影』もなかなか苦戦していた。


 何でも彼女を知る第三者が見つからないらしい。マーシェ本人が語った過去や、学園に入る為デネシャが後見している以外に情報が出てこない。病弱で人との接点が無かったとの事だけど、極端に無さすぎた。そういう設定なのかと思う程に。


 報告書を読んだチェシーからしても、上手くいきすぎなくらい本来ならヒロインと攻略対象者達が関わるイベント現場に現れては、ヒロインの代わりにちょっと関わっているらしい。


 ただチェシー曰く、肝心の攻略対象者達が私のせいでチョロく攻略されないというか、少し擦れた感じで何か裏がないかと探る様子がある為、マーシェがちょっと関わっても胸キュン必至のラブイベントに発展しないとの事。

 あなたのせいで攻略難易度が上がっている気がしますわ…と、疲れた顔で言われた。


 ハニートラップというか、簡単に騙されなく育ったようで良かったよね、と返しておいたよ。国のトップが詐欺にあいやすいとか最悪だし。

 チェシーには奇妙な生物を見る目を向けられたけれど、笑顔でスルー。


 そんなこんなで、私が動かないから物語の強制力で代役が発生したのか、或いは彼女も転生者でこの世界を知っているのか。

 その辺もまだはっきりしない。


 チェシーと私も、積極的に関わって確かめようと思わないからなぁ。漸く運命の軛《くびき》から少し逃れ始めたのに、下手に関わって強制的に物語の流れに組み込まれて、修正かかったら嫌だし。


 彼女の素性に関して綺麗すぎるくらいに何も出てこなくて、本当に実在しているのかすら怪しくても、私としてはヒロイン役を押し付けられるなら何でもいい。


 たとえ攻略対象者が警戒していて、彼女と関わりたくなさそうで避けていても、彼らに好意的なマーシェが誰かと結ばれてくれたら、と願わずにはいられなかった。そうなれば、私が運命《シナリオ》から少し解放された気がして安心するから。我ながら酷い身勝手な理由だけど。


 令嬢らしく静かにカップを持ち上げ、優雅にお茶を一口飲む。隣からチェシーの熱い視線を感じたので「何?」と水を向けると、彼女の表情が和らいだ。


「あなたの腕にあった枷が無くなって、良かったと思っていましたのよ」

「ああ、あれね」


 少し前まで、私の両腕には細い金銀細工の腕輪型の枷があった。

 私の魔力暴走が不安だと、強引につけられていた魔力封じの枷。王様達に、どうしても私が自由で野放しなのが怖いと言われたので、私の監視の緩和と城へ喚ばない事を条件に、学園にいる間は枷をつけるようになった。

 以前、暴走の危険があるのは魔力の多い王族や高位貴族も同じと指摘すれば、息子達なら大丈夫と豪語していたのに、第二王子が見事にやらかして、自分達へブーメランとなったからね。私の枷の制約も緩めになったんだよ。

 こほん、と、話を変えるようにチェシーが咳払いした。フリッドがお茶会の片付けを始める。


「とにかく、仮ヒロイン候補の事はこのまま大人しく様子を見守りましょう。本当に、くれぐれも、余計な事はせずに、見守りましょう」

「強めに区切って、何で二回も言ったのかは敢えてスルーするけど。まぁ、安心して。ヒロイン代役作戦が上手くいきかけてるんだから私が自ら関わるなんて無いよ。ていうか、攻略対象者達と関わる気なんて微塵も無いし。ちょこっとだけ関わるのは、ケイの友人で私との婚約を祝福しているイナルとキースくらいかな。たまにケイを交えて少し話す程度だけど」

「本当にあらゆる運命《シナリオ》を華麗に素通りしておりますわね。……入学前のわたくしは、お人好しを発揮して攻略対象やシナリオに関わるか、攻略対象と接点を持つとそのまま関わるという、よくある展開に期待していたのですが、何故かリフィはイベントとは関係ない所で遭遇し、関わっても三十分にも満たず、見事に期待を裏切って自分本意を貫いてますものね…」

「我ながら、なかなか上手く回避出来てるんじゃないかと自画自賛してるよ」

「ええ、あのやりたい放題だったブレイブ殿下が最近は大人しくなり、わたくしと彼の婚約話も全く進まない所か後退までさせてしまって、あなたには呆れますわ」

「そこは感謝するとこじゃない?」

「それはそれとして、次の授業には参加しませんとなりませんから、参りましょう」

「そうだね。取り敢えずあの子の事はそっと見守ろう。何かあったら、また連絡するよ」

「ええ、お願いしますわ。一人でイベントとスチルの堪能をするのは重罪でしてよ」

「……うん、何て言うか、チェシーも大概だよね…」

「お前の悪影響だな。残念さが滲み出てきた」

「えぇ!?」


 私が敢えて濁した言葉を、横を通り様にアッシュが言った。チェシーが衝撃を受けると同時に、授業終了の鐘が鳴り響いた。私は固まるチェシーの背中を押して、出入り口のドアへ向かう。


「その話は置いとくとして、今は移動しよう」


 チェシーが一人でも動き出したので背中から手を離し、振り返ってグラウンドの方を見た。フリッドが気遣う視線を向けながらチェシーを支えた。


 本当は、マーシェが無意識のヒロイン志望だろうが、そうじゃなかろうが、どっちでもいい。なってくれたらいいなとは思うけど、それは本人と攻略対象者達の立場と気持ちの問題だから。


 彼女が彼らの誰かを本気で好きなら、頑張れと影からそっと応援しても、彼らの気持ちを無視して強引にくっつけようとは思わない。

 そこは本人達次第だし、首を突っ込む義理もない。勿論、彼らがマーシェと関わりたくないと逃げても一向に構わなかった。


 観察していたのは、ケイや自分に火の粉がかからない為に。きっとあの優秀な男爵様は、王様達に命令されたら、友人達に助けを求められたら、手を貸すだろうから。

 後は単純に見物するのが面白そうだったから。それだけだ。


「何してますのリフィ、行きますわよ」

「うん」


 どうか厄介事になりませんように。

 障害になるなら排除するけど、穏便に関わらないで終わるならそれが一番だよね。

 私はチェシーの後を追いかけた。




・*・*・*




 ――なんて、そんな事を思っていた時もありましたね。

 厄介事に絶賛巻き込まれながら、私は最近大人しくなったと評判の、今、私に災厄をふりかけた第二王子を睨み付けた。


 場所は空き教室。

 室内には第二王子ブレイブと私。そして急いで駆けつけたのか、肩で呼吸をしながら険しい顔を唖然としたものに変えた王太子のスピネルと、血相を変えた側近のイナル。


 本っっ当に、次から次へと厄介事を押し付けに来る、嫌な奴らだな。今後もマジで関わりたくないわー。日常的にコレと付き合うケイやお父様を尊敬するよ。

 怒りを抑え込むため、違う事を考えながら深呼吸を三度繰り返した。


 今すぐ息の根を止めたくなる衝動を、コレ王子だからと何とか落ち着かせようと努力した。それでも、抗議を込めた視線と殺意を持ちながら、元凶を睨《ね》めつけた。


 その元凶は何故か驚いた顔をしていて、何故こうなったという本人の心情を雄弁に語っていた。いやそれ私が言いたいから。

 沸き上がる怒りと殺意を押し込めながら、慰謝料を貰うまでは辛抱だと言い聞かせ、私は変化のあった自分の体を見下ろした。

違和感を感じたのは頭と臀部。右手を頭上に、左手をスカートの上から、腰の下にある尾てい骨辺りに伸ばした。

 ふにっ。

 ――両手の感触に、混乱しかけました。


 お、落ち着け、落ち着くんだ私。

 ああでもっ、絶妙なふわふわっと、もふもふ!?

