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14才 (ケイ)

正確には、ケイが十四歳になる少し前のお話です。


本編を先に投稿して、これを活動報告に載せようかと思っていたのですが、結局後でこちらに移すので、時系列的にも先に載せる事にしました。


後で修正しても、内容に変更はありませんので、読まなくても大丈夫です。



「リフィ。頼みがあるんだ」

「何ー?」


 初夏の陽気を感じさせる昼下がり。

 窓際ではアッシュが丸まり、気持ち良さそうに眠っていた。

 入学してから新生活が一段落つき、寮に外出を願い出て屋敷に戻った四月の終盤。

 僕は、ソファーでお茶を飲むリフィに、少しだけ緊張しながら声を掛けた。


「聞いてくれるなら、これ迄の君への貸しを全て無くすよ。つまりそれだけ難しい事なんだけど」

「え、全部チャラ?」


 考えるリフィに僕は笑顔を向けた。

 両親や祖父へ根回しはして、快諾を得た。

 これ迄王太子のスピネルやイナル、キース達を言葉で牽制し、普段のお茶会や個人的な夜会でもリフィの話題を出して、側に居て、対外的に仲の良さを見せてきた。


 それというのも、最終的にはリフィの隣に一生一緒に居られるようにする為だけど、まずはこの日の為。

 正式な社交界デビューの足掛かりとなる、長期休暇前の学園の舞踏会。


 この大規模な舞踏会には必ず国王夫妻が招かれ、学生の親も参加が可能。

 新入生のほぼ全員が余程の理由が無い限りは参加し、社交界入りを承認されて、休暇中に城や貴族が開く夜会に参加して慣らしていくのが伝統だった。


 リフィは簡単に「いいよ~。どんなお仕事?」と、借りが無くなるのが嬉しそうに笑顔で促した。

 僕は諸々の借りを返して貰おうと、取り立て内容を告げる。


「学園のデビュタント舞踏会に、相手役として出席して欲しいんだ。それで今までの借りを無くすから」


 リフィは笑顔で固まった。

 それから何かを必死で考え始めた。きっと学園に関わる事の葛藤や、借りが無くなる事の恩と利益や、面倒事や、出席した際の周囲の反応や、僕や家への悪影響がないかとか、本当に色々と考えているんだと思う。


「……それは…、私でないと駄目…なの…? もっと他のきちんとしたご令嬢の方がよくない?」


 難しい顔で答えたリフィに、僕は困った顔で返した。


「既に婚約者がいるのなら、婚約者と正式にお披露目となるけれど、僕に婚約者はいないから。その場合は」

「身内か親戚の女性を伴うのが通例」

「そうだね。その場合、リフィしかいないでしょう。他の人を連れて参加して、周りに婚約者だと誤認されるのも、その気の無い相手を婚約者にして巻き込むのも良くないから。かといって、夜会の度に違う人を同伴するのも」

「プレイボーイと言われそうだねぇ」

「同伴して、婚約者になったと勘違いさせてしまう人もいるかもしれないから」

「それはあるね。会場のキラキラマジックにかかってぽわぽわして、その日だけでも自分が特別だとほぼ勘違いするよ。調子にのっちゃうよ。これ以上の犠牲者が増えるのも、乙女心を弄ぶのも感心しません」


 ……僕が非難されているの?


「えーと、その被害(?)を増やさない為にも、リフィに一緒に行って欲しいのだけど」

「……私かぁ。アッシュが女装」

「しねぇ」


 丸まりながら、アッシュが即答した。


「……ケイには、婚約したい子とか、好きな人はいないの?」

「………」

「………あ。誓って、セクハラではありません」

「はぁぁぁ」

「何でそこで溜め息!?」

「……普段から領地の仕事に、『影』の仕事に、陛下達から呼び出しされて、討伐に参加してこい、例の件を調査してこいと便利に使われている僕にそんな暇があると思う?」


 リフィが納得するように頷いた。


「そうかぁ。それなら陛下達に女装して相手になっ」

「そうくるの!? 何でそこでそっちに発想が行くかな!?」


 よく公衆の面前で、最高権力者達に恥をかかせようと思えたね!? 本気そうな所が怖いよ!

 ついでに僕にも、デビューからどんな噂が立つかわかったものじゃない。不敬罪もあり得る。


「もうすぐ生まれてくる弟妹と」

「赤子を抱えて夜会に出ろと…?」

「注目の的だね」

「悪い意味でね」


 何か方法がないかと必死に頭を働かせるリフィ。……どれだけ君が学園に行きたくないかがよく解るよ…。それとも僕のパートナーが嫌なのかな…。


「…何かこの部屋、寒くない?」

「気のせいだよ」


 悩むリフィに、僕は手札を一枚切った。


「両親もお祖父様もリフィが適任だって仰っていたよ」

「……ぇ」


 それならいいのかな、とリフィが少し迷う素振りを見せた。


「これから学園でいい人が見つかるかもしれないよ? 舞踏会は七月最終日でしょ。期間だってまだあるし」

「特に親しい令嬢が居るわけでもないし、学園では王太子とイナル達の手伝いに駆り出されているからね」

「成る程。入学したてのケイを早速頼って迷惑をかけているんだね。けど、それなら尚更、ケイとお近づきになりたい令嬢が多いんじゃない?」

「僕を踏み台にして王太子達と懇意にしたい子に?」

「いやいや、そんな子ばかりじゃないよ。ケイは奴らより格好いいし、頼りになるし、中も外も完璧な男爵様だし。その辺のただの子息より、爵位あるケイの方が立場は上だし、絶対モテているから」


 何でか僕が誉め殺しされている。ああ本当に、無自覚天然って怖いな…。

 このまま、きっとパートナーが見つかるかよ、と話が流れるのは困る。


「でもね、リフィ。既にパートナーの取り合いというか、申し込みは入学後から始まっているんだよ。既にもう良さそうな人には殆どパートナーがいるんだ。お父様達はリフィがいいと仰っていたし、僕も君がいると当てにしていたから、全く探してなかったんだよ。今から探すのは出遅れた分、少し厳しいかな」

「…そっか」

「君が参加したくないのは解るよ。そこを曲げてお願いするから、これ迄の貸しを全て無くす事を条件にしたんだよ」

「うむぅ」

「凄く困っているんだ。それに前、僕が困っている事があったら、全力で助けるって約束してくれたよね」

「うぅ…」


 腕を組んだリフィが悩みながら、体を前傾にして俯いていく。……もう一押しかな。


「リフィがいれば、僕も緊張しないで頑張れると思うんだ。お願いだから、一緒に行ってくれないかな? 君だけが頼りなんだよ」


 僕は隣の席から下り、困った顔で下からリフィを覗き込み、絨毯に膝をついて見上げた。リフィが「ぐはぁっ」と僕から顔を逸らした。目が、目がぁ…焼け爛れる~と、両手で両目を覆い、ふるふる震える。そんな事は無いからね。


「……勘違いしないソニアとかは…」


 いつも以上にリフィが手強い。

 予想では今頃、陥落してくれる筈だったから。

 大好きな両親からの言葉や、これ迄の貸しを相殺し、リフィの言質を用いてお願いして頼っても、承諾を得られなかった。

 本当にリフィは読めない。


「……実は、リフィ。社交界デビューする学園の舞踏会に、身内以外で出た男女の殆どは婚約者になるという、ジンクスというか暗黙の了解、勝手な共通の認識があって、そういう風に見られるんだよ」

「ぇー」

「実際にそうなる事が多いようだから、令嬢が勘違いしなくても周りが自動的に勘違いしちゃうみたいなんだ。だからこの舞踏会には、簡単に令嬢を誘えないんだよ」

「……解った…。そういう事なら、仕方ないよね。お母様はお父様と出席するし、身内って私しかいないし、ケイも選べないよね…」


 ……何で同情的な目で僕を見るのかな?