 形を確かめるように指や掌を動かし、嫌な予感に血の気が引いて体が震えそうになる。

 そっと視線を下に向けると、ある筈の無いものが見えた。自分の考えが正しかった事に、あぁやっぱり、という妙な納得と何とも言えない脱力感。


 不思議な事に、私の頭上に三角形の耳が、私の臀部に薄翠の毛をした長い尻尾が生えていた。

 心が急速に死んでいく。

 ―― 一体どうすんのコレ!? っていうか何でコウナッタ!! つか、尻尾っ? スカートに穴でも空いたのっ!?

 思わず上半身を捻って確認した。穴がないことにホッとしつつ、この不可思議現象に混乱する。


 ワケが解らない!!

 けど、間違いなく元凶の犯人は知っている!!

 真っ青な顔をあげると、私の死んだような目と目が合った第二王子が息を飲んで、瞳を輝かせて頬を染めやがった。

 イラッときたし、取り敢えずコイツ無理。

 生理的嫌悪も相まって、無意識に風を纏わせた右拳を、全身の体重と捻りを加えて繰り出していた。




・*・*・*・*




 混乱必至の状況の中、落ち着け、と何度も頭で繰り返し、ついでに深呼吸も繰り返した。あの場で即座に元凶を締め上げなかった私は偉いと思う。……一発お見舞いしたけど。


 自賛を交えつつ、私は重苦しい沈黙が支配する王の執務室のソファーで、隣に座る父に大人しく撫でられていた。右横には一人掛けの椅子で頭を抱える王。紙の束が置かれたローテーブルを挟んだ正面では、長く深い溜め息を吐き出す宰相と私を見つめる騎士団長。そのソファーの後ろには、直立不動の王太子とイナル。


 その二人の間から「ぐぬっ」、「ぅむぅ」と抗議のような呻き声が聞こえてきた。騒動の元凶であるブレイブだ。何故こうなったのか話を聞いて、聞き終えたら即、布で口を塞がれ拘束して正座させられた成れの果て。

 兄達に挟まれ、阻まれながら必死に首を伸ばして、私を一目見ようとしているブレイブに反省の色はない。この元凶から話を聞き終えた私達は、一斉に深く大きな溜め息を吐いた。それから続く重い無言の時間。


 息子達の気苦労が多いのか、王様、老け込んだな。哀愁漂うダンディイケオジ路線でも目指してんのか。

 なんて呑気に考えながら、私は行儀悪くソファー座面に膝をのせ、上半身を倒して父の膝枕の上に猫のように俯せになり、頭を撫でられて、ほくほくと満足していた。ゴロゴロと喉が鳴り始め、はっとして止めた。


 あっぶな! 私、まだ人間を辞めてないよ。……ああでも、お父様に撫でられるの気持ちいい。

 矜持からか仰向けでお腹を撫でてとはやらないけど、手に頭を擦り付けては我に返り、恥ずかしさに顔を隠すように、父の膝に突っ伏す。チラリ、と父を見上げると、怒りと戸惑いを混在させながらも、透き通るような水色の瞳は可愛いと溺愛に溢れていた。それが分かるから、ついまた愛想を振り撒いてじゃれかけて我に返るを繰り返し、葛藤していた。


 ――ああ、ヤバい…。私は人間なんだよ、猫じゃないんだよ…。

 いくら可愛くてふわふわな猫耳と、もふもふな尻尾があって触り心地が良くて、美少女ぶりに大きく可愛さがプラスされようとも、もうこれ最強猫耳美少女じゃね? って思う容姿でも、人なの。だから、手を伸ばしかけては、うずうずと撫でたそうにしている王様達を睨んで威嚇した。


 私を撫でていいのは、私が気に入っている人のみ。それ以外のお触りはご遠慮願いマース。というか、この威嚇反応も猫っぽい。最悪だっ、やっぱり猫になりかけている!

 私はショックを受けて再度ソファーに俯せになり、深く嘆息した。表情筋も目も死にかけているよ。


 不意に、静かながら急ぎで駆けてくる足音を感じ、猫耳がピクッと反応した。誰の音か解って父の膝の上で体を起こす。期待するように耳を動かしながら扉を見つめると、ノック音がして掛かった声に陛下が「入って、こちらに来て座れ」と力無く許可を出した。

 一瞬の開閉の内に隙間から入ったのは、焦ってきたのか僅かに乱れた呼吸を整える超絶美少年。


 青緑の髪を揺らしながら、颯爽とこちらに「遅れて申し訳ございません」と歩み寄る、一応私の婚約者兼優秀なサンルテア男爵のケイトス。

 そのケイの深緑の双眸が、ソファーに座る父のジルベルトから、その膝に両手をついて上半身を起こす私に移り、大きく見開かれた。


 固まったのは一瞬。ケイは即座にこの場の全員に視線を走らせ、部屋を猛吹雪で包み込んだ。浮かべられたのは、それは美しい魔王の艶笑。


「――今すぐ説明してください」


 簡潔な魔王の要求に、父と私以外が震え上がった。

 そんな状況下で私の右隣に来たケイに、空気を読まず、嬉しさのあまり衝動的に抱きつ――飛びかかった。まるで猫が大好きなご主人様に甘えて飛びつくように。


 突然首に腕を回され体当たりされたケイは、難なく受け止め、ぶらんと足が床に着きそうになる私の膝裏を片腕で掬い上げて、そのままソファーに座る。私は、ケイだケイだーと本能のままに喜んで、ぎゅうっと首に回した腕に力を込めた。


 先ほど元凶から聞いた話を宰相が説明する。

 その間、私はケイに笑顔でじゃれつき、猫が匂いをつけるように、さらさらの髪や頬、肩口に自分の頭や頬を擦り寄せた。普段なら絶対にやらない令嬢としてあるまじき姿。


 ケイは真面目に宰相の話を聞いているのに、構ってくれなくて面白くない私は、猫のように丸めた手で軽めのパンチを繰り出し、それをケイが左の掌で受け止めてはいなし…。どう見ても猫とその主人というのにぴったりな様子。


 じゃれあいがエスカレートする私を見かねたお父様が、「邪魔しちゃダメだよ」と背後から私の腹部に腕を回し、ケイから離そうとした。が、逆に腕を前に引っ張られた。ケイの胸が倒れた私を抱き止め、ついでに抱き締められた。

 ふぉっ! 良い筋肉をお持ちですね、オニーサン!