 パートナー役をするのは君なのに。何も事件が起きないと信用しているよ!?


 取り敢えず、最難関の説得と承諾を終えて、僕は胸を撫で下ろした。リフィは一度是とすれば、ほぼ確実に実行してくれるから。

 アッシュを見ると、良かったなという感じで、小さく笑ってから目を閉じた。


 この時、僕はもっとリフィの様子に注意を配り見ておくべきだった。その後も、繰り返し念を押されるのも嫌だと思い、確認を怠った事を後悔する事になる。



*・*・*・



 緑の壁紙に濃い茶の腰板が張られた森林を思わせる部屋。アンティーク調ながらシンプルな品のいい調度品に、部屋のちょっとした部分に配置された金色が絶妙な印象を効かせて、趣味がいい。けど、そこに部屋の主は居なかった。


「………」


 僕は呆然とリフィのいない部屋で立ち尽くした。


 夜空に星が浮かび始め、月も存在を主張してきた七月最終日。

 今頃、学園の生徒達――特に新入生は、今日という一大イベントに期待と不安を胸に抱えながら、準備している最中だろう。


 僕も早めに準備を終えて、リフィの支度を待とうと当初の予定より先に、ムーンローザの館へ迎えに来ていた。

 本来なら、ドラヴェイ伯爵邸でリフィが支度して貰い、そこで待ち合わせの予定だった。けれど、忘れ物があるから一度ムーンローザの館に戻ると知らせが寮に届いたので、直接こちらに迎えに来た、のに。


 ――当人の姿が見当たらない。


 目眩がした僕は、額に手袋を嵌めた手を当て、深呼吸した。ドクドクと速まる心音が、少し落ち着いた。

 こんな事になるなら、舞踏会を運営する王太子の手伝いをしている場合じゃなかった。


 胸騒ぎがしていたのだ。

 それもあって、主役の一人にも関わらず、手伝っていた会場の準備や最終確認を他の実行委員に任せて、時間を繰り上げて迎えに来たのに。

 果たして、その予感は的中した。


 静まり返った館内に、誰のいらえも無かった事に、嫌な予感はしていた。

 実際に、部屋はもぬけの殻だった。部屋どころか館に誰もいない。


 何があった?

 考えを巡らせる僕の側に、魔法の気配がした。「リフィ!!」という大声と共に、犬姿のアッシュが転移してきた。

 僕を見て驚く。


「……ケイっ! すまん、逃げられたっ」

「……?」


 何を言われたのか解らなかった。

 続く騒がしい気配は、館の玄関ホールから真っ直ぐこの部屋に向かってきた。


「お嬢!?」

「戻られたんですか、お嬢様!?」


 今週の館当番である『影』のザップと、唯一館に仕えるメイドのルミィが駆け込んできた。僕の姿を見て、驚きながら固まった。


 僕はアッシュから簡潔に説明を受けた。

 昼からドラヴェイ伯爵邸で体を磨かれ、髪もメイクもドレスも時間をかけて作り上げられたリフィが館に戻り、忘れた耳飾りを部屋で付けた迄は良かった。


 迎えの時間まで余裕があるからと、平常心を保つ為に、大人しく部屋で本を読み始めたリフィ。少し一人にして欲しいと頼まれて、ルミィに頼んでお茶を淹れて貰い、アッシュがルミィと部屋に戻ると。――丁度、リフィが転移魔法を発動させた所だった。


 驚く二人にリフィは困ったような、情けない顔を向けた。

 そして顔の前に両手を合わせて一言。


『――ごめん!! やっぱ無理っ』


 突然の事態に呆ける二人へ。


『ケイには誰か別の人を連れて行って貰って。ソニアか、サリーあたりに連絡しておくから!』


 そう言って行方をくらましたリフィ。

 直ぐにアッシュが魔法の痕跡を辿って探し、精霊達にもリフィの姿を見掛けたら即座に知らせるよう頼んだ。

 ルミィはザップに知らせて近くを探しに行き、ザップも『影』に伝達して情報を求めた。


 それらの呼び掛けに、リフィの目撃証言は多数寄せられた。

 というより、寄せられ過ぎて逆に混乱した。何でもリフィが逃げ込みそうな場所に、姿を見せては移動を繰り返しているらしく、捜索が困難を極めた。


 各地の『影』や地の精霊の協力を受け、しらみ潰しに目撃された場所を探して、結局見つからずにアッシュ達は戻ってきたそうだ。


「魔法ではあの底無しの魔力馬鹿が上手うわてだ。そして下級精霊どももあいつの居場所はぜってー教えねー。人の方も天然で味方につける。特に今の容姿のあいつなら、誰彼構わず惹き付けて味方にしてそうだ…ったく、こっちの気も知らねーで」


 アッシュが顔を顰めて、忌々しそうに嘆息混じりに告げた。同意するザップとルミィ。

「どうする、ケイ?」とアッシュが僕を見上げてきた。


「探すなら手伝うが、放っておいて代理をたててもいいと思うぜ」

「……ふふ」

「ケイ…?」

「そっか、逃げたのか…」


 アッシュとルミィとザップが、一斉に部屋から退室して僕から距離を取る。

 僕も油断していて、すっかり騙されたよ、リフィ。

 ――まさか当日に逃走するなんてね。


 君が逃げる可能性も勿論、考慮して始めこそ警戒していたけれど、大人しく母とドレスを選んで、装飾品一つにもギリギリまで母やメイリン達と悩んで変更して、髪型もあれこれ試してくれて。

 隣に立つ僕に恥をかかせない為に、美容と健康にも気をつけていると報告があったから、僕と一緒に出席してくれると思い込んで安心していたんだ。


 本当に、僕の考えを軽々と飛び越えてくれたよね。

 しかも姿を見せない所か、あちらこちらで多数の目撃者を残して、姿を消すなんて厄介な事もしてくれた。捜索に時間がかかって仕方がない。

 やってくれた、と怒り混じりの笑いが込み上げてくる。


「――絶対に捕まえてやる」


 幸いな事に時間はまだある。

 非番の『影』と国中に散らばった『影』、情報屋を総動員して、徹底的に探そうか。この際だから、父と祖父にも伝を全て使って貰おう。精霊王達にも僕から頼んで、見つけた者には可能な限りの報酬を約束しようかな。


 笑顔で宣言した僕に、ザップとルミィがアッシュの影に隠れ、アッシュが扉の向こうに姿を隠した。

 そちらに向かうと、三人ともブルブルと震えて青ざめていた。きっとリフィを探して疲れたんだね。


 腕時計は、午後六時を回っていた。

 開場は六時、夜会が始まるのは七時からだけど、貴賓達の話や挨拶で三十分は使う。最悪、それ迄に会場入りが出来れば問題ない。その後は、開催宣言と社交界入りの祝辞が陛下から贈られて、陛下と王妃が踊り、デビューする者達が踊るだけだ。