 三角耳の後ろから背中に流れる髪を撫でられるのが心地よくて、つい目を細めて体の力を抜き、ケイの膝の上で伏せたままゴロゴロ、スリスリと甘える私。いやいや、どう見てもおかしいから止めなさいと思う理性と、もっと撫でてじゃれついて遊んでーという本能がせめぎ合い――獣の本能が勝つ。……あぁ、本当に自分がおかしい…。


 いくら関わりたくない相手とはいえ、王様たちへのこの態度が許され無い事を知っている。私自身もこんな行動を自分に許す程、愚かでは無かった。最低限のマナーも何もあったもんじゃない。それもこれも……。


「なるほど、話は解りました。つまり僕の婚約者の意識をどうにか自分に向かせたかった謹慎明けの第二王子殿下が、懲りずに例の気配も魔力も遮断できる国宝マントを利用して付け回し」

「「「「「「……………」」」」」」

「空き教室でサボろうとしたリフィが一人になった所をチャンスだと思って侵入し、自分が担当した仕事でまだ効果もはっきりと解らない頭のイカれた不法集団が作っていた薬玉を気配を消したまま投げつけ、彼女が困った所に偶然を装って通りかかったふりをして自分を頼らせて問題を解決する予定が」

「「「「「「……………………………」」」」」」

「何となく付けられている気がしたリフィに空き教室へ誘《おび》き寄せられたと気付かず、まんまと教室に入った第二王子殿下が振り向き様にリフィから威嚇で投げられたナイフに驚いて薬玉を落とし、偶然それが彼女の方へと転がり靴に触れて見事に薬玉の魔法が発動し、リフィが猫化したということで宜しいですか?」

「「「「「「……………………………………………」」」」」」


 うんうん、ケイが要約した通り。

 王様たちは色々と言い訳がましく話していたけど、纏めるとそうなるよね。今は全員、ケイの言葉の刃に立ち直れない程ダメージを受けているようだけど。


 スピネルたちは例の第二王子暴走事件後、国宝級のマントがまだ返却されて無いことに気付いて話を聞こうとしたら、不振な行動をする謹慎明けのブレイブを見かけ、彼がそのマントを使う姿とその視線のだいぶ先で空き教室に入る私を見て、何かあったら困ると慌てて駆け込んだ時には教室に白い煙が充満し、半猫化した私と唖然とするブレイブがいたというわけ。そして私の渾身の一撃で気絶した第二王子。


 誰もが呆然とする中で、頭を痛そうにしたイナルが猫耳と尻尾以外で体調に異常がないか私に声をかけながらブレイブを拘束し、王様たちに連絡を取った。

 それから秘密裏に馬車で城へ来た。本当は同じ空間に居たくなかったけど、私に何か変調があった時その状況を誰も知らないと仕方ないからね。


 で、城について早々に私は大人四人がいるこの部屋でもてなされた。私が医者と王宮魔法使いの診察を受けている間、イナルが簡単に起こったことを王様達に説明して、スピネルがブレイブを部屋に運んだ。

 そこで奴が王様たちに直近でどんな公務を任されて動いていたのか調べようと部屋の資料を王太子が漁り、奴の側近たちや護衛にも話を聞いて、イナルが王様たちに話を聞いて、目を覚ました第二王子からも事情聴取。


 素直に自供すればいいのに、王様に直接話す、私に会うと言って聞かず、渋々この部屋に連れてきて話を聞いた。奴が話す間、何故か熱心に私を見てきて気持ち悪かった。というか、もう一発殴りたくなった。でも我慢した。学園からの移動も含めたここまでの流れで、半猫状態になって二時間半が経過していたから。


 そこで全ての元凶たる奴が宣ったのは、正にケイが語ったことそのまま。

 例の学園での暴走事件後に謹慎になり、その間にサボっていた公務に励むよう叱責された第二王子。

 戦闘力ばかり磨く第二王子の公務として任された仕事が、人体へ影響ある薬を研究開発して上司や国から辞めろと言われても続けた魔法薬研究から追放された男五人組の監視と調査だった。


 彼らの研究はどこまで人を強く・弱くできるのか、物語にある獣人のように人と獣を混ぜ合わせれば各獣の特長を活かした仕事が出来るのではと考え、違法すれすれの動物・人体実験をするグレーな魔法使い達だった。


 そいつらが遂に、自分自身と下町の破落戸《ごろつき》二人を捕まえて最終実験をすると情報が入り、実態調査と必要なら捕縛することになった。そうは言っても殆ど調査を終えており、証拠も揃っていたので部下を指揮というか第二王子の名前だけ貸して、全てブレイブの実績にできる簡単なお飾りの仕事だった。


 お膳立てが良かったので優秀な騎士たちが順調に証拠を集め、違法研究類を押収して、連れ去ってきた破落戸《ごろつき》と研究者の五人は取り調べして牢に入れ、ついでに資金源として強力な媚薬や麻薬を五人に作らせていた貴族達も捜査して牢に入れて事件は終了。事後処理としてまとめた詳細を第二王子に報告し、そこに王子のサインを貰って王様に提出すれば終わりだった。


 それなのに。

 珍しくブレイブが報告書にしっかり目を通したのだ。研究内容に興味を示し、押収した証拠も全て読み込んで対応すると言い出した。自分が任された仕事だから内容を理解しておきたいと。その言葉に長年仕えて成長を見てきた侍従長が感動し、謹慎中はサボっていた王族としての講義を真面目に受けていたこともあり、押収した物品を全て渡したとのこと。


 ところがブレイブの狙いは、禁止された研究成果にあった。自分を被験者にした五人の魔法使いの内の二人が、一人は熊耳を生やして怪力に、一人はウサギ耳を生やして跳躍力と聴力アップに、そしてどちらも基礎身体能力が大幅に向上したとあった。そこだけならあまり問題はなかった。最後までしっかりと結果報告を読み込んでいたのなら。


 不幸なことに被験者の末路の報告をすっ飛ばし、五人の魔法使い達が貴族を味方に付けて自分達の研究を認めさせようとしたのか研究資金が欲しかったのか、麻薬や媚薬を作らせた変態貴族共に、愛玩用として身体能力向上効果がないただの獣耳や尻尾を生やすだけの薬玉を開発して売ろうとした話を知り、よりにもよってそれで私を困らせようとバカ王子が考えやがった。猫の私を飼うのもいいなと。


 そうして、ストーカーよろしく私の後をつけ、腹立たしいことに第二王子の目論み通り、結果オーライで私に猫耳と尻尾が生えた。第二王子《コイツ》絶対反省してねーわ。謹慎しても無意味だったかも。

 因みに捕まった五人の魔法使い達は、貴族に売れなくてもアクセサリー感覚で何時間だけ生やせる薬として、一般にも売ろうとしていたらしい。


 今のところ、人体へ出る害の有無は解らず、牢屋の中で被験者の魔法使い二人は時間経過と共に完全に熊とウサギになった。気付いた仲間が見張り兵に訴え、押収した物の中から用意していた解毒薬を飲ませて人の姿に戻したが、どんな副作用があるのか、これから出るのかは不明だった。

 そんな危ないものを、バカは私に使おうとした。


「……………はあぁぁぁ。それでその解毒薬と成分表は当然あるんですよね?」


 ケイが私の猫耳を撫でながら、猛吹雪を背負って青筋を浮かべ、頬をひきつらせながら微笑んだ。

 私がこんな姿になってから約三時間。最初は耳にも尻尾にも感覚が無かったけれど、今は少しくすぐったい感じがしてきた。あーあ、やっぱりこのまま猫になるのかな。はっ、気付いたら無意識に指先を丸めて猫の手になってる!