「鎖に繋いでおけば良かったのかな…」

「……ケイ、それは洒落にならんから止めておけ」

「壊して逃げちゃうから無理かな」

「いや、そういう問題じゃねー」

「冗談だよ」

「笑えねーぞ!?」


 アッシュに軽く笑って肩の力を抜いた僕は、ザップに国の地図を用意するよう指示を出した。一階のリビングへ下りながら、祖父と両親、精霊達にも協力を要請した。


 アッシュやルミィに、リフィのここ二週間の様子を尋ねたり、誰から何処に何時頃、リフィが目撃されたのかを地図に全て、丁寧に書き記した。



・*・*・*



 小ぢんまりとした赤い屋根の平屋の一軒家。

 芝生で覆われた家の庭には大きな木が一つと、家屋に見合ったひっそりとした花壇があった。

 そこに、僕が探し求めていた姿を見つけた。


 咲き誇る白百合の花壇前に、服を汚さないようスカートを抱えてしゃがみこむリフィは、芒洋ぼうようとした顔をしていた。


 月下で青白く浮かび上がる百合に囲まれる姿は、メイドに支度されただけあって格別に麗しく、この世のものとは思えない程、幻想的な美しさを醸し出している。


 青緑を基調としたドレスは、白縹色のレースがスクエアネックと肩部分を覆い、そこから水色、青、青緑と濃くなり、ティアードスカートは青緑から徐々に黒に近い濃緑へと変化していく。裾には黒のレースがあしらわれ、靴はラメが入った濃い緑のヒール。


 編み込んで結い上げられた薄翠の髪には、翡翠とブルーイッシュグリーントルマリンの大振りの牡丹の髪飾り。

 三日月型で小振りのペリドットの耳飾りが風に揺れ、華奢なアレキサンドライトの首飾りが首元を彩った。


「――リフィ」


 呼び掛けると、瞠目したリフィが立ち上がって振り返った。

 また逃げようとするので、僕は一息に距離を詰めて腕を掴んだ。蒼白になるリフィに、にっこり微笑みかける。


「随分と探したよ、リフィーユ嬢。大丈夫、まだ七時前で移動魔法を使えば間に合うから、今から行こうか」

「どうして……」

「どうしても何も、そういう約束だったよね。僕のパートナーは君でしょう」


 体に力を込めて抵抗していたリフィが、息を呑んで星色の目を瞬かせた。


「…どうしてここが解ったの…?」

「本当にね。見つけにくく小細工してくれたよね。サリーやターニャ夫人、カルドの家やソール先生の診療所、娼館に劇場にサンルテア領地、ギルドや神殿の近くとか…。君が関わりそうで、匿いそうな人がいる数十ヶ所に姿を見せては、移動してくれて。探すのに苦労したよ。その中で、君が所有者になっているこの建物の近くには姿を見せていなかったからね。ここかなって来てみたんだ」


 ここはかつて、サンルテアとムーンローザの館で執事を務め、亡くなったジャックが晩年を過ごした家だった。

 リフィが探して追いかけ、死に水を取った場所。彼が死後、リフィへと残した隠れ家。


「……あの、ケイさん。怒ってマスヨネ…?」

「ん?」

「……約束を破ろうとしてごめんなさい…」


 逃げるのを諦めたのか、油断を誘っているのかは解らないけれど、リフィは抵抗を止めて、頭を下げた。


「謝ってくれたって事は、一緒に行ってくれるって事でいいの?」

「……」

「…――リフィ…?」


 返答を躊躇われて圧をかけると、リフィが怯えた。


「ひぃっ!! ハイ、是非ともパートナー役を務めさせてイタダキマス! だから、その黒くて怖い笑顔は止めてっ」

「……手間をかけさせてくれた分は、また別のお願いを聞いて貰うから」

「ぼったくり!?」

「何か?」

「イエ、何でもナイデス。喜んで聞かせて貰いマス…」


 遠い目をして棒読みをしたリフィは、少し及び腰になっていた。逃げられまいと僕は、捕獲したリフィをしっかりと横抱きにした。


「言い訳も反省も謝罪もお詫びも、後でたっぷりと聞かせて貰うよ。兎に角今は、会場に行こうか」

「……ハイ」


 時刻は午後六時五十八分。

 観念したリフィを抱えて、僕は学園へと転移した。



・*・*・*・



 どうにか間に合った僕達に、気付いた両親が安堵した。

 ギリギリだった僕達は会場に入ると少し注目されたものの、無事に来賓達や陛下の挨拶と長い話が始まると、意識が少し逸れた。

 それ以外は、老若男女の視線が、微かなざわめきと共に送られてきた。


 周囲の反応に、隣のリフィを見れば、彼女は深窓の令嬢のように僕に寄り添い、控えめな微笑を浮かべていた。――可愛い。中身を知らなければ。


 陛下の祝辞が終わり、社交界入りを承認された。

 音楽が奏でられ、フロアの中心で陛下と王妃が踊り出す。流石に慣れているだけあり、優雅で息の合ったダンスだ。

 盛大な拍手が送られ、二人が上座に戻ると、社交界の新入り達が一斉にフロアに出てきた。


 僕もリフィを連れて行き、向かい合う。

 緩やかで優しい曲が流れ、曲に合わせて踊り始めた。少しずつ移動すると、知り合いの顔が見えた。


 踊るキースも、主催者席にいるイナルとスピネルも、大きく目を見開き、僕とパートナーを注視してきた。ダスティ侯爵にウェンド侯爵、騎士団長、宰相、陛下と王妃も一瞬驚きを露にして、直ぐに隠した。

 リフィは少し青ざめながらも、相手の僕しか見ないようにして、必死に「あれはマネキン、誰とも会ってない」と呟いていた。


 曲が終われば、在校生も貴賓達もダンスに参加し始める。

 正式な社交界に緊張して、疲労し、失敗した新入り達の多くが一曲で切り上げて行く。けれど、僕はリフィの手を離さずそのまま二曲目にも参加した。

 リフィが不思議そうに小首を傾げた。


 視線で、固まっている団体の多くが僕達に注目し、捕まえて話したそうに狙っているのを示すと、何か諦めたような遠い目をして小さく頷いた。

 うん、あの人達を相手にするのは面倒だよね。


 二曲目のポルカを滑るように踊り出す。

 幼い頃から互いを相手役として、ダンスの練習をしてきただけあって、馴れたものだ。

 一曲よりも早めのテンポだけれど、難なく合わせて踊り切った。


 それから三曲目のワルツもこなし、四曲連続で踊るのはマナー違反なので、両親の元に戻る。

 踊って時間が経った間に、他の知り合いと遭遇したのか、僕達に向けられる視線が格段に減った。

 他に話したそうにする生徒達や、陶然とする目を向け、囁き合う女生徒達はいても、踏み込んでくる者は居なかった。


 三曲を連続で踊れば、僕達が特別親しい関係だと、周りが勝手に勘違いしてくれたお陰でもあるのかな。

 踊っている時、リフィにも指摘されたけれど、「手間をかけさせてくれたお詫びに、何でもお願いを聞いてくれるんだよね?」と言ったら、「あ…うん」と虚ろな目で答えてくれた。