「…陛下?」


 返事がないことに、苛立ちを隠しもせずケイが問うた。王様の肩がビクリと跳ねた。私の尻尾を撫でていたお父様が、嘆息して答える。


「それが解毒薬は、騎士団が研究所に踏み込んだ際の小競り合いで六本割れて、残っていた四本を獣化した研究者二人に使い、完全に獣化していなかった破落戸二人にも飲ませたから無いそうだ。調合レシピはあるが、牢屋の五人に問い合わせたら獣人化とアクセサリー用の薬とでは似ていても成分や配合が違うから、アクセサリー専用の解毒薬でないと意味がないと言われたよ。しかもアクセサリー用は試作しただけだから、まだ本格的な解毒薬はない」


 重苦しい沈黙がその場を支配した。


 私も呑気にじゃれつく雰囲気じゃないことを感じ取り、息を殺して周囲の様子を窺った。

 誰かの生唾を飲む音がやけに大きく聞こえた。少しでも動いたら死にそうな予感のする痛いくらいの緊張感と沈黙を破った勇者は、騎士団長だった。


「今確実にわかっているのは、完全な獣化は薬を飲んでから六時間後だったこと、また破落戸が完全に獣化しなくてもそれに近い状態だったことから個人差があること。獣化よりもアクセサリー用は配合が軽めだから、ムーンローザ嬢が完全に獣化するのは十時間から十二時間の想定だ。製作者の五人には逃亡防止、研究を少しでも怠ったら死ぬ呪いの首輪と監視をつけた状態で、一時的に牢から出して解毒薬を作らせている。同時に王宮魔法使いにも最優先で薬を開発させている。ただこれ迄の研究に考えて用いられた全ての開発魔法と配合成分表と結果が百枚に及び、魔方陣や途中試してみた研究、そこから派生させたものも含めると両面で三百枚は越えている。それがこれだ」


 ローテーブルの上に置いてあった紙の束を指し示された。私も少しだけ見たけど、汚い字でびっしりの走り書きやメモもあって読みづらく、どこがどう繋がっているのか意味不明で匙を投げた。私も魔方陣についての知識があるし自分のことだから何とかしようと思っていたのに、何というか頭がふわふわして考えるのが面倒になっていた。

 ケイが私を見て、正面の宰相に視線を移した。


「……その完全に獣化というのは…」

「人間としての記憶も忘れて、思考も行動も肉体も完全にベースとなった動物になるということです。また完全に獣化した場合のタイムリミットが三時間であり、それが過ぎた後に解毒薬を飲んでも効果がないと予想されます。それとアクセサリー用の試作として残っていた薬玉がこちらの二つで、残りはウサギと犬でした」

 

 透明なケースに入った掌《てのひら》くらいの大きさの紫玉を二つ、宰相がポケットから取り出した。玉の表面には可愛い犬とウサギの絵が彫られている。ケイが手に取り、ケース越しに観察した。テーブルに戻した後は紙の束を手にして、両面の研究内容を集中して速読していく。


 構って貰えなくてつまらん。でも邪魔したらアカンやつ。私の為なのに、何でか今構って貰えない方が大事という謎の思考になっていた。これって着々と動物に近づいている?

 ……落ち着かない。その場で座っていればいいのに、ケイから離れて窓際に寄り、外の風景をぼんやり眺めた。……あれ、これも猫っぽくない? 午後の日差しが丁度良くて眠気を誘うわー。


「ムーンローザ嬢には不幸だったが、今回のブレイブがした捕縛で一般にも学園にも実害が出なくて助かったんだよ」

「……」


 はっ、眠りかけてた。

 こちらを気にしながら何か言った王太子を一瞥《いちべつ》した。言い訳というか補足事項なのかな。こっそり欠伸をしながら聞き流した。


 弟をフォローしたいのか、眠りかけながら聞いた話によると、二週間前の魔力暴走事件の時に、四人が学園内を姿も気配消す国宝マントで動いていたのは、マーシェ・ブランを避けていただけではなく、学園内である調査を王様達から任されていたからだそうで。


 あぁそういえば、ケイがそんな事を言っていた気がする。確か王様達に任された案件の報告時に四人が揃って、お互いに近況を話したらマーシェが全員に度々接触していることを知ったんだっけ。その時に報告していたのが学園で横行していた怪しい薬やらの不当売買調査。へぇー。


 それで学園内で行われていた闇オークションを四人が阻止したと。関係者の殆どが宝石や贅沢に慣れた貴族の子息令だったらしい。売られていたのは、娯楽に飢えていた彼らにとって少し刺激《ネタ》となる記憶力強化や魔力増強の薬、麻薬や媚薬といったもの。それを売りに出していたのも例の五人組だった事が発覚した。だから、学園での被害を抑えられたのは第二王子の功績でもあると言いたいらしい。


 国の内政や国防に関わるケイ程ではないけど、四人も少しずつ仕事を任されているそうだ。そもそも一部の貴族生徒から変な薬の臭いを感じ取り、王様に報告したのはケイらしいけど。優秀な男爵様は忙しいから、王様が息子達に調査を任せたみたい。第二王子を除いた三人は真面目に取り組んでいたから良いとして。問題はバカ王子だよね。何でそんな危ない薬を手に入れ、使用するかなぁ。


 横目で奴を見てみれば、深刻に話し合う大人達と違い、ぽけらっとしていた。うん、反省してないなコイツ。

 目が合うと、血走った赤い目でふがふが言いながら、こっちを見ている。それに気付いた両隣のスピネルとイナルも、私を見て不思議そうな顔をした。


 そこに、ノック音がした。

 来訪者はキース。あれ、そういえば今日スピネルとイナルはいたけどキースは見てない。大体いつも一緒にいるのに。

 疑問に気付いたイナルが、キースは騎士団と一緒に例の魔法使い五人の捜査と捕縛の現場で、指揮官補佐を務めていたと教えてくれた。頑張ってるね。


 入室したキースが、追加報告書を宰相に渡して五人組と魔法使いチームの解毒薬の進捗具合を伝えた。あまり芳しくないようだ。私の事も聞いていたようで報告終了後、視線がケイとお父様の間を彷徨い、窓際にいる私を見て瞠目した。無言で歩み寄って来て、痛ましそうな表情で頭を撫でられた。……何か、キースが大きい気がする……?

 キースも不思議そうに首を傾げた。


「ムーンローザ嬢、縮んでないか?」


 その一言に全員が反応した。

 私も思わず窓ガラスに映る自分を凝視した。……微妙。幼いと言われればそんな気がするような……。

 顔から首、胸、胴体、自分の手と見ていって、ふと、袖口に余裕があることに気付いた。……少し身長が縮んでいるような……制服が大きくなったような……何かうっすらと頬に髭が見えてきたような………………。


「にゃんか縮んでるっ?」


 全員から沈黙が返った。


「あれ…? 言葉もおかしくにゃってきたー!?」


 血の気が引いた。ナニこれ何コレにゃんだコレ!?