 僕としてはリフィが逃走してくれて、周りに婚約者だと印象を与える事が出来る口実を作れたから、怪我の功名だった。

 両親は社交の仕事があったけれど、その前に父が娘と踊りたいとフロアに引っ張った。なので、僕は母にダンスを申し込んだ。

 母は弟のユリアスを出産したのに、相変わらずの若々しさと美貌だ。


「上手くやったわね、ケイトス君。デビューした子達を質問攻めにする大人はいないとは思うけれど、気を付けて」

「代わりにお母様達が質問攻めにされそうで、申し訳ありませんが…」


 下手な貴族に関わらないつもりとはいえ、両親は逃げられない。きっと僕やリフィよりも両親へと、確実に追求が及び、騒がしくなる筈だ。

 彼女は何処の誰なのか、男爵である僕の婚約者なのか、身内でまだ決まっていないのなら自分の娘を婚約者にどうか、と。

 それを承知の上で、母が柔らかく笑ってくれた。


「慣れているからいいのよ。子供達の為だもの。それより、リフィちゃんが迷惑をかけてご免なさいね。帰ったら、わたくしからもよぉく言い聞かせておくわ」

「……お願いします」

「ええ、任せてちょうだい。二人の事は曖昧にはぐらかしておくけれど、あなた達が幼い頃からどれだけ仲が良くて、お似合いかを宣伝して牽制しておくから」


 この母に任せておけば心配ないと、僕は安堵した。

 互いに踊り終えると、早速ドルナ伯爵が、興味津々に僕とリフィを見ながら、両親へ挨拶をしてきた。

 僕達も挨拶を返し、「殿下とイナル様に呼ばれているので失礼します」と、王太子の名を利用してその場を離れた。


 そのまま人混みに紛れながら、話し掛けてきそうな貴族や生徒達を避けて、庭へ出た。息を吐く。

 リフィも詰めていた息を吐き出し、僕に向き直って改めて淑女の礼をとった。


「この度の社交界入り、誠におめでとうございます、サンルテア男爵。今後とも益々のご活躍と発展をお祈り申し上げます」


 ちょっと驚きながら、僕は祝辞を受け取った。

 不可視の結界を張って、肩の力を抜いて笑う。


「ありがとう、リフィ。帰ったら、アッシュとお母様と尋問だけど」

「そこは流そうよ~」

「無理だね」


 いつもの雰囲気に内心でほっとした。

 解っていた事だけれど、改めてリフィと距離が出来た事を実感させられるのは、結構堪えた。

 もう公式の場では、気安く声を掛ける事も、笑い合う事も、近くにいる事も出来ない。――婚約者でもなければ。


「……それにしてもケイ、私に嘘をついたでしょ」

「え?」

「絶対、パートナーになりたい子が沢山いたよ。まぁ予想はしていたけれど。女生徒達からも、婚約者のいない娘を持つ両親からも、睨まれたよ~」

「利用してごめんね?」

「…あざと可愛いから許す」


 リフィが親指を立てた。いつもの軽口に、互いに笑い合う。


「私も色々と協力して貰っているからね。私を利用する特権があるケイとアッシュが使うのは問題ないよ」

「…え」

「どうかした?」

「いや、凄い特権だなぁって驚いただけだよ」


 本当に。そこまで特別扱いしてくれている事に感動して、沸き上がる喜びを抑え込むのが、少し大変だった。

 気を抜けば、照れて口元が緩みそうになる。


「それと牽制してくれたんだね。仮でも私がケイの婚約者もどきだと周囲が誤認すれば、王様達も殿下達も表だって私に手を出しにくくなる。ありがとう」

「どういたしまして」


 それだけじゃなく、単純に外堀を埋める為でもあったんだけどね。リフィが油断していてくれるなら、それにこした事はない。

 笑顔の僕を見て、リフィが目を擦った。


「どうしたの?」

「いや、何か今…黒い微笑みを見た気が…うん、気のせいかな…。いつも通り美人で天使な微笑みだし…」


 首を傾げるリフィに話題転換して、僕達は結界を解いて会場に戻った。


「殿下達の婚約者もまだ決まっていないからね」

「そうなの?」

「去年、イナルとスピネルが伴ったのは親戚の既婚女性。今日、キースが連れてきたのは、分家の身内。未婚だけど、身分差が有りすぎて婚約者には成り得ないよ」

「そうなんだ」

「因みにチェシーに去年も今年も打診があったようだけど、体調を理由に断られた」

「やりますなぁ」


 リフィが嬉しそうに微笑んだ。

 それを見た近くの男子生徒達が頬を染めて、硬直した。パートナーの女生徒達が不審そうに相手を見て、袖を引いている。


 上座には近寄らずに、僕達も社交を始めた。

 学友達と挨拶をし、会話を誘導して情報を貰い、時折休憩をして、新しい知り合いと人脈を作った。


 人の塊が出来そうになれば場所を移動したり、ダンスをして場を離れ、目立たず、人が集まるのを阻止した。そうやって、ある程度の時間を潰してから、帰路に着いた。


 馬車に乗ってサンルテアの屋敷に戻る。

 疲れた僕達は、ぐったりと椅子に座り込み、会話が少ないまま帰宅した。……流石に疲れたから、尋問は明日にしよう。逃がさないようにだけ注意…しなくても、起きなさそうかな。