 どうにゃってるの? 意味がわかんにゃい!!

 でも確実に縮んで、猫の髭が見えてきて、言葉もおかしくにゃってる!!


 両頬を手で押さえて自分の体を見下ろした。本格的に猫になるという恐怖に、震えた。

 ヤバいやばいヤバイ、このままじゃ本当の猫ににゃる。自由にゴロゴロするのは好きだけど、人間を辞めたくにゃい!!


 時計を見ると、猫化が始まってから三時間半が経過していた。

 え、早くにゃい? コレって六時間で猫コースじゃ…?

 個人差? いや、そもそもアクセサリー用っていっても効果時間も曖昧にゃ遊び半分で作った試作。本格的に慎重に進めていた獣化のと違って適当に作っただけの代物。……これ詰んでね?


「何でキースはいいんだよ、ズルいだろ。俺も猫リフィ触りたい」

「そうじゃないよ、ブレイブ。反省して」

「ことの重大さが解ってないんですか、このバカ王子」

「俺が責任をもって飼えばいいだろ」

「うるさい気持ち悪い黙ってすっこんでろ諸悪の根元が」


 無表情で淡々と口だけ動かしたら全員が硬直した。

 自力で轡《くつわ》を外したバカ王子を窘めるスピネルとイナルも顔面蒼白で黙り、怒ったキースがバカに近づいて殴って気絶させた。

 ニャイス判断。じゃにゃきゃ血祭りにしてた。怒り心頭の父と婚約者が無言で圧力をかけ、暗雲と重苦しい深刻にゃ空気が王様達に漂った。


「………陛下、もう駄目ですね。覚悟を決めてください」

「はぁぁぁ。……そうだな、これだけのことをして反省が全く見られない。謹慎中は嫌々ながらもみっちり勉強でしごいて、思考の矯正も試みたがまだ駄目だったか……。それだけブレイブに執着されるリフィーユが特別と言えばそうなのか……」


 宰相の言葉に王様がちらっと、無表情で人形めいた猫娘な私を見てきた。散々これ迄、バカを含めて王様達に迷惑を被ってきた私は冷ややかに見返す。青褪めた王様が顔面を両手で覆った。


「……すまなかった、リフィーユ。ジルベルトとケイトスにも迷惑をかけた。ブレイブは表向き他国へ遊学《ゆうがく》したことにして学園を休学させ、離宮で常に監視付きで拘束しておく。思考を矯正させ今後は公務以外ではなるべく関わらせないようにする」

「そーゆーことじゃにぇんですわよ」


 つい王様に反論したけど、本当に冗談じゃにぇーんだけど?

 あぁ、猫化の影響で決まらにゃい。凄く怒っているのにそれが伝わってにゃい気がする。


「王子が執着してきて巻き込まれるのは、とても迷惑です」

「そうですよ、陛下。ムーンローザ嬢は被害者で、彼女が誘惑したわけではないんです。ブレイブ殿下の素行や性格については以前から申し上げていました。それを放置してきたのは、陛下を始めとした側近や我々でしょう」


 意外にもイニャルから擁護された。黙る王様達にキースが腕を組んで深く頷き、スピネルが困った顔をしている。

 そうだそうだ、もっと言ってやれー。

 私もケイの側に歩み寄って賛同しようとし、首を傾げてしまった。……目線が低いかも?


 また少し体が縮んだ。制服がだぼついて大きい。刻々と猫に近づく事に対し、バカに殺意が沸いた。抑えようとしても次から次へと溢れてくる、この激しい思い。

 にゃにしてくれてんだよマジで。

 つい思いの丈のまま、気絶して床に転がされたバカ王子を見たら「殺意は持っても殺気は抑えて」と、ケイに釘を刺された。


「それ以上、圧を強くするとスピネルが呼吸困難になって、騎士団長も見逃せなくなるから」


 ケイが持っていた書類をめくり、隣に来た私を見た。父とケイの間に座るよう促されてソファーに座り、不満だけど言われた通りにする。今更な不敬罪でも少しは体面を取り繕っておこう。

 私からの威圧感が消えたからか、王太子が胸を撫で下ろした。


 一通り研究書類を閲覧し、追加された報告書も閲読したケイが自身の異空間入れ物から白紙とペンを取り出して、凄い速さで書き出し始めた。


 内容は、使われた魔方陣の解析や試作すべき薬の成分や配合と割合の可能性、変化が戻らなくなる原因と考察等を十数点書きながら、書類を見返しては追記、補足していく。手を動かしながら独白した。


「……魔力の保有量によって変化の早さが違うのかもしれない」

「どういうこと?」

「被験者の魔法使い二人と街の破落戸では魔力の容量が違うんだけど、その前の死体や動物を用いた実験でも魔力の多い方と普通のとでは変化の度合いや時間が違っていたみたいなんだ。アクセサリー用の薬といってもリフィの魔力は優秀な魔法使いより膨大。可能性としてそれが変化を促進させているのかも」


 一理あると思いながら、私は自分の手や体を改めて見下ろした。本当にどんどん小さくにゃっていく。

 数枚にまとめた己の思考を書き終えたケイが、胸ポケットにペンをしまい、書類を宰相に差し出す。


「抜けや思索の甘い所はあるでしょうけど、僕なりにまとめた物です。ここから更に研究、実験、精査が必要ですし、幾つか専門的な知識が前提で語られていた箇所があったので解釈等の確認も必要です。それと禁止していた研究だから当然ですけど、一歩間違えれば獣化する所か魔物化してもおかしくない危険なものです。必ずしも獣人や動物になる訳ではなく異形になるか解らないので、明確に禁止とする旨の法整備をしておいた方がいいかと思われます」


 一同が驚愕の眼差しで、こめかみを押さえながら目頭を揉む少年を見つめた。

 ……うん、天才にゃのは知っていたよー。流石ハイスペック従兄弟だね。それとも私が関係しているから…にゃーんて、自惚れちゃったり。取り敢えず、猫幼女姿で従兄弟を労うため頭を撫でておいた。

 宰相が息子のイニャルにケイの書いた書類を薬を開発している魔法使い達に届けるよう伝えた。


「ぼくが届けます」


 キースがイニャルから用紙を受け取り、気絶させたブレイブを担ぎ上げた。騎士団長が息子の視線を受けて王様を見やる。


「……反省するまで貴人用ではなく一般の牢に入れておけ」

「畏まりました」


 キースが一礼して退室した。宰相が嘆息する。


「ですが、困りましたね。ケイ、貴方の考察を急ぎ試作、実験、精査したとして…間に合いますか?」

「恐らく閣下の予想通り、時間が足りず間に合わないと思います」

「えっ!?」と驚くスピネルに、ケイが冷静に返した。


「解毒薬が完成したとして、効果をどう検証するかも問題だし、人体にどんなに副作用が出るかも解らないんだ。気軽に使えないよ」


 ですよねー。効き目も個人差がありそうだし、解毒薬の効果を試すのに誰を犠牲にするというのか。私も自分の体で一発勝負の賭けは試したくにゃい…。


「あれを書いたのは、誰かが今後もし間違って試作を使う奴が出てきた時のためだよ。それに学園の闇オークション三回目は阻止したけど、言い換えれば二回は開催されたってこと。そこに今回の試作の試作が紛れ込んでいたら? 或いはパトロンの貴族にお試しとして渡していたら? 若しくは別の誰かが興味を持って今回の研究をこっそり続けたら?」

「それは…」

「絶対に無いとは言いきれないでしょ。だから、禁止する法整備も併せて必要だって言ったんだ」

「でもそれなら、ムーンローザ嬢は……」


 スピネルが痛ましげに私を見てきた。うん、原因作ったのあんたの弟だから。

 あー、体がどんどん小さくにゃるー。今、十歳前後くらい。顔が幼い丸みを帯びて猫の髭が出ていた。


「父上、これは先程イナルが言ったように我々に責任があります。宝物庫に何か有用な道具は無いのですか? 常態異常を治すでも時を戻すでも回復薬でも、呪いを解くでも毒消しでも、何か……!」


 王太子の言葉にふと何か引っ掛かった。思わずケイと顔を見合わせ――「あ」と、異口同音に声が出た。


「それならリフィ……副作用の心配もなくいけるんじゃない?」

「そうだね。いけるかも」


 ケイに頷き返した――けど、その前に。


「まずは今回の件に対する慰謝料を決めましょうか」

「「「――は?」」」


 真面目な顔を作った私を見て、王様と宰相、騎士団長が呆けた。


「やらかした今回の件も当然、他国にも貴族にもバレるわけにはいきませんよね? 例え遊学した事にするとしても裏工作が必要ですし、まさかそれを迷惑かけたお父様やケイに命令してただで頼むつもりですか?」


 王様が言いたくにゃさそうな、嫌そうにゃ顔をした。


「……何が望みだ…? ……ブレイブと侯爵令嬢の婚約解消か?」

「いいえ、第二王子の放蕩ぶりは社交界や学園でも民の間でも有名で、一部では婚約の内示があったチェシーへの不誠実な対応も希薄な関係も知られています。そこに急遽、遊学が加わったら周囲もまた何かやらかしたと察しますし、同情の声も王室への不信感もありますよ。婚約解消はほぼ整ったも同然ですから、そんにゃことは頼みません」

「……ムーンローザ嬢、少しは王室に遠慮して下さい」

「あら宰相、事実を告げずに耳障りのいいことを言えというご命令ですか?」

「「「「「………」」」」」

「これでも大分、抑えているんです。私に関わる変態は寄るな息するな死んでほしいと心の底から常々思っているので」

「「「「「……………」」」」」


 完全に猫ににゃる前にしっかりと取り立てるにゃ。にっこり微笑んでみせた。白い顔の王様達が震え上がった。



・*・*・*・*



 結果的に、猫化は無事に回避できた。

 伝家の宝刀である何でもござれの精霊王を召喚したお陰で。光の精霊王の回復の力を借りて、私の常態を巻き戻したので薬の効能や副作用等に煩わされることなく元の私に戻れた。


 ただ慰謝料交渉が長引いて、だんだん猫に近づいて三歳の猫耳幼女になり、更に縮んだ時は焦った。それというのも、助けを求めた精霊王がバカと同じように目を輝かせて、可愛いから自分がこのまま飼ってずっと側に置くとか言い出したせい。


 しかも光の精霊王しか喚んでないのに、何故か風と火と水の精霊王も現れた。そして私の争奪戦が始まった。誰が飼い主として相応しいかとアピールが始まり、どんな環境を提供していかに快適に過ごし、立派に育てられるかを語り、最終的に精霊王達でガチな喧嘩が始まりかけた。――いや、だから人だって。私はペットじゃなくて契約者だよ!?


 誰も飼い主の座を譲らず精霊王戦争が勃発しかけ、そこにかつて王家が精霊の眼を貰った縁ある火の精霊王がいたので、王様があわよくばまた交渉して契約できないかと欲を出し、騎士団長は争奪戦にわくわくし、宰相は頭が痛そうで、スピネルとイナルは呆けていて、何だか収拾がつかなくなった。

 うん、精霊王達が私を好きなのは解ったよ。人外にペットとしてモテても嬉しくないけどね!


 つい猫化した前足でローテーブルをてしてし叩き、「いーから、はよ元に戻せ」と令嬢にあるまじき低い声が出たけど、そこはご愛敬。でも命拾いしたと感謝してほしい。じゃなきゃケイがブチギレていたからね?


 敬うべき精霊王達に無礼? そんなの今更だよ。時と場合にもよるけど、ほぼいつもこんなやり取りと扱いだけど何か。

 そう言ったら、王様達が頭を抱え込んだ。

 王様達の心情はどうでもよく、私の用は済んだので精霊王達にはさっさとお帰り願った。ついでに自分もそのまま帰ります。


 何か言いたげな視線が突き刺さったけど、スルー。慰謝料の取引が終了したから、今回の困った件は無かったことになって後は支払い待ち。第二王子の予算一年分が八割カットされ、カット分全部が私に振り込まれるのと、国宝のインビジブルマントを没収して、宝物庫の物を自由に無期限で借りる権利を貰った。


 他に今後、国から私への依頼料を十倍にしようとしたんだけど、国が破綻すると泣きが入ったから見送った。

 ただ第二王子は公共の場以外、なるべく私に近づけないよう約束させた。もし次、何か仕掛けてきた場合は私の記憶を奪うことも含めて了承を貰った。


 そうそう、残っていたアクセサリー用の試作薬玉二つは、誰かが間違って使ったり、研究しようとしてもいけないから、その場で私が責任をもってケースごと粉砕しました。粉々にしてストレス発散がてら跡形もなく燃やし尽くしたよ。これも今回の件を無かったことにする条件の一つだったから。

 誰かが「ゴリラ……」って呟いた気がしたけど空耳かな。だって私はゴリラより強いからね!


「それじゃ私の件は無かったことにするので、後は通常通りの違反した魔法使い五人組やそのパトロン達、闇オークション関係者を裁くだけですね。関係者ではない私は帰ります。お父様もケイも忙しい中、呼び出して申し訳ありませんでした」

「リフィの為なら何てことないよ。無事で良かった。わたしの可愛い娘に何かあったら義父と妻に話して、一家総出で報復が必要かと考えていたから」


 今まで恨み言を言わなかった父から、笑顔でさらりと放たれた冗談か本音かわからない言葉に、王様達が衝撃を受けた。

 ケイが笑顔で追い討ちをかける。


「本当に、完全犯罪の計画を試さずに済んで良かったよ。僕の婚約者が猫とか笑えないからね。それじゃ僕もこれで失礼します。今回の件に僕は関わってませんし、事後処理は殿下方の仕事ですので」


 私をエスコートするために立ち上がったケイから、何も考えずい(・)つ(・)も(・)通(・)り(・)差し出された手を取った。私も席を立ち、ジルベルト父も「皆で帰ろうか」と腰を浮かせた。

 三人で優雅に退室の挨拶を告げて礼をとり、流れるようにそのまま部屋を出た。


 誰にも呼び止められることはなかったが、扉を閉めると報告書類を持ったキースと鉢合わせた。元に戻った私を見て、眼を丸くする。


「ムーンローザ嬢…」

「ご心配とご迷惑をお掛けしました。無事に戻りましたので本日はこれで失礼致します」

「…そうか、戻れたのなら何よりだ。ブレイブを止められずすまなかったな。あいつにはよく言い聞かせて反省させるから」


 キースのせいではないのに頭を下げられた。潔いね。気にしないよう伝えて、その場で別れた。

 誰にも会わない静かな廊下を三人で歩いていたら、影から呼び出しがかかり、父だけ少し執務室に寄ってくることになった。

 そこから二人で歩き、いつも通りと思うのに二人きりを意識したら急に動悸が速くなって、ヤバい!