*・*・*・



 翌朝、リフィが逃げる前に確保して、アッシュと尋問した。

 言いにくそうに語られた理由は、友人のソニア男爵令嬢の家から僕に婚約の申し込みと、舞踏会のパートナーに是非娘をと推している話を知って、遠慮したかららしい。


 ソニア嬢が僕を好きで、リフィの前だから遠慮して言えず、自分が邪魔をしていたのではと考えて、逃げたというか、ソニア嬢を奨めてきた。

 アッシュが「アホらし。何かもういーわ」と部屋を出て行った。


 僕は大きく嘆息して、ソファーに座りながら、足を組み替えた。目の前で絨毯の上に正座するリフィに、呆れた目を向けた。


「それは勘違いだよ」

「勘違い?」

「陛下達の命令や、騎士団に在籍するモレク・ルドルフの付き添いや、彼に危険が及びそうな時は僕も騎士団と一緒に行動する事が多く、地方に派遣された騎士達に何かあった時は、『影』としてではなく僕が駆り出されて解決する事が多かったでしょう」

「うん」

「代々騎士家系のコーラル男爵家は、長男も次男も三男も騎士で、男爵に至っては二番隊長を務めている人で、まぁ、僕に好意的な人物なんだ。息子達の命の恩人だって、何かにつけて僕を持て囃して、末娘のソニアを貰って欲しいって言ってきているだけだよ」

「……そうなんだ」

「騎士の訓練にもたまに顔を出したり、関わる事が多いから、騎士の集まりとか、お茶会や晩餐会でソニア嬢を紹介されて面識があるからね」

「へぇ~」

「ソニア嬢がしっかりした良い人だっていうのは、解っているけれど、正道を行く騎士達からすれば、裏世界が本業の僕とは相容れないと思うよ」


 コーラル男爵は、サンルテアの裏の顔に薄々勘づいているけれど、四兄妹は全く気付いてない。単純に強いから僕に感心しているに過ぎず、三男に至っては、暗殺者等は正面から戦えない卑怯者とまで言っていた。


 僕が、手どころか既に全身がどっぷり血塗れている事に気付けば、きっと嫌悪すると思う。正道とは程遠い、人殺しだって。

 争い事に他の人より慣れているソニア嬢も、怯える気がした。


「騎士と『影』は別物でしょ。相容れなくても理解は出来る筈だよ。騎士団でも清濁併せ呑まなきゃ上には立てないだろうし、ソニアなら、受け入れてくれそうな気がするんだよね」

「……途中まで良い話だったのに。あのねリフィ、僕は別にソニア嬢を何とも思ってないよ」


 彼女から向けられる気持ちは兎も角、僕に応える気は全く無かった。リフィが瞬いた。


「……そうなの?」

「そう。だから、この話はお仕舞いというか、既に全部断って終わっているから」

「でも、何度も繰り返し申し込ま」

「――誰からその話を聞いたの?」

「……武器商人から。国御用達のトレファが、騎士団に毎月、模擬剣とか甲冑とか届けるでしょ。それでコーラル男爵とよく話すみたい」

「……いつの間に武器商人と知り合いになっていたのかな。その辺の話も詳しく聞こうか」


 にこりと微笑むと、リフィの顔が引き攣った。

 その後、三時間に渡ってリフィに説教して、謝罪を受けて、お詫びは婚約者の件でいいとして、言い訳を聞きながら追及して、反省させた。


 漸く僕が解放して、お昼だとリフィが喜んだのも束の間。お母様が待ち構えていた。

 僕はリフィの血の気が引く様をまじまじと観察し、助けを求める視線を笑顔で流して、母とメイリンに連行されるリフィを見守った。


 今回の事で外堀はある程度埋められたし、陛下達の詳細を話せという呼び出しは、お父様に任せた。

 これで少しはリフィが反省して、今後は変な気を回さないといいのだけれど。

 僕は一つ吐息した。






お疲れさまでした。

次は十三歳本編です。

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