 これ迄、二人の時って何してたっけ? ナニ話してた? どんな表情だった? さっぱりワカラン!

 自分の気持ちに気づいてから二人きりになるのって初めてだよね。小説や漫画とかでそんな場面を読む度に、普通にしとけばいいのにと思っていたけど、心臓うるさくて意味もわからず焦って、どうしていいのかわからなくて困る。取り敢えず沈黙が気まずいよ!


「えーと、ケイは仕事…大丈夫? お父様みたいに急に呼び出されて抜け出して来たんじゃない?」

「大丈夫だよ。仕事はもう終わっていたから。後は戻って報告書作成だけの時に呼ばれて驚いたよ。まさか猫になりかけているなんて……予想もしなかった…」


 疲れた雰囲気を醸し出しながら、遠い目をして言われた。

 デスヨネー。


「私も猫になりかけるとは思わなかったよ。マジでアレに関わるとろくでもない」

「変なのばかりに異常な執着を向けられるよね…」

「それな。本当に……何でなんだろう……。なんっでこのスペックで普通にモテない…。……何が悪いのかなぁ」

「そうだね、君が普段の姿のまま裏家業に関わることなく変な実験とか行動とかしないで普通に過ごしていたら、モテるんじゃないかな」


 ケイの助言に私は首を傾げた。


「変装はともかく他は普通でしょ?」

「ごめんリフィ、冗談に付き合う余力がないんだ」

「え、いや冗談じゃなく真面目に言って」

「疲れのせいかな、ちょっと耳がよく聞こえなくて」


 疲れた様子のケイに、ハッとした。もしやコレは……


「改良した薬草スムージーの出番きたっ?」

「あ、それは大丈夫。早く帰って寝ればよくなるから――絶対に遠慮シマス」

「まぁそう言わず、今ならもふもふアッシュの抱き枕付きでお得だよ?」

「それアッシュの確認とってないよね。お得感もないから」

「ちっ、折角の新作の犠牲者が……」

「犠牲者っ? いま犠牲者って言った!?」

「エ、何のコト? ケイは相当お疲れみたいだね」

「君は猫になりかけたのに相変わらずだね。元気そうで良かったけど」

「そうだね。もう終わったことだし早く忘れたいから」

「…リフィ……守れなくてご」

「謝らないで。ケイは悪くないでしょ。あのバカが勝手にやらかして私も運が悪かっただけ。本当ならアイツも同じ目にあわせたかったけど無理だし、今回はいい取引が出来たから怒りは鎮めるよ。恨みはするけど」


 黒い顔で笑うと、ケイが「それは構わないよ」と苦笑した。穏やかに微笑む従兄弟を横目にし、嫌悪感や引いている様子が無いことに安堵した。

 本当に何でかこんな私をよく嫌わずにいてくれるよね。


「リフィ、どうかした?」

「え、うん、……そういえば、一応ヒロイン予定のマーシェ・ブランと彼らの係わりをチェシーと見たよ。取り敢えず、前世持ちか解らないから遠くから様子見することにした。彼女がどう動こうが、誰と関わろうが自由だし、私としては押し付けられるならアイツを熨斗《のし》つけてあげたい」

「うん、リフィがどれだけブレイブを排除したいのかよく解ったよ」


 ケイが苦笑いを浮かべた。それからふと思い出したように口を開く。


「ハイドと彼女の関係だけど、ハイドの近くで見かけたり、教室を覗きに来たり、接触しようとした形跡があるんだ。ただ学園に編入したハイドは最近までリフィ探しで忙しくて、その為に教室を不在にしていたから接触らしい接触はまだ無いかな」

「ふーん、これは黒かな。まぁ決定打はないからグレーにしとこ。私に関わらないなら放置で。……………それにしても同じ迷惑王子でもここまで成長に差が出るんだね~」


 隣国であるゴルド国王子のハイドは第一印象が最悪だった。それこそブレイブと五十歩百歩のような我儘ぶり。……まぁ最近は少しだけ見方が変わったけど。


 奴の頬を打って冷たく突き放したのに、その後も私に関わろうとするのが気持ち悪くて避けまくった。ところが、再会するまでに反省して変わったのか、権力をひけらかさず、いち冒険者として任務に取り組み、真摯に人に向き合い、たまに影ながらに公務もこなして姉を支える人に変わっていた。


 サンルテア領地で私の冒険譚を聞き回ったり、写真や映像を集めていた気持ち悪さがあるけど、ケイとはいい友人として付き合っていて、遠い友達認定した約束を律儀に五年以上も守り続けていた事もあり、何よりケイに言われて少しは許すことにした。

 私の写真や映像収集をヤメロと言ったら止めたから話が通じるし、ブレイブより断然マシだわー。


 第二王子暴走事件の後、今から一週間前にケイありきでハイドに接触もした。ええ、バカ王子の尻拭いの為に私が友人《いけにえ》として差し出されたけど、なんてことはなかった。今度一緒にギルドの依頼を受ける約束をしただけ。


「やっぱりリフィにガツンと一発やられると違うのかな」

「それなら、あのバカを一発殴ってきていい?」

「それとこれとは話が別。というか、もう殴ったよね」

「ああそっか、さっきの取引条件に半殺しの条件を付ければ良かったのか。つい王族にそれはダメと理性を働かせたけど……よぉっし、今から条件追加を」

「しなくていいから! むしろ理性を働かせてくれて良かったよ!? というか、一発が半殺しになってるから! 酷くするの止めて!」


 興奮するケイを落ち着かせ、ふと思い付く。


「………こっそりならいいかな…。どうせアイツは暫く表舞台に出てこないから顔に怪我してもバレないし…」

「それでもアウトだから。普通にアウトだから。それとここ城だよ。是非ともその物騒な心の声はしまっておいて」


 ケイの指摘にハッとなる。つい本音が…。


「そうだよね。私の言葉一つで婚約者に迷惑がかかるようになるから気をつけないといけないよね」

「えっ」

「え?」

「…………」

「…………?」


 驚くケイを不思議に思い、見返した。

 私って普通に反省しただけだよね…? 何だかんだでケイの婚約者って周囲に認知されているし、私の不祥事がケイの足枷になるってことだから、付け入る隙を与えない為にも今後は注意が必要だなって思ったんだけど……。


 立ち止まったケイとお互いに見つめ合うと、ケイが頬を染めて顔を背けた。――可愛いめちゃレア…じゃなくて。

 待って待って。何かちょっと私まで照れてくるんだけど。

 居心地悪くなりがら自分の台詞を思い返していると。


「………はぁ…。リフィは本当に天然で仕止めてくるよね……」

「殺気は出してないよ? 奴への殺意はあるけども」

「うん、そこも含めて安定の君だよね」

「何でかな。安定の残念さだと言われた気がした」


 目を据わらせて疑うようにケイを見ると、無言の素敵笑顔を返された。

 手を握られ、馬車寄せがある外に向かう。ケイが上機嫌で嬉しそうな様子に私も嬉しいけど、戸惑っていた。お父様の馬車が見え、不意に悪戯っぽい年相応の笑顔でそっと耳打ちされる。


「君が僕を婚約者だと認めていてくれて嬉しいよ」

「っ!」


 あああ、やらかした!

 いや、間違ってないから別にいいんだけどね!? 好きに利用していいとも言ったよ、言ったけどさ! ナニこのむず痒さ! 身悶えながら両手で顔を隠したい!


 脳内でバタバタ暴れる自分から目を逸らして、表面上は淑女の微笑みを浮かべつつ、今頃どっと変な汗が出始めた。落ち着いていた心音も体中に響く爆音に変わり、告白の返事をしていないことに思い当たり、余計に心臓が荒れ狂った。


 ええと今!? 今が思いを伝えるチャンスなの!? ダメだワカラン! いや待って、今じゃない気がする!

 お父様以外の馬車もあるし、御者達もちらほらいるし、馬車の側で話している貴族とか従者とか護衛とか衛兵とか、政務官とかいるから公開処刑はヤダ!


 噂の的になるのは辞退したいし、無いとは思うけど最近になってもしケイが心変わりしてたり、やっぱり私を好きなのは勘違いだったとか思っていて、ゴメンと言われるか、笑顔で流されたらショックできっと耐えられないよ!?


 ああ神様仏様サリー様チェシー様!

 乙女思考がなくてごめんなさい! これから気をつけるから何かいい知恵とベストなタイミングとかアピール方法とか何でもいいから教えて下さいっ! ――祈ったけど何も思い浮かばなかった…。


 もだもだ悶々としている内に馬車に辿り着き、御者に扮した『影』に迎え入れられた。笑顔で紳士的にケイが馬車内へとエスコートしてくれる。

 何も思い浮かばないのはある意味、私らしいけど困ったね。ただ確実に、今言えることは…。

 すっと息を吸って、真っ直ぐ見上げた。


「――認めているよ、ケイのこと。相手が私で申し訳なくなるくらいに、ケイが頑張っていることも心を砕いてくれていることも大切に守ってくれていることも、ちゃんと知っているから」

「リフィ」


 後から父が来ることを御者に話して、先に馬車へ二人で乗り込む。向い合わせで座り、ちょっと緊張して震えそうになる手を拳に変えながら、正面の婚約者を見た。


「だから、その…ケイが嫌にならない限りはこれからも私の婚約者でいてください」


 宜しくお願いします、と頭を下げた。精一杯、今言えることを頑張って伝えた。――筈だったのに。


「解っているよリフィ。これからも対外的には今の状態のままがお互いに助かるからそうしていこうってことだよね」


 解っているよ、勘違いしてないから安心してと輝かんばかりの笑顔を向けられた。

 ……えーと、コレはどう対処するのが正解ですか…?


 何と返しても駄目な気がして、取り敢えず曖昧に微笑んで様子を見ることにした。

 普段あれだけ勘も察しもいいのに、何故に今それが発揮されないのか…。


「えーと、あのね、その事にも感謝しているのは確かだけど、それだけじゃなくてケイが婚約者で嬉しいし」

「うん、僕なら事情を知っていて勘違いせず、君の望むようにフォロー出来るからね」

「それはそうなんだけど、ケイが婚約者で凄く助けられていて」

「うん、お互いに陛下達や他からの縁談避けに使えて便利だってことだよね」

「それもそうだけど、その、気難しくて人を選ぶ私はケイが婚約者だから安心できて、ケイが好きだしっ、ケイで良かったなって思っていて」

「長い付き合いだからね。僕も事情を知るリフィだから安心して気楽に過ごせているよ」

「…うん、私もだよ。ありがとう」

「どういたしまして」


 ニコッと微笑まれた。

 ……あるぇ? 何か話が噛み合っているようで合ってなくて、おかしくない…?


 何を言っても、大丈夫、勘違いしてないから安心してというオーラが見えるような……。

 ケイも拗らせているというか、どの言葉も自分の都合のいいように解釈して自惚れないようにしているというか……それが鉄壁の防御となって私の言葉を跳ね返しまくっている……?


「………」


 え、無理です。私今、勇気とか気力とか恥じらいとか緊張とかその他諸々、出し切ってスッカラカンだよ?

 またこの鉄壁と何の作戦もなく正面からぶつかるのは無理です。結構マジで傷ついているというか、ガチで凹んでる……。


 きっと今、告白しても信じて貰えないよね…。さっきみたいに笑顔で全部すり替えられそう。

 ――こんちきしょー。自業自得だと解るけど、ケイも私に告白したのに信じて貰えなかった時こんな気分だったんだね……。


 申し訳ないと落ち込み、ひとり反省会を開催する。あれもこれもと振り返り、気分がどんどん沈んできた。そして一通り意気消沈すると、怒りのエネルギーが沸いてきた。責任転嫁とも言う。


 けどさ、ケイもケイじゃない?

 これだけ私が一緒にいて頼って過ごしてきたのって、超絶美少年の従兄弟しかいないのに、少しでももしかしてと期待するとか勘違いするとかないの?


 あのバカ王子は傍迷惑なくらい自惚れて、無駄に自信満々だったのに。そりゃ謙虚が美徳なところもケイらしくて好きだけど、たまには私の相棒であることを自負してほしい。あー、理不尽な気がするけど腹立ってきたー。


「リフィ……?」


 不穏な空気の私を察して、ケイが可愛らしく小首を傾げてきた。くっそ可愛ええ。何だか負けた気分…。

 一つ息を吐《つ》いて、落ち着かせた。


「ケイ、覚悟しておいてね」

「急に何? 怖いんだけど」

「首を洗って待っていて」

「え、本格的に解らなくて普通に怖い。取り敢えず、何かやらかすなら先に報告して。やらかした後でも報告するようにして」


 失礼な。何もしてないよ。

 ムッとするけど我慢。絶対に驚かせて感動で泣かせるサプライズを用意して私に好かれているって思わせるから!

 ……ん、あれ、何か違う気がするけどまぁいいや。

 私だけじゃ心許《こころもと》なくても、サリーや皆の力を借りればそれっぽく何とかなる!


 鼻息荒く未来へ意気込んでいると、馬車の扉が開けられて「待たせて悪かった」とお父様が乗り込んできた。

 馬車がゆっくり動き出す。

 久し振りの親子の会話を楽しみながら、互いの近況と予定を話しつつ、私達は漸く帰路に着いた。









お疲れ様でした。

ゆっくりですが、また投稿を再開します。

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